232話 「炬乃未の想い その3『導く武器』」
「マキさんの師匠がその能力を使いこなせているのは、当然ながら自分の力ってこともあるんだろうけど、たぶん技の制御が上手い人なんじゃないかな?」
「そうね。技のキレに関してはアンシュラオン君に匹敵すると思うわ」
「ならば答えは簡単だ。マキさんも同じことができるようになればいい。せめて技の出し入れくらいは自在にできるようになるべきだ。制御に関して才能はあまり関係ない。修練次第でなんとでもなるよ」
「…そうなのよね」
「あの…わたくしが作った篭手は大丈夫でしょうか? 不備があったのならば大変申し訳ありません」
「炬乃未さんは本当に素晴らしい武器を作ってくれたよ。今はまだ完全には使いこなせないかもしれないけど、それは武器が悪いんじゃない。マキさんがまだ未熟だからだ」
「あいたたた。本当のこととはいえ、耳が痛いわね。でもその通りよ。私がまだ武具の性能に追いついていないんだわ。炬乃未さんは悪くないのよ」
「でも、だからといって遠い場所にあるわけじゃない。少し努力すれば必ずたどり着ける領域を教えてくれている。素人のオレが言うのもなんだけど、『人を導く武器』ってのもあるんだと思うよ。君がマキさんを導くんだ」
「導く…わたくしがですか?」
「マキさんが能力に苦しんでいることを聞かされて、どう思った?」
「最初はかわいそうと。ですが、少しずつ『羨ましい』と思うようになりました。わたくしには何の力もないと思っておりましたので、たとえ完全に制御できずとも、そんな力があるだけ幸せなのではないかと。そして、少しでもお力になりたいと考えておりました」
「うんうん、なるほどね。やっぱりそうだ。今までの武具は、マキさんの力を『封じる』ためにあった。一方で君の武具は『生かす』ために作られている。マキさんが力を物にできるように背中を押してくれる『友達』みたいな武具なんだと思う」
「そんな、わたくしはただ夢中で打って…」
「そうよ! それよ!! この篭手からは炬乃未さんの応援が聞こえてくるみたいだもの。もっとがんばれ、あなたならできるって! だって、私たちってもう友達だものね。いえ、もう家族そのものよ! そうよね、炬乃未さん!」
「あっ…え!? そ、そうなの…ですか? でもその…う、嬉しいです」
「大丈夫。作戦の大詰めまでには、マキさんはしっかりと追いついてくれるよ。そうだよね?」
「ええ、もちろんよ。少しでも力を制御できるように毎日訓練するわ。私はずっとこの力を怖がっていた。でも、それじゃ駄目なのよね。先生にも失礼だし、私自身ももっと強くなりたい。アンシュラオン君の役に立って、あなたの期待にも応えてみせる!」
「マキさん…」
「この武具の力で、必ず炬乃未さんの大事な家族を助けてみせるわ! あなたと一緒なら絶対にできる! 今度は私を信じてちょうだい」
「…はい!」
マキと炬乃未が、握手を交わす。
武器は、ただ強ければ良いというわけではない。サナがまだ黒千代を扱えないように、当人にしっかり合っていなくてはならない。
そして、この六鉄功華はマキ専用に作られたものだ。
彼女を想い、羨み、共感し、願いを託した『生きている武具』なのである。
きっとマキを導き、成長させてくれるに違いない。
(どうしよう。本気で炬乃未さんが欲しくなってきたぞ。こんな女性、素敵すぎるよ! ぜひ、わが家に欲しい! オレならば彼女を守れるから安全面でも安心だよね)
ちらっと里火子を見ると、にやっと笑って親指を立てた。母親はすでに公認らしい。
ただし、さすがに翠清山での戦いが終わったあとでないと浮かれた話はできないので、ぐっと逸る気持ちを抑える。
「その篭手は強度はもちろんのこと、強化系ジュエルを組み込んでおりますので、マキさんが得意とされている火系の能力を増強することができます。直接打撃による炎の強化に加えて、苦手な放出技を使う際にも消耗と負担を減らすことができるのです」
