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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「海賊たちの凱歌 後編」
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186話 「土地を見に行こう! 思い出が眠る宮」


「今日はこれでお仕舞いアル」


「サナの調整はどうするんだ?」


「闇市場で素材が全部集まらなかったから、また今度やるネ。それまでに集めておくヨ」


「もう時間も遅い。ちょうどいいかな。ほら、今日の報酬だ」



 アンシュラオンが懐から札束を取り出して放り投げる。


 アルは人差し指でキャッチ。器用にくるくる回す。



「ちと多いネ」


「家くらい早く直したほうがいいぞ」


「いつ死んでもいいように、もらった金はすぐに全部使う主義アル。服だけあれば何もいらないヨ」


「見習いたくないストイックさだな。でも、武人としては正しい。尊敬するよ」


「ユーみたいな生き方のほうが人生は楽しそうだけどネ」


「薬奉旅館に泊まっている。準備ができたら教えてくれ」


「わかったヨ」



 アルはそのまま闇にすっと溶け込んで消えていった。



(師匠と同郷のテンペランターで、本業が殺し屋の凄腕のじいさんか。たしかに変なジジイだったな。だが、学ぶところは多そうだ。出会えてよかったよ)



「宿に戻ろうか。マキさんたちも待っているだろうしね」


「…こくり」



 アンシュラオンたちは宿に戻って、お互いに今日のことを報告し合う。


 ロリコンのほうは特に異常はなく、薬も競売にかけてきたらしい。



「競売なんてあるんだね」


「物が物だ。下手に取引すると損をする場合もある。ひとまず一週間競売にかけてみて、希望額に達しないときは一度引き戻して様子見かな。できるだけ高く売りたいからな」


「あんなの、また取ってくればいいんじゃない?」


「誰もがお前みたいに簡単に森には入れないって。ブシル村に行くだけでも大変だしな」


「かなり距離があるからね。クルマじゃないと大変か。ロリコンは仕入れが終わったら、また北のほうに商売に出るの?」


「まだ迷っている。街が魔獣に攻撃された話を聞くと怖くなってな。どのみち今は東ルートからしか戻れないから動けないんだよ」


「スザクは箝口令かんこうれいを敷いていたみたいだけど、商人の間で噂は流れてた?」


「そこそこ聞いたぞ。物流が半分止まっているから嫌でも気づくことになるだろうな。ここには軍もいるしパニックにはならないと思うが、ハピ・クジュネから出にくくなるのは間違いない」


「早く復旧しないと西ルートはズタズタか。スザクたちも大変そうだな。じゃあ、北が駄目なら南に行くの?」


「南…か。南部は南部で危ない場所だし、発展もしているから俺みたいな行商人が扱う物が売れるかは怪しいよな。行商もやりづらい世の中になったもんだよ」



(どこもかしこも争いばかりか。それも人間の本質だから仕方ないけど、一般人にとっては災難だな)



 こうして慌しい日は終わりを迎えた。


 ハローワーク、スレイブ館、アルとの出会い、アズ・アクスに闇市場となかなか内容が濃い一日であった。




 それから四日間は何事もなく過ぎ去る。


 観光の続きをしたり、サナやマキと修練をしたり、ギアスの研究をしたりと、あっという間に毎日が過ぎていった。



「そろそろ土地を見に行こうか。温泉旅館もいいけど、今後のことも考えないとね」



 たかだか四日では炬乃未が復活するわけもなく、アルからも特に連絡はない。


 それ以外でやることといえば、土地を手に入れることくらいだ。


 さっそくカットゥに提案すると、ようやく出番が来たと喜び勇んで準備してくれた。



「いやー、なにか久々にしゃべった気がいたします!」



 たしかに台詞はすべてカットされていたので、彼が言葉を発したのは到着初日以来である。


 一応、いろいろなところで説明をしてくれていたのだが、所詮は案内役の男の海兵だ。尺の都合で容赦なくカットと相成った。その分、今日は存分に語ってもらいたいものである。



