244話 「森林への侵攻 その4『グランハムの真骨頂』」
人喰い熊に関しては、ハンターQに一任。
巣をすべて見つけるまでは様子見となった。
この隊の本来の目的は、侵攻ルート上の森を制圧することにあるので、熊だけにかまっている暇はないからだ。
そして、次なる難関は翌々日の侵攻六日目に起きる。
制圧部隊が森の第二階層の攻略を開始すると、一気に強い魔獣が出現し始めた。
密林の中から突如としてジャガーが飛び出て、傭兵たちに襲いかかる。
傭兵たちも銃で応戦するが、視界も悪いため誤射が相次ぐ。
「ぎゃっ! 誰だ! 俺を後ろから撃ちやがったのは!」
「ちっ、邪魔なんだよ! ぼさっとつっ立ってんじゃねえ!」
「んだと、このやろう!! 人様に当てておいて…!」
「馬鹿野郎! んなことやっている場合か! 早く対処しないと―――ぐぁっ! こ、こいつ…くそっ! ぎゃっ!!」
「なんだこいつら! 今までとは違うぞ!」
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名前 :カールジャガー 〈山森狩猫虎〉
レベル:38/40
HP :550/550
BP :160/160
統率:D 体力: E
知力:E 精神: E
魔力:F 攻撃: C
魅力:F 防御: E
工作:F 命中: D
隠密:E 回避: E
☆総合:第五級 抹殺級魔獣
異名:山森の獰猛猫虎
種族:魔獣
属性:風
異能:噛み砕き、囲い込み、不意打ち
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カールジャガーは、エジルジャガーの親戚とも呼べる魔獣で、エジルジャガーが草原で暮らすのに対し、こちらは主に山林を住処にしている。
草原のように長く走る必要性がないため、身体付きは一回り以上大きく、短距離での速度を追求した体格となっていた。
耐久力も上がって傭兵の銃弾が当たっても怯まず、左右に動きながらこちらに向かってくる。
その一匹に気を取られていると、突然横から違う個体が飛び出してきて襲われる。
かろうじて逃げ延びたとしても、背後にはすでに違う個体が待ち伏せていた。
「魔獣ふぜいが! ぶっ殺―――がっ! ゴボボッ…」
「グルルルウッ! ガリボリッ!」
鋭い牙は鎧ごと傭兵の首を噛み砕き、息の根を止める。
殺された者は、ずるずると森の中に引っ張られて消えていく。人喰い熊同様、餌にするつもりだろう。
出現したカールジャガーの数は、およそ三百弱。
どうやら彼らのテリトリーに土足で侵入してしまったらしい。ただの狩り以上の防衛本能をもって攻撃してくる。
「どうするグランハム? 迂回するか?」
「この程度の魔獣にその必要はあるまい。山をなめているやつらにはいい薬になる。このまま迎撃だ!」
「了解した。第二警備隊、前に出ろ! 雑魚に銃など使うなよ!」
重厚な全身鎧を着たメッターボルン率いる第二商隊が、壁として立ち塞がる。
「蹴散らせ!」
メッターボルンが斧を振り回し、カールジャガーを文字通りに粉砕していく。
横から違う個体が出てきて腕に噛みつくが、彼らの牙が通らない。
「どうした? もっと強く噛んでみろ。噛み砕けないのならば、貴様が砕かれる番になるぞ!」
「ぐぐぐぐ―――ぎゃんっ!?」
メッターボルンがカールジャガーの頭部を握り潰す。
その体表には赤い光、戦気が宿っていた。
戦気を使えれば能力は劇的に向上する。武器も防具も圧倒的なまでに強くなることは周知の事実だ。
そして、ザ・ハン警備商隊の者たちは、戦闘員全員が戦気を扱える。
メッターボルンたちは向かってきたカールジャガーを次々と撃破。まったく苦にしない。
