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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
『翠清山の激闘』編
243/619

243話 「森林への侵攻 その3『ハンターQ』」


「っ……あっ…」



 残された傭兵は、あまりの驚きで声が出ない。


 仲間が死んだこともそうだが、魔獣があまりに大きかったからだ。


 立ち上がった魔獣の大きさは五メートル以上はあり、何よりも横幅がすごい。こうして眼前にいるだけで、まるで重機のような押し迫る圧力を感じる。


 胸から肩、前足にかけて異常に発達して、手先には大きく強靭な爪が並んでいる。


 目は鋭く攻撃的で、鋭い牙で死んだ男の身体をがっちりと捕らえて離さない。



 そこから―――咀嚼



 ゴリッバキッゴキンッと、咥えた上半身の肋骨と背骨が破壊されていき、少しずつ男の身体がその生物の中に吸い込まれていく。


 あっという間に胸まで無くなり、首になり、最後の頭も噛み砕いて胃の中に収まる。


 これで満足してくれればよかったのだが、相手の視線は残った傭兵をじっと見つめる。


 美味そうによだれを垂らしながら。



「う、うわあああああああ!」



 ようやく事態を呑み込んだ傭兵が走り出すが、藪から他の個体が飛び出してきて背後から押し倒す。


 その衝撃で、傭兵の胸骨が骨折。


 肺が圧迫されて呼吸ができない。



「ごっ…がっ……はっ……」



 魔獣は大きく重い。


 筋肉や骨の質そのものが違うので、質量が圧倒的に大きいのだ。いくら傭兵であっても、簡単に押しのけられるようなものではなかった。


 そして、後頭部に爪が振り下ろされる。


 爪は抵抗なく突き刺さり、まるでトマトにナイフを入れた時のごとく、ぶちゃっと赤い汁が飛び散る。


 男はその段階で即死。


 が、松明を持った男のように、押し潰されて生きながら下半身を食われるよりは、数段ましな死に方といえる。


 だが、問題はその数だ。


 藪からゾロゾロと何十匹もの同種の魔獣が這い出てきたではないか。そのどれもが大きな体躯をしている。


 彼らは逃げ出した傭兵を追いかけ始めた。



「…クンクン。グゥゥッ」



 逃げた傭兵には、『自分たちが追い詰めた獲物の血の臭い』が染み付いている。臭いを追えば迷うことはない。



「はぁはぁはぁ! 助けて! 助けてくれええええ!」



 真後ろから凄まじい獣臭と、木々を吹き飛ばしながら迫ってくる嫌な音が聴こえる。


 傭兵は全力で逃げているが、相手のほうが何倍も速い。


 数十秒も経たずに追いつかれ、爪が背中を切り裂く。


 血を噴き出しながら、傭兵はすっ転ぶ。



「ひ、ひぃいい…! あんまりだぁ…俺の最期がこんなところなんてよぉ…! …ひっ!」


「…ボリボリ」


「ガリガリ」



 そんな時、他の個体が何かをかじっているのが見えた。



 それは、最初に出て行った傭兵の―――肉



 彼らは頭を最後に食べる習性があるようで、かろうじてつながっていた頭部があったからこそ、それがグランハムと揉めた男だとわかる。


 まるで極上の餌を分け合うように少しずつバラバラにして、一頭は足を、一頭は腕をかじっている。


 頭部も半分ずつにして仲良く食べているようなので、それが人間でなければ、微笑ましい光景だったかもしれない。



「な、なんだよ…なんだよこれええええええ!! 慈悲なんてねぇ! 何もねえ!! ぐぁっ!」



 魔獣は最後の一人になった男の肩に爪を引っ掛けて、ずるずると引きずる。


 もはや抵抗するというレベルにはない。圧倒的な力で引っ張られる。


 向かうのは、森の奥だ。



「違うんだよぉ! か、金が欲しかっただけなんだ! 離れて暮らす家族に、少しでも金を送りたかっただけなんだよ!! た、助けてくれよおおお!」



 何度助けを請うても、そもそも相手は人間ではない。言葉も感情も常識さえも通じない異種族である。


 魔獣は何も気にせずに男を引きずっていく。


 どうやらすぐには殺さないことがわかったが、それはさらなる恐怖を男に与えることになる。


 この先で待っているのは、人間にとって最悪の死に方の一つであろう。


 傭兵たちは魔獣を殺す時に情をかけなかった。幼体すら気にせず殺した。


 それが許されるのならば、相手も同じことを平然としたってかまわないはずだ。


 それでこそ世界は平等といえるのだから。



「………」



 その魔獣は帰り際に、遠くからじっと建造中の拠点の灯りを見つめていた。


 そこからは『獲物』の臭いがプンプンと漂ってくる。あそこに行けば入れ食い状態は間違いない。


 だが、今日は獲物がいる場所がわかっただけで十分だ。今度は腹を減らした大家族を連れてやってこよう。


 そんなことを考えながら、彼らは森の第二階層の奥に消えていく。



「いやだぁあああ!!! 嫌だ嫌だ嫌だ!! 誰かたすけてええええええええええ!」



 男の断末魔とともに。





  ∞†∞†∞





 二日後、作戦を開始してから四日目の昼。


 第一地点に待望の拠点が完成。


 拠点は、基本的に森で調達できる木材と石材を使い、鉄板で外側をコーティングした簡易的なものだった。


 その代わりにかなり大きめに設計されているので、一万人程度は収容可能なほど広いのが特徴だ。(荷物まで入れるとちょっと狭い)



