212話 「緊急招集 その2『領主ガイゾック』」
話を聞く前からライザックの目的は明白だ。
ここにいる連中を作戦の『一大戦力』として組み込むことである。
ハピ・クジュネ軍は、予備兵力を含めて総勢三万にも及ぶ北部最大戦力だが、現在は崩壊した街の復興作業のために広範囲に渡って防衛線を敷いている。
第一海軍はハピ・クジュネ防衛のために動かせない。敵は魔獣だけではなく南部にもおり、常にこちらの防備に穴ができないかと狙っている。
そうなると使える手勢は第二海軍と第三海軍だけだが、街を防衛しながらでは山神たちと戦うのは不可能だ。
はっきり言って、戦力が足りない。
本当ならばハイザクを都市に戻す余裕もなかったに違いない。だが、市民に軍事力をアピールするためにはそうするしかなかったのだ。
であれば正規軍以外を使うしかなく、特に金で雇える傭兵やハンターは非常に使いやすい。誰もが真っ先に考える手段だろう。
だが、ここで一つ大きな問題がある。
(オレが実際に組んだ相手はラブヘイアしかいないが、あれが若干飛び抜けた変態だとしても、もともとハンターや傭兵なんて変わり者ばかりだ。見てみろ、ここにいる癖の強い連中を)
奇抜な服装や変な武具を持つなど当たり前で、いかにも人殺しが好きそうな悪人面の男や、なぜかパンツ一丁で包丁だけをたくさん身体に縛っているじいさんに加え、どう考えても使い方を間違っていそうな眼帯を両目に付けている若者、魔獣の皮膚を身体に移植しつつ、さらにくり抜いた頭部をヘルメットのように被っている謎の輩等々、とんでもなく個性の強い連中が集まっている。
ロリコンがアンシュラオンを評したように、ここにいる者たちは誰もが社会不適合者である。一般人が思い描く理想的な生活など誰も送れないだろう。
ただし、強い。
傭兵やハンターに求められるのは、ただただ強さのみ。
ア・バンドではないが、そこに罪の意識など必要ないのだ。どんな倫理観を持っていようが、殺人欲求を満たすために仕事をしようが関係ない。
だからこそ扱いが難しくなる。
(金だけで動く者ならば楽だが、全員がそうとは限らない。この数を味方につけるには命をかけるだけの付加価値が必要になる。それをどう与えるかが問題だ)
ただ命じれば人が動くほど世の中は甘くない。いかに人の心に訴えるかが重要だ。それは傭兵でも同じことである。
どうやらこの場にライザックは来ていないようなので、スザクが代弁するのかもしれないが、彼ではまだ若い。この場にいる海千山千の猛者たちが従うかは未知数だ。
そこに一抹の不安を感じていた時だ。
群集の視線が、壇上に歩いていく『一人の男』に集中する。
身体が周りよりも二回りは大きな壮年の男性で、濃い髭面に眼帯、三角帽子のキャプテンハットといった、やたら目立つ格好をしている。
放つ威圧感と存在感は別格で、一目見た瞬間から視線が外せなくなる。
周囲にも屈強な護衛が三人ばかりいるが、彼らのほうが守られているようにさえ思えるほどだ。
その男の正体は、帽子のマークを見ればすぐにわかる。そこには剣と音符を伴った独特のドクロが描かれていた。
男が壇上に立つと、まずは一声。
―――「お前ら、盛り上がっているかあぁああああああ!! 今日も俺たちは最強だぁああああああああああああああああ!!」
肌がびりびりと痛むほどの大声が、ホール全体に響き渡る。
何の準備もしていなかった者たちは、肝が浮き上がるような衝撃を受け、およそ二割の人間が思わずうずくまった。
前列にいた個性が強い者たちも、その迫力に圧されて身動きが取れない。
そして何よりも、熱湯を飲み込んでしまったかのように、胸が―――熱い!!
