224話 「象徴は、追いかけろ!」
こうしてフラッグファイトは、アンシュラオンの勝利で終わる。
拳には、その余韻がいまだに残っていた。
(これがフラッグファイトか。こんなにも熱く殴り合ったのは初めてかもしれないな)
身内の三人が相手だとパワー負けするため、どうしても真正面から打ち合うことは少なくなる。
ましてや防御を捨てて殴らせるなど、ほとんど初めてのことだ。
相手の拳の重さ、感情、熱量をダイレクトに受ける感覚は、あまりに衝撃的で言葉で表現することはできない。
(オレが教わってきたものは、ただ相手を殺すための技術だ。生き残るためには必要だから、今までの修練に異論はない。でも、今回は違う。生ぬるいと言われればそれまでだが、オレはあの時、相手を殺すことは考えていなかった)
相手に応えたい。全力を見せてやりたい。できれば今の自分を超えていきたい。
そんな欲求と願いが込められた一撃だったのだ。
だからこそ『変化』が起きた。
(さっきオレが出した波動は、神気でも光気でもなかった。まさか【覇気】か? でも、オレは今まで一度も覇気を出したことはなかったし、師匠から聞いた話だと戦士因子が最大まで高まらないと出せないはずだ)
さきほどの黄金の力は、間違いなく『覇気』の波動だ。
パミエルキやハウリング・ジルが出した黄金の輝き。武人が放つ最高の気質の一つであり、覇王ならば使えて当たり前の力でもある。
ただし、アンシュラオンにとっては未知の領域だ。知識では知っているが実際に出したことはなかった。
(もしかして因子が上がったのか? ちょっと確認してみるか)
まさかと思って自分のデータを確認してみると、こちらにも大きな変化があった。
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名前 :アンシュラオン
レベル:124/255
HP :8800/8800
BP :2430/2430
統率:F 体力:S
知力:C 精神:SSS
魔力:S 攻撃:S
魅力:AA※ 防御:SS
工作:B 命中:S
隠密:A 回避:S
※姉に対してのみ、魅了効果発動
【覚醒値】
戦士:9/10 剣士:6/10 術士:5/10
☆総合:第三階級 聖璽級 戦士
異名:転生災難者、覇を受け継ぐ者
種族:人間
属性:光、火、炎、水、凍、命、王
異能:デルタ・ブライト〈完全なる光〉、覇王の資質、女神盟約、情報公開、記憶継承、対属性修得、物理耐性、銃耐性、術耐性、即死無効、毒無効、精神耐性、妹過保護習性、姉の愛情独り占め
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レベルが2上がり、124に。
魅力が1上がり、AAに。
工作が1上がってBに。
攻撃も1上がってSに。
戦士因子が8から9に。
熱い殴り合いをしたせいか『炎』属性を新たに修得。
そして、異名に『覇を受け継ぐ者』、スキルに『覇王の資質』が追加された。
ただし、いまだアンシュラオンの戦士因子は最高レベルに到達していない。
(レベルアップは嬉しいが、やはり因子は10にはなっていない。となると、あとはスキルの影響かもしれないな。あの時、オレの中で車輪が廻った感触があった。『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』が一時的にオレの因子を10に引き上げたのかもしれない。あるいはフラッグファイト限定の力だったのか? それとも『覇王の資質』というスキルの力か?)
