209話 「スザク帰還パレード その2『次男ハイザク』」
「うぎゅううう…人おおすぎー! なんとかしてよぉー! みんな違う道に行けばいいのにぃー!」
「アイラ、お前は来なくてもいいぞ」
「私だって見たいよー! 気になるじゃんか! 助けてー! 潰れるー! このままじゃ痴漢に遭うからー!」
挟まったアイラが動くたびに尻をフリフリするので、後ろにいる男たちは目のやり場に困るだろう。
実際にこういった人混みでは痴漢も多く、アンシュラオンは美しい女性をはべらせているので恰好の的になる。
が、もちろんいつも通りに痴漢対策は万全だ。
「はいはい、お触りは別料金ですよー。ちゃんと対価を支払ってくださいねー」
「ぎゃっ!」
「指がぁーーー!」
人混みに紛れて痴漢を働くような輩は、即座に指折りの刑である。
ついでに『そっち系』らしき人もいたので、遠隔操作で滑らせて位置を調整。
アイラの尻を触ろうとした男が、なぜか女装したゴリゴリマッチョの尻を触ってしまう。
「ウホ、大胆ねぇ」
「えっ!?」
「あら、いい男じゃない。私のマグナムで、ヤ・ラ・ナ・イ?」
「ひぃいいいい! ち、違うんです! これは何かの間違いでえええ!」
「そんなに遠慮しちゃダメダメェーん。はい、ぶっすり♪」
「ぎゃぁああああ!! 誰か助けてぇえええええ! この人、痴漢ですぅうううう!」
まさに自業自得である。
ぜひ新しい道に目覚めて更生してほしいものだ。
(旅館でもそうだったが、大きな街ほどそっち系の連中が多いな。これが性の乱れというやつなのか…怖ろしいもんだな)
「うひー、ようやく抜け出せたよー」
「お前な、無防備すぎだぞ。助けてやったこともわからなかっただろう」
「え? そうなの?」
「そもそも痴漢に遭いたくなかったら、もっと露出の少ない服で来い。世間じゃ『薄着=視姦OK』だぞ」
「私はただスタイルの良さを自慢したいだけなのー」
「自己評価のわりにスタイルは良くないぞ。マキさんやホロロさんを見ろ」
「おっぱいだけがすべてじゃないよ! アンシュラオンの趣味がおかしいんだよー!!」
「大きなおっぱいが嫌いな男はいない!!」
「言い切ったー!?」
「でも、アイラさんの言うように人が多すぎますよね。これでは前に進めそうもありません」
小百合は上手くアイラを盾にしてスペースを作っているが、まったく進まない現状にやきもきしているようだ。
「たしかにね。ロリコンなんて、もうとっくに見失ったし」
一緒にやってきたロリコンは、あっさりと人の波に呑まれて消えていった。
その際に財布をすられているが、当人はまだ気づいていない。人間は金を持つと急に不幸になるから不思議だ。
ただロリ子だけは、さりげなくアンシュラオンの傍に移動していたため無事である。したたかな女性だ。
「これじゃパレードに間に合わないね。マキさん、上から行こうか。オレがサナと小百合さんとホロロさんを持つから、ロリ子ちゃんとアイラをよろしく」
「ええ、わかったわ。そのほうがよさそうね」
「え? なになに!? どうしたの!? って、うわっ―――!」
次の瞬間、七人がジャンプ。
アンシュラオンがサナを抱いたホロロと小百合を持ち上げ、マキがアイラとロリ子を両手に抱え、建物の上まで駆け上がる。
窓からパレードの様子を見ようと顔を出していた住人などは、突然目の前を上に通り過ぎた人影に困惑を隠せないでいた。
アンシュラオンたちは、屋根の上に着地。
ハピ・クジュネだけではないが、この地域の建造物の大半が四角状になっているので、屋根も平らで安定感がある。
「うん、ここなら人も少ないし、障害物もないから移動は楽そうだ」
「びっくりしたー! ジャンプするなら言ってよね!」
「意外と驚いていないな」
「それはそうだよー。私たちの公演は見ていたでしょ? みんなすごいんだからねー」
