171話 「尻振る踊り子との出会い その1『ラポット一座』」
「…じー」
「ん? どうした? あれが見たいのか?」
「…こくり」
さまざまな大道芸人を見て回っていると、サナの視線が少し大きなステージに向く。
そこではサーカスらしき催し物が開かれており、曲芸やらダンスが披露されていた。歌や楽器の演奏もある本格的なものだ。
それだけならば今までと大差ないが、彼らが他の集団と圧倒的に違う点がある。
(あの一団の大半が武人だな。だから動きが激しくて見栄えがいい)
大男が、重さ五十キロはある樽をいくつも宙に放り投げると、小さな男が空中で樽の上を移動して回る。
それだけでもすごいが、小柄な男はさらに何十本ものナイフを空中に投げてお手玉をしている。一般人では到底できない芸当だ。
そして、何やら不思議な現象も起きていた。
(なんだあれは? 音符が見える? 歌や楽器もどうやら普通のものじゃないみたいだ)
その後ろにいる七人の男女は演奏隊で、陽気な曲や歌で場を盛り上げていた。
その歌が普通でないところは、実際に楽曲が形となって顕現し、観客の周囲で踊ったり跳ねたりしていることだろうか。
「ねぇ、マキさん。あれが何か知ってる? あの音符のやつ」
「いいえ、知らないわ。あんなものがあるのね」
「能力なのかな? それとも技?」
「うーん、どうかしら。単なる演出にも見えるけど…」
「知らないのかい? あれは『歌音術』というのよ」
アンシュラオンたちが首を傾げていると、隣にいた中年女性が教えてくれた。
「歌音術? 初めて聞いたな。術式の一種なの?」
「そうみたいね。音楽や歌声に特殊な効果を付与する術らしいわ。ほら、この声を聴いていると無性に楽しくなってくるでしょう?」
「たしかに踊りたくなるかも。なるほど、聴力を使って干渉する術式体系か」
これも『精神術式』の一つである。五感の一つである聴覚は敏感で、嫌でも音が入ってくるので暗示をかけやすい。
たとえば工事の音にイライラすることもあれば、せせらぎの音で癒されることもあるだろう。ヒーリングにも使われるので、それだけ音は強い力を持っている。
その効果を利用して相手に干渉する術式を『歌音術』と呼ぶのだ。音符が実体化しているのは、視覚も同時に刺激して効果を高めるためのようだ。
実はスザクが使った『バイキング・ヴォーグ〈海王賊の流儀〉』も、一部この歌音術に似た効果を宿している。
ハピ・クジュネの公式エンブレムに音符が描かれているのは、彼らの勇ましい戦歌が実際に身体に影響を与えるからだ。その効果はすでに先の戦いで実証済みである。
(だが、悪いほうにも使えるよな。相手にマイナスのイメージを吹き込んで惑わせたり、それこそ『うつ病』にさせることもできそうだ。あの人たちは良いことに使っているからいいんだろうけど、なかなか怖い術式だな)
「歌音術って有名なの?」
「知っている人は知っているという感じかしら。歌音術が盛んな国もあるわよ。西側には『音楽の国』と呼ばれている国もあって、ラムネとかラムネードとかいう名前だったような…」
「ラモネド王国ですね」
「ああ、それそれ! その国ね」
「小百合さん、知ってるの?」
「名前しか知らないですが、音楽や芸術の国とは聞いております。国家ぐるみで力を入れているので、著名な音楽家や芸術家を大勢輩出しているみたいですね」
「へぇ、そんな国もあるんだね。世の中いろいろあるな」
「でも、ラモネドで一番有名なのは『子沢山』の逸話ですね。国王の奥さんって108人いるらしいですよ」
「…百? さすがに多くない?」
「あの国の伝統らしいです。世継ぎをたくさん産んで競わせて、一番上に立った人が国王になるシステムらしいです。だからお嫁さんもたくさんですね。そっちのほうが有名なので、巷では『愛の国』と呼ばれることもあるみたいです」
「うーむ、精力的な国なんだね。見習いたいもんだよ。サナも興味ありそうだし、面白そうだからもっと見ていこうか」
近くに置いてあった立て札を見ると、『ラポット一座』という名前の旅一座らしい。
アンシュラオンたちは、空いている椅子に座る。
かなり盛況なようで、前は埋まっていたため空いていたのはやや後ろだったが、ここからでも十分ステージを見ることができた。
樽を持っていた大男が、今度は十人ほど肩車して連なった男たちを片手で持ち上げて、宙に投げる。
投げられた男たちは空中でバラバラに散って回転しながら、ナイフのお手玉交換をしつつ、さらにさきほどの小柄な男が、空中にいた男たちを伝って地上から最上部まで跳躍し、ステージのてっぺんに掲げられていた槍の上に立つ。
そこから観客席にお菓子がばら撒かれ、子供たちは大はしゃぎだ。
「次は動物ショーだよ!」
