172話 「尻振る踊り子との出会い その2『アイラ』」
「いったぁあぁあああ! 何するのよー!」
「いや、叩いてほしそうだったから」
「そんなこと思ってないよー!」
「本当か? ほいほいほいほいほいほいっ!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
アンシュラオンがリズミカルに尻を叩くと、女の子の声が振動して響き渡る。
いわゆるケツドラムである。
このケツドラムというものは、一般的に使う場合は猫のお尻を軽く叩くマッサージを指すが、兄貴業界では違う意味になるので注意が必要だ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛、な゛な゛に゛に゛に゛す゛ん゛の゛よ゛ぉ゛お゛おーーーー」
「お、いい感じでノッてきたぞ。はいはいはいはい!」
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!! って、こらーーー!」
「なんだ?」
「なんだ、じゃないでしょー。どうして叩くのー!」
「なぜ尻を叩くのか…か。そこに尻があるから叩くのか、叩きたいから叩くのか、あるいは尻自体がそうさせるのか。うーむ、なかなか難しい問いだな」
「意味がわからない!? 叩かなければいいだけでしょー」
「それはそうだが、お前は尻の気持ちを考えたことがあるのか?」
「お尻の気持ち? ないけど…」
「は? …ない…のか?」
「え? 普通はあるものなの?」
「い、いや、ないならいいんだ。ないなら…な。それもお前の自由だ。いいんだぞ。やらなくても生きていける。生きては…いけるからな。いいんだ、いいんだよ。お前はそれでいいんだ」
「ちょ、ちょっと! そのかわいそうなものを見る目はやめてよー。よくわからないんだけど…お尻とお話しなんてできないよー?」
「そんなことはない。やってみろ。お前ならできる」
「えー? 本当に? どうやるのかな? こうしてお尻フリフリ…」
「はいはいはいはい!」
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛!! だからなんで叩くのー!」
「尻と対話しろ!! はいはいはいはい!」
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛!! なんなのこの時間!?」
「オレも知らん!」
アンシュラオンが知らないのだから彼女が知るわけもない。
あまりにカオスである。
「というか子供の前だぞ。尻を振るな」
「いきなり素に戻った!? そっちが対話しろとか言ったのにー」
「そもそもなんだそのダンスは。ストリップ劇場じゃないんだぞ。時と場所を考えろ」
「うう、酷い。私のとっておきの『お尻フリフリダンス』なんだよー」
「妹の教育上、よくないからな。自重しろよ」
さっきは他の踊り子に「いい乳してんなー!」と叫んでいたような気がするが、すでに忘れているらしい。羨ましい性格である。
「なによー! 私の魅力がわからないの? 本当はもっと見たいんでしょ? ほーれ、ふりふりふりー!」
「ばしーん」
「あいたーーーーー! もうお尻が真っ赤だよおおおお!」
「懲りずに尻を振るからだ、馬鹿め」
「あいたたた。踊り子へのお触りは厳禁なんだよー、知ってる?」
「触ってはいない。叩いたんだ」
「同じだよー! そっちの子はじっと見てるじゃん。楽しんでいるじゃんかー!」
「サナ、どうなんだ? 楽しいのか?」
「…じー」
「はい、お尻フリフリ! ふんふんふーん」
「…じー、ばしん」
「あいたぁーーーー! 穴に当たったぁあああああ!」
サナも尻を引っぱたくと、弾けるように飛び跳ねて床に倒れて悶える。
ちょうど突き出した時に真ん中を叩いたので、クリーンヒットしたらしい。
「穴とか言うな。汚いだろう。あーあ、手を拭かないと病気になっちゃうぞ。ふきふき。サナ、災難だったな」
「乙女の穴は汚くないし! 病気にもならないしー! もう、なんなのー! ほらほら、じっくり見てよ。お客さんにはいい身体してるねーって言われるんだからねー! ほれほれー! このくびれなんて最高だよー」
「うーん、スレンダーも好きなはずなんだが…お前に限っては全然そういう欲求を抱かないな…むしろ萎える」
「ガーーーンッ! ショック!」
「本当にごめんな」
「謝られると余計にショック!」
「お前は何歳だ?」
「ピチピチの十六歳だよー」
「ふーむ…それが萎える原因なのか?」
「おかしいでしょ! 十六歳っていったら、一番可愛い時期なのにー」
「十六なんて、まだまだ青臭いだろうが。最低でも二十五は超えないと柔らかさが出てこないんだよ」
「えー、なにそのマニアックな趣味? チョベリバー」
「チョベリバはやめろ!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛、な゛な゛に゛に゛に゛す゛ん゛の゛よ゛ぉ゛お゛おーーーー」
チョベリバはやめていただきたい。もう過去の遺物だ。
(ふむ、十六か。見たまんま女子高生だが…何も感じないな。もともと年上が好きだからなのかな? だが、周りの客はそうでもないようだ。オレがおかしいのか?)
