239話 「作戦開始 その3『ソブカの輸送船』」
アンシュラオンたちは、ソブカが所有する赤い輸送船に乗り込む。
こちらも武装していることから、小型の武装商船と呼んでも差し支えないかもしれない。
「いい船を持っているじゃないか」
「私も南部まで商売に出ることが多いですからねぇ。最低限これくらいは必要です」
後部ハッチから中に入ると大きな格納庫があり、かなりの物資が積まれていた。
今回の作戦で使う武器や弾薬、食料その他備品の数々である。
「ラングラス派閥は医療関係の物資しか仕入れないんじゃないのか?」
「それはグラス・ギース内部でのルールです。一歩でも外に出れば制約はありません。食料や武器、資源、何でも取り扱うことができます」
「そんな緩い制限ならば、そもそもなんで制約があるんだ?」
「それが伝統であり、利権だからです。最初に都市を作った五人の英雄が担当していたものが、そのまま千年後まで引き継がれているのですよ。これも狭い城塞都市で暮らす一つの知恵でもあります」
「伝統ねぇ。美徳とかならそれでもいいけど、時代が変わると情勢も変わるからな。縛りがあるのは大変だ。でも、今のお前は好き勝手できるってわけだ。やりたい放題だな」
「そういうことです。では、馬車は好きな場所に置いてください」
「うん、とりあえずここは臭くはないな。むしろ良い匂いがする。くんくん、ここからかな? ここか? ここなのか!!」
「きゃふっ、くすぐったいです」
「アンシュラオン君!」
思いきり雀仙の首筋に顔をこすりつけるが、すぐにマキに引き剥がされる。
やはり妻がいる前だとやりにくい。まったくもって誤算である。
だが、良い匂いがしたのは本当だ。
「雀仙さんは、肌に香油を塗ってるの?」
「私の能力の都合上、どうしても細胞に負担がかかりますので、それを軽減させるための薬です。ご不快ではありませんか?」
「綺麗な女性がつけるものに不快は感じないよ。能力は…訊いたら失礼だよね」
「そこまでたいしたものではありません。回復術式を細胞の損傷なしで使えるだけのことです」
「それはけっこうすごいんじゃない? たしか普通の回復術式は細胞の寿命を縮めるよね。リスクなしで使えるってこと?」
「代わり自分の細胞が傷つくのです。それが私の『回復代償』という特殊な能力です」
「オレの命気みたいなものか。ただ、回復術式のほうが【再生医療】には向いているんだよね?」
「はい。古傷の欠損も治すことが可能です。できればそこまで大怪我をしないことが一番ですが」
「でも、代わりに自分が傷つくのはかわいそうだな。ソブカ、便利だからってあまり雀仙さんを酷使するなよ」
「我々にとっても彼女は切り札のような存在です。大切にしていますよ」
「だといいけどね。雀仙さんも自分で自分を守らないといけないよ。無理な時はちゃんと言ってね」
「ソブカ様は、私が南部で逃げている時に助けてくださったのです。その恩義に報いるためならば、いくらでも我慢できます」
「逃げていた? どうして?」
「特殊な能力を持っている人間はどこでも重宝されるものですが、南部では特に『狩り』が横行しています。私も危うく狩られるところでしたが、たまたま近くに来ていたソブカ様と出会って命拾いしました」
「それって人間狩りのことだよね? そんなに南部じゃ多いの?」
「雀仙の場合は、少し他人とは違う事情がありましてねぇ。『ユアネス』の連中に狙われたのです」
「『ア・バンド〈非罪者〉』とは違うのか?」
「彼らとは異なる勢力です。そして、実質的にユアネスの背後にいるのは『宗教組織』です。もともと西側ではカーリス教が主流で、入植によって東側にも勢力を拡大してきたのですが、それにもっとも反発していたのがユアネス地域でした。そこに『ネイジア〈救済者〉』と呼ばれる者が現れ、瞬く間に反カーリス勢力を取り込んで独自の【武装宗教組織】を作ってしまったのです」
「ア・バンド以外にもそんなやつらがいるのか。だが、そいつらが雀仙さんを襲う理由は何だ?」
「すでにスザクさんの武具を見て知っているとは思いますが、遺跡には古代文明の兵器が眠っていることがあります。ユアネスの目的は、そうした遺跡の盗掘による戦力強化です。そして、雀仙はその遺跡の一つを受け継いでいたのです」
「遺跡を受け継ぐ? どういうこと?」
「先祖代々から伝わる遺産みたいなものです。私も彼らがやってきてから初めて知ったのですが、いきなり拘束されてしまって…」
「拘束!? ま、股は大丈夫だった!?」
「きゃっ! 手を入れては…」
「アンシュラオン君!」
