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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「海賊たちの凱歌」編
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167話 「アンシュラオン VS マキ 『烈火の契り』」


「すでに知っているだろうけど、オレは強いよ。少なくともマキさんと比べたら圧倒的に強い」


「あれから考えてみたの。もしあなたがいなかったら、私は間違いなくあそこで死んでいたと思うわ。あの犯罪者たちにも勝てていたかわからないし、猿の魔獣たちまで来たら確実に死んでいた。今の私が大猿のボスと戦うなんて夢のまた夢。それが現実なのね」



 マキは世間一般では達人級の武人だが、それを超える者たちは数多くいる。


 仮にデアンカ・ギースと戦ったら、おそらくもって五分。奥の手を使っても、あの大きさの魔獣だと鉄化させられるのは触手までだろう。


 ガンプドルフが聖剣を使えばデアンカ・ギースを倒せることを想定すると、マキのレベルは到底そこに至っていない。


 当人もグラス・ギースを出て死を実感し、改めてそのことに思い至る。



「だからこそ、私があなたのためにどこまでいけるのか、自分自身に問うてみたいの。この命をあなたに捧げることができるのか、全力で問いただしたいのよ」


「マキさんは変わらないな。オレが最初に出会った大人の女性が、あなたで本当によかった。その気持ちに応えて、オレはオレなりの全力でマキさんと向かい合うよ」



 アンシュラオンは自然体で静かに佇む。


 まだ戦気は出していない。



「いつでもいいよ」


「すぅうううっ―――は!」



 マキが戦気を放出。


 瞬時に身体全体が真っ赤に染まる。


 その光景に思わずアンシュラオンが嘆息する。まさに『赤い華』と呼ぶに相応しい華麗さである。



「参ります!」



 マキは背筋を一度ぴんと張り、軽く腰を落として両手を胸の前で構える。


 構えはボクシングのそれに少し近い。主に拳を使って戦う武人のファイトスタイルである。



「はぁっ!!」



 マキが突進して拳を放つ。


 綺麗なフォームから放たれた一撃は、見事にアンシュラオンの頭を狙う。



(しまった! つい癖で! アンシュラオン君は戦気を出していないのに!)



 鍛えられた武人は本能的に相手の急所を狙う癖がついている。身長差もあるため、ちょうど顔が一番殴りやすいのだ。


 が、アンシュラオンは軽く左手で拳を払う。


 思わずマキの体勢が崩れ、互いの顔と顔が急接近。


 それに一瞬ドキッとしたが、アンシュラオンのほうはひどく落ち着いていた。



「もっと遠慮なく打っていいよ。大丈夫だから」


「え、ええ…」



(私は何をやっているの! 駄目よ、集中しないと! もっとちゃんと彼に向かい合わないといけないの! 彼は強いのよ! いつまでも門番気分でいちゃ駄目なの! 私は一人の女として、妻として彼に認めてもらうのよ!)



 パァーンと両手で自らの頬を叩き、活を入れると構えから雑さが消えた。


 戦気も赤から真紅へと昇華され、彼女本来の『烈火の華』になる。


 さきほどよりも素早い動きで接近し、拳を突き出す。



「はぁあああ! はいはいはいはい!!」



 高速の拳打がアンシュラオンに襲いかかるも、そのすべてを軽々といなす。


 だが、いつものように回避運動をしているわけではない。



(私の拳が腕力だけで防がれている!)



 さらに力を込めるが、何事もなかったかのように受け止められる。


 マキの攻撃力はB、500~699なので、実質的に600以上はあると思っていいだろう。


 戦気を放出せずとも、第五級の抹殺級魔獣や、HPが低めの根絶級魔獣ならば一撃で倒せる強力な武人である。


 その拳を腕の力だけで防ぐ。単純なパワーで上回っている証拠だ。


 そもそも右腕猿将の攻撃すら弾いていたのだ。マキ程度のパワーでは防がれるのは仕方がない。



(生半可な力じゃ彼には通じない。私の想いを身体全部で伝えなきゃ! 小手先だけの戦いなんて本当の私じゃない! 全力で向かって、全力で叩きつける!)



