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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
『翠清山の激闘』編
216/619

216話 「ファテロナの策 その2『反撃の一文』」


「このファテロナ、お嬢様にお仕えして早八年の月日が経ちました。初めて出会った時は、なんて間抜け面をしているのかと嘲笑したものです。何一つ秀でたところもなく、馬鹿で阿呆で将来お先真っ暗のクソガキだと思いました」


「そ、それは言いすぎでは? ベルロアナ様はまだお若く、今後その才覚が…」


「スザク様!」


「は、はい!」


「それでも私はお嬢様に尽くし、今日までお守りしてきました。それゆえに強い愛情もございます。ですから、その『夫』となる方には、それなりの覚悟を示していただきたいのです!」


「お、夫!? いやしかし、縁談は断ったはずですが…」


「断るとは不思議な言い回しですね。そもそもこの『縁談を持ってきたのはハピ・クジュネ側』ではございませんか。自ら持ってきたものを自ら捨てて、あたかも断ったように見せかける。海賊の皆様も、随分と知恵が回るようになったものです。これはまさにグラス・ギースへの侮辱でしかありません。最初からお嬢様を卑しめる腹積もりだったのではありませんか?」


「ご、誤解です! 縁談は僕も知らないところで秘密裏に折衝が行われていたもので、僕自身は一切関与しておりません! グラス・ギースに着いてから突然その話題になって困惑したのは、ほかならぬ僕なのですよ!」


「スザク様ともあろう御方が、この期に及んでしらを切るおつもりですか?」


「本当なんです! 信じてください!」


「知る知らないは、この際はどうでもよいことです。なぜ縁談を断ったのですか? お嬢様では不足だと? それこそあなた方がグラス・ギースを下に見ているからではありませんか?」


「とんでもありません! ベルロアナ様は素敵な女性です。グラス・ギースの次期領主に相応しいご婦人だと思っています! お断りしたのは僕自身がまだ未熟だからです。古都グラス・ギースの唯一の跡取りであられるベルロアナ様と、満足のいく実績を挙げていない僕とでは不釣合いでしょう。それではグラス・ギースの名を穢すことになりかねません」


「あなたの兄君のライザック様は、自由貿易郡の議員の娘と婚姻されたそうですね。一方、三男であられるあなたはお嬢様との婚姻を拒否された。これは明らかにグラス・ギースを軽視した行動と思われますが? グラス・ギースには価値がないとでも言いたげに見えます」


「兄は兄であって、僕は僕です。今回のこととは関係ありません。グラス・ギースは尊敬に値する都市ですし、これからも友好関係を継続すべきだと考えています」


「尊敬はするが価値はない、ということでしょうか?」


「どうか悪いほうに考えないでください。グラス・ギースは最北部の都市として、厳しい条件の中で精一杯やっておられます。ハピ・クジュネにとって…いや、北部全体にとって重要な都市であり、同時に大事なパートナーなのです」


「はたしてそうでしょうか? スザク様は北部の団結を強調されておられましたが、それが本心ならば私情は無視してでも縁談は受けるべきだったのではありませんか? つまりは、北部の団結よりも南部との繋がりのほうが大事である、と言っているようなものではないでしょうか!」