「土地はいくつか用意してありますので、ご案内いたします!」



 外には最初に乗った大型の馬車が用意されており、八人+カットゥの九人全員が乗り込んで移動開始。


 後ろからはいつもの護衛の海兵もついてくるが、街中は海兵だらけで犯罪もほとんど起きないため、このあたりもすべて割愛である。



「最近、海兵が増えた?」


「はい。多くは第一海軍所属ですので、戻ってきたというべきかもしれません」


「ガイゾックが統括している海で活動している部隊だよね? 海の監視を減らしてでも陸地に上げるってことは、それだけ内地が大変ってことか」


「そのようです。現在は第二海軍が破壊された他の街に駐屯していますから、都市の治安維持を考えてのことだと思われます」


「でも、海を放っておくとア・バンドみたいな連中が入りやすくなる。ジレンマだね。ところでハピ・クジュネより南はどんな場所なの?」


「南といっても相当広いです。私もすべては知りませんが、この北部エリアの十倍以上の面積はあると聞いております」


「そこが全部荒野なの?」


「ここまで荒れているわけではないようです。草原や平地等々、人が住みやすい地形が多いそうです。ただし、その分だけ入植が進んでおりますので争いも多いとか」


「ハピ・クジュネよりも大きな都市もあるんだよね?」


「南部の『自由貿易郡』などは、ハピ・クジュネとも友好的な関係にあります。そこは三つの大都市と十三の都市から成り立っておりまして、その一つ一つがこの都市と同格以上の経済規模を誇っております」


「それはすごいね。南部の中心都市なのかな?」


「それでも一つの地域にすぎません。西側が入植している他の地域も、どんどん開発が進んでおりまして、発展を続けているようです」


「思っていたより南は広いんだね。それだけの場所が今まで手付かずだったことも驚きだけど」


「そうですね。東には古い国家もたくさんありますし、なぜかこの西方部だけが取り残されているのは不思議であります」



 西大陸にも未開発地域はあるのだが、なぜか火怨山から南に大きく巨大な空白地帯が生まれている。まるで意図的に切り抜かれたように。



(この世界のことを何も知らないオレならばまだしも、教育を受けているであろうカットゥさんも知らないのか。まあ、都合が悪い事実を隠すために歴史そのものを消すこともけっこうあるからね。そういう類なのかもしれないな)



 戦争で勝った側が、敗戦国の歴史を書き換えることは往々にしてよくあることだ。かつての英雄が、こんにちでは梟雄や悪党にされていることも珍しくはないだろう。


 それを教え込まれて育った子供も、いつしか真実を忘れていく。大事なのは真実ではなく都合の良い口実なのだ。


 四大悪獣の一件も含めて、特に災厄の影響が強かったこのあたりでは、完全に歴史が失われているように思えた。


 そんなことを思いながら、夏の風に身を委ねて揺られること一時間。


 最初の土地に到着。



「このあたりは観光区から少し離れていますが、その分だけ静かで穏やかな地域となります。海も見えますし、景観も良いです」



 ここは観光区と港湾区、双方の仕事場からも若干遠いため、ベッドタウンとして活用されている地域である。


 周囲には何もないが、少し離れた位置にマンションがいくつか建てられている。



「あれはマンションだよね。八階建てかな?」


「西側でよく見られるタイプの建物を真似たものですね。ご承知かもしれませんが、ハピ・クジュネでは土地不足が加速しておりまして、ああいった住居も必要になってきたのです」



