208話 「スザク帰還パレード その1」
「ふへー、ここは気持ちいいねー。フリフリフリ♪ フリフリフリ♪」
アイラが白詩宮の庭でうつ伏せで寝転がり、太陽の光を浴びていた。
その際にも尻を振っているので、もう癖になっているようだ。
だが、そんなふうに振っていれば―――バシーン!
「あいたーーー!」
「アイラ、尻を振ってはいけません。何度言ったらわかるのですか」
「あううー! またぶたれたー! それ、いたいんだよーー! ごろごろごろー!」
「痛いのは当然です。痛くなるように作られているのですから」
「それがわかっていて殴るって、頭おかしいよー!」
「頭がおかしいのはあなたでしょう。いいかげんに直しなさい」
ホロロの手には、例の精神注入棒が握られていた。
よほどアイラの尻は殴りやすいのだろう。ゴルフクラブのようにフルスイングである。
「あなた、仕事はどうしたのですか? あれだけ一流の踊り子になりたいと言っていたのに、もう諦めたのですか。まったくもってなさけない。我が家には駄犬を飼う余裕はありませんよ。何よりもご主人様の品位に関わります」
「今日は休みなんだよー!」
「嘘おっしゃい。昨日もここでゴロゴロしていたではありませんか」
「本当なんだってばー! 踊り子の公演は毎日やるわけじゃないし、一昨日くらいから人がいっぱい増えて、出番は控えめになっているんだよー」
「人が増えたなら、むしろやるべきでしょう? なぜやらないのですか?」
「それはそうなんだけど…あいたー! 嘘じゃないってー! すぐにお尻を叩かないでよー!」
「あなたが性懲りもなく尻を振るからです」
「これは考えている時の癖なのにー!」
「アイラ、また来たのか。暇なやつだな」
そこにアンシュラオンとサナがやってくる。
すでにあのビーチでの出会いから一週間経過しているが、ちょくちょく遊びに来るので、もはや庭にいるのが当たり前になりつつある。
「わー、サナちゃんだー! こっちこっちー!」
「…こくり。とことこ、ぎゅっ」
「んふふ、ぎゅー! かーわいー!」
サナがアイラに抱きつく。
彼女がここに来ることを許されているのも、サナがこうして懐いているおかげである。
(オレがアイラに抱く印象とサナが感じる印象は別のようだな。まあ、サナが気に入れば何でもいいさ。すべてはサナのためにあるからな)
「ユキネさんはどうした?」
「ユキ姉は受付とかを手伝っているよー」
「公演はやっているんじゃないか。まだ一座のメンバーなんだから、お前も手伝えよ」
「私がいると変な男たちが集まってくるから、どっか行ってろって言われたんだー。邪魔だってさ」
「馬鹿は馬鹿を呼ぶからな」
「なんで納得するの!? そこじゃないよー! 私がお尻を振ると刺激しちゃうからだってさー」
「同じだろうが。何が違う。相変わらず話の要領が掴めんやつだな」
「とにかく今日は踊り子の出番はないんだー。子供向けのショーがメインだってさー」
「ふむ、何か事情があるのかな?」
「アンシュラオン君、スザク様が帰ってくるみたいよ!」
その時、マキが門のほうからチラシを持ってやってきた。
「スザクが? そのチラシは?」
「カットゥさんからもらったのよ。今日の昼過ぎに戻ってくるから、パレードをやると書いてあるわね。街中で配っているみたいね」
「…そうか。あいつと別れてだいぶ経つよね。もう一ヵ月半くらいかな?」
「私たちもすっかりここに慣れてしまったから懐かしいわね。ただ、普段はパレードなんかしないそうだから、かなり珍しいことみたいよ。そもそもスザク様はお忍びで行動することが多くて、成長した今の顔を知っている住人もそんなにいないみたいね」
「十歳の時にここを出てから五年間、ずっとああいう生活をしていたんだろうね。せいぜい面識があるのは軍関係者くらいか。これも今回の作戦の一環かな。ライザックはスザクを司令官にするらしいし」
「何の話をしてるのー?」