「そんな能力まであるのね。本当に助かるわ」
「そして、それと対になる『六鉄蹴華』がこちらです。脚を保護しつつ、篭手と同じく技の威力を高めます」
「蹴り技もよく使うから、こっちもありがたいわ! でも、こんなに作ったのならば大量の血を使ったのではなくて?」
「わたくしは待つだけの身。静かにしていれば二週間もしないで全快します。何ヶ月も戦う皆様を思えば、この程度はなんともございません」
「ありがとう…炬乃未さん。あなたの血、私の中で必ず力にしてみせるわ」
「あとは防具をお持ちください。軽くて格闘戦の邪魔にならない軽装備をご用意いたしました」
里火子が作った身体の動きを阻害しないバトルジャケットと、サナに渡した鉢金も渡される。サナが黒だったのに対し、こちらは赤いもので彼女によく似合う。
マキは拳や蹴りで戦う生粋のインファイターのため、どうしても被弾しやすい。こうしたところで防御力を上げられるのは非常に助かるはずだ。
鉄化能力も上手く使いこなすことができれば防御が安定し、さらに彼女の攻撃力が生きる日がやってくるに違いない。
「次は小百合さんです。まずは、ご要望にあった刀をどうぞ」
「とても綺麗ですね! 鞘細工も素敵です!」
「『琵秀刀・香澪』と名付けました。扱いはやや難しい部類ですが、レマール剣術を学んでおられる小百合さんならば使いこなせるでしょう」
若苗色の鮮やかな鞘には、金細工で美麗な紋様が刻まれていた。
長さも小百合に合わせて若干小ぶりになっているが、その分だけ振りやすさを重視していることがわかる。
「これはたまりませんね! さっそく試し斬りをしてもよろしいですか!?」
「もちろんでございます。剣と鎧、両方ご用意いたしておりますので、お好きなものでお試しください。フルプレートから軽鎧、海軍が使っている甲冑までそろえております」
「では、海軍の鎧でいきます!」
小百合が刀を抜くと、刀身の波紋が輝きを帯びる。
刃はまるで濡れているように瑞々しく、思わず息を呑む美しさだった。
その刃をすっと正眼に構えてから、上段一閃。
置かれていた鎧にすっと刃が入り込み、ほとんど抵抗なくスパッと切断。
続いて胴薙ぎ一閃。
こちらも抵抗なく入り込み、真横に切り裂かれた鎧が四つに分かれてごろんと床に落ちた。
すでにサナの黒兵裟刀の威力を見ていたので予想はしていたが、それでも驚くべき切れ味である。
「こ、これは…! お父さんが持っている名刀よりも切れ味が凄いかもしれません! それに何よりも軽いです! 軽いのによく切れるなんて不思議ですね!」
「琵秀刀は軽さを追求しつつ、切れ味を極限にまで高めています。刀身自体も軽くて伝導率が高い鉱物を使用しておりますが、鞘細工にも秘密があります」
「この美しい紋様ですね」
「それは細かいジュエルを集めて作った『術式細工』でして、鞘に入れている間に刀身を強化する術式が組み込まれているのです。一日ごとの回数制限はあるものの、それによって軽さと切れ味の両立を成立させております」
「たしかに私が刀を使ったとしても、何時間も続けて戦うことはあまりないと思います。そもそも体力がもたないですしね。ピンポイントで強い力を出せるのならば、そのほうがありがたいです!」
この『術式細工』は術符を生み出す『符行術』の発展版で、細工を施した物質に効果を宿す独自の術式体系である。
錬金術師が使う『錬成』に似ているが、錬成が物質への術式のコピーや相乗効果による変異を促すのに対し、こちらは複数のジュエル媒体を組み合わせることで術式を刻むことに大きな違いがある。
この細工の配置やパターンにも意味があるため、鞘が大きく破損すると効果を失ってしまう可能性がある。そのあたりは術符と同じだ。
当然ながら炬乃未に細工能力はない。専門の職人に依頼して施してもらったのだ。
