179話 「蛇の道は蛇 その1『抜き』」
(白スレイブがいないのは残念だが、今はサナの子育てで十分すぎるほど堪能している。友達を作るとかの目的以外では、子供のスレイブは必要ないかな。もともとオレは年上が好きだしね)
「リストを見る限り、女性のスレイブはけっこういるな」
「家政婦から夜のお世話役まで、いろいろと取り揃えているっす」
「普通の女性は十分間に合っている。戦闘用の女性スレイブはいないのか?」
「どれくらいのレベルっすか?」
「そうだな…最低でもブルーハンター級の実力は欲しいな」
「女性でブルーハンター級っすか。となると上堵級っすよね。一人いるっす」
「おお、本当か!? どんな人だ?」
「これが写真っす」
「………」
「どうっすか? 元警備隊らしいんで腕は確かっす」
「うんまあ…いいんじゃないのか? オレはその…遠慮しておくが」
「駄目っすかね? 当人は雇い主との熱い絆を希望しているっすから、裏切ることは絶対に…」
「いいか、モヒカン。女性はすべて偉大だ。素晴らしい。だが、オレにも好みというものがある。誰でもスレイブにするわけじゃない。わかるな? わかるよな?」
「わ、わかるっす…やっぱり太りすぎっすかね」
モヒカンが見せた女性は、某力士によく似たふとましい女性であった。
ぽっちゃりや豊満というレベルを四段階くらいは超えている。それはそれでマニアの方々は大好物なのだろうが、さすがのアンシュラオンも敬遠せざるをえない傑物だ。
(上堵級の武人ということは、おそらくはほぼ筋肉なのだろうが…これは無理だな。サナと同じくらいの実力を持った武人がいると使い勝手がよさそうではあるんだが…すまぬ!!)
マキは強いが、サナとの実力差がだいぶある。この場合、どうしても彼女が主体的に戦うことになるだろう。
一方、同じ程度の者がいれば、互いに切磋琢磨することができるし、マキとは違う経験を与えてくれると期待してのことだった。
が、結果は惨敗。
すまぬ侍、涙の切腹である。
「やっぱり女性の武人は少ないんだな…」
「そうっすね。いないわけじゃないっすが、スレイブなのがネックっすね。どうしてもスレイブじゃないと駄目っすか?」
「当たり前だ。身も心もオレのものでないと信用できないだろうが。オレは他人を信じない。自分のスレイブだけを信じる」
「怖ろしいスレイブ愛っす。さすが兄さんが認めた人っす」
「新しい人は後回しだ。とりあえず今やれることをやっておこう。ホロロさん、来てもらえるかな」
「はい」
「この人とスレイブ契約をしようと思っている。今日はやらないが準備はしておけよ。…って、なんだその顔は?」
「…あっ、いや、すごいべっぴんさんっす。緊張するっす」
「なんでお前が緊張するんだ。変な色気を出すな」
「綺麗な女性が二人もいるっす。羨ましいっす。旦那はモテるっすね」
「おかしなやつだな。スレイブ商人なんだから、好みの女性がいたら口説いたりしないのか? ラブスレイブもいるんだし女には困らないだろう」
「スレイブはスレイブっす。恋愛対象じゃないっす」
「そういうところは同じモヒカンなんだよなぁ…変にプロ根性があるやつらだよ」
「ところで、なんで今日はやらないっすか?」
「まだカッティングができていないし、普通とは違う魔獣原石を使うから、今後のことも含めて少し実験したいんだ。そうだ。ここで実験用の人材を用意できるか?」
「できるっすが…何の実験すか?」
「一度ギアスを付与したジュエルの交換とか、その頻度における負荷の具合とか、ジュエルの質とやり方でどんな違いが生まれるかとか、そういった危ない実験だ」
「あんまり危ないことをやると摘発が怖いっす」
「安心しろ。オレも機器を持っている。実験はこっちでやるから、お前には迷惑はかけない予定だ」
「おかしいっす。非売品のはずっす。どこで手に入れたっすか?」
「南から来た犯罪組織が持っていたから、潰して没収したんだ。本職のお前に訊きたいんだが、スレイブ商人が人身売買組織と繋がることはあるのか?」
