168話 「妻たちの変化とハピ・クジュネ到着」
「アンシュラオン君ったら激しいんですもの。うふふ、ぎゅっ。まだ奥のほうがジンジンして感触が忘れられないわ」
「う、うん…そうなんだ。けっこう強くやったからね。そのせいかな?」
「やっぱりあなたは私が求めていた王子様なのね。ねぇねぇ、もっとやりましょう。ねぇねぇ、もっとぉ」
「あの…マキさん、なんかキャラ変わった?」
「そんなことないわよ。これが本当の私だもの。だってぇー、初めてだったしぃー、こんなことされたらまた好きになっちゃう」
マキの距離が近い。異様に近い。さきほどから常に密着してベタベタして甘えてくる。
「二人だけで盛り上がってずるいですよー」
「うふふ、いいでしょう? これが武人の特権よ」
「もう、マキさんったら、すっかりと寄りかかることも覚えたんですね。少し安心しました」
小百合は茶化しつつも、どこか祝福しているようでもあった。
マキが今まで男勝りで異性を近寄らせなかったのは、単純に自分よりも強い男が圧倒的に少ないせいでもある。
こうして一度完全に負けたことで、マキの中で何かが変わったのは間違いない。
「それにしても速すぎて全然見えなかったんですけど、アンシュラオン様とマキさんの差ってどれくらいあるんですか?」
「そうだね…たとえるならサナとロリコンくらいかな?」
「それって相当な差ですよね。私でもわかります」
「でも、マキさんが弱いわけじゃない。いろいろと他の武人も見てきたけど、今のところマキさんと対等にやれそうな相手は、領主城にいたファテロナさんくらいだからね。あとは先日の盗賊たちだけど、あれも特殊なほうだと思うよ。あんなのがほいほいそこらじゅうにいたら、スザクたちは毎日涙目だろうしね」
「素人の私にはもうついていけない世界ですよ。アンシュラオン様がすごい強いってことだけはわかりますけどね!」
「私も同感ね。正直アンシュラオン君の強さは別格だと思うわ。今までこんなに強い人は見たことがないもの。先生より強いなんて信じられない」
「先生って?」
「私に武術を教えてくれた人よ。もう初老だけど、まだまだ現役でやっている武芸の達人なの」
「マキさんがこれくらい強いってことは、その人が強いのもなんとなくわかるよ。弟子はどうしても師匠に似ちゃうもんね」
「アンシュラオン君には師匠はいるのかしら?」
「いるよ。自称覇王のハゲたジジイだけどね」
「え? 覇王!? もしかして陽禅公?」
「知ってるの?」
「すごい有名人よ。歴代最強の覇王と呼ばれているくらいだもの」
「ふーん、あのじいさん、本当に覇王だったんだね。性格はクズで下界にまったく興味がない引き篭もりニートだけど、オレより強いからそこだけは認めているかな」
「そうだったの…これでその強さも納得だわ。ただ、覇王に弟子入りできるのならば、それだけの資質がないと駄目なはずよ。私が行ったら門前払いされそうだもの」
「オレは入門試験とかなかったけど…気づいたら修行を受けさせられていたよ。まあ、今は免許皆伝になったから、滅多に会うこともないだろうね。ところでマキさん、少し強くなったんじゃない?」
「私が?」
「さっきのオレとの戦いで限界を超えた。それによって力が引き出されたはずだよ」
「そう…かもしれないわ。たしかに今まで以上に力が溢れる感覚があるわ」
「マキさんの戦士因子がさらに覚醒したんだよ。今しがたの戦いもあるし、ア・バンドの連中と生死をかけた戦いをしたからね」
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名前 :マキ・キシィルナ
レベル:53/99
HP :2380/2380
BP :750/750
統率:D 体力: C
知力:D 精神: C
魔力:D 攻撃: B
魅力:C 防御: C
工作:F 命中: D
隠密:F 回避: D
【覚醒値】
戦士:4/6 剣士:0/0 術士:0/0
☆総合:第六階級 名崙級 戦士
異名:白い魔人の妻、烈火の華
種族:人間
属性:火、炎
異能:烈火の華、鉄鋼拳、鉄壁門、我慢、根性、気迫、低級戦闘指揮、物理耐性、銃耐性、即死無効、母性本能、家族愛、夫への燃える愛情
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レベルが向上し、HPとBPが上昇。
特筆すべきは、レベル限界が99に上昇しており、戦士因子が3から4になり、覚醒限界値も4から6に上がっていた。
もともと能力が高かったので、ステータスは魅力が一段階上がってCになった以外は変化はないが、レベルと覚醒限界だけでも大きな変化といえる。
