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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「海賊たちの凱歌 後編」
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181話 「アズ・アクスの事情 その1」


 アンシュラオンたちも外に出て、一緒に海沿いを歩く。


 その際にアンシュラオンの歩き方を見たアルが、もともと細い目をさらに細めながら笑う。



「いい腕前ネ」



 二人とも歩いているのに音がまったくしない。


 そういう足運びをしているからでもあるが、無意識のうちに足裏に薄い戦気を放出して足音を消す癖がついているのだ。


 これだけのことが自然にできるようになるには、最低でも十数年の修行が必要である。



「じいさんも、ただのテンペランターじゃないよね?」


「あっちは副業みたいなもんアル。もともとは生粋の武人ヨ」


「そうだと思ったよ。常時臨戦態勢だもんな」


「その動き方、独特の癖があるヨ。誰に習ったアル?」


「陽禅公っていうハゲのじいさんだよ」


「陽禅公…なるほど、同郷の士ネ。納得したヨ」


「同郷? 出身が同じなの?」


「そうアル。ミーは『三皇天子礼国さんこうてんしれいこく』出身ネ。陽禅公も同郷と聞いているヨ」


「それが国の名前? そういえば師匠の生まれとかに全然興味なかったな。どんなところなの?」


「一言でいえば、武術の国ネ。上は最強を求めながらも、下は遊びで日常的に武術を学ぶアル。もともと争いが絶えない場所だから、生き残るために武を磨くしかないネ」



 『三皇天子礼国さんこうてんしれいこく』は、ここから遥か南東にある大きな国家だ。


 地理的には東大陸に属するが、南大陸にも近しいことから独自の文化を遂げた地域である。俗称で『大陸』とも呼ばれることがあるが、こちらが正式名称だ。


 そこでは歴史的に激しい内部対立と権力闘争が延々と繰り返されており、主に武力による政権交代が頻繁に発生する。それによって一般人も積極的に武術を学んで自衛に努めねばならない。


 そういった事情が影響し、面積は大きいものの文化レベルはあまり上がらず、近代化も進んでいないのが現状の発展途上国である。


 ただし、激しい闘争は人間を強くするため、優れた武人や陰陽師を輩出する国としても有名だ。



「かつての陽禅公は、何百万といる門下生の中でもとりわけ優秀で、国家最高峰の『十二老師』の筆頭になれる器と評された天才だったアル。つまりはエリート中のエリートネ」


「へー、師匠ってすごかったんだな。でも、どうして今はあんな生活をしているんだろう? ずっと山の中にいたけど、修行のため?」


「ミーの国には、『三皇さんこう』という神様の血筋ともいわれている三つの権威ある一族がいるネ。それとは別に『天子』という人民を統べる王様がいるアルが……陽禅公は若い頃、三皇筆頭であった長老の孫娘を孕ませて国から追放されたらしいヨ」


「えええええ!? あのジジイ、何やってんの? もしかして無理やりだったとか?」


「ミーが生まれる前だから、そこまでは知らないネ。でも、三皇の一族は貴重な血統遺伝を守るために厳重に血の管理をしているから、それはもう激怒したらしいアル。十二老師にも討伐命令が出て激しい戦闘になったという逸話があるネ」


「その十二老師ってのは強いの?」


「そりゃもう国で一番の実力者アル。十二の数字は各系統を示していて、それぞれの分野での最強の武人や術者が厳しい修練を経て、ようやくなれる最高の名誉職でもあるネ。でも、陽禅公はその半分以上を殺して逃げ切ったアル。怖ろしい才能ヨ」


「あのジジイ、若い頃から滅茶苦茶なことをやってるな。そりゃ追放されるよ」


「その後もいろいろと騒動を起こして追われていたらしいけど、最終的に覇王になって落ち着いたようアル。そんな人物が師匠なら、ユーが横柄な理由もわかるヨ」


「そっちに納得されるのは迷惑だなぁ。オレは師匠より常識人だけどね。アル先生はいつこっちに来たんだ?」


「ミーは若い頃、自分の才能の限界に気づいたアル。そのままやっていても老師はおろか、その下の一門衆にもなれないとわかったネ。それで国を出て、気づいたらこのあたりに来ていたヨ。たまたまテンペランターの才能もあったから、それで食い潰していたアル。まあ、ただの落ちこぼれヨ」