「うちは正規の優良加盟店っすから、そういった連中とは繋がらないっす。スレイブは自ら望んでなるものだから意味があるっす。でも、末端の商人とかなら加担するやつらもいるかもしれないっす。あいつらはプロ根性がない、ただのゲスっす」
「ふむ、やはり可能性はあるのか」
「でも、犯罪組織に加担したことをスレイブ商会の本部が知ったら、絶対に許してはおかないはずっす。粛清部隊を送り込んで回収するはずっす」
「ということは、なんとか隠せているか、あるいはバレても実力で排除できる自信があるってことだな。スレイブ商人を襲って奪うことも可能だしな」
「そうなるっすね。ただ、実際は本部でどこまで管理しているかはわからないっす。上層部の人間とは会ったこともないっすから、裏で何かしらの取引があるかもしれないっす。旦那も拾い物とはいえ管理には気をつけてくださいっす」
「わかっているさ。だが、思えばスレイブ商会について何も知らないな。ハローワークみたいに世界的な組織なのか?」
「そんなことはないっす。発祥は東側なんで西側には支部は一つもないはずっすね。歴史もそこまで長くないっす」
「技術自体が新しいものなのか?」
「そうっすね。機械が普及したのはそんなに前じゃないみたいっす。数百年前くらいじゃないっすかね? ただ、千年以上前に世界初のスレイブの国が生まれたらしいんで、技術的にはその時代にはあったのかもしれないっす」
「スレイブの国? スレイブだけの国なのか?」
「詳しいことは知らないっすが、たぶんそうじゃないっすかね? そこの王様のお抱えの錬金術師が、今使っている機械の初期型を開発したとか聞いたことあるっす」
「その国は今もあるのか?」
「もう滅亡したみたいっす。そこから流れてきた技術を使ってスレイブ商会が生まれたっすよ。といっても、東大陸だけならそこそこの影響力はある大きな商会っす。侮らないほうがいいっす」
「…そうか。なかなか興味深い話だな」
(ギアスは、精神支配の術式を一般のジュエル技術に落とし込んだところに価値がある。だが、その国が滅びたということは何か足りない要素があったのかもしれないな。モヒカンたちの様子を見る限りじゃ、それ以後は技術の発展が止まっているようにも思える。やはり独自でギアスの研究を進めるしかないか。できれば誰か錬金術師の協力が欲しいところだが…危ない研究だからな。果たして見つかるかどうか…)
「人材の件だが、普通の女性はかわいそうだから無理やりとかはやめておけよ。けっこう借金で嫌々やっている人もいるみたいだからな」
「了解っす。前科や前歴があって死刑間近の人材を選ぶっす。あとは自発的に金が欲しい軽薄な女性とかも扱いやすいっすね。伝手があるんで任せてくださいっす!」
「手付金として三千万置いておくから上手くやれよ」
「旦那は金の匂いがするっす。がんばるっす!」
やはり同じモヒカンだ。非合法なことに対して罪の意識がない。
さきほど犯罪組織に加担する連中をゲスと評していたが、この男も似た者同士である。
ちなみにこの会話は小百合もホロロも聞いているのだが、明らかに非人道的にもかかわらず何の反応もしていない。むしろ楽しそうなアンシュラオンを見て笑みを浮かべているくらいだ。
夫のやることはすべて正しい、という無意識の刷り込みが発生しており、何事も無条件で受け入れてしまうのだろう。魅了とは怖ろしいものである。
「もう一つ訊きたいことがある。ギアスに使える高品質のジュエルを探しているんだが、お前のところに特別なジュエルはあるのか? お前の兄の店には普通のしかなかったからな」
「特別なジュエルってどんなものっすか?」
「この子のジュエルみたいなやつだ」
「うわっ、すごいっす! なんすかこれ! こんなの見たことないっす!」
「おい、触るな! 手垢がつくだろうが! ごす!」
「あいたー! 痛いッす! でも、本当にすごいっす! これもギアス付きっすか? 感動っす!」
