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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
『翠清山の激闘』編
225/618

225話 「悶える女傭兵」


 説明会の午前の部が終わり、人々がハローワークから次々と出て行く。


 あれだけ激しいファイトをしていたのが午前中というのが、なんともすごい話だ。


 会場が壊れてしまったため午後からは他のホールを使うらしいが、大半の傭兵は午前の部に集まっていたので、今後は小さなホールでも十分間に合うだろう。



「二百万を即金で出すとは、さすがハピ・クジュネだな」


「おうよ。これで準備が整えられるぜ!」


「俺、あの武器買っちゃおうかな。憧れのアズ・アクスの武器!」


「最近になって品質が落ちたとか聞いたぜ?」


「俺が見たときは普通に良い武器だったぞ? それ以上のランクになると使いこなせないからなぁ…そもそも価値がわからん」


「どうせ二百万全部をつぎ込めるわけじゃねえし、ほどほどの武器でもいいか。持久戦なら質より量が大事だよな」


「まあ、そうだな。作戦中の食料の供給はあるようだが、銃弾も買わないといけないし、野営の道具とか万一の際の携帯食料だって必要だ。そろえるもんは山ほどあるぞ」


「ちぇっ、そう考えると二百万でも足りない気がしてきたぜ。準備費をもらえるだけ、ありがたいけどよ」


「俺はぱーっといくぜ! いつ死ぬかわからねぇし、今日くらいはいいだろうよ。金は残さない主義だからな!」


「ナックル系の戦士はいいよな。武器に金がかからないからよ」



 参加登録をした者は即座に二百万をもらったため、その金で装備を整えたり、あるいは前祝いとして飲食代に使う者もいた。


 準備費は高額で人数も増えれば大きな出費だが、何を買うにしても結局はハピ・クジュネに金が落ちる仕組みになっている。


 それが臨時特需として都市内部の景気活性化に繋がるのである。


 傭兵は移動も多いので全部とはいかないが、半分程度は都市に還元されるだろう。金の匂いを嗅ぎつけてか、近くには商人の姿も多く見られた。まさに戦争バブルが起きようとしているのだ。


 ただし、それは命の値段でもある。


 アンシュラオンたちも一応参加費用として二百万を受け取るが、普通の傭兵たちとは立場がまったく異なっていた。



(成功報酬は最大二千万だが、あくまで作戦後に生き残っていたらの話だ。実際は二百万で命をかけないといけない。オレみたいな上位者はある程度装備を持っているけど、下位の連中は二百万じゃたいしたものは買えないだろう。術符二十枚程度の値段でしかないからな)



 ハローワークの報奨金も後払いであるため、まずは生き残ることが重要だ。


 死ねばすべてを失い、勝ち残れば一攫千金。まさにハイリスクハイリターンだが、それが傭兵やハンターという人種の生き方なのだろう。



「ゲイルはよかったの? 会場で話していたように、そこまで旨味のある話じゃないよね?」


「兄弟と一緒に戦ってみたくなったのさ。ハピ・クジュネは俺の故郷でもあるし、ここは一発やるしかないだろう」


「そっか。それならオレも楽しみにしておくよ」


「ああ、一丁暴れてやろうぜ。じゃあな、兄弟! また十日後に会おうぜ!」



 ゲイルたちも申請を終えて準備費を受け取り、去っていった。


 彼もフラッグファイトに影響を受けたらしい。やる気満々だ。



「オレとガイゾックの戦いのせいで、なんだかみんなを巻き込んだ気がするよ」



 アンシュラオンは隣にいたマキに困ったような表情を浮かべる。



「アンシュラオン君はきっかけを与えただけよ。最後は誰もが自分で決めることなのだから、気に病むことはないわ」


「まあ、自分の力で勝ち取るから意味があるんだけどね…。若干やりすぎた感はあるかな。にしても、作戦開始は十日後か。けっこう時間をかけるよね」


「それだけ大掛かりな作戦だもの。各都市との連携もあるでしょうから海軍のほうは大変そうよ。スザク様も家に寄る余裕はないみたいね」


「さすがに作戦前は無理かな。終わったら成功記念で呼びたいけど…ここにいる何人が生き残れるかわからないしなぁ。オレが参加するとはいっても、あれだけ広い山脈で全員をサポートするのは無理だよ」