「無いよりはましだな」



 メッターボルンが率直な拠点の感想を述べる。


 防塞と呼ぶにはまだ弱いものの、重火器や鉄柵、鉄条網を設置すれば、最低限の防衛力は確保できるので、何もない場所で野営するよりは遥かに安全だろう。


 グランハムも似たような意見だが、ここに拠点が築かれたことに意味がある。



「あくまで基礎的なものにすぎん。中に施設を作れば十分役割を果たせる。心理的な側面でも役立つはずだ」


「ここの防衛はどうする?」


「残りたい傭兵や怪我をした者たちが担ってくれる」


「野戦病院代わりか。俺たちが運ばれないようにしたいものだな。今日は森の中層を攻略するか?」


「まだ偵察が終わっていない。明日以降にしたほうがいいだろう」


「そうだな。まだ無理をする段階じゃない。『本命』を制圧するまで余裕を残しておかないとな」



 グランハムたちが慎重な理由の一つが、アンシュラオンにも話した資源の確保にある。


 場合によっては、猿神たちと戦う可能性もあるのだ。戦力は温存しておきたいのが本音だ。



「隊長、緊急の伝令です」



 そこに警備商隊の伝令がやってくる。



「各所にある野営地から、傭兵が消える現象が報告されています」


「逃げたのか?」


「荷物はそのままです。争ったような形跡もあるようです」


「…仲間割れの可能性もあるが、まだ日が浅い。そこまで切迫はしていないだろう。となれば異常者か魔獣か、どちらかだな。何人消えた?」


「確認されているだけで三十数名です」


「わかった。メッターボルンは、モズ隊と一緒に周辺の哨戒を頼む。私は現地で調査する」


「その程度の数ならば、放っておいてもよいのではないか?」


「数は許容範囲だが、全体の規律に関わる問題だ。大きな綻びは必ず小さなところから生まれる。放置しておけば袖の一本を失うだろう」


「相変わらず几帳面な男だな。了解した。周囲を見回ろう」



 グランハムは、伝令を含む十名ばかりの隊員を引き連れて拠点の外に出る。


 そこにはちょうど拠点の様子を見に来たアンシュラオンがいた。



「お出かけか?」


「ちょうどいい。お前も来い」


「その様子だと何かあったかな? いいよ。あんたのせいで暇だしね。マキさん、サナたちを頼むよ。警戒は緩めずにね」


「わかったわ」



 サナを連れていってもよいが、今はアンシュラオンなしのチームで活動しているので、このままマキに任せるほうがいいだろう。


 ユキネとアル先生の存在も大きく、三人がいればどんな敵が出てきても一方的な展開にはならないはずだ。


 アンシュラオンは、グランハムたちと異変が起こった場所に移動。


 そこは森の中部、第二階層に少し入ったエリアにある野営地だった。


 伝令が言っていたように荷物は残っているが、人間だけが消えてしまっていた。



「ここか。たしかに荷物はそのままだな。よし、周囲を捜索しろ。すでに第二階層に入っている。強い魔獣が出る可能性もあるぞ!」



 そこを中心にして捜索を開始。


 第二階層は急に緑の密度が上がり、熱帯雨林のようなジメジメした空気が首筋にまとわりつくエリアだった。


 昼にもかかわらず視界も悪くなり、数メートルごとに大きな藪があるので、その先が見通せないのが一番困る。


 が、その中でアンシュラオンとグランハムだけは、平然と森の中を歩いていた。



「波動円はどれくらい?」


「二百五十メートルだ。それが私の有効射程距離でもある」


「オレがだいたい三百が有効射程だから、やっぱり強いね。それくらいあれば敵が出てもすぐに対応できる」


「お前の場合は、探知ならばもっと広げられるだろう。初日はずっと我々を監視していたはずだ」


