170話 「ハピ・クジュネを観光しよう! その2『ライザックの評判と大道芸人』」
一行は夏服を購入し、気分を変えて道を歩く。
人が多いので目立たないと思ったが、それは甘い。
「なんだあの美女たちは!?」
「あの子なんて可愛いわぁ」
「わぁぁあああ、素敵!」
魅力が高い者たちばかりなので注目の的だ。
アンシュラオンも魅了があるので、年上に対しては極力視線を合わせないようにしていたが、向こう側から視線が注がれるので対処しようがない。
(この際、自分のことは仕方ない。諦めよう。だが、オレの嫁は守るぞ!)
「はいはい、触らないでくださいね。ボキッ」
「ぎゃーーっ! 腕がぁあああ!」
「はいはい、気持ち悪いから下半身を出さないでね。ゴキンッ」
「ぎゃーー! ムスコがぁあああ!」
どさくさに紛れて痴漢を働こうとした不届き者の腕と股間を叩き折る。当たり前だが下半身は、そこらの棒切れでへし折ったので触っていない。
人が増えると変なやつも増えるので、まったくもって目立つのも困りものである。
「次はどうします?」
「港湾都市なんだから見所は海だよね。ずっと荒れ果てた荒野や森ばかりだったから間近で見たいな」
「そうね。私も近くで見てみたいわ」
「マキさんも海は見たことがないの?」
「うーん、物心ついた頃にはグラス・ギースで孤児になっていたから、その前のことは覚えていなくてね。たぶん初めてかもしれないわ」
「それならちょうどいいね。ロリ子ちゃん、案内をよろしく頼むよ」
「はい! お任せください!」
「あっ、もうお昼過ぎだよね。ご飯はどうする?」
「観光区は露店が多いですから、食べながら回るのはどうでしょうか?」
「いいね。それが醍醐味だよね」
「それより、ここから海までかなり遠いですけど移動はどうします?」
「オレやサナやマキさんは楽勝だけど、ロリ子ちゃんたちにはきついよね。どうしようかなぁ…ちら」
「はっ! お任せください! ただちに足を用意します!」
「悪いね、カットゥさん。催促しちゃったみたいでさ」
「これが任務ですので! むしろ光栄であります!」
(こういうときに使わないと意味ないしな。遠慮なくたかろう)
ということで、カットゥが近くにいた警備隊に話しかけ、すぐさま用意してもらったものが、こちらだ。
一見するとオープン形式の馬車なのだが、後部に座席ではない大きなパーツが取り付けられている。
「こちらはクルマの機構を組み込んだ新しいタイプの馬車です。風のジュエルを使って噴出することで、少ない労力で移動が可能になります。この都市は大きいですからね。馬の疲労を考えてのことです」
(補助装置が付いた電動自転車みたいなものかな? なかなか面白い)
さすがハピ・クジュネだ。他の都市とは違って技術的にも進歩している。
アンシュラオン一行は馬車に乗り込み、時速三十キロ程度で動き出す。
店が密集していた地帯を抜けると警備車両用の道路もあるため、ここではそれなりの速度を出すことができるわけだ。
景色が流れる中、さきほど売り子から買ったお菓子をつまみながら、ハピ・クジュネを満喫する。
人々は笑顔に溢れ、陽気に騒いでいる者たちが多い。観光客も多く、多種多様な職業の人々が入り交じっていることもあり、見ているだけでこちらも楽しくなってしまう。
(これがハピ・クジュネか。人も物の数も段違いだ。日本の政令指定都市に匹敵するレベルだよ。土地もしっかりと活用されていて、空いているスペースもあまりない。それだけ管理されている証拠だ。スザクが命をかけて守るだけのことはあるな)
グラス・ギースが一時滞在者を含めて実質二十万人とすると、最低でもその十倍から二十倍の人々が城壁に分けられることなく一箇所に集まっているのだから、これだけ密集するのも当然のことだろう。
そして、しばらく進んでいくと海が見える広い通りに出た。
「サナ、これが本物の海だよ。広くて大きいだろう?」
「…じー」
「夕焼けも綺麗だからね。日が落ちるときはまた見てみような」