「よく聞け! ハピ・クジュネは最高だ!! なぜならば俺様がいるからだ!! 愉快なお前たちがいるからだ!! 大勢の民が毎日楽しく暮らしているからだ!! 飲め、食え、歌え!! お前たちの欲求を全部発散しろ!! 俺が許す!!」
その声と同時に、海兵たちによって大量の酒樽が運び込まれてきた。
人混みでぎゅうぎゅうなところにも、かまわず強引に押し込んでくるので、さらに人が密着する状況になる。
しかも途中で面倒になったのか、酒瓶やコップも無造作に投げつけて配布する始末だ。
まったくもって大雑把で滅茶苦茶だが、その陽気な雰囲気に気圧されて、次々とコップと酒が集まった人々に行き渡っていく。
「準備はいいか!! いくぞおおおおおおおおおお!」
説明がないので何の準備かもよくわからないが、男も大きなビアジョッキを掲げたため、とりあえず誰もがコップを掲げる。
―――「俺様が領主のガイゾック・クジュネだぁああああああああああ!! 俺様にかんぱーーーーーいっ!!」
そう言うと男は帽子を投げ捨て、注がれた酒を一気飲み。
それにつられて、多くの者も酒を飲み干す。
「まだまだ! 飲めるだけ飲め!! 好きなだけ飲め! それが俺たちの流儀だ!! 金なんて気にするな! 俺のおごりだぁああああああああああ! どうしたてめぇら、声を出せ、声を!! まだまだ飲むぞぉおおおおおおおおお!」
「「「「「 うおおおおおおおおおおお! 」」」」」
「どんどん酒とツマミを持ってこい! 誰であっても振る舞ってやれ! ケチケチするなよ! 今日は祭りだぁあああああああ!」
「「「「「 うおおおおおおおおおおお! 」」」」」
ガイゾックの大声に身体が勝手に刺激され、声帯まで操られているように誰もが大声を上げる。
このあたりは理屈ではない。ただただ場の雰囲気に流されているとしか言いようがない。
ただ、徐々に慣れてきたのか、自ら積極的に酒を飲み始める者たちが続出する。
「おおお!! 食ってやるよ!」
「飲み干してやるぜええええ!」
「そうだ、飲め、食え!! 欲望を発散しろ! それがエネルギーになる!!」
傭兵たちの多くは、いつ死ぬかわからない厳しい生活のため、その日が楽しければよいという快楽主義者が多い。
酒が運ばれてきたら飲むのが礼儀であるし、出された食い物も食い尽くすべきだ。
一斉に場が盛り上がり、真昼間の午前中から大宴会が始まってしまう。
当然ここにいる者たちの多くは初対面であるが、隣り合った者たちとかまわずに酒を飲み始める。
同じ職種なので話も合うため、あちこちで自己紹介や自慢話、苦労話が繰り広げられていた。
「こ、これはいったい…何が起こっているの!?」
「まあまあ、マキさん。せっかくの酒だ。飲もうよ」
「で、でも、私たちは説明を聞きに来たんじゃないの?」
「門番さんよ、こういうときは飲むもんだぜ。なぁ、兄弟」
「そうだね。せっかくだし周りに合わせるのも悪くはないよ」
「兄弟にもらった金で飲んだ酒を思い出すぜ! こういう酒は美味いんだよな!」
「タダでもらうお酒なんて、普通は恐縮して遠慮するものじゃないの!?」
「ははは、価値観の違いだな! タダだから美味いんじゃねえか!」
「そうそう、そういうもんだよ。タダは何と言われようとタダだからね。飲まないと損さ」
アンシュラオンたち(子供のサナ以外)も酒を飲む。
中身はなんてことはない、酒場で一般的に見かける安物のエール酒だ。
「なんで私…こんなところでお酒を飲んでいるのかしら?」
真面目なマキなどは、その光景に呆気に取られている。
元衛士であった彼女には、この雰囲気は異質に映るのかもしれない。
だが、アンシュラオンは妙な懐かしさと強い親近感を覚えていた。
(あれがガイゾック・クジュネ、この都市の領主か。ただでさえまとまりがない傭兵を、この一瞬で自分の場に引きずり込んでしまった。スザクとライザックの父親なだけはある。器がでかい)
当人が発する豪胆な気概と、図らずとも周囲を引っ張るエネルギーが合わさり、独特の魅力として場を満たす。
弱い者には刺激が強すぎるので万人受けはしないだろうが、ハピ・クジュネの領主に相応しいだけの度量とパワーを持っている人物に思えた。
