175話 「テンペランター〈魔石調整者〉 その1」
「さぁ、どうぞ! ご用件を!」
「え、えーと、じゃあ、マキさんのハンター登録と一緒に、パーティーと傭兵団の追加メンバー登録もお願いしようかな」
「かしこまりました! ホワイトハンターのアンシュラオン様のパーティーですね! ホワイトハンターの!! アンシュラオン様の!! パーティーに新メンバーを!! 加えさせていただきますね!!」
「声が大きいよぉおおおお!!」
ここでも小百合のアピールが止まらない。
さすがにホワイトハンターという言葉に驚いたのか、周囲の人々の視線が集まる。
「では、パッチテストを行いますね」
「初めてだからドキドキするわね」
「マキさんはやったことないの?」
「ええ、ハンターになりたいと思ったことはなかったのよ。すぐに衛士見習いになってしまったもの」
「へぇ、楽しみだな。何色だろう?」
マキにパッチが貼られる。
無色、赤、青となって―――黒になる
それ以上は変化せず、黒で止まっている。
「マキさんは『黒爪級狩人』ですね。さすがです!」
「ブラックということは、討滅級まで倒せるってことだよね?」
「そうねぇ…この基準は討滅級に最低限対抗できるというだけであって、上位の討滅級魔獣だとどうなるかわからないわね。そこは幅が広いもの」
「それでも十分にすごいよ」
「マキさんのハンター登録が完了しました。パーティーのほうは合計346ポイントで、引き続きブラックハンター級パーティーとなります」
「私が入ったことで、むしろポイント自体は下がってしまったわね…」
「こんなのただの数字だよ。気にすることはないさ」
マキが加わったことは大きいが、三で割ることになったので結果的にポイントは下がってしまう。
これは単純にアンシュラオンのポイントが高すぎるだけなので仕方がない。
「アンシュラオン様には、ハピ・クジュネより特別ポイントが付与されることになっていますね。例の魔獣たちの侵攻を食い止めた分、50ポイントの追加となります。サナ様にも10ポイントが付与される予定です」
ボス猿自体は有名な個体だったため、以前のクレイジー・ホッパーのような新発見にはならないが、このように都市からの謝意という形でのポイント付与はあるようだ。
(おいおい、グラス・ギースではそんなものはなかったぞ。やっぱりあの領主はケチだな)
こんなところでもグラス・ギースさんとの差が出てしまい、ますます印象が悪くなる。
「サナのポイントはどうなってる?」
「現在は148ポイントになっています。これに今述べた10ポイントが加算されるので、158になる予定です」
「ブルーハンターは200以上だから、まだ少し遠いか。やっぱり雑魚じゃポイントは稼げないなぁ。大物をどこかで仕留めたいね。ランクが上がって目立つのは嫌だけど、サナが侮られるのも嫌だし。今のサナならラブヘイアともいい勝負になると思うんだよね」
現状では、道具と戦気無しで両者は互角といったところだろうか。
ラブヘイアのスキルも単独戦闘に向いているが、サナも天才や戦術眼といった格上相手に有用なスキルを持っている。彼がブルーハンターならば、今のサナも同じランクであるべきだろう。
「魔獣素材はどうされますか?」
「大猿のほうは武具に加工できるか調べてもらうから、雑魚のほうだけ買い取ってもらおうかな」
「承りました! 少々お待ちください」
戦いが終わってからモグマウスたちに大量の毛皮を剥がせたので、全部とはいかないがポケット倉庫がパンパンになるくらいの量を溜め込んでいた。
結果、欠損したものを含めてチユチュ一匹あたり五千円。およそ三千匹で1500万円となった。
それに加えて一匹あたりの報奨金も五千円だったため、合わせて3000万となる。
さらにグラヌマ一頭で五十万の報奨金が出て、確認が取れたものだけで百二十頭を撃破しているため6000万円。右腕猿将一頭の撃破で、3000万の報奨金が出た。(ニュヌロスは完全に倒していないので換算していない)
合計で一億二千万円だ。
「私の退職金って何だったのかしら…」
退職金の六倍もの値段のため、隣でマキが軽いショックを受けているが、何度も述べたように強い武人ならばハンターのほうが稼ぎになるのだ。倒した数を考えれば安いくらいだろう。