(ふむ、こんなに一気にレベル限界が上がるのは、サナと同じ現象だな。スキルも『烈火の華』や『気迫』といったものが増えている)
一般人だったサナも99に上がったのだから、すでに武人であるマキもそうなってしかるべきだろうが、何度見ても不思議な現象である。いまだに何が原因かは不明だ。
そして、階級も一つ上がって第六階級の『名崙級』に上昇。
こちらは達人を超えて、名有りの勇士に仲間入りしたことを示している。達人中の達人、といったところか。
この上の第五階級の『王竜級』は、国家レベルにおいて最高位の力を持つ者なので、それに準ずる力を持つ意味は大きい。
「オレと一緒にいれば、マキさんはもっともっと強くなれるよ。まだまだこれからさ」
「…アンシュラオン君。あなたに話しておきたいことがあるの」
「うん、何でも言ってごらん。すべてを受け入れるよ」
「ありがとう。実はね―――」
ここでマキが『鉄鋼拳』について伝えてきた。
過去の事故の話、細胞の移植の話、鉄化させる能力等々、包み隠さずすべてを語る。
武人が自らの奥の手を話すことは、たとえ夫婦であっても簡単にはできないことなので、それだけ信頼してくれた証といえる。
「あのしこりは、そういうことなんだね」
「ええ、そのせいで『鉄に触れていない状態で』一定以上の戦気を展開すると、身体の細胞が刺激されて鉄化現象が起きちゃうの。一度発動すると相手に叩きつけるまで終わらなくて…」
「もともとは師匠の能力だったんだよね?」
「そうなの。先生も一度だけしか見せてくれなかったから、かなり危険な技だと思う。ただ、私のものとは少し違うみたいね。私のを『亜種』とか『副作用』とか言っていたわ」
「他人が与えた細胞が根付いて力になる…か。親和性がなければ不可能なことだね。それって『細胞系』の能力だから、マキさんにもそっちの才能があったのは間違いない。同じ細胞系の命気ならば排除も可能かもしれないけど、どうする? クリーニングしてみる?」
「…やめておくわ。この力は望んで手に入れたものじゃないけど、あなたの役に立つためには必要なものだもの。私、今初めてこの力があってよかったと思ったの。あなたならば、私がどんなふうになっても受け入れてくれるとわかったからね」
「オレにとっての愛は、与えることと同時に相手を全部受け入れることだ。マキさんの綺麗な部分も汚い部分も含めて、全部をオレのものにする。嫌いになるなんてことはないよ」
「アンシュラオン君…」
「はいはーい、小百合ももっとアンシュラオン様と繋がりたいですー! 私にも鍛錬させてください!」
「走り込みはホロロさんと一緒にやってるよね? あとは武器かな。銃は持ってたよね?」
「単発式なのであまり役立ちませんけどね。ほかに使えそうなものといえば、刀くらいですかね」
「家にあったやつ?」
「それ以外にも実戦用のものがあります。一応、両親の指導で剣の修練はしていたのです」
「それは興味深いね。ちょっと見せてもらえる?」
「では、軽く型をお見せいたしますね」
小百合が刀を取り出す。
取り立てて業物ではないが、レマールはサムライの国でもあるため、そこらの刀でもかなり出来が良い。
鞘から抜いて、静かに正眼に構える。
そこから素早く前に出ると、上段斬り、胴薙ぎ、下段斬りときて、袈裟斬り、突きへと変化。
速度こそ一般人だが、武芸経験者特有の鋭さがあった。
「思ったよりしっかりしているね。驚いたよ」
「たいしたことはありません。ただの道場剣術です。レマール人ならば最低限習う程度のお粗末なものです」
「それでも使えるだけすごいよ。人を斬ったことはある?」
「まだありませんが、小百合はアンシュラオン様のためならば、喜んで斬り捨てます!」
「う、うん。無理に喜ばなくてもいいからね。自衛ができればいいんだから。サナも刀の扱い方を学んでいる最中なんだけど、それって教えられる?」
「基本でよろしければいくらでもできます!」
「じゃあ、小百合さんはサナの刀の練習相手をしてくれるかな」
「お任せください!」
「サナ、小百合さんと一緒に剣の練習だぞ。よかったな」
「…こくり!」
「サナ様、よろしくお願いいたしますね!」
こうして他の面々も一緒に修練をする。
その光景を眺めながら、改めてサナの数値もチェック。
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名前 :サナ・パム
レベル:24/99
HP :750/750
BP :380/380