「そうだったな。あの一座はほとんどが武人だったし、これくらいなら珍しくないか。お前は自力で上がれたのか?」
「ううん、私ができるとは一言も言ってないよ。無理無理、こんなジャンプ力ないって」
「駄目じゃないか。アイラは一度しごく必要があるな」
「なんでー!?」
「お前は才能があるのに、それを生かしていない。単純に努力不足だ」
「私? 才能があるのー?」
「ある。一般人とは比べ物にならないほどにな。踊り子としては知らないが、武人としてはまだまだ上にいける。だが、お前のそのサボり癖が足を引っ張っているんだ。毎日ゴロゴロしてたんじゃ、せっかくの原石も磨かれないままだ。あまりにもったいないぞ」
「え!? ええ!? 突然褒められると…その…ちょっと嬉しいかなぁー、えへへ」
「だから、ここからは自力で追いついてこいよ。追いつけなかったら、そのまま置いていくからな」
「えええーー!?」
「サナもここからは一人で走るんだぞ。今の実力なら、もう十分に対応できるはずだ」
「…こくり」
「ま、待ってよー!」
アンシュラオンたちは屋根を伝って移動を開始。
家が密集している場所は幅が数メートル程度だが、通りを挟むと十メートルは離れている箇所もある。
サナは全力で跳躍することでなんとか到達できたが、アイラは届かずに落ちる。
「きゃーーー! 届かないーー!」
「おっと」
が、事前に命気の縄を作って腹に巻いていたため、振り子のように宙を移動して建物の側壁に激突。
「いたーーーい! 頭ぶつけたー!」
「引っ張ってやるから早く登ってこい。目的地は、まだまだ先だぞ」
「これ何回もやるつもりなのー!?」
「何事も修行だ。ほら、いくぞ」
「急にスパルタになった!? むしろ置いていってくれたほうが楽じゃん!」
「楽をさせたら成長しないだろう。ほら、来い」
「あああ、引っ張らないでぇーー!」
文句を言うアイラを強引に引っ張って移動を続ける。
おかげで何十という建物の側壁には、アイラがぶつかった跡が残ってしまったが、普段から踊り子として運動をしているせいか、徐々に直撃する回数は減っていった。
「ひー、ひー! しんどー!」
「この程度で音を上げるな。お前も暇なら明日からサナたちの鍛錬に参加しろ」
「何のためにー?」
「人生を快適に過ごすためだ。いざというときに身を守れないと大切なものを失うぞ。成功したいのならば強くなれ。痴漢に処女を奪われたくはないだろう?」
「それはそうだけど…どんどん踊り子から離れていくような…」
「よし、ペースを上げるぞ」
「ひーー! ま、待ってーー!」
アイラの全身が汗でびっしょりになった頃、ようやくパレードが行われる一般区の大通りにまで到着。
ちょうど大きい屋上の建物があったので、そこに飛び乗る。
「このあたりならよく見えそうだな」
「こらこら、上に登っちゃいかん。下に降りるんだ」
このあたりはさすがに警備体制が厳重なので、屋根の上にも警備兵がいた。
しかもかなり屈強な兵たちであり、周囲を監視する目がとても鋭い。
「少しくらいならいいじゃん。こっちのほうが見やすいし」
「駄目だ。狙撃の可能性もあるからな。スザク様に何かあってはいかん」
「銃くらいで死ぬようなやつじゃないと思うけどね。それに本物の殺し屋なら地上からでも十分狙えると思うよ」
「殺し屋…? あっ、お前はライザック様と戦った殺し屋か!」
その言葉に屋根の上にいた他の海兵も、こちらに視線を向ける。
「いやいや、オレはアル先生の仕事仲間じゃないからね。って、それを知っているってことは、あの時に船にいた人かな?」
「そうだ。我々はライザック様の親衛隊『ファルコ・ルーシ〈舞い降りる海鷲〉』だ」
「なるほどね、どうりで精強なわけだ。今日はライザックの命令で警備しているの?」