いろいろ考えてみたが、答えはわからないままだった。
どちらにせよ、今までのアンシュラオンに向上心がなかったことは事実だ。相手が弱すぎることもあり、その必要性がなかったといえる。
がしかし、ガイゾックとの勝負は楽しかった。
ガンプドルフも強かったが、こんな馬鹿げた勝負ができるのは、高い因子レベルを持ち、同じ戦士であるガイゾックだけだっただろう。
彼との勝負で生まれた、絶対に負けないという強い意思が因子を刺激したのだ。
「どう…よ。フラッグファイトは…楽しかっただろう?」
「ガイゾック、怪我は大丈夫か?」
「あれだけ手加減されたら…さすがに恥ずかしくて死ねないぜ」
「身体中から血を噴き出しているのにピンピンしてやがる。ほんと、頑丈なおっさんだよ」
ガイゾックの傷は深く、大の字で倒れたままだが、それでも命に別状はないようだ。
「すげぇ拳だったな。ちょっと触れただけで、このざまだ」
「オレにもよくわからないんだ。ただがむしゃらに拳を放ったら、勝手にああなっただけだよ」
「殺すためだけに技術を教えられたと言ったな?」
「そうするしかない環境だったからね」
「それも正しい話さ。俺たち武人はよ…たしかに殺し合うことしかできねぇ馬鹿なやつらだ。だが、それだけじゃねえ。俺らの拳は互いに高め合うこともできるのさ。それがフラッグファイトってやつだ。今のお前なら、もうわかっているだろう?」
「ああ、肌身で感じたよ。あんたとのファイトでなければ、オレもあの力は出せなかったはずだ」
「がははは、お前みたいなやつと殴り合えるのは、北部じゃ俺様くらいなもんだ。まあ…もう届かないところに行っちまったようだがな。それでいい。才能と力があるやつは、立ち止まっちゃいけねぇ。先に行け。もっと先を目指せ。お前の旗に恥じないようにな」
「努力はしてみるよ。オレが負けたら、あんたも負けたことになっちゃうからね。この海賊の旗、けっこう気に入っているんだ。オレも一緒に背負う以上、誰にも汚されたくはないよ」
「そうだ…責任重大だぞ。お前はハピ・クジュネすら超えたってことだからな」
なぜこんな馬鹿げた決闘作法があるかといえば、互いに極限の状態を生み出すことでレベルアップを促すからだ。
これもまた陽禅流鍛錬法に準ずる武人の鍛錬法なのである。その結果はアンシュラオンを見ればわかるだろう。
勝った者だけが、その先を歩くことができる。
負けた者は、勝った者にバトンを渡して背中を押すのだ。
「父さん! 無事ですか!」
「スザク、お前もよくがんばったな」
「…いえ、父さんたちに比べれば微々たるものです」
あまりの戦いに見惚れていたスザクが、ようやく我を取り戻して駆け寄る。
二人の周囲は滅茶苦茶。床も天井も壁も吹き飛び、建物も半壊している。
だが、スザクたちのがんばりによって人的被害はない。
「へへ、俺はあいつとここまで殴り合ったぜ。ライザックは全然敵わなかったそうじゃねぇか。どうだ、見たか! これが親父の力ってやつだ! もっと尊敬してもいいんだぜ?」
「まさか兄さんと張り合っていたんですか!?」
「たりめぇよ。あいつが『全然攻撃が当たらねぇ』って半ベソかいていたらしいからよ、代わりに俺様がやってやったのよ」
「だからフラッグファイトを選んだんですね。そりゃ当たりますよ。ルール的に避けられないんですから」
「がはは。それでも負けちまったがな」
ガイゾッグが、わざわざフラッグファイトを選んだのは、息子のライザックがボロ負けしたのを知っていたからだ。
普通にやったらアンシュラオンの圧勝は間違いない。そもそも攻撃が当たらないのだから、どんなにパワーがあっても意味がないだろう。
しかし、これによって『親父の面子』を維持することに成功する。人々の中では「まだまだライザックより上」と示すことができるのだ。
こういったところもしたたかな男であるが、負けることを知っていながら勝負を挑めるあたり、気持ちいい海の風をまとったナイスガイなのは間違いない。
「まだまだ俺はお前らには負けるつもりねぇ。都市は俺が死ぬ気で守ってやる。だが、それ以外のことはお前たちに任せるぜ」
「…伝わりました。あとは僕と兄さんたちがやります。この作戦は必ず成功させますから!」
「それを聞いて安心だ。…ちと肩を貸してくれや。最後の仕事をしないとな」
スザクに寄りかかりながら、ガイゾックが上半身を持ち上げる。
そして、この戦いを見ていた者たちに宣言。
「てめぇら、今の戦いを見ていたな! ここにいるアンシュラオンは、俺らがどうこうできるような男じゃねえ!! 世界を背負うような器の大きな男だ!! だからハピ・クジュネもグラス・ギースも、こいつを抱き込もうなんて考えるな! こいつは『象徴』なんだよ! 俺ら武人の生きざまなんだ! 頼るんじゃねえ! すがるんじゃねえ!」
―――「象徴は、追いかけろ!!」
「あいつの旗を目指して突っ走れ!! 生きるか死ぬか、そんなことはどうだっていい! 何かを残すために戦い続けろ! その先に未来があるはずだ!!」
―――「名誉と金は、自らの力で勝ち取れ!!」
「「「 おおおおおおおおおおおおお! 」」」
ガイゾックの声に、会場にいた者たちが雄たけびを上げる。
「やってやる! やってやるぜ!」
「金も職も自分の力で勝ち取ってやる!」
「作戦に参加して成功してやるんだ!」
誰もが今の闘いに触発され、「このままじゃ終われない」という気持ちが芽生えた。
傭兵として生きている者ならば、誰しも成功したいと思っているはずだ。ハンターとして生きている者ならば、誰しも大物を仕留めたいと願っているはずだ。
さまざまな煩雑な事情でストップをかけられ、抑え込まれていた感情がフラッグファイトによって一気に噴出する!