統率:E 体力:D
知力:E 精神:E
魔力:E 攻撃:E
魅力:B 防御:D
工作:E 命中:E
隠密:E 回避:D
【覚醒値】
戦士:1/3 剣士:1/3 術士:0/3
☆総合:第八階級 上堵級 剣士
異名:白き魔人に愛された意思無き闇の少女
種族:人間
属性:闇
異能:トリオブスキュリティ〈深遠なる無限の闇〉、観察眼、天才、早熟、即死無効
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ハピ・クジュネ滞在中の鍛錬とア・バンドや猿との戦いを経て、レベルが6上昇。
強敵との戦いがなかったので大幅な変化はないが、防御と体力がDになったせいか階級が一つ上昇。
第八階級の『上堵級』に進化する。
そして、変化はホロロと小百合にも起きていた。
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名前 :ホロロ・マクーン
レベル:26/99
HP :320/320
BP :330/330
統率:C 体力: E
知力:C 精神: D
魔力:D 攻撃: F
魅力:C 防御: F
工作:E 命中: D
隠密:F 回避: F
【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:0/0 術士:0/0
☆総合:評価外
異名:白い魔人の妻兼メイド
種族:人間
属性:滅
異能:絶対忠誠心、信仰心、冷静、中級メイド、下級料理人、夫への健気な愛情
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名前 :小百合・ミナミノ
レベル:17/99
HP :210/210
BP :180/180
統率:E 体力: F
知力:C 精神: D
魔力:E 攻撃: F
魅力:C 防御: F
工作:C 命中: F
隠密:E 回避: F
【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:0/0 術士:0/0
☆総合:評価外
異名:白い魔人の妻
種族:人間
属性:夢
異能:万年笑顔、迅速事務処理、信頼感、家族愛、夫への陽気な愛情
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(二人ともレベル上限が劇的に上がっている。魅力もCになっているし、精神の値にも変化が見られる。ロリ子ちゃんは…ほとんど変わってないか。ロリコンとアロロさんにも変化はない。ということは、変わったのは『身内だけ』になるな)
いつも一緒にいるサナや、すでに一ヶ月以上前から一緒にいるホロロはともかく、妻になった途端にマキと小百合に大きな変化が起きた。
ホロロにしても普通に鍛えているだけの頃は、レベル上限が上がるといった特異な現象はなかったはずだ。
(前と違うものがあるとすれば…『アレ』しかないよな)
唯一心当たりがあるとすれば、『男女間での営み』だろうか。
もっと詳しく述べれば【夫婦間の契り】がきっかけになったとしか思えない。
なぜかアンシュラオンと結ばれると能力に進化が起きるらしい。とはいえ、まだデータが少ないので、これに関してはもう少し検証が必要だろう。
(みんなが強くなるのはありがたい。唯一気になるのはギアスだよな。ホロロさんの精神がDになったから、一般仕様のジュエルを使えるギリギリの状態だ。早くこのあたりの問題をクリアしないと安心できないなぁ。とりあえずハピ・クジュネでギアスを付けてみればわかるか)
こうして道中は、マキがベタベタしてきたり、小百合も真似てベタベタしてきたり、ついでにホロロもベタベタしてきたりと、一気に妻とのスキンシップが増えて楽しい旅であった。
修行や鍛錬も続け、マキはアンシュラオンとの組手や、サナと一緒に魔獣の相手、小百合とホロロは銃や近接戦の訓練をしながら親睦を深めていく。
そして四日を経て、ハピ・クジュネに到着。
「潮の匂いだ!」
都市に近づくにつれて強い潮の香りが漂ってくる。
全体像が把握できる頃には海も見えて、匂いもさらに強くなってきた。
「あー、なんだか懐かしいな。オレが前に住んでいた場所も海沿いだったからな。これだよ、これ! この匂いだ。サナ、本物の海だぞ!」
「…こくり。すんすん」
サナも潮の匂いを嗅いでいた。
塩湖とは明らかに規模が違う本物の海を前に、胸が高鳴るのを感じる。
グラス・ギースを出て、ついに最初に目標としていたハピ・クジュネにやってきたのだ。感無量である。