 もともと高級ホテルは、高いところでは二十階を超える高層型の造りもあるくらいだ。


 あれくらいのマンションならばあって当然と思うのだが、意外と住居としては目新しい部類らしい。



「土地は拡張しないの? 城塞都市じゃないんだから、できなくはないよね?」


「魔獣が少ない地域ですが、防壁の一部を壊さないといけないので慎重なのです。毎年少しずつやっているものの人口増加に対応できておりません」


「人が多すぎるのも困りものか。この土地は空いているんだよね? 誰か買わないの?」


「今回のように特別に土地が必要になることがあるので、一般に開放していない土地があるのです。ここはその一つですね」


「だから良い土地が残っているのか。買い物に行く際には馬車を使うのかな?」


「下にも小売店はありますが、基本的にはそうなりますね。家屋に関しましては、大工と相談して一から建てることになります」


「家のことなんてわからないし、そのあたりは専門家に任せるよ。アロロさん、この土地はどうかな?」


「とても素敵ですね。落ち着いた雰囲気がいいです」


「了解。とりあえずキープだね。次の土地を見に行ってみよう」



 続いて見に行ったのは、海沿いの土地であった。



「ここは少し風が強い時がありますが、景観は最高ですね。ビーチのほうまで見通すことができます」



 いわゆる海辺にある家で、思わずヤシの木を想像してしまいそうだ。実際に南国風の樹木が防風林として植えられており、まさに海!という景色が味わえる。



「ですが、このあたりは人があまり住んでおりませんので、買い物等は港湾区の問屋を使ったほうが早いかもしれません」


「いわゆる業務用のお店か。それはそれでいいんだけどね…大味なのがなぁ。ホロロさんは、どう思う?」


「それに関しましては、できるだけ良い店を探せば問題ありません。それに海沿いなので魚介類を仕入れるのは楽そうですね。漁師さんから直接買い付けることもできそうです」


「そういう利点もあるか。釣りもできそうだしね」



 もう少し人が多いエリアに行けば移動販売も多く、取れたての食材が手に入るのは魅力だろう。気ままに釣りも憧れるものだ。



「人が少ないなら鍛錬にもよさそうよね。一般の人がいると、どうしても遠慮しちゃうし…」


「そうだね。かなり窮屈だったもんね」



 マキもこの四日間、満足に鍛錬できなかったことで運動不足のようだ。


 たしかにマキが技を使ったり、サナが術符を使えば周囲への被害は相当なものになる。人が少ない場所は鍛錬には最適だ。



「一応ここもキープで、次を見てみようか」



 それからいくつか土地を見て回ったが、どこも一長一短で簡単には決められないでいた。


 だが、最後に立ち寄った土地は、今までとは明らかに異なっていた。



「あっ、すでに家があるね。大きくて綺麗だ」



 芝生が敷き詰められた土の大地の上に、小さな宮殿かのような豪華な白い建物があった。


 今までの土地は更地だったので、なおさら気になる。



「この土地は何なの? 今までで一番よさげなんだけど?」


「こちらはスザク様の別荘となっております。今では誰も住んでおりませんが、家屋が中古物件となってしまうので後回しにしておりました」


「オレは脂ぎったおっさんでなければあまり気にしないけど、嫌な人もいるよね。スザクはもうここは使わないの?」


「もう五年間、ここには立ち寄っておられません。お忙しいこともありますが、実はここはスザク様の母君が暮らされていた家なのです」


「スザクの母親? 引っ越したの?」


「いえ、お亡くなりになりました。とても優しくお美しい御方で、人々からも好かれておりましたが、生来お身体が弱くて…五年ほど前に」


「それは…つらいね。長男のライザックは何歳だっけ? 三人も産んだなら、もうけっこうな年齢だったのかな?」


「いいえ、御三方とも母親は違います。異母兄弟なのです」


「ああ、妻が一人とは限らないのか」



 実際に妻が三人いる男が目の前にいる。


 領主ともなれば、血を遺すために複数人の女性を妻にすることもあるのだろう。



「スザク様の母君は、ご夫人の中で一番若かったのです。ですから、当時十歳だったスザク様も随分と哀しまれました。まだ見習いだった私も泣いたものです。しかし、それをバネにして我らが若君は立ち上がりました。決意を固めてからは一度もここには戻っておられません」