「…こくり」
目の前に広がる海は、相変わらず美しくて雄大だ。青い地平線は荒野と違う趣がある。
サナも潮風を浴びながら、物珍しそうに数分間じっと眺めていた。
少し視線を移すと、沖合いには数多くの船が見える。
「当たり前だけど、ここは漁業が盛んなんだろうね。商店街も魚で溢れていたし」
「海の恵みは経済上も大きなメリットですからね。なにせ元手がタダです! 最悪、夫には行商人が駄目になったら漁師をさせようかと思っていますよ」
「ロリコンが漁師か。それはそれで笑えるな」
元手がタダと言っているので、ロリ子の中では素潜りをさせるつもりなのかもしれない。足がつって溺れている光景しか見えてこないが。
しかし、ロリ子の言うことは正しい。海に面している国や都市は何もしなくても経済的に大きなアドバンテージを持っているのだ。
塩は無条件で手に入るし、簡単な罠でも魚は手に入る。何よりも水に不自由しない。森で魔獣を倒す生活よりはよほど楽だろう。
(一緒にいる船には『砲』が付いている。あれが噂の『軍船』か)
漁船の回りでは、軍船も帯同して常に安全確保を行っていた。
ハピ・クジュネにとって漁は生命線であるし、南からやってくる船もたくさんいるだろう。魔獣はもちろん海賊が出ないように見回っているのだ。
第一海軍を見かけない理由の一つが、彼らの担当が海だからだ。都市の生命線である海を、およそ一万人の海兵が命がけで守っているのである。
(海賊が海賊を見張るってのも、なんだか不思議な話ではあるけどね。荒くれ者には荒くれ者を、か。あんな盗賊連中が頻繁に入ってくるんじゃ、それくらいでないと対応できないよな)
「ここからは歩いていこうか。露店でいろいろ買いながら移動しよう」
「…こくり!」
それに一番大きく頷いたのがサナであった。食べ物以外にいまだ関心がないのが若干気になるが、子供はどこでもそんなものだろう。
一行は南国風の植物が綺麗に配置された海岸沿いを歩きながら、露店で買い食いを楽しむ。
「これはイカ焼きかな?」
何やら四角い串焼きを買ったのだが、味は完全に醤油で味付けしたイカだった。なかなか美味しい。
「こっちは魚の切り身ですね。サナ様、あーん」
「…あーん、ぱくっ。もごもご」
「サナ様って何でも美味しそうに食べますよね。はい、焼きトウモロコシもどうぞ!」
「…ぱくっ、がじがじ」
「サナちゃん、こっちはパンで包んだ魚の揚げ物みたいよ。食べてみる?」
「…こくり。ぱくっ! もぐもぐ、ごくん」
「あぁーん、可愛いぃいい!」
「サナ様、お飲み物をどうぞ」
「…こくり。ちゅー、ごくごく」
「お口をお拭きいたしますね」
妻三人が楽しそうにサナの世話を焼く。
それ自体は微笑ましいものの、可愛いからと際限なく与えているところが怖い。
(早めに武人になってくれてよかった。普通の女の子だったら確実に太るからな)
可愛い子にはついつい甘くなってしまうのは女性も同じだ。
いや、むしろ母性本能がある女性のほうが甘やかしてしまうかもしれない。危ないところであった。
「あれ? これってアイス? どうやって凍らせるの?」
露店を見ていると、その中にアイス屋があったので店主のおっちゃんに訊いてみる。
「最近になって凍らせる術具が輸入されるようになってね。無償で貸し出されているから、うちでもジュースを凍らせて作っているのさ。こっちは砂糖ミルク入りで甘いよ」
「え? 無償で? それってすごくない?」
「凍らせる術具自体が希少だからね。普通はありえないけど、これもライザック様のおかげさ」
「ライザックって領主の長男でしょ?」
「そうだね。ただ、我々からすると領主の息子っていうよりは、『商人組合の会長』さんのほうがイメージが強いかな。年に一回の決算報告会には毎回来てくださるからね」
「都市の実質的な支配者って聞いたけど、商人もやっているの?」
「軍事はガイゾック様が主に動いているから、ライザック様は経済のほうかな? やっぱり経済あってこその都市運営だからね」