数列離れたところにいるおっさんなどは、その女の子の尻を卑猥な視線で見ている。魅力がないわけではないようだ。
だが、アンシュラオンは何も感じない。年下でもサナなどは異様に可愛く思えるので、歳は絶対条件ではないはずだ。
逆にここまで心が揺さぶられないのも珍しい。
「アイラ、どうしたの?」
そこに別の踊り子がやってきた。客とのトラブルだと思ったのかもしれない。
現れたのは、さきほど見事な剣捌きを披露していたライムグリーンの髪の女性だった。
彼女は二十代半ばくらいだろうか。アイラと呼ばれた少女とは違い、もっと豊満な身体付きをしている。
「あっ、ユキ姉、この人がお尻を叩くんだよー」
「人聞きの悪いことを言うな。お前が尻を振るからだろうが」
「お尻を振るのが私の仕事なんだよ」
「嘘おっしゃい。またお客さんの前で変な踊りをしたのね。ごめんなさいね。この子、ちょっと変なところがあるから」
「ガーンッ! 変じゃないしー! お尻振るとやる気が出るんだよー」
「誰が見ても変だろう。そろそろ認めろ」
「もうー、なにこの人ー」
「アイラ、よしなさい。あなたがお尻を振るのが悪いのよ」
「うう、ユキ姉にも怒られた…」
「せっかくだ。そっちのお姉さんの踊りをこの子に見せてやってよ。さっきの剣舞はすごくよかったよ。また見せてよ」
「ええ、いいわよ。もうちょっとアレンジしたものを披露するわね」
女性は二刀に加えて、薄く透き通った羽衣を使った美麗な踊りを披露。
その際に羽衣から舞い散った粒子がキラキラと輝き、幻想的な空間を生み出していた。
「おー、すごい!」
「わー、キレイ!」
それに周囲からも賞賛の嵐である。
尻振りダンスとは大きな違いだ。
「それって『陽気』? 戦気の属性変化だよね」
「よく知っているわね。ええ、そうよ。無害だから踊りに生かしているの」
彼女が使っているのは、水気や風気といった属性変化の形態の一つ、光の下位属性である『陽気』と呼ばれる気質だ。
これは普段使う「陽気な歌」「陽気な人」の意味合いと同じもので、見る者の心に生きる喜びを感じさせる力を持っている。
光と闇は属性の中でも特殊な部類であり、単純に攻撃だけに使われるものではない。
たとえば光属性の技は、こうした陽気を使った身体強化や精神強化のものが多く、相手を滅するのではなく自分や仲間を高めるために使用される面白い系統なのだ。
その分だけ使い手が少ないが、どうやら彼女は光属性を扱えるレアな武人らしい。
「いやぁ、素晴らしい。いいものを見せてもらった。これこそ芸術だね。サナ、よかったな」
「…こくり」
「はい、チップだよ。取っておいて」
「ふふ、ありがとう」
踊り子がこうして客席に行くのは、ストリップと同じくチップをもらうためなので、気前良く札束を渡してみた。
もちろん子供がいるから下着に挟んだりはしない。(マキが見ているせいでもあるが)
「なんでー! 私の時と対応が違うじゃん!」
「お前のはただのエロ芸だろうが。もっと真面目に芸を磨け」
「なんで私には厳しいの!? もっと優しくしてよー! 初対面なのにー」
「そういえばそうだな。うーん…なんでだろう? おい、ちょっと顔をよく見せてみろ」
「え? こ、こう?」
「うーん…」
アイラの顔を掴んで間近でじろじろ見る。
顔は美少女といって差し支えない。目も大きく可愛い女の子だ。
だが、そんなことよりも彼女が持つ『面影』が妙に気になっていた。
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名前 :アイラ・マーフーバ
レベル:22/60
HP :460/460
BP :155/155
統率:F 体力: D
知力:F 精神: F
魔力:E 攻撃: E
魅力:D 防御: F
