204話 「海でブギウギ その3『アイラの正体?』」
せっかく海に来たのだ。
マキのこんな要望にも応える。
「ほーら、マキさん!」
「きゃっきゃっ! こらぁ、やったなぁー! お返しよ!」
「あははは!」
アンシュラオンがマキに海水をかけ、マキもかけ返す。
いわゆるカップルの「きゃっきゃうふふ」のいちゃラブだ。
(ずっとやってみたかったのよね。ああ、幸せだわ)
マキも青春時代を修行だけに費やし、こんな男女の楽しみなどまったく経験せずに成人してしまった、かわいそうな女性である。
そして、ようやく報われる日が来たのだが―――
「ほーら!」
「きゃっきゃっ♪」
「あはははー! ほらほらー」
「うふふ♪ こらぁー♪」
マキが両手で海水を押し出すと、周囲十メートルがごっそりと浮き上がり、巨大な水流となって襲いかかる。
だが、対するのはアンシュラオンなので、こちらも遠慮なく水をぶっかける。
その激しい衝突によって生まれた水飛沫が、弾丸のように周囲に飛散。
浜辺で追いかけっこをしていた若いカップルの足を撃ち抜き、日光浴をしていたおじいちゃんが干していた入れ歯を破壊し、置き引きしようとしていたおっさんの尻を貫く。
「ぎゃーーー!」
「ひーー!」
「わひのいればがぁぁぁ」
「誰かあいつらを止めろよぉおおおおおお!」
その惨状にロリコンの怒声が響き渡る。
「いやー、悪い悪い。久々の海で盛り上がってさ」
「普通に遊べないのかよ。これだから武人ってのは厄介なんだよな。完全に社会不適合者だろう」
「そう寂しいことを言うなよ。魚だって一杯獲れたじゃないか」
「獲れたというより、巻き込まれて打ち上げられただけだろう」
ロリコンの視線の先には、大量の魚があった。
サナの雷で死んだもの以外にも、アンシュラオンやマキが海水を滅茶苦茶に掻き回したため、山ほどの魚が浜に打ち上げられていた。
たまにテレビで見る光景とそっくりだが、魚の種類はまちまちだ。
色とりどりの魚、マグロみたいな大きな魚、よくわからない形の貝まで実に多様である。
「これって魔獣なのか?」
「特に危険じゃなさそうだが…うげっ! この貝、なんか伸びてきたぞ! ひぃー! 目を狙ってきやがった!」
「ちっ、惜しい! もう少しで当たったのに」
「いやお前、自分がやったことをちゃんと反省しろよ!?」
「全部不可抗力だし、漁業権は侵害していないつもりだけどなぁ」
「俺への被害も少しは考慮しろ! おかげで午前中の記憶がほとんど無いんだぞ!?」
「まあまあ、とりあえず焼いてみようよ」
「ぎゃーー! さらに活発になったぞ!! 目に、目に吸い付くぅううう!」
「ははは、ロリコンは愉快なやつだな。よし、そろそろお昼にしようか」
「…こくり!」
ロリコンが貝型の魔獣に襲われているのを眺めながら、一行はランチのお時間だ。
誰もが思い思いにくつろぎ、昼食を楽しむ。
おにぎりを食べているサナの隣にはホロロが付き従い、汚れた口元を幸せそうに拭いている。彼女にとっては奉仕が最大の至福のようだ。
アンシュラオンは、さきほど手に入れた魚を焼いて味見したりする。
毒があってもスキルで無効化されるため、こういうときは気兼ねなく食べられるので便利だ。味見の結果、どの魚も白身で味もそこそこといったところだろうか。
マキもそれを興味深そうに見つめながら、たまにちょっと味を確認したりしていた。
「サナ様、こちらもどうぞ! 小百合が作ったウィンナーですよ!」
「…こくり。ぱくっ、もぐもぐ」
「そういえば、近々ハローワークから『重大発表』があるそうですよ」
小百合は毎日ハローワークに行って情報を集めてくる。
あくまで裏の手口を使って入り込んでいるので、行くたびに職員からは嫌な顔をされているようだが、気にせず情報をすっぱ抜いてくる度胸はすごいものだ。
「どう考えても翠清山の件だよね」
「そうだと思います。ただ、領主様からも公式発表があるそうなので、そのあたりが少し気になりますね」
「ガイゾックが? ライザックじゃなくて?」
「はい。普段は長男のライザック様に都市運営を任せていますが、重要な発表がある場合は領主様が直接出向くことがあるそうです。ですので、何かほかに目的があるんじゃないかと噂になっています」
「うーん、そもそも海軍は普通に山に入れるんだし、オレだけに入山許可を与えるのならば、わざわざハローワークが公式に発表する必要はないよね。それに加えてガイゾックの登場か。何を企んでいるんだろうね」
「ふっふっふ、そのあたりもちゃんと情報を仕入れてきましたよ」
「さすが小百合さんだ。で、どんな内容?」