(やはり強いな。他の傭兵連中とは別格だよ)
その戦いを見ていたアンシュラオンも、彼らがなぜB級傭兵団なのかに納得する。
B級になるためには百人以上の実績ある傭兵が必要だ。メッターボルンもその一人で、実力は突出しているように見える。
群がる相手を一蹴するパワーは、まさに怪力自慢の戦士といった様相だ。
しかも彼らの実力は、単なる素の力だけにとどまらない。
「邪魔だ! 吹き飛べ!」
メッターボルンが斧を振ると強風が吹き荒れ、カールジャガーが吹き飛ばされる。
そこに他の隊員が集団で攻撃を仕掛けて仕留めていく。
その連携も見事だが、隊員が使っている武器のほぼすべてが普通ではなく、火が噴き出たり、雷が迸ったり、水が飛んだりしていた。
(『術式武具』だ。ランクはそこまで高くはないようだが、全員が特殊な武器を持っているんだから強いに決まっている。これが物流を司るハングラスの強さか。金イコール強さだと思い知るな)
卍蛍のようなアズ・アクス製の高級品ではないが、術式武器であるだけでも一個百万円以上はするだろう。
それを予備隊含めて二千人弱に配布するのだから、よほどの財力がなければ難しい。
どうしてザ・ハン警備商隊の面々がハングラスに強い忠誠心を抱くのか。それは自分たちのために莫大な投資をしてくれるからだ。
強い傭兵団に所属できるだけで生存率が上がるのだから、戦死以外で辞める隊員はほぼゼロである。
仮に死んでも手厚い保障を家族に与えてくれるとわかっているから、隊員は死ぬ気で戦える。
だからザ・ハン警備商隊は、強い!
だが、そんな彼らでも苦戦する相手が出てくる。
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名前 :レッガウトジャガー 〈山森狩蛇大虎〉
レベル:52/60
HP :1450/1450
BP :480/480
統率:C 体力: D
知力:D 精神: D
魔力:D 攻撃: C
魅力:E 防御: E
工作:E 命中: C
隠密:E 回避: D
☆総合:第四級 根絶級魔獣
異名:山森の凶暴狩蛇大虎
種族:魔獣
属性:闇、毒
異能:集団統率、噛み砕き、囲い込み、闇討ち、共生
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見た目は似ているが、カールジャガーよりも二回り以上大きく、尻尾が蛇の上位種が出現。
動きも激しく強いうえに、さらに不意打ちの精度も高くなっており、商隊員でさえも簡単に対応できなくなる。
その最大の要因は『尻尾の蛇』だ。
この蛇は別の生物で、彼らの身体に寄生することで『共生関係』を築いている。
ジャガーの攻撃を避けても、蛇が違う角度から噛みついてきて負傷するのだ。
しかも蛇には神経毒があり、噛まれると動けなくなるバッドステータスを与える厄介な相手だった。
この上位種の出現により、一気に場は騒然。
「負傷した者は下がらせろ! 上位種はハンターを中心に対抗だ! 傭兵隊は壁を作って周りを固めろ! 一人で当たるな! 集団で当たれ!」
グランハムが指揮を執るが、相手が強いこともあって苦戦が続く。
次々と傭兵団に負傷者が続出し、あちこちで悲鳴が聴こえてくる。
「敵の猛攻が止まりません! 他の傭兵団が萎縮して下がっていきます!」
「馬鹿者どもが! 壁を下げるな! 押し込まれるぞ! ちっ、人喰い熊の次は人喰い虎か! 私が出て戦況をひっくり返す! メッターボルン、合わせろ」
「了解した」
「モズの第三商隊は後方援護! 術式弾の使用を許可する! 雨を降らせて敵を押し返せ!」
