165話 「ハピ・クジュネへ」
「初めまして、リグ・カットゥ三等海士と申します! よろしくお願いいたします!」
スザクから紹介された男がやってきた。
軍服を着ているので海兵なのだと思われるが、まだかなり若いようだ。
身体もあまり大きくなく、武人としての迫力も感じない。一般人よりは強そうだが、他の海兵と比べると明らかに弱そうだ。
「話は聞いているよ。えーと、君がオレの担当官になってくれるんだっけ? まだ若そうだけど…」
「はい、今年で二十歳になります! このたびは重大な任務を与えていただき、誠に感謝感激であります! 微力ながら誠心誠意、尽力させていただきます!」
「うん、もっと気楽でいいよ。あまり堅苦しいのは苦手だしね。ところで、女の人はいなかったのかな?」
「女性の海士も一部におりますが、わが隊にはおりませんでした!」
「そうなんだね…」
「若輩者なのでご心配になられるのは当然です。ですが、実家が商売をしている都合上、他の商人とも付き合いがありますし、父は領主様より土地の管理も任されている不動産屋でもあります! 土地をお探しならばお任せください!」
「なるほど。それはありがたいね」
(大事なことをスザクに言い忘れたな。あっちが熱くなって勝手に話を進めたせいだけど…こればかりは仕方ないか。ここは能力重視でいこう)
女性だから良い、というわけではない。
この世界の女性は基本的に綺麗には見えるが、やはり好みはあるだろう。それならば真面目そうな青年のほうがよいと自分自身を納得させる。
「その海士ってのは、海兵という意味でいいんだよね?」
「はい。ハピ・クジュネでは軍人のことを海士と呼んでおります。訓練兵の四等海士から、三等、二等、一等、特等と上がっていきます」
「陸にいても海士か。骨の髄まで海と一緒なんだね。それで、宿や土地のことは聞いてるかな?」
「はい! 宿はすでに伝書鳩を飛ばし、土地に関しても問い合わせを行っております。立地のご希望はございますか?」
「うーん、アロロさん、希望はあるかな?」
「いえいえ、私のことなど気にしないでください」
「そうはいかないって。ホロロさんが妻になった以上、あなたはオレの義理の母でもあるんだ。オレは親の顔を見たことがないから、親孝行ってのをしてみたいしね」
「あらま。それならば甘えちゃいましょうかね! でも、本当にどこでも大丈夫なんですよ。グラス・ギースでは下級街の隅で暮らしておりましたからね。あそこと比べれば、どこだって極楽です」
「ハピ・クジュネ自体を知らないからね。実際に行ってみないとわからないけど、カットゥさんのお勧めはある?」
「そうですね…こちらがハピ・クジュネの大まかな地図となります。大きく分けて、西の一般区、中央の観光区、東の港湾区が存在します。商売人でなければ、多くは港湾区に土地を構えております」
「けっこう簡素に見えるのは、城壁が多いグラス・ギースと比べるせいかな?」
「一ヵ所に人口が密集しておりますので、そう見えるのかもしれませんね。基本的な地形は平地で、東側になるほど丘が増えていきます。見晴らしがよく、それでいて買い物にも適している観光区寄りの港湾区がお勧めとなります」
「海が見える場所がいいな。それと、風もある程度は穏やかな地形がいいかも」
「了解しました! さっそく伝書鳩を送り、リストアップさせておきます!」
カットゥはささっと書類を書いて筒に入れ、隣にいた大型の鷹の足首にくくりつける。
「大きい鳥だよね」
「こちらは高速鳩と呼ばれるもので、時速五百キロ以上の速度が出せます。風に乗れば時速千キロは出ると聞きますね。これと比べて通常の鳩は時速三百キロくらいが精一杯ですが、何度も往復できるほど持久力は高いです」
「へー、やっぱり便利だね」
小さめの肉の塊を与えると、鷹が一気に空に舞い上がった。
目的地に着けばもっと大量の餌がもらえるので、彼らもやる気満々で飛び立つのだ。これも魔獣との共存といえる。