「これも噂なのですが、『スザク様が御結婚』なされるという話もちらほら出回ってまして、その発表の可能性もありますね」
「ええええ!? スザクが!?」
「はい。もう十五歳ですからね」
「ああ、そっか。こっちじゃそれが普通なのか」
「ライザック様は相手を見定めるために時期を遅らせておりましたが、領主の息子ならば生まれた時から許婚がいることも珍しくはありません」
「スザクが結婚ねぇ。全然イメージが湧かないけどな…」
「可愛い顔をなさっておられますから、女性からも人気があるのです。これは相手が誰かとても気になりますね! どこのご令嬢でしょうか!? これも噂ですが、南部の西側勢力から選ぶという話もありますよ! あるいは東側勢力との結びつきを強めるのか、どちらにしても興味は尽きません!」
「小百合さんって、そういう話が大好きだよね」
「そりゃもう! 今では余裕を持って、勝ち誇った顔で聞けますからね!」
そう言って結婚指輪を見せつける。
おそらく他の職員にも見せていることは想像にかたくない。
(小百合さんがハローワークに行くのって、マウントを取るためなのかもしれないな。ああ、またヘイトが集まっていくぞ。女性の嫉妬は怖いんだけどなぁ…)
「その指輪、とても素敵ですよね。いいなぁ」
「ロリ子さんは、ロリコンさんからもらっていないのですか?」
「そうなんですよ…ちら」
「うっ…!!」
ロリ子の視線を受けて、思わずロリコンが顔を背ける。
「ロリコンも金が手に入ったなら、ロリ子ちゃんに指輪くらい買ってあげなよ。たいした値段じゃないだろう? オレの故郷じゃ、給料の三ヶ月分の値段の指輪を買う習慣があるんだぞ」
「俺は行商人だし、給料といっても定期的な収入があるわけじゃないから、三か月分がいくらかわからんぞ。というか、とんでもない習慣だな」
「バブルの時は何をやっても許されたからな。まったくもってあくどい商売だよ」
「今の収益具合で三ヶ月だと、だいたい四十万円くらいの指輪ですね。四十万かぁ…ちら」
「ま、まあ…それくらいなら……」
「宝石も付けてもらいなよ。強力で高いやつ」
「そうですね。それだと三百万くらいでしょうか?」
「変なことを吹き込むなよ! 俺たちは慎ましく生きるから、普通のでいいんだってば!」
さりげなくロリ子がロリコンの月収をばらす。
三ヶ月で四十万円ならば月収十三万強だが、グラス・ギースの平均月収が四万程度なので、一般家庭と比べると行商人はかなり儲かるらしい。
その代わり買い付ける品々はその都度値段が変わるし、安定して商品が手に入るとは限らない。移動も大変で死ぬ可能性も高く、今回のように街が破壊されると商売ができないこともある。
それを考慮すると、かなり不安定な職業といえるだろう。
「しかし、わざわざこのタイミングでスザクの結婚話か。意図的に流布しているよね」
「もしかしたら、お祝いも兼ねてアズ・アクスとの和解を画策しているのかもしれません。恩赦というやつでしょうか」
「そのためだけにスザクを使うのは、もったいない気もするね。ライザックがこれだけのカードを切るんだ。もっと大きな動きかもしれない」
「そうですね…それにスザク様だと相手が『姫』くらいでないと釣り合いませんよね。これも噂ですが、ルクニュート・バンクの『ルクニュート家のご令嬢』から婚姻話が寄せられているそうです」
「ルクニュート・バンク? 南部に入植している国だっけ?」
「西大陸の東沿岸部にある国ですね。もともとハペルモン共和国の下請けだった五つのメガバンクが合併して大企業になったのですが、人や物を集めている間に規模が膨れ上がって、いつしか国になったという珍しい国家です。建国して日が浅いほうですが、今では相当な軍事力を持っているそうです」
「そんな連中が入植を開始しているのか。ライザックも焦るわけだ。で、そのご令嬢ってのは?」
「ルクニュート家は、母体となった一番大きなメガバンクの創始者の一族です。国家名にもなっていますし、王族みたいな感じでしょうか? そこの末娘さんらしいです。それ以外の詳しい情報はわかりませんが、かなり特殊な性癖を持った女性と聞きますね」
「性癖の情報だけ伝わるっておかしくない? それだけやばいってことか。そんな女性と結婚するならスザクは災難だね」
「立場的に政略結婚は免れないですからね。でも、あくまで噂ですから実際のところはわかりません」
「まあ、そのうち発表されるなら素直に待てばいいかな。噂話が楽しいのは理解できるけどね」
そんな話に花を咲かせていると、誰かが近づいてくるのが見えた。
「あーーー! こないだの!」
「ん? 誰だ?」