「そ、そんなことはありえませんよ! 絶対にないです!」


「女性をその気にさせておいて、いまさら逃げる。これがクジュネ家のやり方ですか!」


「待ってください! 落ち着いてください! 今はこのようなことで揉めている場合では…」


「会場のみなさーーん! どうかお集まりください!! これよりクジュネ家の悪事を暴露いたしますよーーーーー!」


「なんだなんだ? 揉め事か?」


「なんか壇上で言い争っているぞ? あっちの美人のメイドさんは誰だ?」


「『パンツ姫』と一緒にいるってことは、グラス・ギースの関係者か?」



 ファテロナが大声を出したため、周囲の視線が一気に集まる。


 さりげなくベルロアナが『パンツ姫』呼ばわりされていたことも衝撃的だ。もうパンツの波は止まらないらしい。



「さぁ、スザク様! ご覚悟を!」


「な、なんでこんなことに…」


「ファテロナ殿、これは何の真似だ?」



 この事態にシンテツが慌てて間に入る。


 が、厳しい視線を受けてもファテロナの笑みはまったく崩れない。


 これもすべて予定通りだからだ。



「おやおや、『黒幕』のお出ましですか」


「どういう意味だ?」


「『二年前』、最初にお嬢様とスザク様の婚姻話を持ちかけてきたのは、あなた様ではございませんか」


「うっ…」


「シンさん、本当なのか?」


「い、いえ…それは……」


「隠す必要はないではありませんか。あなたはライザック様と共謀して、グラス・ギースを貶めようとした。違いますか?」


「馬鹿なことを言ってもらっては困る。私が縁談を持っていったのならば、それこそ敬意の表れではないか。それに、その時に断ったのはグラス・ギースのほうであろう。なぜ貶めることに繋がるのだ?」


「縁談を持ってきたことは認めるのですね?」


「…そうだ。だが、それだけのことだ。グラス・ギースにとっても悪い話ではなかろう」


「えええ!? 初めて知ったよ!? じゃあ、今回で二回目だったのかい!?」


「ご内密にしていたことはお詫び申し上げます。ですが、お立場的にどうしても政略結婚になってしまうことは避けられません。その中でグラス・ギースも選択肢の一つでした」


「それは承知しているけれど…もっと早く教えてくれれば僕も覚悟ができたのに。それならば今回は失礼なことをしてしまった。彼女が怒るのも当然だよ」


「………」


「シンテツ様、それだけではありませんよね? まだお伝えしていない大事なことがあるのでは?」


「…何のことだ」


「この縁談の裏にはスザク様には言えないような、やましい魂胆があったのではありませんか?」


「さきほどから言いがかりばかりだな。貴殿の目的は何だ?」


「すでに述べたように、ハピ・クジュネの罪を公にすることです。あなた方は、ディングラスの血を受け継ぐ者がお嬢様一人しかいないことに注目し、スザク様と結婚させて【血を奪おう】としました。馬鹿で間抜けなお嬢様ならば、簡単に騙せると思ったのでしょう。そして、もしスザク様が拒絶しても、結果的にグラス・ギースを貶めることができます。現に今回はそうなりました。スザク様が断ることも想定内だったのではありませんか?」


「ファテロナ殿、いいかげんにしてもらおう。いくら客人とはいえ、これ以上の騒動を起こすのならば、我々も相応の対応をしなければならぬぞ」


「グラス・ギースから派遣された大使の護衛である私を、ハピ・クジュネ軍が捕縛すると? それがどういう意味かおわかりですか? 暴挙としかいいようがありません」


「虚偽の情報を吹聴して回るのならば致し方ない措置だ。貴殿は奇行癖があると聞いている。発作が収まるまでおとなしくしてもらうだけだ」


「それは興味深いご提案です。ですが、そもそもあなた方程度で、私をどうこうできると思っておられるのでしょうか?」


「ここはハピ・クジュネであってグラス・ギースではない。甘く見ないことだ」



 シンテツと護衛の精鋭三人が、武器に手をかける。


 対するファテロナは、その様子をニヤニヤと楽しそうに見つめていた。


 普通に考えればホームタウンであるハピ・クジュネのほうが圧倒的有利なのだが、この時ばかりはシンテツのほうに汗が滲む。


 その理由は外野の傭兵たちが教えてくれる。



「あのメイドさん、どこかで見たことがあるような気がするんだよな…」


「すごい美人だよな。深緋色の髪に冷たい目…こんな女を見たら嫌でも忘れないもんだが…」


「さっきファテロナとか言ってなかったか? 名前だよな? 誰か知らないか?」


「ファテロナ…? げっ! あいつ、まさか『毒殺のファテロナ』じゃないか!? ま、間違いない! 昔見た手配写真とそっくりだ!」


「知っているのか?」


「南部で大量殺人を犯した『A級賞金首』だ!」


「A級? 数千万以上の賞金がかけられている上級のターゲットか? だが、まだ若いぞ?」


「子供の頃から殺しまくっていた凶悪犯なんだよ。名前の通り、毒殺するらしいから耐性がないと即死らしい。耐性があってもヤバイらしいが…あいつの毒で村や町の住人が全員死んだこともあるって話さ。最低でも犠牲者は一万人を超えるぞ」