「スザク様より護衛の部隊ともども帯同を命じられております。輸送船がありますので、どうぞご利用ください」
「ロリコン、どうする? 馬車も載せられるみたいだけど」
「俺はどっちでもいいぞ。急ぐ旅でもないしな」
「すっかりと堕落したな。商人の本分を忘れているんじゃないのか?」
「あっちに着いたら本気を出すさ」
「ニートみたいな発言をしやがって。うーん、そうだな。せっかくの申し出で悪いけど、訓練もあるから馬車で行こうと思っているんだ。ただ、女性の体調が悪い時は乗せてもらえるかな?」
「はっ、了解であります!」
「それじゃ、さっそく行こうか」
思いがけず長居してしまったが、ハピ・ヤックともこれでお別れだ。
人員が増えたため、二十人以上乗れる大きめの馬車を購入して乗り換えた以外は、そこまで変わったことはないが、大型の馬が五匹で引く馬車はなかなかに壮観である。
馬車に乗るのは、アンシュラオンとサナ、マキと小百合、ホロロとアロロ、そして御者としてロリコン夫妻だ。相談役としてカットゥも同乗する。
それ以外にスザクが用意した第三海軍の武装輸送船があり、こちらは小型ながらも五十人くらいは悠々と乗れるスペースがある。しかも砲台が付いているので最低限の攻撃も可能だ。
そちらには第三海軍の精鋭が八人ばかり乗っていた。ぱっと見た感じ、リンウートが連れていた精鋭と遜色ないので、全員第八階級の『上堵級』の武人と思って良いだろう。
簡単にいえば、ラブヘイアが八人乗っていると思えばいい。
才能値はラブヘイアのほうが勝っているが、現時点での能力値はほぼ互角といってもいいだろう。それが八人なので戦力としては十分だ。
馬車が出立すると、輸送船もゆっくりとついていく。
景色を眺めるのも目的だと伝えておいたため、かなり距離を取ってもらっているので景観の邪魔にはなっていない。
「今はかなり忙しいのに悪いね。正直、護衛はそんなに必要ないんだけど…」
「そのあたりはスザク様の配慮と申しますか…シンテツ様のご命令でして申し訳ありません」
「それって『監視』だよね?」
「いえ、その……はい」
「そういえば全然興味なかったけど、シンテツのおっさんってスザクの側近なんだよね?」
「正確には、ライザック様の部下だったはずです。スザク様が元服なされた際に、側近としてバンテツ様と一緒に親衛隊に入られたと聞いております。階級は一等海士ですが、扱いとしてはもっと上ですね」
「長男のライザックか。どんなやつ?」
「私は直接お会いしたことはありませんが、優れた智謀に武力を兼ね備えた司令官と伺っております。あとはハピ・クジュネの実質的な支配者ですね。都市の政策はすべてライザック様が決めております」
「え? 領主は?」
「ガイゾック様は、ライザック様が成人なされたと同時に都市運営からは離れて、第一海軍を率いております。ただし、ライザック様は海軍からエリートを集めた独自の親衛隊を作っておりますので、戦力がないわけではありません。むしろ親衛隊だけで戦争ができるほどだと聞いております」
三男のスザクが第三海軍、次男のハイザクが第二海軍ときたので、第一海軍は長男のライザックかと思いきや、どうやら領主のガイゾック自身が率いているらしい。
(シンテツのおっさんがライザックと繋がっているってことは、監視はそいつの命令の可能性があるな。緊急時とはいえ少し力を見せすぎたか。最悪は撒いちゃえばいいから監視は問題ないけど…グラス・ギースよりはましか。カットゥにしても若いせいか、訊けばぺらぺらしゃべってくれるからやりやすい。ただ、こいつを帯同させたってことは、得られる情報は与えて問題ないものだけなんだろうな。ハピ・クジュネがこれだけの規模だと、裏側もけっこういろいろありそうだ)
いきなりサナを奪われたので、いまだにグラス・ギースへの印象は悪い。が、ハピ・クジュネもそれ以上の大型都市であるため、けっして綺麗な部分だけで成り立っているわけではないだろう。