「忘れたとは言わさないよー! このお尻が覚えているからね!」
「尻だと? …ああ、あの時の踊り子か」
「なんでお尻を見て思い出すのよ!」
顔は忘れていたが尻は忘れない。それがアンシュラオンクオリティである。
そして目の前にいるのは、観光していた時に見た旅芸人のラポット一座の踊り子、アイラであった。
彼女はピンクの水着に浮き輪を持って、遊ぶ気満々のようだ。
「なんだ、お前も海か。休みなのか?」
「今日はローテーションでお休みなんだー。ってゆーか、アイラって名前があるんだよねー。そっちで呼んでよ」
「アイラか。どこにでもいそうな、ありきたりな名前だな。もっと個性を出せ」
「当たりがキツイ! そんなこと言って、また私のお尻が恋しくなったんじゃないの? ほーら、フリフリフリー」
「ばしんっ」
「あいたーーーー! また叩いたぁぁああ!」
「子供の前で尻を振るなと言っただろう。成長しないやつめ」
「もうー! お触り厳禁なんだからねー。で、あなたの名前は? 私だけ名乗るのは不公平だよね?」
「名乗るほどの者じゃありませんよ。お気になさらず」
「なんか軽くあしらわれた!? 教えてよー! 教えてよー! ほら、水着見せるからさぁー! おニューの水着なんだよー!」
「踊り子の服より露出が下がってるじゃないか。それで何を見ろっていうんだ」
「健康的な身体とか? このウェストのくびれとかすごいでしょー。自慢なんだよねー」
「愚か者が。マキさんを前にしてよく言えるな。ほら、見るがいい!」
「うっ! なにその締まった身体! 胸も大きすぎぃいいい!」
「あ、アンシュラオン君、恥ずかしいわよ」
「くくく、マキさんのボディに恐れおののいたようだな!」
「ふ、ふん、女の子は、ちょっとくらいふくよかなほうがいいんだよー! ムチムチっていうかさ、エロくないとね!」
「じゃあ、ホロロさんを見ろ」
「きゃぁあああ! なにその人、エロ! 身体全体からエロい雰囲気がだだ漏れじゃんー! 水商売の人なの!?」
「ふんっ」
「なんかこの人にも鼻で笑われたんだけど!? 屈辱的ー!」
「諦めろ。どう考えても、このメンバー相手には勝ち目がないぞ。スレンダーかつ、脱げば意外とムチムチな小百合さんもいるしな。美少女枠ならサナもいるんだ。どこで勝負するつもりだ?」
「それならやっぱり若さとお尻で―――」
「…じー、ばしん」
「あいたー! お尻を振ってないのに叩かれたー! やっぱり小熊くらい強いー! いたーい、ごろごろごろ」
「何しに来たんだ、お前は。さっさと帰れ」
サナにも尻を叩かれ、転げ回るアイラ。
うっすら涙を流して痛がっているので本当に痛いのだろうが、それならば尻を振らねばよいだけだ。
なぜ彼女は尻を振るのか、まったくもって謎である。というより存在自体が謎である。
「…じー、ぐいぐい」
「え? なに?」
「…ぐいぐい」
「どうしたの? 何か言いたいことでもあるの?」
「…?」
「そっちが引っ張ったのに、その反応はおかしくない!?」
「サナは声が出ないんだ。察しろ」
「あっ、そうなんだ。お姉ちゃんと遊びたいの?」
「…こくり」
「あーん、可愛いぃいい! なにこの子、超可愛い! おめめも宝石みたいに綺麗!」
アイラはサナを抱っこして、うっとりしている。
本当ならば安易に抱かせたりしないが、サナのほうもかなり懐いているように見えたので好きにさせる。
(サナは自らに害を与える人間には懐かない。ということは、このアイラという女も悪いやつではないか。まあ、馬鹿丸出しの顔だしな。そんな頭脳もないだろう。しかし…どこかで見たことがあるんだよな…)
しばらくアイラとサナのやり取りを見ていると、徐々に脳が活性化されていき、より記憶の輪郭が鮮明になっていく。
そして、二人が手をつないでいる光景に―――閃光と雷撃!
「あぁあああああああっ!!」
「うわ、びっくりした!? なになに!? 何かあったの!?」
「お、思い出したぞ! お前、もっと顔を見せろ!」
「な、なに? か、顔? うぐっ! か、顔が潰れるよー!」
「………」
「そんなに見つめて、やっぱり私のことが好きなの? もう、しょうがないなー!」
「………」
「目が怖い!! すごい見てる!」
アンシュラオンが、じっとアイラを凝視。
事細かく顔のパーツを確認し、さらに少し離して印象を重ね合わせる。
(かなり雰囲気は変わっているが間違いない。こいつは―――)
どこかで見たことがあると思っていた。
しかし、なぜか思い出せない。しっくりこない。
その理由が、今判明した。
なぜならば
―――(あの映像の中で、サナと一緒にいた女だ!)




