199話 「ライザックの武 その3『真なる海王賊の流儀』」
ライザックも剣を納め、興味深そうにアンシュラオンを観察していた。
「なるほど、今日はそちらが本命か。老師が連れてくるほどの相手…白い髪、赤い目、少年のような容姿。そうか、お前がアンシュラオンか」
「まあ、監視しているんだから知っているよな。写真くらいはもう出回っているだろうし…」
「見るのは初めてだ。お前を写そうとすると、なぜか写真がひどくぼやける。カメラ自体が壊れることもある」
「なにそれ? 初めて聞いたぞ」
「お前が妨害しているという話だが…自覚はないか。まあ、そんなことはどうでもいい。俺にはわかる。お前から溢れ出る圧倒的な才覚がな!! まるで宝石だ! スザクが入れ込むのもわかるぞ! 欲しい…欲しい! アンシュラオン、俺の部下になれ!!」
「いきなりかよ。話したのは今が初めてだろうに」
「優れた人材が欲しいのは統治者として当然のことだ! お前が望むものは何でも与えよう! だから俺の力になれ!」
「豪胆というか、ストレートなやつだな。スザクとは違った意味で危なっかしいよ」
「さあ、答えを聞こう!」
「その前にこっちの話を聞いてもらおうか。オレはあんたと交渉しに来たのさ。その案内をアル先生に頼んだにすぎない」
「ほぉ、交渉か。この俺と取引をしたいというのだな? いいだろう、言ってみろ」
「翠清山の入山許可をもらいたい」
「…よもやその名を聞くとはな。理由はなんだ?」
「炬乃未さんから、山に取り残されたディムレガンの救助を頼まれた。だが、今は山には入れないというじゃないか。だから筋を通しに来たんだ」
「炬乃未がお前に頼んだのか?」
「そうだよ。彼女には鍛冶を頼んでいるんだ。その見返りってわけじゃないけど、彼女の努力と決心に報いたいと思ってね」
「炬乃未が鍛冶を? 本当なのか? あいつの火はすっかり消えたと思っていたが…」
「彼女はもう大丈夫だ。これから鍛冶師として復帰するはずさ。そして、次は姉の火乃呼さんたちだ。オレが助けてみせる」
「助ける…か。あの女は、お前が思っているようなやつではないぞ。そもそもアズ・アクスの問題は都市にとって重大な機密事項だ。部外者を簡単に行かせるわけにはいかんな」
「ディムレガンたちが、魔獣の武具を作っているからか?」
「………」
「そう警戒するなよ。それも炬乃未さんから聞いた話さ。オレが倒した猿が使っていた剣も杷地火さんのものらしいな」
「どうやら本当に、炬乃未はお前に心を開いたようだな。俺でさえ無理だったものを、どこの誰かもわからぬ男に…か」
「あんたたちが親しい間柄なのは知っているよ。いろいろと思うこともあるだろうが、オレとしても優秀な鍛冶師は必要なんだ。このまま放置していても、どんどん魔獣の戦力が増していくだけだ。それならばオレを使ってもいいんじゃないのか?」
「俺に貸しを作るつもりか?」
「利害の一致さ」
「お前という人間が少しは理解できた。だが、もっとよい手がある。お前が俺の部下になることだ。そうして好きなだけ入ればよい!」
「結局、最初に戻っちゃうんだなぁ」
「俺が言うことはたった一つだ。力でもぎ取れ! お前がその器であることを俺に示してみせろ! それができたら考えてやる!」
「考えるんじゃなくて確約しろよな。だが、お互いに武人同士だ。それが一番手っ取り早いか。オレもあんたに少し興味が出てきたところだ」
アンシュラオンがポケット倉庫から卍蛍を取り出す。
「それは火乃呼の刀か。こんなところで廻り合うとは皮肉なものだな」
「いい刀だ。これを見た時から…いや、火乃呼さんの包丁を見た時から、オレは彼女に興味が湧いたんだ」
「包丁…だと?」