「十歳で…か。スザクは強いな。あいつはいい男さ。オレが男を褒めるなんて滅多にないことだから本音だよ」


「ありがとうございます。我々も誇りに思っております」


「でも、母親が違うのなら兄弟三人の間で確執はないの? シンテツのおっさんとか、スザクのために功を立てたがっていたよ? 権力闘争とかないよね? 巻き込まれたら嫌だよ」


「そのご心配は杞憂であります! むしろ二人の兄君から愛されているのです。スザク様の魅力は母君より受け継がれたものだと思います。人を愛し、味方を信じ、民を励ます姿はそっくりです」


「そうか…スザクの母親なら、きっと綺麗な人だったんだろうな」



 端整なスザクを見れば母親が美しいことはすぐにわかる。


 イタ嬢でさえ母親そっくりの美人だったのだ。加えて内面も素晴らしいとなれば最高の女性であろう。



「アロロさん、ここはどうかな?」


「ここは本当に素敵ですね。素敵すぎて住むのが怖いくらいですよ」


「家はそのまま使っていいんだよね?」


「スザク様からは、もし気に入ったら好きに使ってほしいと伝言を預かっております。母も喜ぶからと」


「土地も広いね。あっちの林も敷地内なのかな?」


「はい。スザク様が子供の頃は、そこで鍛錬もしていたようです。かなり激しくしても他の住人の迷惑にはなりません」


「観光区にも近いし、買い物や行楽にもいいね。海もそんなに遠くない」


「観光区の楽しげな人々の姿を眺めるのがお好きだったようです。そんなお人柄でした」



 ここは観光区寄りの港湾区で、大きな森林地帯が隣接した場所だった。


 丘になっているため、坂の下に視線を向けると観光区の人々の様子がよく見通せる。アイラと出会った大道芸人が集まる大広場も近いため、賑やかな声も静かに響いてくるようだ。


 小学校が近い家で、運動会のきゃっきゃした声が響くのを想像してもらえるとわかりやすいだろう。聴いているだけで楽しくなってくる。


 風も穏やかで、バルコニーでゆっくり過ごせば、まさに理想的な避暑地になるだろう。さすが領主の妻の邸宅である。



「サナ、気に入ったか?」


「…こくり」


「スザクは好きか?」


「…こくり」


「そうだな。いくら兄たちとの関係は良好とはいっても、後ろに誰かいないと寂しいよな。あいつの焦りはここから来ていたのかもしれない。生まれが良いのは羨ましいことじゃないんだよな」



 ア・バンド討伐の際、かなり無理をして潜入した経緯もある。撤退時も最後まで残ろうとしていた。


 自分の力に自信があるわけではなく、亡くなった母親のために、自分を信じてくれる人々のために、せめて海賊らしくあろうとがんばっていた結果だろう。



(思わぬ縁ができちゃったな。いや、それもいいのかもしれない。もう妻が三人もいるんだし、他人を拒絶ばかりしていても仕方ない。サナが気に入ったのならば受け入れてみようか)



 今までの自分ならば嫌だったかもしれないが、マキたちと出会い、アルと出会って人との縁も悪くないと感じ始めていた。


 スザクもついつい応援したくなる好青年だ。ならば、決まりだ。



「ここにするよ。スザクには伝えておいて」


「きっとお喜びになります! 必要なものがあったらいつでも命じてください! 毎日掃除しておりますので、今すぐにでも入居は可能です!」


「そんなに焦らなくてもいいよ。アズ・アクスとじいさんにも伝えないといけないしね」



 こうしてさらに三日後、アンシュラオンたちはスザクの母親の邸宅に入居するのであった。


 のちにこの邸宅は、持ち主の色と、いつも楽しげな声が聴こえてくることから『白詩宮はくしきゅう』と呼ばれることになる。




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