「これからはマキさんにも取り分を渡すね」
「ええ!? そんなのいらないわよ」
「同じパーティーなんだから、そこはしっかりしないと駄目だよ。女性もそれぞれ自由に管理できるお金がないとストレスが溜まっちゃうし、やる気も出なくなる。マキさんは実際に戦うんだから、もらって当然だと思うよ。今回なら最低二千万かな?」
「退職金と同じ額ね…。でも、なんだか悪いわ。倒した数が圧倒的に違うじゃない」
「普通は奥さんが家計を握るもんだけど、オレはそういうのは苦手だから、こうしてちゃんと分割することで良い関係を築けると思ってるんだ。だから小百合さんとホロロさんにも独自の財源を持ってほしい。まあ、これは土地でも見に行ったときにまた考えよう。とりあえずハンターとして活動するからには、自分の取り分はもらってね」
「…ありがとう、アンシュラオン君。私って大切にされているのね。嬉しいわ」
今回の報酬である二千万を渡す。マキが述べたようにあえて退職金と同じ額にしてある。
単純に今言ったことは事実だし、こうして実際にお金をもらうことで「ハンターも悪くない」と思わせることも目的の一つだ。
(女性を必要以上に制限しない。それもオレのモットーだからね。欲求不満でストレスが溜まるといろいろ大変だもんな)
女性を追い詰めてはいけないことは、マキと小百合が追いかけてきたことで証明されている。
自分のものになったのだから、生活面からしっかりとケアするのが夫の役割だ。その代わり好きなだけイチャイチャしたり、夫婦の営みでやる気を出してもらえれば満足である。
「それと『テンペランター〈魔石調整者〉』の件ですが、今日中に手配できそうです」
「早いね。もっとかかるかと思ってたよ」
「集中局のほうに何名か常駐しているようでして、集められた素材のチェックもしているそうです」
「なるほどね。ハローワークともなると変なものは売れないもんね。じゃあ、手配してもらえるかな?」
「かしこまりました。違う人の予約をキャンセルしてねじ込みますね」
「そ、そこまでしなくても…」
「いえいえ、なにせホワイトハンターのアンシュラオン様が!! ハピ・クジュネ支部に来てくださるだけでもありがたいのです!! 優先して当然ですよね!! ね!!!」
「小百合さーん!! 大声で言わなくてもいいから! やるなら裏でひっそりとお願い!」
ということで、さっそくテンペランターと会うことができるらしい。
小百合に案内されて集中局に向かう。
通路で職員とすれ違うたびに「あれ? こんな美人いたかな?」という視線が小百合に向けられるが、さりげなく笑顔で返して堂々としているからすごい。
(ここまでいくとオレのほうが気まずいけどね。小百合さんって意外と肝が据わってるんだよなぁ。ほんと、女性は逞しいよ)
そして、いくつか扉が設置された待合室に通される。役所にある相談室と一緒だ。
そこで小百合が書類を提出して数分待つと、窓口から呼び出された。
「アンシュラオン様、三番の部屋にお入りください」
「三番ね。ありがとう」
扉を開けて中に入ると、薄暗い部屋の中に老婆が座っていた。
着ている服も頭を覆うようなローブであり、水晶球が置いてあることから、雰囲気としてはまさに占い師である。
「おばあさんがテンペランター?」
「ああ、そうだよ。自慢じゃないが、ここで一番の使い手さ。それに『錬金術師』でもあるんだよ」
「えーと、錬金術師ってのは術式を道具に付与する職業で、テンペランターは魔石とかを調整する能力、で合ってる?」
「まあ、そんなところじゃな。普通は別々の職じゃが、わしの場合は両方を同時にできるのが強みさ」
老婆は、ハピ・クジュネ支部で正式に雇っている錬金術師であり、テンペランターとしての腕前も一流とのことだ。
「錬金術師って、あまり見かけないよね。会ったのは初めてだよ」
「そりゃそうじゃ。貴重な能力者だからの。下手をしたら誘拐されたり脅されて悪用されちまうよ。腕のいいやつほど素性を隠すもんさ。わしだってハローワークに守られていなければ、こんな表には出てこないもんさ」
「言われてみればそうだね。術具やジュエルを作れるのはすごい技術だもんね」
(一ヶ月暮らしていたけど、グラス・ギースの錬金術師の居場所はわからなかったし、やっぱり目立たないようにしているのかな?)