「お互いに知らないことがあるんじゃないのか? 仲直りの手助けなんてするつもりはないが、この刀でお前に勝ってやろう。それでこそアズ・アクスの想いが伝わる」
「アズ・アクスの想いなど、すでに知っている!」
ライザックがアンシュラオンに斬りかかる。
すでに身体は温まっているので、最初から全力の攻撃だ。
「いいぞ、こい。武人の戦いに合図は必要ない。いつでも闘争の準備は整っているからな」
アンシュラオンは三百六十五日、ありとあらゆる時間において戦闘態勢にある。
寝ている時も食べている時も、闘争から離れることは許されない環境で育ったからだ。
風の圧力など関係ない。卍蛍の鞘で風聯を受け止め、そのまま弾き飛ばす。
鞘には傷一つ付いていない。剣気を張ってガードしたからだ。
「ぬっ! これは…報告書通りか!」
その瞬間、すぅっとライザックの気配が変わった。
着地すると同時に雷聯を前に出し、風聯を少し下げた位置に構える。アルにもやった待ち伏せの構えだ。
(オレの力を感じ取って、すぐさま防御態勢に入った。今の一撃も最初から力と間合いを測るためのものだった。やっぱりこいつは強いよ)
海賊の荒々しさを持ちながらも、慎重で冷静で知的。
一切の油断はせず、そのうえで力をもっと見たくてウズウズしているように笑っている。
その姿は、まさに少年そのもの。
大海を前にして目を輝かせる冒険少年の瞳だ!!
(そんな目で見るなよ。強い相手に誘われたら、闘争本能が刺激されちゃうじゃないか。しかも刀を使って強い相手と戦うのは初めてだ。いいぞ、ワクワクしてきた!)
鞘から刀身を抜く。
月明かりと船の灯りに照らされて、真っ白に輝く刃が手に馴染む。
「いくぞ、ライザック!」
「こい、アンシュラオン!」
アンシュラオンは床を駆け、素早い斬撃を繰り出す。
ライザックは雷聯を使ってガード。刃を受け止める。
パワーはアンシュラオンが上なので、押されて刃が眼前まで迫る。
だが、身体を捻って強引に刃をずらし、右手の風聯でカウンターの一撃を見舞う。
アンシュラオンは屈んで回避。
風の刃が髪の毛を揺らすが、それだけだ。
(この男、すでに風聯の間合いを見切っている! 老師との戦いを短時間見ただけでか!)
目で見て覚えろとはよくいわれるが、それを実戦で即座にやれることが『才能』なのである。
アンシュラオンは再び間合いを取って、刀での連撃。流れる剣撃が襲う。
ライザックも身体を上手く使ってこちらのパワーを流し、最小限の動きで回避しながらカウンターを繰り出す。
それをアンシュラオンはいなし、反撃で斬ると見せかけて突きの一撃。
突然変化した間合いにもライザックは対応。
ギリギリで首を捻って、頬が切れる程度で収める。
ライザックは、回避の流れのまま回転して、風雷二本による横薙ぎ一閃。
アンシュラオンは手首で卍蛍を回転させて受けつつ、自身も宙を一回転してかわす。
着地と同時にこちらも横薙ぎ一閃の反撃。
ライザックは真正面から二本の剣を使って防御。軽く飛ばされるがパワーをすべて吸収して受けきった。
まるで互いの力を確認し合うような戦いに、思わず周囲の海兵たちも盛り上がってくる。
ドンドンドンッ!
ドンドンドンッ!
ドンドンドンッ!
床を踏み鳴らす!
互いの意地のために戦う二人の戦士を、野太い声で祝福する!
「戦う者にエールを送れぇええええ!!」
「海の女神の祝福を!!」
「血で自己の正当性を証明しろ!」
「戦え、戦え、戦えぇええええ!」
「おおおおおおおおおおお!」
ドンドンドンッ!
ドンドンドンッ!
ドンドンドンッ!
足踏みはさらに加熱。
空気が熱され、夜空に湯気が立ち昇る!
燃える。武人の闘争本能が燃えていく!