確認のつもりだったのだが、お叱りを受けて残念無念である。
だが、いくら確認とはいえ女性の股に手を入れる段階でアウトだし、そもそもこの男に確認する権利などはない。
「ぎゃーーー! なんか変なのがいるーーー!? この樽! 樽の中だよー!!」
その時、馬車のほうでアイラの叫び声が聴こえてきた。
そこに何事かとクラマが近寄っていく。
「なんだよ、樽くらいでびびってさ。姉ちゃんは俺より年上なのに、やっぱり女は駄目だな」
「なによー! じゃあ、そっちがやってみてよー!」
「へへん、こんなの怖いわけあるか。どうせ何かの動物でも入り込んで―――」
「ブシュー!」
「ぎゃーーー! 何か目にかけられたーーー! 目がー! 目が熱い、熱いよおおおお!」
「ギョギョギョッ! ミーの眠りを妨げる者は、目に唐辛子汁をぶっかけてやるアル! ギョギョギョッ!」
「な、なんだこいつ…樽から手足が出て…! よくもやったな! ぶった斬ってやる!」
「あちょー! ブシューッ!」
「ぐえっーー! ぎゃーー! の、喉が…ごほごほっ……喉にかけられた……げほげほっ」
「安易に口を開けるからヨ。小僧がミーの相手をするなんて百年早いアル。すぽっ」
「こわーー! この樽こわー! なんでこんなものがあるのよー!」
再び樽の中に入っていった謎の生物(樽型アル先生)によって、あっさりとクラマが返り討ちに遭う。
なぜか辛い汁を常備しているようで、それによって目潰しと喉潰しをするから恐ろしいものだ。
「何をやっているんだ、あいつらは。コントかよ」
「話の腰が折れてしまいましたね。奥へどうぞ」
ソブカの案内で、一向は居住スペースに向かう。(アル先生は樽の中)
そこの大きなラウンジには高級なソファーやテーブルが並べられ、料理も用意されていた。最初からアンシュラオンがこの船に乗ることを確信していたようだ。
アンシュラオンたちが思い思いの場所に腰を下ろすと、輸送船の女性スタッフが飲み物を用意してくれた。
(こっちで正解だったな。あっちはゴリゴリの軍用船だったから男しかいないっぽいしね。それと比べてソブカの船は洒落ているな。まさに金持ちの船って感じだ)
「改めまして私の船にようこそ。歓迎いたします」
「仲間になったつもりはないけどね。とりあえずは作戦が終わるまでの間だけの関係さ。で、オレを呼んだからにはグランハムともグルなんだろう?」
「彼らとも協定を結びたいと思っています。その前段階といったところでしょうか。どのみち今回ハピ・クジュネが勝てば、グラス・ギースに挽回の目はありませんからねぇ。共闘するメリットはあるはずです」
「オレは都市間同士のやり取りには興味がない。金さえもらえればいいさ」
「それでかまいません。互いに利があることならば今後も協力し合えるはずです。では、続きとなりますがメンバーを紹介します。彼が鬼鵬喘です」
「あー、だりぃ…」
長身で細身の男が、だるそうにソファーに横たわる。
肌がやたら色白いが、生まれ持ってのものではなく病的な不健康な色に見える。
「ソブカ…薬をくれ。だるくて死にそうだ…」
「もう少し我慢してください。あまり服用すると逆効果です」
「俺がこんなに苦しんでいるのに薬もくれないのかよ…なぁ、薬をくれよ…死んじまうよ……クスリ…くれよぉ」
「あいつ、大丈夫か? 完全にヤク中じゃないか」
「普段はあんな感じですが戦闘では役立つ男です。そして、あちらがガンセイです」
ガンセイと呼ばれた男は、さきほどからずっと手に持った人形をいじくり回していた。
それだけでも若干おかしいが、どんどんテンションが上がって鼻息も荒くなる。
「はぁはぁ、今日もかわいいねぇ。君はすごく輝いているよ。ぱ、パンツもはこうね。髪の毛も綺麗にとかないとね。はぁはぁ」
「………」
「そんな目で見ないでください。大丈夫です」
「全然大丈夫には見えないぞ。誰がどう見ても変態だ」
「能力のある者ほど他人とは違う嗜好性を持っているものです。ああ見えて工作員としては一流ですし、さまざまな機械のメンテナンスもしてくれる優秀な男です」
「人格に問題がありすぎるんだよなぁ」
「そして、最後は彼です」
「鷹魁だ。よろしくな」
「鎧は脱がないの? それ、かなり重いよね」
「これか? ははは、脱げねぇんだわ。だってこれ、俺の身体だし」
「ん? 身体?」
「まあ、なんつーか、半分機械みたいな感じだな。しゃーない、これはしゃーないんだわ! 事故って半分吹っ飛んじまったからよ!」
鷹魁と呼ばれた大男は、フードを脱いでもずっと全身鎧のままであった。
その理由は、彼が『サイボーグ』だからだ。