やり方は強引なのでライザックに通じるものを感じる。あの息子にしてこの親あり、であろうか。
もちろん宴会を開くために人々を集めたのではない。
ある程度落ち着いてきた頃合いで話題を振る。
「今日はお前たちに、おもしれぇ話を持ってきた! 酒を飲みながらでいい、ぜひ聞いてくれ! まずは俺の息子、スザクのことだ。おい、遠慮していないでこっちに来い!」
「父さん、こんなことは予定になかったですよ!」
「いちいち細けぇことは気にするなって! 久々の親子の再会だ! 見せつけてやろうぜ!!」
待機していたスザクが、ガイゾックに強引に引っ張られてくる。
ガイゾックの体格はハイザクより少し小さい程度なので、一般的に見てものすごい大男だ。
それが普通サイズの青年を引っ張るのだから、ほとんど大人が幼児を抱えるに等しい。
そして、その大男がこの時ばかりは『父親の顔』になる。
「えー、なんだ。もう知っているとは思うがな、こいつに縁談話が来ているんだ。こいつも気づけば十五だ! 俺が十五の時なんざ何人もの女を引き連れていたもんだが、こいつは肝っ玉の小さなやつでな。てめぇ独りじゃできないって言うからよ、女を見繕ってやったのさ! お前らも祝ってやってくれ!」
「父さん、その言い方は失礼ですよ!」
「なに言ってやがる! グラス・ギースの領主の娘とはいえ、女は女だ! それに違いはねえさ!! なぁ、お前ら!」
突然始まったスザクの色恋沙汰の話に、会場は一気にヒートアップ。
「おおおおおおお! スザク! スザク! スザク!!」
「なんだ三男坊は童貞か!? 夜の店くらい、いくらでも案内してやるぞ!」
「かー、なさけないね! だが、それがいい! それでいいんだ! よし、おじさんのケツを貸してやる!」
「ゲイは黙ってろ! 酒がまずくなる!」
「なんだと! やろうってのか! さあ、こい! 受け入れてやる!」
「うるせぇ、死ね!!」
「熱くなってきたぜええええ! おらあああ!」
「てめっ!? いきなり殴りやがったな! んなろ!!」
「ぎゃっ! 殴る相手を間違えてんぞ!! ああ…そうかよ。わかったよ。こっちもやってやるよおおおおおおおおお!」
「ちょ、ちょっと、みなさんも落ち着いてください!! どうして喧嘩が始まるんですか!?」
「がはははは!! これでいい! これが海賊の祭りだ!!」
酒が少し回ってきたのか傭兵連中も煽るし、理由なく喧嘩を始める。まさにカオスだ。
「おいスザク、このままじゃ収まらねぇぞ。お前からも何か言え」
「父さんのせいじゃないですか! あー、その…べつに婚約というわけじゃなくてですね、今回の『作戦』に関して協力を請うたというのが正しい表現でして…その信頼関係を証明する使者として…」
「かー、こいつはいちいち面倒くさい言い方をしやがって! いいか、野郎ども! 『翠清山』は知ってるな! ここ一年くらい、立ち入りが禁止されていた場所だ! 今度、そこの連中に喧嘩を吹っかける! てめぇらも来い! わかったな! 以上だ!」
「いやいやいや、それじゃ何も伝わりませんよ!」
「いいんだよ、これくらいで! 要するにだ、今日はその面子を募集しにきたってわけさ! お前らも金が欲しいだろう! よし、いくぞおおおおおお!」
「説明しますから! これからちゃんと説明しますので!!」
(あいつも大変だな。ライザックに加えてあんな父親もいたら、さぞや苦労するに違いない。だが、どうやらイタ嬢とは正式に婚姻という感じではないようだな。それだけは一安心かな?)
ガイゾックには場を魅了する力はあるが、甚だしく説明力に欠けている。勢いだけで強引に引っ張る、アスリート業界によくいそうなリーダータイプである。
その意味においてはアンシュラオンと似ている面がある。さすがにあそこまで滅茶苦茶ではないが、さきほど感じた親しみはそこから来ているのかもしれない。
こうしていきなり領主のガイゾックという最大のカードを切ったことで、最初の掴みはばっちりだ。
スザクは知らなかったようだが、おそらくはこれもライザックが用意したシナリオなのだろう。