「バレたか。広範囲に広げすぎちゃったから粗くなったなぁ。反省だね。おっと、獣道発見。こっちだよ」


「ふっ、野生児みたいな男だな」



 アンシュラオンの案内でさらに進むと、骨や肉片が散乱した台車が発見される。



「人間の血肉…ではないな。魔獣か?」


「誰かが狩って解体したみたいだね」


「血まみれだな。こうなると人のものか魔獣のものか、よくわからなくなる。…むっ?」


「グランハム、気づいた?」


「ああ、何か近寄ってくる」



 二人が気配を察知して警戒モードに入る。


 その気配は、地面を這いずりながら少しずつ近寄ってきている。


 しばらく様子をうかがっていると、藪からひょこっと『魔獣の頭』が出てきた。


 グランハムが攻撃しようとしたので、アンシュラオンが止める。



「待って。魔獣じゃないみたいだ」


「どう見ても魔獣だが…」


「くんくん…」



 魔獣の頭が動くと、すぽっと藪から抜けて、そこから毛むくじゃらの身体が出てきた。


 が、それは『魔獣の毛皮を被った人間』であった。


 さきほど見えたのは、くり抜いた魔獣の頭部を利用したヘルメットだったようだ。



「何者だ? 異様ないでたちだな」


「見たことあるよ。会議場にいたやつだ」


「傭兵…いや、ハンターか」


「ん? なんだおめーら。おれに何か用か?」


「ここで何をしている?」


「魔獣の臭いを追ってたんだ。すんごい臭うんだ。メスの臭い。わかっか?」


「い、いや、私にはわからないが…」


「そか。わからんか。くんくん」


「ねえ、あんたの名前は?」



 こちらを無視して、また地面の臭いを嗅ぎ始めたので、アンシュラオンが訊ねる。


 普段は誰に対しても強気なグランハムも、このような癖の強い相手は少し苦手らしいので、代わりに対応してあげたのだ。



「おれか? ハンターだ」


「それは見ればわかるよ。名前は?」


「だからハンターだ。あー、あれか。またあれか。えー、『ハンターQ』だ」


「ハンターきゅー? それが名前?」


「そそ。いつの間にか、そう呼ばれてんだ。Qでいいぞ」



 この怪しい小柄の男は、ハンターQ。


 魔獣のことに詳しく、訊くとだいたいの答えが返ってくるため、いつしかそう呼ばれるようになったそうだ。ちなみに本名は不明。


 ハローワークでは、最初の採血の際に生体磁気を登録するため、名前は実名でなくてもかまわない。戸籍がない場所では、そもそも名前にこだわること自体が無意味だからである。



「Qがここにいるなら、魔獣の仕業ってことでいいのかな?」


「仕業?」


「どうも傭兵たちが消えてるみたいなんだ。何か知ってる?」


「しらね。でも、くんくん…ここにある臭いは『熊』だな」


「熊? 銀鈴峰にいるやつ?」


「いんや。こいつは森の中の熊だ。ちょとまてろ。んしょ」



 Qは、被っていた魔獣の頭部を取り外す。


 その時に見えた顔は、すでに人間の相貌とは異なっており、魔獣の皮膚が移植された異様な継ぎ接ぎのものであった。


 その上から黒い何かをべっとりと塗っているので、ますます人間離れしているように見える。


 アンシュラオンがじっと見ていたので、Qが笑う。



「変か?」


「いや、面白いと思っただけだよ」


「そか。魔獣を追うには、魔獣にならんといけね。そすると、だんだん自分が魔獣になった気になる。森と一緒になて、感覚がよくなる。それ続けてたら、どんどん人間から離れてった。そんだけ」



(オレもそこそこ魔獣には慣れていると思っていたけど、こっちは熱意そのものが違う。まさにプロフェッショナルだ)