(たった一つの武器に何人もの職人が関わっているんだよな。ただでさえディムレガンの職人がいないんだ。急ピッチで仕上げてくれたにもかかわらず、これだけの質を維持してくれるなんて、やっぱり一流の仕事は格別だよ)
依頼してから一ヶ月経っているが、これだけのものを作るには、本来ならば何ヶ月もかかるに違いない。
寝る間も惜しんで作業してくれたことは、炬乃未のやつれ具合を見てもすぐにわかる。里火子も笑顔だが、さすがに疲れの色は隠せない。
彼女たちは能力を使うだけで血を失うのだ。その想いに改めて感謝である。
「続きまして、こちらが『守那岐の太刀』です。長巻にするかどうか迷ったのですが、小百合さんの腕力と特性を考えて薙刀を採用しました」
炬乃未が、長さ二メートルはある薙刀を持ってきた。
シンプルなデザインの中に高級感が滲み出た美麗なものだ。
「これもすごい軽いですね」
「安易に接近すると危険な魔獣が相手の際は、間合いが長いこちらをお使いください。軽いですが、先端の刃を叩きつけると衝撃波が発生いたしますので、相手を弾き飛ばす効果がございます」
「なるほど! 倒すのではなく、敵を遠ざけるための武器なんですね」
「女子が戦場に赴くのは大変なことでございます。できうる限り、身を守ってほしいという願いから作ったものです」
日本の長柄武器の中には、大太刀、長巻といった長い柄と長い刀身をもった武器が存在する。我々が一般的に見かける日本刀はサブ兵装であり、メイン武装は槍や長巻を使っていたともいわれている。
その中の一つに薙刀があり、近代日本では女子が授業で習うほどメジャーな武器だ。が、長巻等に比べると刀身が短いので比較的攻撃力は低い。小百合の腕力では刀のほうが使いやすいだろう。
ただし、この世界では魔石を加工して武器を作る。特殊能力を組み込めば、単純に間合いが広い武器は極めて有効だ。
「試してみます!」
小百合が軽く振り回して鎧に叩きつけると、衝撃波が発生。
鎧が粉々になりながら後方に吹き飛び、パーティションに激突して止まる。
「これは絶対便利ですよ! とても助かります!」
「それはよかったです。扱えるようで安心いたしました。防具ですが、ご要望にありました『着物』と『馬乗り袴』をご用意いたしました。こちらも母が仕上げたものですので、軽いわりに防御力はかなり高くなっております」
「おおおお! これです、これ! レマールの女はこれでないと!」
小百合が要望したデザインは、レマール女性が戦う際に着るという馬乗り袴だ。こちらはズボン状に二つに分かれて動きやすい仕様なのが特徴となる。
これに着物が加わると、まさに見た目は大正浪漫の女性にそっくりだ。
「サナさんの陣羽織との違いは、『攻撃を受け流す』ことに特化している点です。一見するとただの着物ですが、このヒラヒラした部分も金属糸で出来ておりますので、相手の打点をずらして威力を軽減させる効果があります」
「この短期間でよく間に合わせてくださいました! ありがとうございます! 着物も実に見事です!」
「わたくしが使っている着物も母が作ってくれたものなので、趣味が合う方がいらっしゃって、わたくしも嬉しい限りです」
「うおおおお! 炬乃未さん、超絶に可愛いですーー!! ぎゅーー!」
「あーー! 尻尾を触っては駄目ですぅううう! なぜ抱きつくのですかー!?」
「これが私の愛情表現なのです! 女同士なんですから、いいじゃないですか!」
いきなり小百合に抱きつかれてパニックになる炬乃未。
小百合は気分が盛り上がると女性に抱きつく癖があるので、貞淑な女性は慣れるまで大変だろう。
こうして小百合は、接近戦用の刀と長い間合いの薙刀、それと和風のデザインが滲み出た防具を手に入れる。
サナとマキに引き続き、小百合用の水色の鉢金もあるので頭部の保護も十分だろう。