「アンシュラオン君、本気でいくわ!」


「そうだマキさん、君の力をオレに見せてくれ!」


「はぁああああああ!!」



 ドゴンッと大地が陥没すると同時に、マキが一瞬でアンシュラオンの懐に入り込んでいた。


 真っ直ぐに全力で挑む。いつだって怖れずに正面からぶつかる。


 それがマキ・キシィルナという女性だからだ。



「ほぁた!!」



 鋭く強い出足から放たれたマキの拳が襲いかかる。


 アンシュラオンは腕力だけで対応するも、完全にいなすことはできずに腕が押される。服の袖が破れ、腕の皮膚に赤い筋が刻まれた。


 だが、それで終わらない。


 さらに速度とパワーが上がる。



「うらららららぁぁぁ!!」



 真っ赤に燃えた高速の拳撃が何発も繰り出される。


 常人からすれば何も見えないし、達人級の武人が見ても手がいくつもあるように見えるほどの速度だ。


 アンシュラオンはそのすべてをガードするが、さきほどと同様に腕には拳の跡がしっかりと残っていた。


 殴る殴る殴る! 殴り続ける!


 これが格闘ゲームならば、恐るべきヒット数が表示されるだろう。まさに猛撃と呼ぶに相応しい連撃である。


 それを受けたアンシュラオンの腕はさらに削られ、剝き出しの筋肉が露わになった箇所すらある。



「いい拳だね。君の熱い感情が伝わってくるようだ」


「アンシュラオン君、戦気を出してよ! これじゃ想いが全部伝わらないわ! 私、全力でぶつかり合いたいのよ! あなたもそうでしょう!」



 アンシュラオンがダメージを受けているのは、いまだに戦気を出していないからだ。


 ここで怖ろしい事実が判明。


 アンシュラオンは戦気なしの生身で、全力のマキと対等に戦うだけの肉体能力を持っているのだ。


 この世でもっとも恵まれた肉体の一つであり、これに比肩するのは姉を除けばゼブラエスくらいなものだろう。



「その通りだ。上から目線で受けているだけじゃ、仮にも第一夫人であるマキさんに失礼だね。オレも真正面から君を受け止めるよ」



 アンシュラオンは一度離れると上着を投げ捨て、アンダーシャツだけになる。


 ここでようやく戦気を放出。


 まったく淀みなく流れるように湧き出る、戦うための力。


 美しく偉大で優雅で剛健で、アンシュラオンという存在を見た瞬間に理解できる光。


 腕の傷も練気の力だけで一瞬で再生してしまった。溢れ出る生体磁気が嫌でも身体を活性化させるのだ。


 マキは目を見開いて、その輝きを凝視。



「なんて…美しいの」



 思わず涙が出そうになる美麗さだ。


 この性格の悪い男が、どうしてこれほどまでに美しい戦気が出せるのか、いまだに納得がいかないが、努力で培ったものだけは本物である。


 同じ武人だからこそわかる。見える。彼の背後にある超人に至るまでの険しい道程が肌で伝わってくる。


 アンシュラオンは姉と同じ最強の才能を持って生まれたが、磨くのはいつだって自分自身である。この力も自らの鍛錬で身に付けたのだ。


 だからこそ、美しい。



(不思議。本当に不思議。私があなたに出会えたこと。愛してくれることが今でも信じられない。あなたは『英雄』よ。きっと世界そのものを動かしてしまえるくらいの本物の王子様なの。そんなあなたに―――)




「届けたい―――この熱い気持ちを!!」




 慎重な人間ならば、ここで一度引く。


 まずは相手の能力を見極めることが重要だ。攻めるのはそれからでもいい。


 だが、マキは退―――かない!