「で、今日は何の用じゃ?」
「そうそう、手に入れたジュエルを見てほしいんだ。それで調整できそうならしてもらおうかなって」
「テンペランターの仕事かの。出してみなさい」
「えーと、まずは細かいのからでいいかな」
アンシュラオンが、ジャラジャラと魔獣の原石を取り出す。
クレイジー・ホッパーやロードキャンプで手に入れたもの、大猿のものだ。
「ほほぉ、魔獣の結晶原石か。なかなか高品質なものじゃな。どれ、まずは鑑定してみるかの」
老婆が順番に鑑定していき、ランク別に分けていく。
やはりというべきか、ランクが高いものはクレイジー・ホッパーと右腕猿将のものであった。
「この赤い原石は【魔力型】のものじゃな。覚醒させると『遠視』と『凝視』が付与できそうじゃ。物探しや標的の捕捉に適しておるの。こっちの水色のものは攻撃型にも使えるじゃろうが、【強化型】のほうが向いておるじゃろう。覚醒させると、これは…『筋力強化』かの? 能力強化系になりそうじゃな。武器か補助具にでもするとよかろう」
「おおおお! すごい!! 覚醒とかもできるんだね!」
「うむ、何事も原石のままでは使い物にならん。しっかりと磨いて力を引き出す必要がある。覚醒もするのかの?」
「お願い! お金はいくらでも払うよ!」
「では、さっそくやるかね」
老婆が水晶に左手を乗せ、右手に原石を持って集中する。
すると、まるで血が通ったように原石にいくつもの光の筋が生まれ、明らかに存在感が増した。
「終わったぞい」
「早いね」
「これくらいはたやすいものじゃよ。ふぅふぅ」
汗を掻いているので多少手間取ったようだが、討滅級の魔獣原石の力を引き出せたことからも彼女の能力が高いことがわかる。
「覚醒させた原石は、研磨職人に頼んでカッティングするんだよね?」
「そうじゃな。磨き屋も集中局におるぞ。用途が決まったらサイズに合わせて磨くといいじゃろう。残った部分に力が集まるように調整しておるから、遠慮なく削っても大丈夫じゃ」
「ほーほー、なるほどなるほど! ほかには良さそうなのはあった? できれば精神型のがあるといいんだけど」
「精神なら、これがそうじゃよ」
老婆が指し示したのは、やや白みがかった瑠璃色のジュエル。
『リズカセージュ〈瑠璃羽鳥〉』と呼ばれる大きな鳥の魔獣のもので、精神波を周囲に放つことで獲物や敵の侵入を察知することができる能力を持っているそうだ。
攻撃型の能力ではないので第七級の益外級魔獣に区分されているが、その存在の珍しさと能力の希少性から結晶化したケースらしい。(脳の一部が結晶化している)
「これってスレイブ・ギアスに使えるかな?」
「魔獣原石を使うのはあまり聞いたことはないが…性能的には問題なかろう」
「彼女に使うんだけど調整できる?」
「ちょいと手を出してごらん」
「はい」
「…うむ、相性は悪くはなさそうじゃな。調整は可能かの」
「やった! じゃあ、それもお願い!」
老婆に調整してもらい、ホロロ用のギアス媒体が手に入った。
怪しげなロードキャンプの商人から手に入れたものだが、思わぬ収穫があったものである。
「ふぅふぅ、連続調整はこたえるのぉ」
「無理をさせるようだけど、まだ本命が残っているんだ。あと二つばかり見てもらえるかな?」
「どれどれ、どんな―――」
「はい、どすん」
「どわっ!」
アンシュラオンが、デアンカ・ギースの心臓の結晶を取り出す。
五メートルくらいあるので部屋が一気に狭くなる。
「なんじゃ…こりゃ」
「デアンカ・ギースの心臓だよ。攻撃型っぽいんだけど、武器用に調整してもらおうと思ってね」
「で、デアンカ・ギース? あの悪獣のか?」
「うん、オレってホワイトハンターだからね。殺して奪ったんだ」
「う、うむ。では、さっそく見てみようかの」
そう言って原石に手を触れた時であった。
老婆の動きが止まる。