モヒカンはサナのペンダントを見て興奮。
それと同時に少しだけ落胆する。
「残念ながら、うちにも標準のものしかないっす」
「ここまで上質とはいわずとも、そこそこの物ならば手に入れようと思えばできるだろう? 仕入れないのか?」
「仕入れ自体はできるっすが、仕事でやっているので安定度が大事っす。それに上からの指示で、持ち込み以外で店側が支給品以外のジュエルを使うのは禁止されているっす。やっぱり事故が怖いっす」
「テンペランターに調整してもらえば問題ないだろう?」
「そうっすね。お客さんの自己責任でやるなら何をやっても大丈夫っす。買取限定っすけどね」
「ほかに心当たりはないか? 素材売り場には良いものが何もなかったんだ」
「その素材売り場ってのはハローワークっすか?」
「そうだが、何か知っているのか?」
「あそこに旦那が求めているものはないと思うっす。正規品で品質は保証されるっすが、希少なものほど途中で『抜かれる』っす」
「ほぉ、どういうことだ?」
「ハローワーク自体の管理体制は厳しいっす。でも、実際に運ぶのは委託された業者っす。問い合わせがあったという話にしておいて、途中で目ぼしいものは先に抜くっす」
「横流しということか?」
「そこまで悪質ではないっす。正規の値段分はしっかりとハローワークに納金しないといけないっす。そうしないと酷いことになるっす。でも、金さえ納金すればお咎めはないっすよ」
「つまりは抜いた素材をそれ以上の値段で売って、差額分を頂戴するってことか。オレの記憶が正しければ、ハローワークでの買い取り価格は【底値】だったはずだ。『抜き』は、売る側と買う側双方にメリットがあるんだな」
「その通りっす。さすが白スレイブに詳しいだけはあるっす」
たとえば、買う側はバザーに並ぶ前に素材を優先的に買うことができるし、最大のメリットは『登録しなくても買える』点にあるだろう。
仮にハローワークから追放処分を受けた者でも、抜かれた商品を買うことができるのは大きい。また、正規市場で買うと名前が残ってしまうので追跡されるリスクも減らすことができる。
売る側のメリットは、今述べたように値段を釣り上げることで差額をゲットできる点だ。相手の素性次第では、かなりふっかけることもできるだろう。
「小百合さんは、そういう話は聞いたことある?」
「信用問題に関わるので公には出てきませんが、注意喚起として聞いたことはありますね。そういう事例もあるから気をつけるように、と。私たちの業務は発送の手続きまでであって、そこから先は管轄外なのでどうしようもありません。もし移動中に紛失した場合は、『補填金』という形で元の値段を支払わせる仕組みになっていますが、どうにも常態化しているようですね」
「そうなるとデアンカ・ギースの素材も、事前に抜かれたのかもしれないね」
「その可能性は高いですね。しかもそれを正規の取引に装う代わりに、賄賂を受け取っている職員もいるそうですよ」
「ハローワークはそれで大丈夫なの?」
「まったく困ったものですよね。そういう人は早く処分してほしいです」
と言っている小百合自体がすでに不正をしているので、ハローワーク内部はもう悲惨な状態であることがうかがえる。もはや末期だ。
「どうしても欲しいなら、もう『闇市場』しかないっすね」
「闇市場か…出所不明なやばいものが集まる場所だろう? そこは摘発されないのか?」
「おおっぴらにやらない限りは大丈夫っす」
「白スレイブが駄目で闇市場が大丈夫とは、線引きがよくわからないが、その場所は知っているか?」
「はいっす。案内したほうがいいっすか?」
「会員制か?」
「むしろ逆っす。会員になれないような連中が集まるっす。だからカオスっす」
「それなら場所だけ教えてくれればいい。こっちで勝手に行くさ」
「了解っす。今地図に書くっす」
(蛇の道は蛇か。こういうのがあるから世の中は面白いんだよな)