「あんたほどの武人が…か。かなりレベルが高いみたいだね」


「あの国じゃ闘うことしかやることがないからネ」



(互いに奥の手は抜きにして、このじいさんが素の実力でマキさんより強いのは確実だ。それくらいならば何万人といるってニュアンスだよな。さすが師匠の故郷か)



「じいさんから見て、オレはどれくらい?」


「うーん、本気を見ないとわからないアルが、十二老師にはなれそうネ」


「十二老師ってのはオレと同レベルか。それが十二人もいるなんて面白いな」


「でも、ユーはまだ若いネ。その宝石みたいな才能を強化すれば、もっともっと強くなれるはずアル。才能がある。それだけで生きている価値があるヨ」



 アルの言葉には、激しい生存競争を経験してきたからこその重みがあった。逆にいえば、才能がなければ生きづらい国なのだろう。


 そして、さりげなく自国で最強の武人と同格と評するあたり、アンシュラオンに対して最高評価を与えていると見るべきだ。普通はなかなか言えないことである。


 そんな会話をしつつ、日が暮れそうな頃に到着。


 女性二人の足に合わせているので、馬車やタクシーで行ったほうが早かったかもしれないが、なぜかアルと一緒にいると楽しい気分になる。これもまたよい経験だ。



「アズ・アクス工房本店。ここがそうか」



 海沿いに、二つの斧が交錯した独特な看板を掲げた大きな建物があった。


 裏は工場こうばのようだが、道に沿った部分は直売店として機能しており、剣や槍、斧などが無造作に置かれている。



「じゃあ、行ってくるといいネ」


「あんたは一緒に来ないのか?」


「話を聞いてくればわかるアル。ミーはここで待っているヨ」


「ふむ…」



(じいさんがこういう対応をするってことは、すでに駄目なのは確定か。だが、事情を知らないと納得もできないからな。できるだけ情報を訊きだすか)



 アンシュラオンたちは扉を開けて中に入る。


 入った瞬間、金属の臭いと熱気が、むわっと鼻を突き抜けた。


 奥からは小さくガンガンと金属を叩く音が聴こえてくる。



(まさに鍛冶場って感じだな。いい雰囲気だ)