「やるな、アンシュラオン! お前の剣には深みと味わいがある! そして何より、熱気と色気がある! まるで極上のウォッカのようにヒリつくぞ!」
「あんたこそやるじゃないか、ライザック。オレを熱くさせるのは剣士のおっさん以来だぞ」
「魔剣士のことか? それは光栄だな! 海賊が振る舞う酒を存分に味わえ! 酔いしれ!」
魔獣と人間の最大の違いを述べれば、『闘争を楽しんでいること』だろう。
命をかけることを最大の喜びとする者こそ、武人なのだ。
「アンシュラオン、俺の本気を見せてやる! 聞け、海賊の歌を! 知れ、海賊の生きざまを!! 感じろ、海賊の誇りを! その身に刻め!!」
踏め、踏め、踏め!
床を踏み鳴らせ!!
海兵たちの足踏みが最高潮に強くなり、この大きな軍船が揺れ始める。
波が生まれ、渦が生まれ、戦うための力が生まれていく。
「おおおおおおおお!」
ライザックが突進。
両手の剣を交差させ、斬りかかってきた。
アンシュラオンは刀で迎撃するが―――鋭い
刀と剣が激突するも、ライザックは吹き飛ばされない。
なぜならば、その刃には純度の高い『剣気』が漲っていたからだ。
戦気をエネルギーに換えるだけでも準魔剣は強いが、当然ながら剣士のために作られているので、剣気を出せればもっと強いのは当然である。
今のライザックは、剣の威力もパワーも今までよりも数段上であった。
(剣気を出している? この剣気の純度は、生粋の剣士に近いぞ)
アンシュラオンには『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』があるため、剣士因子を劣化させないでそのまま使うことができる。
一方の戦士においては剣士因子がある場合でも、実質的に剣士因子が半減するため、無理に剣気を出さずに攻撃したほうが効率が良い場合がほとんどだ。
だからこそライザックも、剣王技を扱うタイミングは限定していた。
ならば、因子の力を剣士に振り当てたのかといえば、そうではない。
実力で上回るアンシュラオンに対抗するためには、ライザックの戦士因子をすべて使う必要があり、こうして動きについてくるところを見ると、その戦士因子もすべて稼働しているようだ。
その証拠に、剣で斬り合っている間に、下から足が伸びてきた。
覇王技、『上月転脚』。
真下から真上へ、月を蹴り上げるように放つ因子レベル2の技だ。
蹴りはアンシュラオンの服を掠めながら、空を切る。
ギリギリで回避したが、技に宿る戦気も上質で、生粋の戦士と同じものであった。そうでなければアンシュラオンの防御の戦気を、多少なれども貫けないだろう。
(戦士と剣士の因子が両方覚醒している? 『ハイブリッド〈混血因子〉』? それとも『モザイク〈複合因子〉』か?)
「スザクとの違いに驚いているようだな! そうだ、これこそが本当の海賊の流儀だ!!」
クジュネ家の血統遺伝、『バイキング・ヴォーグ〈海王賊の流儀〉』。
ライザックのものもスザクが使ったものと同じで、もう一度確認すると、『統率』三段階上昇、自身を含めた指揮する部隊全体に『不屈』『根性』『火耐性』『水耐性』『物理耐性』『即死耐性』『自己修復』『自動充填』を与え、『精神』『攻撃』『防御』が一段階上昇するというチート級の能力である。
しかしながら、それは各種能力とスキルの部分にすぎない。
本当のバイキング・ヴォーグは因子にも強い影響を与え、一定時間だけ【戦士と剣士両方の因子を、覚醒限界値まで上昇】させることができる。
戦士の間合いと剣士の間合い、両方で力を十全に発揮できるため、初見の相手に対しては無類の勝率を誇っているのだ。
なぜライザックが暗殺を容認しているか、その最大の拠り所がこのユニークスキルなのである。
(なるほど、これが完成形か。話に聞いた以上の力だ。おそらくライザック単独でも右腕猿将を倒せる実力がありそうだ)
アンシュラオンは、ア・バンド殲滅戦のスザクの戦いをじかに見てはいないので、あくまでシンテツの自慢話しか知らないが、戦いの痕跡を見ればスザクの暴れっぷりは簡単に想像できる。
そして年季の違いか、ライザックの力はスザクを超えており、発動時間も五倍以上はあるので、ある程度の長期戦にも対応できるだろう。