続いて飼い慣らされた家畜魔獣を使ってのショーが始まる。
大型犬ほどもある大きな猫やら伝書鳩で使われる鷹たちが、色とりどりの筆を持って駆け回ると、ステージ上の布に絵が描かれていく。
たまに動物園や水族館で見る象やイルカのお絵描きの、さらに派手なバージョンだと思えばいいだろうか。
そこをピエロの格好をした男が走り回り、絵具を踏んで転んだり、滑稽な踊りをして大きな猫に威嚇されて逃げ回ったりと、子供たち向けのイベントが開催されていた。
「…じー」
サナも一心不乱に彼らを凝視していた。
子供のうちからいろいろなものを見せることで、彼女の感情も豊かになるはずだ。そのためにサーカスはまさにうってつけである。
その姿があまりに可愛くて、ついつい髪の毛を撫でてしまうが、サナはそれにも気づかずに夢中で見ていた。
(この一座は、見たところ三十人くらいかな? 劇団としては多いのか少ないのかよくわからないけど、よく訓練されたいい芸人たちだな。最初の火吹き芸とか、これに比べたらお遊びだよ。だが、子供向けイベントのわりには大人の男が多いような…)
と、疑問を抱いていたが、すぐさまその答えが出た。
子供向けのイベントが終わると、今度は民族衣装を来た踊り子たちが出てくる。非常に露出が多く、扇情的なデザインの衣装だ。
「ひゅーひゅー! 待ってました!」
「今日も楽しませてくれよー!」
どうやら中年男性たちのお目当てはこれだったようだ。
子供連れの母親たちからは、ゴミでも見るような視線を向けられているが、彼らの情熱は衰えることなく居座り続ける。
男の性に対する欲求をなめてはいけない。どんなに薄汚く思われようが、けっして諦めることはないのだ。
ただし、邪な目で見なければ単なる踊りなので、子供が見ても有害ではないだろう。これも文化の一つである。
花びらが舞い散る中、扇を持った女性たちが踊りだした。
そのうちの二人は両手に細剣を持っており、互いに剣を振るって剣舞を披露している。
(ほぉ、いい動きだ。片方はまだまだ荒削りだが、もう一人はかなりの腕前だぞ。達人レベルだな)
「サナ、あっちの薄い緑色の髪の女性をよく見ておくんだぞ。いい動きをしている。二刀流の勉強になりそうだ」
「…こくり」
ライムグリーンの長髪を後ろで束ねた女性の動きが、他の者たちとは明らかに違った。実に見事な二刀流で剣を操っている。
剣を振る速度は抑えているものの、達人となると周りと差が生まれるので、どうしても技のキレを隠し切れないものだ。
サナも両手に武器を持つスタイルが多いため、彼女の動きは参考になるだろう。
「もっと近くで見せてくれよー!」
「そうだそうだ! 俺たちは客だぞー! もっとサービスしろー!」
エロオヤジたちが歓声を上げると、踊り子たちは最初から予定していたのか、客席にまで下りてきて至近距離で踊りを披露する。
(ストリップじゃないんだからさ。ああはなりたくないよな)
「ひゅーひゅー! 姉ちゃん、いい乳してんなー!」
「アンシュラオン君!!」
「…ごめんなさい。よかれと思って」
誰かと思ったら、アンシュラオンの声であった。
おっさん連中を馬鹿にしていた当人がはしゃいでしまい、マキに怒られる喜劇が発生。
何がよかれなのかまったくわからないが、うっかりハ○ベエもびっくりの失態である。
「どうしてあなたは、いつも他の女性に目移りしちゃうのよ。はい、ここに固定ね」
「うう…申し訳ない」
マキに捕まったため、おとなしく踊り子を観察。
踊り子の年齢は十代半ばから二十代後半といった若い子しかいないため、いやらしい視線を向ける者たちが大半だ。
ただし、踊り子たちも慣れているのか、特に気にせずに踊っているようだ。
そして、アンシュラオンとサナの目の前にも一人の踊り子がやってきた。
さきほど剣舞を披露していたもう一人、達人ではない荒削りのほうの女の子だ。
ローズピンクの長い髪の毛に、サナに近い浅黒い肌。目は大きくぱっちりしていて童顔で、年齢は十代半ばから後半程度。
かなり若そうだが、十分に美少女といって問題ない外見だろう。
体型はスレンダーで胸は小百合より小さいが、健康的で身体のラインがしっかり出ているので、踊り子としては適した身体付きといえた。
「うふふっ」
その踊り子の女の子はこちらの視線に気づくと、目の前で激しく踊り始めた。
最初は普通に回ったり身体をくねらせるだけだったが、気分が盛り上がってきたのか、こちらに尻を向けて情熱的に踊りだす。
「ふんふんふーん」
「………」
「おしーり、ふりふりふり」
「………」
目の前で尻が右に左に揺れている。
数秒だけならばいいが、それが十秒も続いたので―――
「うずうず、ばしーんっ」
「いったああああああああ!」
アンシュラオンが、女の子の尻を叩く。