 これぞ、まさにハンター。


 魔獣を狩るためだけに生きている存在だ。


 Qは熊の頭部をポケット倉庫から取り出して、再度頭に被る。



「くんくん…。熊だけど…これじゃない。こちか?」



 今度はまた違う種類の熊の頭部を取り出し、被って臭いを嗅ぐ。


 すると、ビンゴ。



「…これだ。くんくん。うん、そだ。『人喰い熊』だな」


「人喰い? 普通の熊じゃないってこと?」


「人間を主食にしている熊だ。普段は雑食で何でも食うけど、一度人間の味を覚えた熊は、やっぱり人間が忘れられない。美味いからな」


「なんだか食欲が失せる話だね」


「向こうは食欲がそそられる話だ」


「でも、こんな場所に暮らしているのに人間の味を覚えるものなの?」


「昔からずっとここにいる熊なんだろ。よくある。味の情報は親から子にも伝わる」


「熊は頭もいいから厄介だね。ところで、その頭部を取り替える行動って意味があるの?」


「おれの能力だ。被ったのと同じ魔獣か、その近親種の臭いを辿れるんだ。ある程度は情報もわかるぞ」


「すごいな。敵の強さはどれくらいかわかる?」


「んー、根絶級かな。もっとでかいと討滅級になる。人をたくさん食ったやつほど強くなる。危ないやつだ」


「根絶級か。今までとはレベルが違うね。どうするの、グランハム?」


「その魔獣がどこにいるかわかるか?」


「辿れば」


「では、頼む。少し追ってみよう。他の者たちは一度拠点に戻れ! 私はアンシュラオンがいるから大丈夫だ」


「オレは参加しちゃ駄目なんじゃないのか?」


「今回は特例だ」


「ルールを作る側は、いつもずるいよなぁ」



 アンシュラオンとグランハム、そしてハンターQが臭いを辿って森を進む。


 だが、少し進んだところでQが立ち止まり、いきなり地面を掘り返す。



 そこには―――足と腕



 おそらくは行方不明になった傭兵のものだと思われた。



「熊が埋めたんだろうね。保管庫かな?」


「人喰い熊からすれば、我々は食料か。保存食にされたくはないものだ」


「熊は執着心が強い。持っていくと追いかける。どする? トラップ張るか?」


「数はどれくらいかわかるか?」


「くんくん。10…20…30くらい? 今わかるのはこんだけ。たぶん、もっと多い。群れで動く熊だ」


「その魔獣は、仲間が殺されれば怯むか?」


「隠れる。で、また動く」


「面倒な魔獣だな。熊だけにかまっている暇はない。我々は全面的に部隊を押し上げる必要がある。だが、そうすると被害は拡大するかもしれん」


「逆に進軍の過程で熊と遭遇しても犠牲が出るよね。これだけの魔獣だ。相当な被害になる」


「…うむ。正直、魔獣の相手は本業ではない。ハンターとしてのお前の意見を訊きたい」


「オレは参加しないほうがいいんだよね?」


「これくらい我々で対応できなければ意味はない。山の上はもっと厳しいからな。今は苦難を受け入れる」


「じゃあ、このままQに追跡を頼むのはどうかな? 相手の巣と群れの位置がわかれば、昼間の侵攻でかち合う心配もないし、そこに強襲をかけて一気に仕留めることもできる」


「力押しが不利になる以上、それしか手はないか。ハンターQ、頼めるか? 別途、金は出す」


「金はいい。綺麗な頭欲しい。首撥ねてくれ」


「わかった。そんなものでよいのならば、いくらでもくれてやるさ」


「単独で動いているの? 護衛は必要?」


「いらね。魔獣の臭いの中に身を隠す」


「まさに魔獣になりきるのか。本当にすごいな。でも、巣が見つかるまでは被害も増えそうだね」


「かまわん。勝手な行動をした者の末路として喧伝してやれば、少しは物事が見えるかもしれん。役立たせてもらおう」


「悪い顔してるなぁ。まあ、どうせ死ぬのなら少しでも役立ったほうがいいよね。弱いやつは強いやつに食われる。それも自然の摂理だ」



 こうして人喰い熊の出現で、いきなり魔獣の怖ろしさを知ることになる。


 だが、まだ始まったばかりだ。


 こんなものは序の口であることを、次の戦いで知ることになるのであった。




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