「はぁあああ!」



 真っ直ぐにアンシュラオンに突進し、拳を一直線に叩きつける。


 迷いのない、もっと言ってしまえば直情的な拳だ。


 アンシュラオンは今度は力ずくでガードせず、流れる動きでかわして体勢を入れ替える。


 そこに軽く掌底を当てると、マキが吹っ飛んだ。


 マキは回転しながら着地し、なんとかダメージを軽減するも脇腹がジンジンと痛む。



(このパワー! 軽い掌底だけで骨にヒビが入った! それ以上に一連の動きと技のキレが尋常じゃないわ! 受けに回った瞬間に終わっちゃう!)



 マキは怖れずに突っ込み、全力の拳の連打。


 連打連打連打。連撃連撃連撃。


 凄まじい勢いで拳が放たれるたびに戦気が舞い、大気がうなりを上げる。


 アンシュラオンもその場から一歩も動かずに、拳を繰り出して迎撃。


 拳と拳が激突して火花が散る中、彼の赤い瞳がマキを真剣に見つめていた。



(―――っ! 心が…締めつけられる! ああ、苦しい! アンシュラオン君に見つめられると、私は私でいられなくなる! 狂いそうなほどに心が熱くなる! もう恋だけではいられない! 愛している! 愛しているのよ!!)



 アンシュラオンに出会った日から、心に焼きついた強く熱い感情。


 たとえ最初は魅了の効果だったとしても、今は本当に愛していると断言できる。


 しかしながら、それを言葉だけで伝えても満足できないのが、武人という存在である。


 自らの肉体で、拳で、魂で伝えたいのだ!!



「はぁああああ!」



 拳を放ちながら間合いを見定め、マキが爆発集気。


 真っ赤な戦気が一気に増大する。



「あなたに届いてみせる! 見て! 私の炎を!!」



 火を―――噴く!