グランハムの掛け声とともに即座に迎撃態勢が整えられ、レッガウトジャガーに銃撃が加えられる。
今まで銃を使わなかったのは、弾丸の節約もあるが、最大の問題は障害物が多くて有効的ではなかったからだ。
しかし放たれた弾丸は、隠れた木ごとレッガウトジャガーを撃ち貫く。
術式弾の『貫通弾』だ。
術式の力で強烈な回転を加えることで、貫通力を劇的に増した銃弾である。弾道も安定するため命中率も上がる。
そうやって炙り出した相手に対して、続いて第二射。
弾丸が当たると今度は―――爆炎
「ギャンッ!!」
レッガウトジャガーは衝撃で吹っ飛ばされ、火達磨になってゴロゴロ転がる。
スザクたちも使った『爆炎弾』である。
中には爆炎だけではなく雷のようなものまで見えた。こちらは『雷撃弾』と呼ばれるもので、当たった瞬間に雷撃が迸りスタンガンのように麻痺を与えるものだ。
しかも攻撃はこれにとどまらない。
特殊弾と一緒に降り注いだのは―――大量の術符
サナも使った水刃砲やら風鎌牙などの術が吹き荒れ、間合いを詰めようとしていたレッガウトジャガーたちを迎撃。
まずは風鎌牙を使って相手の動きを制限し、続いて的確に水刃砲で急所を射抜いていく。
(術符の使い方に慣れているな。オレがサナに教えたように相性を考えて放っている。しかも魔力が高い連中が多い。威力もサナの倍以上だ)
熟練した戦闘集団なので、各員の魔力の値も高いと思われる。そして、そういった者に優先して術符を与えているはずだ。
この威力ならば、さっきのカールジャガー程度は一撃で倒せるかもしれない。集団で一斉攻撃すれば、大物だって倒せるだけの出力はあるだろう。
(遠距離から術式弾と術符での攻撃を雨のように放ち続ける。なるほど、これならば身体能力の高い魔獣たちでも簡単には近づけない)
術は防御を貫通するので、ひたすら遠距離から使うだけでも相当な効果が見込める。
体力はあるが知恵がなく、ただひたすら突っ込むことしかできない魔獣たちには、実に有効な戦術といえた。
ただし、安全な遠距離攻撃だけで倒せるのならば、誰だってやりたい戦術である。この攻撃を維持できることが驚異的なのだ。
(物量作戦を惜しげもなく続けられるのも資金があってこそだ。あの術式弾だって正規料金なら一発数万だし、術符だって十万だぞ。問屋だから卸値だとしても高級品であることには違いない。銃もどうやら衛士たちが使っているものよりも上等らしいな。南から仕入れているのか? でも、それだけじゃない。あいつらが強い最大の理由は―――)
「一匹ずつ確実に仕留めろ! 全滅は狙わなくていい! 数を削れ!」
グランハムが『赤い鞭』を振り払うと、まるで生きているかのように動き、敵の背後に回りこんで尻尾の蛇を吹き飛ばす。
その際、明らかに通常武器とは違う衝撃波が発生しているので、おそらくはあれも『術式武具』に違いない。
これこそグランハム愛用の武具、『断罪演軌の赤鞭』である。
空中で自在に軌道を変化させることができるうえ、今見たように衝撃波を生み出せるA級術式武具だ。
以前ソブカがグランハムを『鞭』と比喩したが、それは彼が代名詞でもある鞭を愛用していたからだ。
「気を抜くな! 包囲して銃撃だ!」
そして、彼が得意とするのは集団での戦いだ。
すぐに味方から援護の銃撃が叩き込まれ、相手が怯んだところに再度鞭の追撃。
鞭の直撃を受けた魔獣の腹が吹き飛んで、血と臓物の一部がこぼれ出た。凄まじい威力である。
さらに鞭を操り、相手の前足に絡みつかせて動きを封じる。
「ぬんっ!!」
そのタイミングでメッターボルンが突っ込んでいき、斧で相手の首を断ち切った。
だが、彼もこれで油断はしない。