「なんでそんなヤバイやつが、こんなところにいるんだよ!?」


「賞金稼ぎたちに追われて北に逃げたらしいが…グラス・ギースに雇われていたのか」


「賞金首なら捕まるんじゃないのか?」


「いや、身分が高いやつに雇われると、それまでの罪が消えるからな。特にスレイブになれば個人の所有物になって、もう手が出せないらしいぜ。どんな凶悪犯でも野放しさ。それを目的に自分からスレイブになるやつもいるらしい」



 ここでファテロナが、ア・バンド以上の賞金首であることが判明。


 さきほどベルロアナに言っていたことは嘘ではない。彼女がその気になれば、本当にこの場の人間の半分を殺すこともできるのだ。


 シンテツもそれを知っているため動けない。



「どうしましたか? 私を捕らえるのではないのですか? このファテロナの発言が嘘だとおっしゃるのならば、どうぞ正義の名のもとに断行してくださいませ。しかし、その前に傭兵の皆様方には真実を知っていただこうと思います。…ちら」


「…ん?」


「ちらちら」


「っ…まさか! 貴様、どこでそれを…!」


「二年前、あなたがグラス・ギースに来た時に持っていたものです」


「馬鹿な! 処分したはずだ!」


「回復術式があるのです。焼かれた紙を復元する術式もあってしかるべきでしょう。まあ、そのためには紙の一部を入手する必要がございますが…都市の外だからといって油断されましたね? それこそグラス・ギースを甘く見ていた証拠です」


「ずっと尾行していたということか…」


「今ここで朗読してもよいのですよ? これが明るみになって困るのはどちらでしょうか?」


「それが本物である証拠など…」


「では、お言葉に甘えまして。『スザクをベルロアナと婚姻させてグラス・ギースに潜り込ませ、懐柔と籠絡によって―――』」


「待て!! それ以上はやめろ!」


「おや、随分と慌てておられますね。本物ではないのでしょう? ならばすべて私の妄言。どうせ捕まって牢屋行きならば、遠慮なくすべて暴露する所存でございます。ふふふ」


「…ぐっ」



 ファテロナが取り出した紙に、シンテツが狼狽する。


 マキの証言からも、スザクは二年前の十三歳の時に一度グラス・ギースを訪れている。


 では、なぜ訪れたのか。


 その本当の理由が、その【命令書】に書かれているのだ。


 当然、慎重なシンテツは到着前に燃やしたのだが、完全に燃え尽きる前に紙片を入手した者がいたらしい。あるいはその灰を手に入れたのだろう。


 術式の中には『原常環』のように物質を修復するものがあり、より高度な術式になると完全に復元できるものまである。時間が経てば難しくなるが、二十四時間以内ならばかろうじて間に合うだろう。


 つまりハピ・クジュネを出た時から、シンテツは監視されていたことになる。



「では、続きを。『スザクをグラス・ギースの領主にするためには、以下の手順で―――』」


「わかった! 私の負けだ!!」


「武器から手を離してください。グラス・ギース領主の名代であられる、お嬢様の前であまりに無礼ではありませんか。それがハピ・クジュネの客のもてなし方なのでしょうか?」


「…承知した」


「グラス・ギースを貶めようとしたことも認めますか?」


「非礼があったことは認める。しかし、あくまで考えたのは私であって、スザク様は何も知らなかった。すべて私の責任だ。私を殺したいのならば好きにしろ」


「これだけのことをしたのです。あなた一人で済む話ではありません」


「今は大事な時だ。すべてが終わったあとに賠償でも何でもする」


「では、まずはベルロアナ様に謝罪していただきましょう。それならば今すぐにでもできることではありませんか?」


「…わかった」



 武器を捨てたシンテツがゆっくりとベルロアナの前まで移動し、ひざまずいて、そのまま土下座する。



「このたびは私の独断により、ベルロアナ様には大変な無礼を働きました。この首一つで、どうかお収めください」


「…へ? どういうこと…なの?」



 その様子を肝心のベルロアナは、ぽかーんと口を開けて呆けて見ている。


 何が起きているのか、まったく理解していないようだ。




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