工作:D 命中: E
隠密:F 回避: E
【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:1/2 術士:0/1
☆総合:第十階級 下扇級 剣士
異名:お尻フリフリダンスの踊り子
種族:人間
属性:陽
異能:下級踊り子、二刀流、知能低下、パニック、尻振り癖
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(アイラ・マーフーバ…知らないな。こいつとは初対面のはずだ。でも、どこかで見たことがある気がするんだよな…どこだったか…)
「うーん…うーん……」
「な、なに? もしかして新手のナンパ? やだなー、それならそうと早く言ってよ。まあ、可愛い顔してるし、付き合ってあげなくもないかなぁ…なんて」
「やっぱり知らん。痴女はさっさと帰れ」
「どういう風の吹き回しなの!? 女の子にそういうこと言うー!?」
「子供に悪影響を与えるから、さっさとあっちに行け」
「なによー、本当は私のことが気になっているんでしょ? ね? そうでしょ? もう、しょうがないなぁ。素直じゃないんだからー」
「勝手に妄想を膨らませるな。サナ、やってやれ」
「…こくり。ばしーん」
「あいたー! 小熊の張り手くらい強いっ!? 穴が痛いよーー! ごろごろごろ!」
「よし、次は相撲で勝負だ! はっけよい!!」
「ふひーーー! 意味がわからないーー!? ぎゃーー!」
謎の空気感を生み出し、アイラを混乱させて終了。
頭の悪い女子高生など、こんなものだ。
「そろそろ行くか。そっちのお姉さんも楽しかったよ。ありがとう」
「しばらくやっているから、また来てね」
「そいつの尻振り癖が直ったらね」
アンシュラオンは、最後にご祝儀(公演料)を回収しているピエロに百万円の札束を放り投げて行ってしまった。
「変わった人だったけど、いいお客さんね。こんなに入れてくれるなんてすごいわ」
「私は酷い目に遭ったよー」
「アイラ、お客さんの声は何物にも勝る最高の教訓よ。若さだけに頼っていたら、あっという間に限界がきちゃうわ。早く次の芸を覚えるのね」
「ユキ姉までそんなこと言うの? まあ、私だってわかっているけどさ。お尻を振るのが楽しくて、ついついやっちゃうんだよねー」
「それは病気よ」
「病気!?」
姉にもばっさり切られる。
「お姉ちゃんのほうこそ、お客さんに色目を使ったら駄目なんだよ」
「あら、気づいていたの? だってぇ、あの子ってすごく可愛いんですもの。でも、隣の女の人が睨んでいたから何もしなかったけどね。それに、あっちは全然振り向いてくれなかったもの。私って案外魅力がないのね。しょんばりだわ」
「私もこんなに興味を持たれないのって初めてかもー。なんなんだろ、あの人」
「そうねぇ、アイラへの対応は極端だったわね。それだけ相性がいいのね」
「えー? どこが?」
「似た者同士や正反対の者同士がカップルの一般的な形だけど、それとは違う形もあるのよ。いるのが当たり前の関係というか、意識しないでも自然と近くにいられる関係性ね。初対面なのにあんなにじゃれあえるなんて、相性が良くなくちゃできないことだもの」
「そうなのかなー? あっちはそんな感じじゃなかったけどね。でも…妙に気になる二人だったねー」
そう言いながら、ちらりとアンシュラオンたちが去っていた方向を眺める。
「同じ都市にいるのですもの。縁があればまた会えるわ」
「そうだね。またどこかで会えればいいなー」
これがアイラとの初めての出会いであった。
単なる一期一会。たまたま遭遇しただけの相手。しょうもないやり取り。
しかしながら極めて重要な歴史の通過点でもある。その意味を理解するのは、まだまだ先になるだろう。