「おっと、思いきり部外者がいたな。関係ないやつはあっちに行っていろ」
「部外者じゃないもんー! 仲間に入れてよー!」
「お前みたいなやつはギアスを付けないと怖くてしょうがない。それが終わったら仲間に入れてやる」
「えー、スレイブってやつ? 私、アンシュラオンの奴隷にされちゃうのー? どうしよー、困っちゃうー。きっとエッチなこともされちゃうんだよねー? えへへー」
「お前の部屋は庭でいいよな。ちゃんと番犬として生きるんだぞ」
「せめて人間扱いしてー!?」
(スザクの帰還歓迎パレードか。なかなか面白そうだ。オレたちも行ってみるかな)
∞†∞†∞
昼過ぎ、アンシュラオン一行もパレードを見に行くことにした。
一般区に赴くためにまずは観光区を通るのだが、そこではもうスザクの話題で持ちきりで、お祭り騒ぎであった。
「スザク様が帰還されるそうだぞ! パレードもやるってよ! こりゃ楽しみだな!」
「へぇー! そいつは珍しい! 見に行こうぜ!」
「スザク坊ちゃん、お元気かしらねぇ。もう随分と見ていない気がするわ」
「しばらく都市を離れていたみたいよ。今はほら、他の街が大変らしいから、そっちのお手伝いをしていたって話ね」
「ああ、ここ数日で人が増えたわよね。『難民』の方々なのね。かわいそうにねぇ」
街を歩くだけで、あちこちで噂話が聞こえてくる。
注意深く見渡せば、観光区にもみすぼらしい姿をした者が目についた。
彼らの顔に余裕はなく深刻で、観光者といった雰囲気ではない。
「もしかして、ハピナ・ラッソとかの住人かな?」
「そうでしょうね。地理的にハビナ・ザマの人はグラス・ギースに行っている可能性が高いでしょうけど、暮らすにはハピ・クジュネのほうがよいですから、無理をしてこっちに移動してきた人もいそうですね。軍も輸送船を出しているそうですし」
小百合が哀れみの視線を向ける。
彼らは街を破壊されて行き場をなくし、一時的にハピ・クジュネにやってきた難民のようだ。
この荒野では都市が崩壊することは珍しくないが、今回は魔獣が相手なので破壊や殺戮に容赦はなく、被害はかなりのものになっていた。
ただし、これはライザックも想定済みで、すでに計画的な受け入れが始まっている。
初動で素早く各都市に海軍を派遣しているし、ハピ・クジュネでも各所で配給が開始されている。一般区では炊き出しも行っているようだ。
カットゥが言っていたように、こういう場合にそなえて住居も準備しているので、路上生活者も思ったより少ないはずだ。
(すでに物資は確保済みか。用意周到だな。やはりライザックは、こうなることも予期していたんだろう。あいつの性格からして、より大きなメリットのためには多少の犠牲は厭わないはずだ。それができるからこそ指導者の資質がある。…まあ、好きでやっているわけじゃないだろうけどね)
ソブカにも指摘されていたが、ライザックはこういった事態も考慮していたはずだ。
ただし事前に大きく軍を動かせば、さらに魔獣を刺激して、準備が整う前に全面戦争が始まっていた可能性がある。
そうなれば泥沼の戦いとなり、今よりも被害が出ていただろう。それで疲弊してしまうと南部の入植地の動きも牽制できなくなる。
ライザックはより大きな視野で、『二つの都市を意図的に犠牲にした』のだ。
ハピ・ヤックは若干危なかったが、第二海軍の集結の迅速さを考えると、あらかじめ予測して演習部隊の配置を考えていたと思われる。
そして、実際にその効果は大きい。
「魔獣のやつら…絶対許さねぇ…」
「いつか父ちゃんの仇を取ってやる…! あいつらは皆殺しだ!」
「ハピ・クジュネの軍隊なら、やつらを殺せるんだろう!? 志願兵の募集が出たら俺は真っ先に志願するぞ!」
難民たちは怒りと憎しみと絶望に支配されていた。
ラポット一座が踊り子の公演を取りやめたのは、おそらくは多くの難民が流入したことで治安が悪化することを恐れたせいだろう。
