215話 「ファテロナの策 その1」
「お、おいおい、これってつまりは…海軍に入れるってことかぁ?」
「ハピ・クジュネの海軍は、生活保障もしっかりしていると聞くが…厳しいんだろう? 規則もあるしな」
「だが、部隊長ならエリートコースで、それなりに自由があるんじゃないのか? どうせ戦いで命を張るなら部隊長のほうが安全だろう」
「戦果を挙げたやつだけなんだろう? たいした数は抜擢されないんじゃないか?」
「待て、今第四海軍の設立とか言っていなかったか? 場合によっちゃ、ここにいる俺ら全部を海軍に編入することも考えているっぽいぞ」
「ああ? どういうこった?」
「傭兵で編成された…言い換えれば、元傭兵たちだけの軍を作ろうって話かもしれないぜ。西側だとよくある話らしい。他の軍団から編入させるより手っ取り早いからな」
「するってーと…なんだ。要するに、この中でどいつが隊長になるかを決めるってことかぁ? 活躍したやつをリーダーにしてまとめようってか?」
「スザクさんよ、そこんところ、どうなんだよ」
「ご想像の通り、優れた戦果を挙げた方を部隊長にして各隊を編成し、一つの軍を作る構想です。また、僕の第三海軍の補充も傭兵を使って行うように長兄から言い渡されております」
ライザックがソブカに言っていた「別の方法で増員する」とは、傭兵を使った増員案だったことがわかる。
「戦果を挙げなくても希望者は軍に入れるように聞こえるが…」
「我々海軍は、常時人員を募集しております。成人していて肉体的に問題がなければ、あるいは問題があっても特殊な能力を持っているのならば、誰であれ大歓迎です」
「今回はその【テスト】ってことか?」
「そう捉えていただいて問題ありません」
「べつに作戦後に強制加入じゃないんだよな? 金をもらって終わりでもいいんだろう?」
「当然です。それはあくまで今回の報酬であり、ご自由に使ってください。門戸は誰にでも開かれていることを示したかっただけです。そのうえで活躍された方には、部隊長以上の地位をお約束いたします。土地に関しても、ハピ・クジュネに根付いてもらうための贈り物です。不要な方には、同価値の現金でお支払いいたします」
「土地は余っていないと聞いたが?」
「作戦成功後、ハピ・クジュネは大規模な拡張工事に入ります。防壁を排除して一気に面積を増やし、その代わりにいくつもの防塞を建造いたします。その際にお好きな土地を選んでください。現在の都市内部ですと場所が限られますので、功績順に早い者勝ちとなってしまいますが…」
「お、おおぅ…な、なるほどな」
このさりげないスザクの言葉を聞いて、傭兵たちは気づいた。
―――本気だ
と。
(傭兵たちも、ようやく理解したようだな。スザクは本気だ。いや、ライザックもガイゾックも最初から本気なんだよ。後のことなんて考えていない。勝つことだけを考えて動いている。まあ、いきなり話を聞かされたら驚くだろうがな)
アンシュラオンはライザックを知っているので、どれだけの覚悟をもって臨んでいるかは知っていた。
この作戦にはハピ・クジュネの命運と未来がかかっているのだ。それこそアズ・アクスとの和解を後回しにするほどに。
これによって明らかに空気が変わる。
誰もが徐々にハピ・クジュネ側の考えに同調を始め、作戦後の身の振り方も真剣に考えるようになった。
ランクの高い傭兵も、さらなる報酬に次第に興味を持ち始めている。
しかしながらこの時、状況をまったく理解していない者が約一名いた。
「ファテロナ、彼らが何を言っているのかわかる?」
壇上にいながらも存在感がゼロになっているベルロアナである。
彼女はさきほどから、ぼけっと突っ立っており、ずっと不思議そうに首を傾げていた。
「はい、わかります」
「これはどういうことなのかしら?」
「お嬢様、もしや何も聞いておられなかったのでしょうか?」
「聞いていたけど、何のことかちんぷんかんぷんで…」
「スザク様が、これだけ長々説明しているのです。よほどの【馬鹿】でなければ理解できるはずですが?」
「ば、馬鹿!? い、いいえ。そういうことではないのよ。けっして言っている意味がわからないとかじゃないの。ただ、なんでこんなに人が集まっているのかなーと思っただけなの。もしかして、けっこう大事な話をしているのかしら?」
「さすがは聡明なお嬢様。その通りでございます。極めて重大な話をしているのです」
「そ、そうよね。わざわざスザク様が迎えに来てくださったのですもの。大事な話なのよね。でもその…どうしてわたくしがここにいるのかしら? お母様に言われて馬車に乗ったら、いつの間にかハピ・クジュネにいたのだけれど…なぜお父様は泣いていたのかしら?」
「領主様はお嬢様を派遣することに猛烈に反対しておられましたが、奥様の五十発の拳打によって陥落したからでございます」
「そうでしたの? お父様の代わりと聞いていたけれど…ご自分で行きたかったのかしら?」
「お嬢様、スザク様のことはどう思われておりますか?」
「え? スザク様? どうって言われても…黒い?」
「大都市ハピ・クジュネの領主様のご子息を見て、黒いという感想しか抱かないとは…さすがでございます。このファテロナ、感服いたしました。すべてご理解しておられるようで、ひと安心でございます」
「そ、そうかしら? まったく何もわかっていないのだけれど…うん、黒いですわね。うん、黒いわ」
「トンでもねー馬鹿だな、コイツ!」
「え? 何か言った?」
「いいえ、いいえ、何でもございません。お嬢様はそれでよろしいのです。そんなお嬢様だからこそ、私も身命を賭して護衛を務める所存なのです。それにしても、お嬢様はここの方々に受けが悪いですね」