「おっちゃんから見て、ライザックはどんな人?」
「あの人はすごい人さ。ハピ・クジュネがどんどん栄えていくのは、間違いなくライザック様の功績だよ。南部の商人たちとも交渉して交易ルートを開拓しているからね。これからも発展していくに違いないよ」
「たしかにこんな術具はグラス・ギースにはなかったよ。上にいる人が有能だと、こうも違うんだね」
「そうだろう、そうだろう。だから我々は彼を支持しているんだ。さすがに全員に好かれているとは言わないけど、商人で彼を嫌う人はあまりいないんじゃないかな? 利益を与えてくれるからね」
「なるほどね。話を聞かせてくれてありがとう。じゃあ、アイスを六つちょうだい」
「まいどあり!」
「サナ、アイスだよ。食べてごらん」
「…ぺろっ……っ!?」
「はは、冷たいだろう? こういう食べ物なんだよ」
ちょっと驚いた仕草をしたサナが可愛い。
その後は夢中で舐めて、あっという間に食べてしまった。よほど美味しかったのだろう。
アイスの存在も面白かったが、個人的にはライザックの話が聞けたのがありがたい。
(ふむ、ライザックの評判は良さそうだな。ただでさえ貴重な術具を、こうも一般の商店に貸し出せること自体がすごい。利益を与えているから都市内部の結束が強くて、揉め事も内々で解決してしまえるんだろうな。スザクに続いて長男まで優秀とか、こっちの領主一家はすごいな)
「そうそう、観光をしているんだけど、何か面白いところはないかな?」
「あっちの広場に大道芸人たちが集まっているエリアがあるよ。南からもいろいろな芸人たちがやってくるから、いつも盛り上がっているんだ」
「大道芸人か。それは楽しそうだ。ありがとう!」
大通りを真っ直ぐ進むと、噴水のある大きな区域にやってきた。
そこではまさにたくさんの人が集まって、各地からやってきた大道芸人の技を楽しんでいる。
最初に目に留まったのは、火吹き芸をやっている三人組だ。
(こういう芸人って、どこにでもいるんだな。よくよく考えれば、ただ火を吹いているだけだから楽しくもなんともないよな。武人ならもっと大きな火を出せるしね)
三人組は武人ではなく、単に可燃性の液体を噴き出して引火させているようだ。
一般人からはそこそこ受けているのだが、アンシュラオンからすると物足りない。
(ちょっと火も小さいし、あれじゃ盛り上がらないだろう。少し手伝ってやるか)
芸人が火を吹くタイミングで、遠隔操作で忍ばせた火気を展開。
ボオオオオッと大量の火が空に舞い上がり、オマケでハートを描いてやる。
「すげぇえええ!」
「もう一回! もう一回!」
それに観客は大盛り上がり。拍手喝采でアンコールを要求する。
芸人たちは困惑しながらも客が喜んでくれたことに興奮して、いつも以上の液体を口に含んで噴き出す。
「げぼげぼっ! おえええええ!」
が、明らかに過剰に含んだためにむせ込んでしまい、嗚咽とともに盛大に吐瀉物を吐き出した。
だが、その一方で炎はしっかりと舞い上がり、綺麗なハートを三つほど生み出す。
「いいぞー! 最高だ!」
「すごいわ! もっともっと!」
これも演出だと思ったのか、客の拍手は止まらない。
(場は盛り上げてやったぞ。あとは自分たちでがんばれよ)
こうしてアンシュラオンは立ち去るが、彼らは二度と同じ芸ができないことに悩み、ストレスで禿げて引退してしまうので結果的には疫病神でしかない。
それ以外も水を使った芸や、玉乗りの曲芸等々、地球で見たものを少しパワーアップさせたものを堪能する。
武人ならばこれ以上のこともできるが、最大の違いは『相手を楽しませる』ことを意識している点だ。おどけたり愛嬌を振り撒いたり、局所に気遣いを感じさせるから見ていて楽しいのだ。
「サナ、楽しいか?」
「…こくり」
「そうかそうか」
気分は遊園地に子供を連れていくパパだ。
サナが楽しければ自分も楽しいものである。