すぐに場を離れた瞬間、そこに何十発もの銃弾が叩き込まれ、レッガウトジャガーは完全に絶命。
こうした慎重な戦い方ができることも、彼らが強い理由である。
「今のうちだ! 他の傭兵団の尻を叩いて前に出させろ! どんどんいくぞ!」
障害物が多くて有利なのは魔獣だけではない。グランハムが木を上手く利用して敵の行動を制限し、縫うように鞭で攻撃する。
焦った魔獣が勢いだけで向かってくれば、銃撃の餌。
強烈な弾丸の雨が叩き込まれた瞬間には、すでに鞭が再度攻撃しており、弱ったところにメッターボルンたち戦士隊が突撃してとどめを刺している。
強敵を次々と倒す彼らに鼓舞されて、他の傭兵団たちも息を吹き返す。
戦況は再び傭兵隊が優勢に立った。
その最大の功労者は、誰が見てもグランハムだ。
(グランハムのやつ、滅茶苦茶いい動きをしてやがる。被弾しない中衛に下がって冷静に戦況を見回しつつ、劣勢な味方がいたら鞭で援護している。自分でゴリゴリ前には行かないが、あいつがいるからこそ部隊が機能しているんだ。タイプはバランス型のサポーターといったところか)
グランハムの担当は、サッカーでいうところのアンカーである。
中盤後方から全体を見回して、即座に危険の芽を摘みつつ、攻撃の際は最初の起点になる重要なポジションだ。
『断罪演軌の赤鞭』の射程は長く、戦気の放出も利用すると五十メートルは軽々届く。当人の言を信じるのならば、二百メートル以上も攻撃可能なのかもしれない。
攻撃力も見た通りに強力だ。魔獣の防御すら簡単に穿つので、中衛からでも十分なダメージが期待できる。
さらにグランハムは軽装であるが、その身軽さを利用して戦場の至る所に顔を出しては包囲網を維持していた。
(攻防力、技量、素早さ、統率力、観察眼、どれも高いレベルだ。そのうえでグランハムの真骨頂は【部隊指揮】にある。これだけの傭兵部隊を統率するのは並の人間にはできない。単独で動くのが得意なオレには無い能力だな)
誰もがグランハムの実力を信頼して指示に従っている。
まとまりがなかった他の傭兵たちとは明らかに違う、完成された傭兵団の姿がそこにあった。
全体が一つの生き物のように動けば、数は圧倒的な力になるのだ。
「サナ、あの動きをよく見ておけ。良いお手本になるぞ。お前の戦い方に通じるものがあるはずだ」
「…こくり」
アンシュラオンがサナの教材にするほどだ。どれだけ優れているかがわかるだろう。
こうしておよそ二時間をかけて、二種類のジャガーたちを蹴散らす。
警備商隊の戦いが見事だったにもかかわらず、これだけの時間がかかったのは、他の傭兵たちがグダグダになったからだ。
茂みから襲いかかってくるジャガーに手を焼き、同士討ちも相まって、かなりの人数に怪我人が出た。
魔獣は弱った相手から狙うため、それを庇うとどんどん新たな負傷者が増えていくことになる。
特に本格的な戦いに慣れていない、個人や小規模の傭兵団の被害が大きかったようだ。
だが、いろいろ反省点はあるものの魔獣は撃退した。なんとかやれる。
そう誰もが思っていた矢先のことだ。
「緊急伝令! 新たな魔獣の群れを発見! 総数は五百以上!」
「左奥からも来ます! 十以上の群れ、二百を超えます!」
「中央から敵! 大型種多数! 一直線に向かってきます!」
次から次へと敵の増援の一報が飛び込んでくる。
「グランハム、俺たちはいいが、他の傭兵団がもたんぞ!」
「くっ、一息つく暇もない! 撤退戦を仕掛けながら拠点まで後退する!」
グランハムたちは、迫り来る魔獣たちをいなしながら拠点まで撤退。
この日の死亡者63人、負傷者285人。
そして、夜に人喰い熊の出没によって、死亡者が20人ほど増えた。