 店の中はバランバランのように所狭しと武器が並んでいる点は同じだが、その広さが段違いだ。


 ハローワークの展示場と同じく大きな空間が中に広がっており、高い商品はハビナ・ザマ同様にしっかりとケースに入れられている。


 まさに武器の見本市のようでワクワクしてくる。



「ここがアズ・アクス工房か。本店となるとだいぶ雰囲気が違うね」


「私も初めて入ります。こんなふうになっているのですね」



 一般の女性にはあまり縁がない場所なので、小百合も珍しそうに武具を見つめていた。


 ホロロもサナと一緒に武具を見物しているが、店内は傭兵風の大人ばかりなので、なんとなく場違いにも思えてくる。


 しばらく物色したいところだが、すでに夕暮れなので本題を先に済ませることにした。



「えーと、店員さんは…と。あっ、いたいた。すみませーん」


「はいはーい。ちょっと待ってね」



 エプロン姿の中年女性がやってきた。


 ただし、裾からは見覚えのある尻尾が出ていたので、彼女も『ディムレガン〈竜紅人〉』なのは間違いない。



「何かお探しかしら?」


「ハローワークから紹介状をもらって来たんだけど、対応してもらえるかな?」


「はい、承りますよ。見せてくださいな」



 アンシュラオンは手紙を渡して確認してもらう。



「うんうん、ナーラシアさんのご紹介ね。それで、ここに書かれている素材はどのようなものかしら?」


「ちょっと大きいんだけど、どこか出せる場所はあるかな?」


「それじゃ、こちらへどうぞ」



 工場に繋がる扉の前に大きなスペースがあり、そこに案内される。


 椅子やテーブルもあるので、どうやら武具について相談する場所のようだ。


 アルの時はまったく気にせず出したのに、女性相手だとしっかり配慮するのはさすがである。


 そこでポケット倉庫からデアンカ・ギースの原石を取り出す。



「これはまた…すごいものを持ってきたわね」


「うん、デアンカ・ギースっていう四大悪獣の心臓なんだ。これの解呪と武器加工をお願いしたいんだけど、どうかな?」


「ちょっと見せてね」



 女性は手で触れないようにしながら原石を見回す。



「ナーラシアさんはなんて言ってたのかしら?」


「あのおばあさんだよね? ディムレガンなら解呪できるかもしれないとは言ってたよ」


「それって、彼女では無理だったってことよね?」


「そうだね。変なじいさんにも見てもらったけど、反応は似たようなものだったかな。ボロ屋に住んでいる赤い帽子を被ったじいさんだよ」


「ああ、彼ね。…そう。彼でも駄目なのね」



 何度か逡巡しながらも、中年女性は申し訳なさそうに頭を下げる。



「ごめんなさいね。せっかく来てもらったのに、今はうちでも無理なの」


「大丈夫だよ。頭を上げて。そういう反応をされるとはわかっていたからね。でも、もっと詳しく状況を教えてもらえるかな?」


「…何から話せばいいのかしらね」


「じゃあ、名前を教えてよ」


「名前?」


「素敵なお姉さんの名前を知りたいんだ。駄目かな? オレはアンシュラオン。あなたは?」


「ふふ、私の名前は『里火子りほこ』よ。よろしくね。でも、そんなに若くないわよ。子供が二人いるもの」


「それでも綺麗だから問題ないよ。まだまだいけるって。そういえば、ディムレガンって人間と違って少し長生きなんだっけ?」


「ええ、もう百年以上は生きているかしら。この都市とも長い付き合いになってしまったわね」


「それはすごいね。いろいろ訊いてもいい?」


「もちろんよ。ああ、ちょっと待っててね。現場が空いちゃうから代わりのスタッフを呼んでくるわ」



 里火子は席を立って、工場のほうに向かう。



「オレたちもゆっくりお茶にしようか。長くなりそうだしね」


「では、準備をいたしましょう」



 ホロロがテーブルを綺麗に拭き、花柄のクロスをかける。


 続いて買い溜めていた高級菓子をバスケットに入れて、茶葉もいくつか用意。最後にアンシュラオンがガラスポットに命気を注ぎ、温めれば準備は完了だ。


 そこに里火子が戻ってきて目を丸くする。



「あらまぁ。なんて素敵なのかしら」


「勝手に準備しちゃったけど、よかったかな?」


「ええ、最高よ。こういう気遣いができる人はモテるでしょう?」


「はいはーい! 私が妻ですー! 新婚ホヤホヤなんですよー!」


「あらあら、お熱いのね。若いっていいわね」



 小百合がさっそく結婚指輪を見せびらかしながら、アンシュラオンに引っ付く。さりげなくホロロも少し近くに寄ったような気がした。


 お茶を淹れて準備が整ったら、お茶会兼聞き込みの開始だ。



「それで、解呪はできないの?」


「ナーラシアさんが言ったように私たちならば可能だと思うわ。ただ、今はそれをできる人がいないのよ。ディムレガンといっても、それぞれに得意分野があるの」


「昔はいたってこと?」


「そうね。二年前なら…ね。その頃にはまだ『あの子』がいたのよ」


「誰? なんて人?」


「私の娘、『火乃呼かのこ』よ」


「火乃呼!? 卍蛍を作った鍛冶師だよね? ほら、これ。ハビナ・ザマで買ったんだ」


「あらあら、懐かしいわね。気合を入れて作ったはいいけど、誰にも使いこなせなくて流れていったものよ。あなたが使ってくれているのならば、あの子も喜ぶと思うわ」


「そっか。名前の感じが似ていると思ったけど、里火子さんの娘さんだったんだね。…ん? たしか火乃呼さんって鍛冶長の娘さんとか聞いたような…」


「そうよ。私の旦那の『杷地火はじか』はアズ・アクスの筆頭鍛冶師なの。私たちの名前は少し覚えにくいでしょう? ごめんなさいね」


「ううん、いい名前だと思うよ。でも、みんな『火』が付いてるね」


「全員じゃないけど、火に関わる一族だからね。そういう名前が多くなっちゃうのよ」




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