「…そうね。でも、アンシュラオン君がいるだけで傭兵隊が安心するんじゃない? ベルロアナ様が参加すると聞いた時も驚いたけど、私たちの近くにいるなら安心かしら」


「オレたちもあいつと一緒に動くんだよね? 指揮系統がうんたらって理屈は仕方ないけど、複雑だよ。そもそも素人に来られるだけで迷惑なんだよなぁ」


「キャロアニーセ様もご承知のようだし、スザク様が訪れた際にいろいろとあったのでしょうね。グラス・ギースとしても、なんとかこの状況を打開しようと必死なのよ」


「イタ嬢にはファテロナさんがいるから、あっちはあっちで好きにやればいいか。…しかしまあ、さっきからすごい見られている気がするんだけど?」


「注目の的だもの。仕方ないわ」


「やれやれ、男たち見られる趣味はないんだよなぁ」



 これもフラッグファイトの効果か、アンシュラオンにはさまざまな視線が向けられていた。


 大半は男たちの羨望の視線だが、その中に珍しいものが交っていることに気づく。



「あれ? 女性の傭兵もいるね」


「あら、そうね。珍しいわ」



 少し離れた場所には、女性にしては背の高い二人組の傭兵がいた。


 一人は鎧を着た女性で、シルバーグレイの銀髪を短くまとめている端整な顔をした美人だ。アニメでよく出てくるステレオタイプのロシア人を彷彿させる。


 特筆すべきは【大盾】を背負っている点だろう。


 四角い盾は身体全体を覆うほどに大きく、腰には先端が膨れた打撃棒、いわゆるメイスと呼ばれる武器を持っていた。


 総合して見るに、相手を殺すというより、敵を制圧して対象者を守ることに特化した武装のようだ。


 もう一人はベージュの長髪に褐色肌の女性で、こちらは大きな両手剣を背負っていた。防具は最低限しか身に付けていないので、動き重視の攻撃型だろうか。


 盾の女性と違うのは、剣の女性のほうが体格ががっしりしており、女ウォーリアーと呼ぶのに相応しい姿であることだ。


 その容姿から、アマゾネスやアマゾーンと呼ばれる女部族の戦士を彷彿させる。


 それでもやはり女性なので、露出した筋肉は男性のそれと比べて、しなやかで美しいラインを保っていた。


 ちなみに年齢は、どちらともアンシュラオンより年上に感じられるお姉さんたちである。小百合より、やや下くらいだろうか。



「おおおおお! ここに来てから生の女傭兵は初めて見たぞ! なかなかいいじゃないか! じーー!」


「―――っ!?」



 アンシュラオンが興味津々の視線を向けると、盾を持った銀髪の女性が目を背け、そそくさと行ってしまった。


 それを大剣の女性が慌てて追いかけて消えていく。



「ああ、行っちゃった! もっと見たかったのに!」


「アンシュラオン君、女性をじっと見つめちゃ駄目よ。あなたの目はなにかこう…身体がぞわぞわするくらい魅力的なの。見るなら私を見てね」


「そりゃマキさんはいくらでも見ていたいけど、彼女たちも気になるなぁ。あんなに綺麗な女傭兵は珍しいよね?」


「また増やすつもりなの? ユキネさんだけでもこっちは大変なのよ。彼女の扱いだってまだ決まっていないのに」


「いやまあ…その……ユキネさんはユキネさんであって、それとは別に『サナ直属の親衛隊』が欲しいなぁ、なんて。サナもライザックみたいな親衛隊が欲しいだろう? 親衛隊っていう響きがカッコイイよな?」


「…こくり」


「ほら、サナもそう言ってるしさ。検討するくらいはいいよね?」


「もうっ、サナちゃんは何でも頷いちゃうんだから。あんまりお兄ちゃんを甘やかしたら駄目よ?」


「…?」


「んふふ、可愛い。ナデナデ」


「ここにいるってことは、彼女たちも参加するのかな?」


「準備費をもらっていたみたいだから、きっとそうね」


「そっか…参加するなら、また会う時もあるかな」





  ∞†∞†∞





「はぁはぁ…」


「ちょっとサリータ、いきなりなんだい。逃げることはないだろうに」


「いや、逃げたわけではないが…急に見つめられて驚いてしまって…」


「それを逃げたっていうんだけどねぇ」



 大盾を持った銀髪の女性、サリータが息を切らせていた。


 さきほどアンシュラオンが見つめていた女傭兵の一人である。



「あんたが見つめていたから視線に気づいたんだろうさ。まあ、気持ちはわかるよ。あんな凄いのを見せられたら、あたしだって気圧されて子猫ちゃんになっちまうさ。あれがホワイトハンターってやつなのかねぇ。まさに化け物だよ」


「…ああ、そうだな」


「んん? なんか妙に顔が赤いねぇ。本当にどうしたんだい?」


「ベ・ヴェル、お前は何も感じないのか? さきほどの少年…彼を見て、胸がドキドキしないか?」


「はぁ? なんで?」


「なんでって…自分にもわからないが……ソワソワして、さっきから震えや動悸が止まらないんだ。胸の奥が痒いような、くすぐったいような…それでいて燃えるように熱いんだ。自分は病気にでもなったのだろうか?」



 サリータは顔を真っ赤にして、自分の身体を抱きしめていた。瞳もどことなく潤んでいるようにも見える。


 一見すれば風邪に似た症状ではあるが、説明会前まで普通だったのだから、こうなった原因は別にあるはずだ。


 それを見た大剣を背負った褐色肌の女性、ベ・ヴェルがにやりと笑う。



「ははーん、サリータは『ショタコン』だったのかい」


「しょ、ショタ? なんだそれは?」


「少年趣味ってやつさ。そりゃまあ、可愛い子だったけどねぇ。あたしはべつにそういう趣味じゃないから特に何も思わなかったけど…意外だねぇ。にやにや。へー、そうだったんだねぇ。つれないねぇ。最初から言ってくれればよかったのにさ」