「いかんせん人が多い都市だからな。警備兵だけでは手が足りないのだ。そちらは何をしに来たのだ? ライザック様から何か言われたのか?」
「単純にパレードの見物だよ。邪魔しないからさ、ここで見物してもいいかな? 大丈夫、オレはスザクの味方だ。何かあったら逆に助けてあげるよ」
「うむ…ライザック様に勝つような男だからな。どのみち我々では止められない。特に何も言われていないのならば好きにしろ」
「そうさせてもらうよ。で、スザクはまだ?」
「すでに街には入ったようだ。もうすぐやってこられるはずだ」
「じゃ、しばらく待つかな。ホロロさん、サナにジュースを出してもらえる? シートも出そうか」
「かしこまりました」
屋上にシートを広げ、椅子と飲み物を用意して堂々とくつろぐ。
完全なるだらけモードに対し、海兵たちも笑うしかない。
「お前は海の匂いがするな。ライザック様が気に入るわけだ」
「何の責任もないから自由なだけだよ。それと比べて、あんたたちは大変だね」
「これも自ら望んだことだ。この美しい街は我々が守らねばならない」
「ハピ・クジュネの兵が強い理由がわかるよ。スザクたちもそうだったけど愛郷心が強い。それだけいい都市だってことだね」
今のところ比べる相手がグラス・ギースしかいないが、常に城壁で守られている城塞都市とは違い、人が多く出入りする港湾都市では警備により大きな負担がかかる。
だが、そうした責任感と厳しい鍛錬によって兵は強くなるのだ。
その原動力は、美しく豊かな街で暮らす人々だ。誰もが海兵を頼りにして親しみを感じるからこそ、彼らも命をかけて守ろうと思うのだ。
「そろそろ来るぞ」
遠くにいた海兵が旗を振るのが見えた。
それに伴って大通りの両端にいた見物客からの歓声が、徐々に大きくなっていく。
そして、ついにパレードの先頭が見えてきた。
きっと華やかな馬車でもやってくるのかと思いきや、最初に現れたのは【巨漢の男】であった。
(でかっ! なんだあいつ? でかすぎじゃないか? バンテツも大きかったけど、それ以上だな)
その男は三メートルはあろうかという巨大な身体に、真っ黒な甲冑を着込んでいる。
顔立ちはごつくて、目や鼻といった顔のパーツも大きく、豊かな髭をたくわえていることから『ダルマ』を想像するとわかりやすいかもしれない。
明らかに他とは違う存在感を放っている謎の男が、このパレードの先頭を歩いているのだ。
だが、そんな奇妙な光景にもかかわらず、熱い声援が飛ぶ。
「ハイザク様ー! お帰りなさい!!」
「やっぱり強そうだな!! さすが第二海軍の司令官だ!」
「きゃー、カッコイイー!」
飛び交う声援によって、その人物の正体が判明。
「ハイザク? あいつがハイザクなの?」
「そうだ。第二海軍の司令官であり、ライザック様の弟君だ」
「弟というより兄っぽいけど…」
見た目は完全にハイザクのほうが年上だが、実年齢は下の弟らしい。
そして、彼が他の二人の兄弟より優れている点は【武勇】だ。
ハイザクの右手には、その身体に似合う大きな矛が握られており、その先端には袋が提げられていた。
矛を軽く振ると袋の紐が切れて、中からゴロゴロと大きな丸いものがいくつも転げ落ちてきた。
それは―――『魔獣の首』
死んで瞳が白く濁った魔獣の大きな頭部であった。
猿のものではないようだが、鋭い牙を持ったカバのような顔をしている。
「ハイザク様が魔獣の部将を仕留めたぞーーーー!」
「街を襲った上位魔獣の首だーー!!」
ハイザクの後ろにいた海兵が叫ぶと、それに呼応したように一気に場がヒートアップ。
「おおおおおおおお!!」
「すげええええ! これがハピ・クジュネの力だ!!」
「海軍万歳!!」
ハイザクの勇猛さに対し、特に難民たちからの大声援が送られる。