 ハプリマンに繰り出したように、いや、それ以上に真っ赤な激情の炎が拳に宿り、大量の衝撃と爆炎が発生。


 マキの得意技、『紅蓮裂火拳ぐれんれっかけん』だ。



「あたたたたた!! うららららららあああ!!」



 マキが回転を上げていく。自分の想いを拳に乗せて叩きつけていく。


 連打と爆発が同時に起こり、視界が完全に赤に染まっていく。


 だが、アンシュラオンはそのすべてを真正面から受け止めるだけでなく、もっと要求してくる。



「もっとだ! もっと上げて!」


「っ―――うああああああああああ!」


「もっともっと! マキさんならできる! もっとだ!」


「うらららら! 腕が―――ちぎれそう!!」


「くるんだ!! ここに!! もっと上へ!!」



 マキが全力で全開の技を放っている。


 拳が痛い。腕が痛い。肩が痛い。胸が痛い。




「さぁ、次の段階へ行くんだ! 武人として、女性として、オレに近づくために―――叫べぇええええええええええええええええ!!」




「うあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! アンシュラオンくぅううううーーーんっ!!」




 限界を超えて攻撃を続けた結果、筋肉が断裂を始め、血管からも血が噴き出す。


 それでも攻撃はやめない。自分自身を表現するように拳を放ち続ける。


 しかし、それで攻撃力が下がることはなかった。



 むしろ―――どんどん強くなる



 噴き出した血が炎になって散っていくたびに、それに負けじと彼女の戦士因子が急速に回転していく。廻っていく。驚いていく。


 ここまでやれるのか。ここまでやりたいのか。こんなこともしたいのか。


 いいだろう。ならば、力を与えよう。



「熱い!! 身体が熱いのおおおおおおおお! 燃えちぎれるよう!!」


「苦しいだろう? これからもこんなことが続くよ。本当に命を失うかもしれない。それでもいいの?」


「いい! いいの!! 私は、これがいい!! あなたがいい! 君と一緒にいたいのよぉおおおおおお!」



 マキの全力の拳が―――チッ


 アンシュラオンの髪の毛を一本、弾き飛ばした。


 たかが髪の毛一本。されど、白い魔人の一本。


 これがどれだけすごいことか、今までアンシュラオンに殺された者ならば、きっとわかってくれる。


 彼女は今、一つ上のレベルに足を踏み入れたのだ。



「なんて美しい赤い輝きなんだ。本当に惚れ惚れとする。マキさんに出会えてよかった。だからオレも応えるよ」



 アンシュラオンがマキの拳を強く弾くと、限界を迎えた彼女は無防備な姿をさらけ出す。


 そこに技を発動。


 真っ白に輝く水流をまとった幾多の拳がマキに炸裂すると、水がまとわりつき―――爆発!!


 水が弾けると同時に激しい水爆が大量発生した。


 覇王技、『百流澪爆拳びゃくりゅうれいばくけん』。


 水気を拳にまとわせ、叩きつけると同時に絡みついて破裂させる因子レベル3の技である。


 マキが使った紅蓮裂火撃の水版といえばわかりやすいだろうか。


 爆発自体は火のほうが威力が高いが、こちらは防御無視ではない代わりに、相手に直接絡みつくので逃げ道がなく、確実にダメージを与えることができる。



「ああああ! わ、私…!! あついいいいいいいいい!! 熱い!!」



 爆発する水流がマキの真っ赤な炎と融合して、熱々の熱湯となって弾けていく。


 その爆発的な熱量が、ねっとりと熱く、じっとりと熱く、身体と心をく!


 それがちょうど百回繰り返された時―――爆ぜる!




「ううううっ!! はあああ! もうだめぇええええええええ! あっ―――はあぁああああん!」




 マキが倒れ、びくびくと痙攣。


 戦気の制御が利かないのか、身体の至るところで小さな燃焼がいくつも起きている。まるで水が沸騰した時に生じる泡のようだ。



「はっはっはっ…はぁはぁはぁ! あ、あんしゅら…オン…君、わ、わたし…」


「大丈夫だよ。落ち着いて。ほら、手を握って」


「こ、こんな…熱いの……初めて…かも。なんだろう、この感覚…熱が止まらないの! あなたに抱かれた時以上に…熱くて…愛おしい!!」


「武人は闘争で語り合うもんさ。オレは拳からマキさんを感じて、マキさんはオレを感じた。すごいよかったよ」


「私たち…やっぱり相性がいいの…かしら? はぁはぁ…うううっ、身体が…ゾクゾクする…! あなたが私の中に入って…ねじり込んできて……支配するのよ!」



 筋力トレーニングで限界以上に追い込んだ時は、ハイになって脳内麻薬が分泌される。それによって快楽を感じるわけだ。


 それは武人も同じ。力をぶつけることでしか自己を表現できない者は、殴り合って、斬り合って、せめぎ合って、その痛みと苦痛によって快楽を得る。


 今、マキは本当の意味でアンシュラオンを理解した。



(ああ、そうなのね。私はずっとこれを求めていたのよ。安定した人生なんかじゃ満足できない。激しく炎ように生きて、真っ赤に燃え盛って華になる。でも、独りじゃ駄目なの。愛する人のために戦いたい。私、この人のためなら―――死ねるわ)



「マキさん、怪我を治すよ」


「もう少し…このままでいたいの。刻み付けて…おきたいのよ。ねぇ、私…あなたの華になるわ。もし散っても…忘れないで」


「ああ、約束するよ。オレはけっしてあなたを見捨てない。サナと同じように愛し、愛されると誓う。刻まれたのはオレも同じだよ。忘れるわけがない」


「ありがとう…私を受け入れてくれて」



 マキは涙を流しながら、全身を駆け巡る熱量を感じていた。


 それと同様にアンシュラオンの心にも、激しく熱い感情が満ちていく。女性とここまで心を通わせるのは姉以来だからだ。


 自分のことを愛してくれるというのならば、全力をもってこの烈火の華を愛すると誓う。


 それは契約であり、夫婦の契りであり、サナとの愛にも匹敵する強いものであった。




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