「ば、馬鹿を言うな。そんな趣味はない!」


「まあまあ、傭兵なんていつ死ぬかもわからない人生さ。自分の趣味には正直に生きたほうがいいよ」


「だから違うと言っているだろう!」


「でも、気になっているんだろう? ずっと見ていたじゃないか」


「それはその…あんな綺麗な男がいるなんて思わなかったから、少し驚いただけだ。…はぁはぁ…なんであんなに可愛い…ずるい…ずるい…」


「可愛い?」


「ちがっ!? お前も見ただろう! あんなに強くて…綺麗で…か、可愛いなどと…あ、ありえるのか!? あってはいけない!! 男はゴツくて粗暴で、いけ好かないやつでないといけないのだ! 汚くて臭くて、すぐにセクハラをするような連中であるべきだ! だから自分は男が嫌いだ!」


「サリータ…ずっと前から言おうか迷っていたんだけどね。あんたの男観ってちょっとおかしくないかい?」


「な、なぜだ。何かおかしいのか!?」


「そりゃ男の大半は、あんたの言うような連中ばかりさ。特に傭兵なんて酷いもんだよ。汚くて横暴で口先ばかりのチキン野郎ばっかりだ。会場にいた男の四割以上は、そんなやつらだろうね」


「そうだ。あいつらはろくな連中じゃない。さっきもあの人混みで尻を触ってきたやつがいたからな…! 絶対に許せん!」


「でもさ、あたしたちは『女』だ。女にもいろいろいるように、男にだっていろいろいても悪くはないさね。それで気に入ったら男女関係になってもいいじゃないか。女だって性欲はあるんだ。悪いことじゃないさ」


「ベ・ヴェル、裏切るつもりか!」


「いや、裏切りって…。あたしはべつにレズじゃないんだ。ただ単に、あたしが認めるような男がいないってだけさ。あんただってそうだろう?」


「そんなことはない! 私は男など好きにはならないぞ! 男になめられたら傭兵は終わりだろう!」


「それもそうなんだけど…ああ! まったくもって不器用な女さね。だから一緒にいて面白いんだけどねぇ。でも、今回の仕事は半端な覚悟じゃ厳しそうだ。それでもやるのかい?」


「すでに参加申請はした。いまさら怖気づいたのか?」


「規模が規模さ。たしかに人数が多ければ仕事は楽だけど、逆にいえばそれだけ人手が必要だってことでもあるんだ。しかも山だ。素人に山はつらいよ。たぶん最低でも三ヶ月以上はかかるし、北部の山は雪が多い。かなりきついね」


「そういえば、お前の出身は山岳地帯だったか?」


「ああ、ずっと南にある山と森ばかりの未開発の地域さね。ここにいる連中は浮かれているけど、魔獣の本拠地に乗り込むんだ。相当な激戦になるだろうね。死ぬかもしれないよ」


「だが、残ってどうする? この金がなければ、また宿無しだぞ」


「それも頭が痛いところだねぇ。あたしらみたいな女の傭兵は、なかなか雇い手がいないもんだ。二百万で妥協するしかないかね…」


「彼も…参加するのだろうか?」


「んふふー?」


「なんだその顔は」


「本当に頭の中が、あのホワイトハンターでいっぱいみたいだねぇ。そいつはやっぱり『恋』ってやつじゃないのかい? しょうがない。しょうがないねぇ。ショタコンじゃないあたしから見ても可愛いからねぇ」


「これ以上は茶化すな! ホワイトハンターがいれば作戦の成功率も上がると思った…だけだ。他意は……ない…」


「声が萎んでるけどね。で、どうする? おべっかでも使ってお仲間にしてもらうかい? せっかく女なんだ。それを武器にしても罰は当たらないよ。相手だって興味がありそうな目を向けていたじゃないか。あんただって相当な美人さね。あいつの隣にいた赤髪の女にだって負けていないさ」


「そのような破廉恥な真似ができるか。自分は実力で生き抜いてみせる。今までずっとそうやって生きてきたのだ。これからもそうするさ」


「まっ、あたしも同じように生きてきたから、やれるところまでは付き合うさ。ただ、もっと金は欲しいもんだねぇ。気前よく強い武器を買ってくれるパトロンが、どこかにいないもんかね…」


「ベ・ヴェル、他人を頼るな。なめられるだけだ」


「はいはい。んじゃ、行きますか。まずは武器かね。アズ・アクスにでも行くかい? あんたもメイスだけじゃ魔獣相手には厳しいだろうよ。斧くらいは必要さ」


「…そうだな。そろそろ武具も新調しなければな」



(ずっと独りでやってきたのだ。これからもそうやっていくのだ。だが…どうしてこんなに心がざわつくのだ。ずるい…ずるい。あんなに強くて…素敵で…可愛いなんて……はっ!? 自分は何を考えている! 男になど…なめられてはいけないのだぞ! ううう…早くここを離れないとおかしくなってしまう!)



 サリータは熱病のようにうなされながら、ふらふらと歩いていった。


 だが、その間も何回も後ろを振り返っては、名残惜しそうにしていたのが印象的だった。




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