失意の中にいる者に元気を与えるのが旅芸人だが、扇情的なパフォーマンスは不要なトラブルを招きかねない。彼ら自らの判断というよりは都市側から通達があったはずだ。
そして、こうして難民が到着したところで、若き英雄スザクの帰還パレードの告知である。
チラシにはハピ・ヤック防衛の立役者とも書いてあるので、盛り上がらないわけがない。破壊された街の復興を手伝っていることも好印象だろう。
家族を殺された者、家を破壊された者、職を追われた者等々、彼らはほぼ全員が海軍に期待を寄せているのだ。
そのうえ、このパレードにはもう一つの大きな意味がある。
「聞いたか? スザク様は海軍以外の大勢の一団を引き連れているって話だぜ」
「もしかして結婚相手なの!? 気になるわ! 見に行きましょう!」
「やっぱり結婚の噂は本当だったか!」
「まあ、何はともあれ、めでたい話さ。俺たちもビール片手に祝福してやろうぜ!」
「そいつはいい。盛大に祝ってやろう!」
事前にばら撒いていた情報に食いつき、住人たちはあっという間に一般区のほうに殺到する。
難民と違って被害に遭っていない者は、どうしても実感が湧かないものだ。あの噂は、難民以外にも注意を引かせようとする戦略だったと思われる。
それも見事に成功し、ハピ・クジュネが一気にザワつき始めた。
この都市はグラス・ギースとは違って城壁で区分けされているわけでもなく、すべてが平坦な道で繋がっているため、移動も楽であり情報の伝達も早いのだ。
「アンシュラオン様、私たちも早く行きましょう。この人の流れはちょっとまずいですよ。道が通れなくなりそうです」
「そうだね。もう軽いパニック状態だ」
人々が一般区に集まりだしたせいで、ただでさえ混雑する道が大渋滞になっていた。
花火大会を想像するとわかりやすいだろうか。人でごった返して道を進むのも一苦労である。
当然、アンシュラオンたちもその渋滞に巻き込まれる。
「スザクは、たいした人気だね」
「そうね。都市のアイドルって感じね」
混雑した道でマキと密着。
ちょうど豊満な胸が顔に当たって心地よい。
「単純に都市運営から遠ざかるほどバッシングが減るからね。ライザックが広告塔として使いたがるわけだ」
「これだけの人気を見ると、なんだかプライリーラ様を思い出すわね」
「プライリーラ? 誰?」
「プライリーラ・ジングラス。グラス・ギースのアイドルよ」
「名前からして女の人かな? それにジングラスって派閥の一つだよね?」
「ええ、食料を担当するジングラス派閥の総帥になった女性ね。私より若いのに強くて綺麗で都市のアイドルとして有名なのよ」
「へぇ、そんな人がいるんだね。そういえばグラス・ギースにいた時に何度か聞いた名前かもしれないな。でも、有名なわりに一度も見かけなかったよ」
「グラス・ギースでは食料の輸入が多いから、外部の商会と契約するために外での活動が多いらしいわ。私の印象からすると、一人で何でもできちゃうスーパーウーマンって感じかな。武人としても経営者としても、そして女性としても一流の女性よ」
「マキさんがそこまで言うなら、本当にすごいんだね」
「彼女の存在がグラス・ギースの拠り所になっているわ。守り神みたいなものかしら。都市を運営するためには必ずアイドルが必要なのね」
「そう考えると、この都市では領主たちが、それぞれの役割を果たしているんだね」
領主のガイゾックは都市の象徴として鎮座。
長男のライザックは政治と経済を担当。
次男のハイザクは武力に秀でる軍事担当。
三男のスザクは人心掌握としてのアイドル担当。
一人で全部できれば一番だが、それだけ負担が大きくなる。それぞれの得意分野をしっかり分けて、負担を分担するのが昨今の主流の考え方だろう。
ライザックもアンシュラオンに負けたことで、自らの役割に徹している様子がうかがえる。これによってハピ・クジュネは、ますます強くなるはずだ。
その最初の大きなイベントが、このパレードなのだ。