「サイボーグなんて初めて見たけど、そんな技術があるの?」
「これも古代遺跡の技術の一つです。かつて人間の機械化を研究していた文明があったそうで、発掘したいくつかのサンプルを使用して、無事成功したのが彼です」
「人体実験ってやつだな。まあ、人生なんとかなるもんだ。つーわけで、俺の身体のことは気にしなくていいぞ」
「めっちゃ気になるけどね。というか、お前の部隊は変人が多すぎるだろう。個性豊かにも程があるぞ」
「誰もが訳ありの人物ですからねぇ。しかし、私が拾ってきた人材で構成した隊なので、もっとも信頼できる者たちでもあります」
「これで全員か?」
「赤鳳隊は総員二百人程度いますが、特殊な能力を持った人材はここにいる六人だけです。他勢力の監視もありますので、これ以上は大きく動けないのです」
「まあ、戦場で使えればなんでもいいさ。最初にも言ったけど、雀仙さん以外は守らないからな」
「ふっ、ファレアスティは入らないのですか?」
「彼女はお前が守ってやれ。それくらいの力はあるだろう」
「そんなに戦いは得意ではないのですが、せいぜいがんばってみますよ」
こうして赤鳳隊が紹介される。
ソブカを筆頭に、ファレアスティ、ラーバンサー、雀仙、クラマ、鬼鵬喘、ガンセイ、鷹魁が中心メンバーだ。
今回は二十人のサポートメンバーもいるが、主力はこの八人である。
「それで、今後の予定は?」
「夜中にはハピ・ヤックに、明日の夕方には目的地に到着する予定です。そこでまた朝を迎えてから作戦が開始されるはずです」
「それまでは暇か」
「船内を見学なさってもよいですし、お暇なら模擬戦でもどうでしょう? うちの面子もまだまだ実戦不足ですからねぇ」
「俺やる! 俺やるよー! アンシュラオン、勝負しろよ!」
「ガキの相手は面倒だな。妖怪樽ジジイに勝ったら考えてやる」
「あ、あれは人間じゃないんだ! さっきのはノーカンだ! ひ、ひぃ、思い出したらまた目が…」
子供にトラウマを与える存在。それが妖怪樽ジジイだ。
子供でなくても怖いが。
「なぁ、あんた。なんかでかい剣を持ってるって聞いたんだけど、どんなやつだ?」
サイボーグの鷹魁がアンシュラオンに訊ねる。
「でかい剣?」
「猿から奪ったってやつか? なんかあんだろ?」
「ああ、あの赤い剣か。それがどうしたんだ?」
「もしよかったら俺に譲ってくれねぇかな。この体躯だろう? 満足な武器がねぇんだわ。買う予定だったもんをアズ・アクスの鍛冶師が山に持っていっちまったみたいだからよ」
「うーん、その身体なら扱えるかな? 使ってないからべつにいいけど、いくら出す?」
「組長、金のことは任せた!」
「アンシュラオンさんの言い値で買いますよ。鷹魁はうちの主力でもありますからねぇ」
「じゃあ、一億ね」
「わかりました。今すぐ用意します」
「かなりふっかけたつもりなんだけど? 威力はオレの刀と同等だから、たぶん二千万か三千万くらいだぞ?」
「今は武器が貴重です。三倍以上の値段でも欲しいくらいですよ」
「そっちがいいなら遠慮なくもらうけどね。それなら三億とか言っておけばよかったなぁ。あとで格納庫に行こう。どれくらい扱えるか見てあげるよ」
「おう、頼む。あんた、いいやつだな!」
こうして『バッドブラッド〈止血防止の悪童〉』を鷹魁に一億円で譲渡。
完全に扱うには必要値を満たす必要があるが、彼ならばパワーもありそうなので大丈夫だろう。
「それよりお前はどこで情報を仕入れてくるんだ? オレが猿の武器を手に入れたことは口外していないはずだぞ。知っているとすればシンテツのおっさんたちか、アズ・アクスの炬乃未さんくらいだ」
「赤鳳隊には専門の諜報機関があります。彼らは常に情報を集めていますし、他の商人や裏側の人間や組織とも繋がりを持って情報を買ってきます。当然、ハピ・クジュネ軍にも協力者はいますからねぇ。その諜報機関の責任者がファレアスティですよ」
「お前のことはいつも見張っている。ソブカ様の船で下手な真似はするなよ」
「ファレアスティさんも笑えば可愛いのにね。もったいないなぁ」
「キッ!」
「はいはい、わかってるよ。おとなしくしてるさ。やれやれ。なんか変な連中と関わっちゃったなぁ」
ソブカは見た目も美麗で頭も良く、なおかつ金も力もある非常に優れた人物だ。
が、やはり腹に一物があるのも事実だ。
(ソブカがオレに近寄るのも、グランハム同様に【目的】があるからだ。それが最初に言っていたグラス・ギースの改革なのかはまだわからないけど、使える間は使うとするか。相手もそういう関係でいいみたいだし、現に身を守るためにも情報や戦略は大事だからな)