彼らと深く関わることは、また面倒事を増やすことになる。そこは悩ましいところだ。
こうして馬車の旅は何事もなく進み、一週間かけてちょうどハピ・クジュネまで半分のところまでやってきた。
それまでの間、どう過ごしていたかを軽く紹介しよう。
「サナ、サナ、サナ。すー、すーーー! あー、いい匂いだなぁ」
「………」
サナを抱っこしながら髪の香りを堪能。
まだ体温が高く独特な柔らかさがある子供を抱っこするだけで、彼女を守りたい気持ちが強くなるので、これはもう日課である。
ただし、いつもならばこれで完結するのだが、今はアンシュラオンと密着するようにマキと小百合が両側にいた。
「さわさわ、アンシュラオン君の髪の毛、綺麗ね。すーー、すーーー。はぁ、なんだろう。ドキドキしちゃう」
「本当ですね。小百合なんてキスまでしちゃいます! ちゅっちゅっ!」
「ああ、やっぱり可愛いわ。ぎゅってすると安心する」
「小百合もぎゅってします!」
(なるほど、こういう気持ちなのか)
いつもサナにしていることを二人にされる。
二人とも素敵な女性なので嬉しいが、やはり玩具にされている感は否めない。改めてまったく不満を言わないサナが特別なのだと知る。
「マキさん、これだとホロロさんが参加できませんよ」
「あら、そうね。どうしましょう」
「いえ、私のことはお気になさらずに。ここで十分幸せです」
「そういうわけにはいかないわ。あっ、そうだわ。こうすればいいのね」
何を思ったか、マキがアンシュラオンを抱っこする。
するとどうなるか。
アンシュラオンに抱っこされたサナがいて、そのアンシュラオンを抱っこするマキがいる不思議な構図になる。
アンシュラオンはサナを吸い、マキがアンシュラオンを吸う。
「ホロロさん、こっちが空きましたよ!」
「では、お邪魔いたします」
そして、小百合とホロロがアンシュラオンに抱きつくと、さらに状況はカオスだ。
三人の胸が両側頭部と後頭部に密着し、常に柔らかい感触が付きまとう。
(うん、いいんだけどね。すごく気持ちよくて幸せなんだけど、何か違う気がするなぁ。まあ、そのうち慣れるか。おっぱいは大好きだから、こんなのいくらあってもいいからね!!)
「うふふ、アンシュラオン様と一緒に旅ができるなんて、小百合はとっても幸せです!」
「小百合さんは最初、バイクで来たんだよね?」
「はい。途中で売り払いましたけど」
「あの時は本当にごめんなさいね…」
「マキさんが気にすることではありませんよ。私が決めたことです」
「小百合さんのバイクって買い戻せるのかな? せっかくだからカットゥさんに頼んでみようか?」
「こうして密着していられるのも楽しいですし、無理になくてもいいですよ」
「そうはいかないわ。アンシュラオン君、小百合さんはこう言っているけど、なんとかしてもらえないかしら? 私が気になっちゃうわ」
「うん、わかった。あとで交渉しておくよ。べつにスザクからもらわなくてもお金はたくさんあるし、もし見つからなかったらハピ・クジュネの商人に良いバイクがないか問い合わせてみよう」
「言っておいてなんだけど、ねだるみたいで悪いわね…」
「いいんだよ。嫁さんの生活を充実させるのが夫の役割だからね。マキさんはもっと男に寄りかかることも覚えないと駄目だよ。オレは甘えてくる女性は大好きだからさ」
「そう…ね。私ったら気が強いから、ついつい身構えちゃうけど、もっと女らしくならないといけないわね。あなたの役に立てるようにがんばらないと」
「まあ、マキさんはサナの訓練にも付き合ってもらっているから、それだけで十分だけどね。それじゃ、今日もやろうか。ロリコン、頼むよ」
「あいよ」
ロリコンは手馴れた様子で交通ルートから外れ、人が来ない場所に馬車を止めた。
こちらもいつも通り、日課の訓練である。
ただし、マキが加わったことによって少しばかり様相が変わっていた。
「サナちゃん、よろしくね」
「…こくり」
サナとマキが対峙する。