「スザク、オレも作戦に参加する。ただし、お前とイタ嬢の勝負とは無関係だ。オレはオレの目的を果たし、そのうえで作戦に協力する。それでいいな?」
「あなたが一緒にいるだけで心強いです! ありがとうございます!」
アンシュラオンも『第三勢力』として作戦に参加することで、ハピ・クジュネ側にもつかないが、グラス・ギースにも取り込まれることはない自由な立ち位置となる。
そしてこれは、すべて予定通りだったのだ。
(ライザックの手紙には、ハピ・クジュネ軍を助けろとは書かれていなかった。あくまで作戦への積極参加を促す要請でしかない。つまり、ライザックはすでにこれを予期していたことになる。まったく、親子共々食えない連中だよ。仲良しすぎるだろう)
結局は、ガイゾックとライザックに上手く誘導されたわけだ。
多少スザクの名誉に傷がついたが、大局を見ている彼らにとっては、そんなことは微々たるものなのだろう。
「では、皆さん! これより作戦の参加申請を受け付けます! 申請はこれより一週間受け付けておりますので、十分に考えたうえで決めていただいてもかまいません!」
「グラス・ギースとの勝負はどうなったんだ?」
「お好きなほうで申請してください。どちらの条件で参加しても、お望みの額をお支払いいたします! ファテロナさんも、それでよろしいですね?」
「問題ございません。どのみち指揮系統が異なる以上、海軍とは別々に行動することになるでしょう。やることは同じでございます」
「あなたはそれを知っていながら、わざわざこんな勝負を仕掛けたのですか?」
「そのほうが張り合いがあるでしょう?」
「しかし、あなたは事前に作戦の内容を知っていたように思えます。それに、あの実印は本物でした。いったいどこで情報を得たのですか?」
「それを訊くのは野暮というものです。女には秘密があるものでございます」
「…本当に敵に回したくはない女性ですね。ですが、このままではベルロアナ様も作戦に参加してしまうことになります。非常に危険ですが、領主様はご承知なのですか?」
「キャロアニーセ様から許可はいただいております。それにお嬢様を侮らないほうがよろしいですよ? ただの馬鹿ではありません。この私が近くにいても何も感じないほどの大馬鹿なのです。簡単に死ぬようなことは絶対にありませんから、どうかご安心くださいませ。万一の時も、このファテロナが命をかけてお守りいたします」
「…なるほど。ディングラスの血は伊達ではない、ということですか。それならば僕も遠慮なく使わせていただきます」
こうして作戦の受付が開始される。
まだ数日かけて説明会があるので、一週間の猶予があるものの、この場にいる者たちはこぞって参加を表明する。
「おっしゃ! 俺はパンツ姫につくぜ!」
「俺は汁王子だな。海軍に入ってみたくなったぜ」
「なぁ、どっちが勝つか賭けようぜ」
「いいな! 面白そうだ!」
相変わらずパンツ姫と汁王子呼ばわりであるが、結果的に八割以上の人間が参加し、ハピ・クジュネとグラス・ギースで兵力を半分ずつ分け合う形になった。
勝負については形骸化している感もあるが、傭兵たちが独自で賭けを行う等、話題としては十分なようだ。
これで翠清山に攻め入る準備が整った。
ここからが勝負である。