それに応えるようにハイザクも矛を高く掲げていた。
「ねぇねぇ、あれってすごいの?」
アイラが首を傾げる。
たしかにハンターでない者からすればわかりにくいし、これがパフォーマンスであることは確実だ。
しかしながらアンシュラオンは、ハイザクから強い武人の波動を感じ取っていた。
「どれも討滅級の魔獣のようだな。討滅級とはいえ能力次第で強さは上がるから、もし単独であれを倒したとなれば、ハイザクは最低でもブラックハンター以上の実力を持っていることになる。だがこの気配は……うん、強い。ライザックより強いぞ」
「ライザック様もそれを認めておられる。ハイザク様は御三方の中で間違いなく最強だ。おそらくガイゾック様とも対等に戦える武人だろう。見事なものだ」
海兵もハイザクの戦果に興奮しているようだ。
武人たるもの、強い者を見ると心躍るものである。
「でも、あれだけ強かったら要求とか多くなるんじゃないの? 今回の主役はスザクでしょ? ハイザクから不満とか出ないの?」
「その心配は無用だ。ハイザク様は誰よりも心穏やかな御人だ。権力争いには興味がない。ライザック様もそれをよく知っておられるからこそ、第二海軍の長に任命したのだ」
「そうなの? まあ、あのライザックなら下手なことはしないか。そういえば、母親が全員違うんだよね。ハイザクの母親は? 死んでる?」
「勝手に殺すな。生きておられる。ただ、ハイザク様の母親は一般人でな。街で静かに暮らしているよ。ハイザク様も本来は家で静かに暮らしたかったそうだが、ライザック様に引っ張られて嫌々海軍に入隊させられたのだ」
「うーん、たしかに見た目はいかついけど、荒々しさはあまりないかな」
ライザックにあった強い威圧感や、ソブカからひしひしと伝わる野心が微塵も感じられない。
悪く言えば、ただ大きく強いだけの男だ。
命じられれば前線で血を流すことも躊躇わないが、自分から積極的には戦わない。そんな人物であるようだ。
「一番猛々しそうなやつが一番平和な性格なんて、人生は不思議なもんだな。…ん? なんか変な連中が前に出てきたよ?」
「…またか」
「え? なんだ? 何をするんだ?」
ハイザクの前に、彼ほどではないが屈強な身体をした兵士が出てきた。
そして、おもむろに鎧と服を脱ぎ始め、ムキムキの身体が現れる。
それを見たハイザクも鎧と服を脱ぎ、これまたムッキムキの身体が現れる。
両者の視線がまっすぐに交錯した瞬間―――身体をぶつける!
ばっちんばっちんと分厚い筋肉同士が激突する音が、熱い声援すら掻き分けて大通りに響き渡る。
一人目が終わると、次の男がぶつかってきて、またバチーンと大きな音が響く。
それが何十人と続く謎の光景が、アンシュラオンの前に広がっていた。
「あ、あれは何をしてるの?」
「ハイザク様に唯一の難点があるとすれば、ああやって第二海軍をマッチョの集団に変えてしまったことだろうな…。あれが彼らの『挨拶』なのだ」
「身体をぶつけ合うのが?」
「互いの肉体美を見せつけ、ぶつかることで対話する…らしい。すまん。俺にはよくわからん」
「なにそれ、こわっ!? ハイザク、こわっ! ライザックより数倍怖いやつじゃないか!」
初めて第二海軍を見た時から薄々予感はしていたが、その司令官がもっともヤバイやつであることが判明。
こうしてハイザクの評価は、「強いけど超ガチムチ系」になってしまう。
が、女性たちからは熱烈な声援が飛んでいたので、ガチムチが好きな人には大人気だ。
「きゃぁーーん! ハイザクさまぁーーー! 素敵ぃいいい! 抱いてぇえーーーー!」
ただし、一部では女装したガチムチたちからも黄色い声が飛んでいたので、その一帯だけ地獄絵図であった。
彼ら…いや、彼女たちの目的はハイザクだったようである。どうりで女装した者が多かったわけだ。