「そ、そんなことはないわ。ほら、拍手だってあったもの。歓迎されているのではなくて?」
「あれはパンツのおかげです」
「パンツ!?」
「次期グラス・ギース領主であられるお嬢様が、たかがパンツと同程度の価値しかないなど、なんともなさけないことだとは思われませんか? ファテロナはもう…うう…」
「ファテロナ、泣かないで!」
「ぷーーーくっくっく!! チョー笑える!」
「あら、何か変な顔になっていますわよ?」
「いえ、あまりに哀しくて、変な表情になってしまっただけです。しかしながら、笑い事ではございません。やはりお嬢様では領主様の代理は難しかったのかと存じます」
「そ、それは…でも、わたくしは外に出るのは初めてなのよ。最初はこんなものではなくて?」
「お嬢様は危機感が足りませんね。これはグラス・ギースとハピ・クジュネの『覇権をかけた戦争』でもあるのですよ。キャロアニーセ様のご期待を裏切るおつもりなのですか」
「え!? そうなの!?」
「グラス・ギースはかつて、この地域一帯を支配していた『北部の盟主』なのです。それが『大災厄』によって一気に落ちぶれてしまい、衛星都市の一つにすぎなかったハピ・クジュネの台頭を許すことになったのです。本当ならば此度の作戦は、グラス・ギース主体でやらねばならないことなのです」
「あの…作戦って何…」
「ぁああああああ!」
「ど、どうしたのファテロナー!?」
「はぁはぁ、申し訳ございません。このファテロナ、あまりに感動して心が砕けるところでした。うううっ、ゲラゲラゲラゲラ! これ以上笑ったら、ど、毒が出てしまいます! ど、どうかお許しを!」
「どういうことなの!? 毒!?」
「い、いえ、なんとか耐えましたので大丈夫です。危うくこの場にいる者たちを半分ほど殺すところでしたが、お嬢様のために我慢いたしました」
「半分? すごい人がいるけれど…」
「この密集状態ならば数分もあれば五千人くらいは殺せますが…ともかくスザク様は危険です。あのまま放置していてはいけません。彼は敵なのです」
「でもスザク様は、わたくしたちのことをエスコートしてくださいましたわ。お父様にも低姿勢で話されていたようですし、こちらに敬意を払っているのではなくて?」
「甘い。なんとも大甘でございます。グラス・ギースをハブったら、あとで文句を言われるから仕方なく誘っただけです。あくまでオマケかつ『昔はブイブイ言わせていたけど、落ちぶれてやがんのザマー』という態度が見え見えでございます。それはあの『古都』発言で明確になっております」
「えーー!? そうは見えなかったけれど…」
「今の演説を聞いておられましたか? こちらを紹介しておきながら完全にハピ・クジュネ側の展望だけを述べております。一切グラス・ギースの話題はありません。それどころか、その光景をお嬢様に見せつけているのです。これほどの屈辱はありません」
「そう言われてみると…そうかもしれないわ。でも、こちらも人をいっぱい連れてきたはずよ?」
「ハングラス所属の第一警備商隊の皆様方は、商売のついでに仕方なく護衛を引き受けてくださっただけです。現に我々の戦力は微々たるもの。その程度の戦力が当てにされているはずがありません。いわばお嬢様はお荷物、壇上のお飾りなのです。いるだけのパンツにすぎません」
「わ、わたくしはベルロアナ・ディングラスです。お父様の名代として、グラス・ギースの名を轟かせるためにやってきたのです! もう二度と、わたくしは負けるわけにはいかないのです!」
「そうですとも。お嬢様は一度誘拐された挙句、『剣士様』に救出されるという失態を演じております。あれでどれだけグラス・ギースに損害が出たか…。最低でも一年分の都市予算が消えて領主様も頭を抱えておられました」
「ううっ…あれは……もう忘れて! ファテロナだって止められなかったじゃないの!」
「私はよいのです。ただの雇われ者にすぎません。お嬢様のような高貴な出自でもありませんのでプライドはありません。ですが、お嬢様はあのグラス・ギースの、あのディングラスの後継者なのです! 次期領主であられるお嬢様が、まさか次も失態を犯すなどということは、このファテロナも思っておりません!」
「ううう…ど、どうすればいいの? わたくしは、どうすれば存在感を示せるのですか!?」
「それはもう簡単なことです。ここで一発かましてやればよいのです。そのための布石は打っております」
「か、かます? 布石?」
「気づいておられませんでしたか? 先日のパレードの際、私はあえてお嬢様の痴態を晒すことで周囲の方々の注目を集めたのです。何の取り柄もないお嬢様が目立つためには、あれくらいのことはやらねばなりませんでした」
「あれはわざとだったのね。でも、あんな真似はもう嫌よ。あれじゃ、ただの変態だもの。…ん? 何の取り柄もない?」
「ご安心ください。私に妙案がございます。このファテロナを信じてくださいますか?」
「ええ、信じるわ」
「本当に信じてくださいますか?」
「ええ、もちろんよ」
「本当の本当に信じてくださいますか?」
「な、何か怖いけれど…信じるわ」
「お嬢様…なんという広い御心。ならば、すべてこのファテロナにお任せください。では、行って参ります!」
「…行く? どこへ?」
ファテロナが向かったのは壇上の中央。
そこには引き続き、傭兵たちの質問に答えているスザクがいた。
そのスザクに向かって、突然ビシッと指を突き立てると―――
「スザク様! お話がございます!」
「はぇっ!? え? ふぁ、ファテロナ…さんでしたね。何でしょう?」
ここはさすが暗殺者だ。
完全に足音と気配を消して近づいたため、スザクも驚いたようである。
同時に護衛のシンテツたちも警戒したが、かまわずに話を進める。




