163話 「妻が三人になっちゃった その2『自業自得』」
「お前、さっきからなんでそんなに焦ってるんだ? この人は公認の嫁さんなんだろう? さっさと正式に結婚すればいいだろうに」
他人事のロリコンが、ビールを飲みながら無責任に言い放つ。
「それはそうなんだけど…いきなりのことだったからね。バタバタしていたから状況の整理が追いつかなくてさ。だって、話を聞いたのは昨日のことだよ?」
「結婚詐欺にならなくてよかったじゃないか。女をたぶらかした罰だぞ。まあ、諦めるんだな。ははは」
「少女をたぶらかすほうが犯罪だぞ、このロリコンめ」
「ロリコン?」
その言葉にマキが反応。
途端に訝しむ視線でロリコンを睨む。
そして、サナとの間に立ち塞がった。
「ホテルに行った時から気になっていたんだけど、ロリコンって何かしら?」
「ああ、こいつの性癖だよ」
「性癖? そこのあなた、名前と年齢と職業は?」
「は? 俺? …え、えと…名前はロリコンです。二十三歳です」
「住所は?」
「行商人をしているので…ないです」
「ロリコンで住所不定、職業は自称商人ね」
「自称というか…本当なんですけど…」
「はいはい。自称ね。それで、どんな商品を扱っているの?」
「日用雑貨とか…珍しい薬とかもたまに」
「薬? 薬を使って何をしているの? まさかいかがわしいことを…」
「ち、違いますよ! そういうのじゃなくて極めて健全なものです! 病気の薬とかですって」
「ふーん、病気のねぇ…。本当かしら。その隣にいる子は誰?」
「え、えと、妻です」
「妻? まだ小さいようだけど…」
「それはその…愛に年の差は関係ないっていうか。えへへ…。今は一緒に行商人をしながら熱々の新婚旅行中で…」
「はい、ちょっと詰所まで行きましょうか。そこで詳しい話を訊くわね」
「ええええええ!? いやいやいや、俺は何もしていませんって!」
「ロリコンで幼い少女に結婚を強要して連れ回す住所不定の男。十分怪しいわよね?」
「ちょっと!! 違うんです! なぁアンシュラオン、この人なにか勘違いしてるって!」
「マキさん、そいつロリコンです! 逮捕しちゃって!」
「お前、裏切ったな!!」
さきほどの仕返しである。
マキもマキで、ついつい衛士としての癖が出てしまったようだ。
とりあえずたまたま気が合って一緒に旅をしている商人、ということで納得してもらったが、依然としてロリコンには厳しい目を向けていたものである。
「改めて紹介すると、ハローワークに勤めている小百合さんと、グラス・ギースで門番をしていたマキさんだよ」
「グラス・ギースの門番さんですね。知っています! 有名人ですよね」
「あら、それは嬉しいわね。マキ・キシィルナよ。よろしくね。もう門番じゃないけどね」
ロリ子はマキのことを知っていたようだ。ハピ・クジュネでも有名らしいので、実際に見たことはなくても名前を知っている者は多そうである。
「あのさ、すぐアジトに出発しちゃったから、そのあたりの詳しい事情をまったく知らないんだよね。二人とも、いったいどういう経緯でそうなったの?」
「アンシュラオン様がグラス・ギースを出てから、小百合はもう三日で死にそうになっていました。仕事も手に付かず、うっかり新米ハンターに根絶級魔獣の討伐依頼を受注させたり、商隊の護衛にゴロツキ上がりの傭兵を紹介したりと、いろいろと支障が出ていたのです」
「…その人たちは災難だったね。大丈夫だったの?」
「はい。腕がちぎれて入院したり、護衛料を水増しされたうえに馬車を奪われたそうですけど、お互いに命に別状はなかったので大丈夫ですね」
「そ、そうなんだ。でも、よくオレの場所がわかったね。最初からハピ・ヤックにいるってわかっていたみたいだったし…もしハピ・クジュネにまで行っていたら間に合わなかったかもしれないよね?」
「そこはお任せください! 課長のカードを使ってハローワークの端末にアクセスして、アンシュラオン様の情報を追跡しておりました」
「課長のカード? 追跡?」
「管理職しかアクセスできない機密情報ですね。そこにはアンシュラオン様が資金を動かした際の時間と場所が全部残っているので、それを辿ってきました」
「ちょっと待って。それって【不正アクセス】だよね?」
「この気持ちは不正ではないのです!」
「う、うん、そうだね…。小百合さんの気持ちは…真っ直ぐだよね。課長のカードはどうやって手に入れたの?」
「ふふふー、それを訊いちゃいますか。驚きますよー?」
「心臓がバクバクして破裂しそうだけど…教えてくれる?」
「大切なものですし、肌身離さず持っていて盗むのは難しかったので、課長の奥さんに連絡しました」
「奥さんに? 協力してくれたの?」
「いえ、課長と『不倫』している部下の女と偽って、別れてくれと書いた手紙を送ったのです。そうしたら怒った奥さんが職場にやってきて修羅場になって、課長が服をひん剥かれて連れていかれている間に拝借しました」
「えええええええ!?」
「そのせいで不倫相手に仕立て上げた同僚の一人が巻き込まれましたが、普段から不倫をしているような人なので天罰ですよね」
「どう考えても人災だと思うけど…。それでオレの情報を調べて追ってきたんだね」
「はい。しかし、やはり独りで移動するのは危険ですし、マキさんと相談した結果、一緒に追いかけることにしました。目的は同じでしたしね」
「ハローワークはどうしたのかな? 辞めたの?」
「約束しましたから辞めてはおりませんが、無期限の休職願いを出しておきました。受理されたかはわかりませんけど…課長のセクハラ被害に嫌気が差してと書いておいたので、ひとまず受け入れられたと思っています」
「…うん、思うことは重要だよね」
思っているからといって、それが現実になるとは限らない。ちゃんと受理されたかも怪しいものである。
(けっこうやばいことをやってないか? 大丈夫なのか? ハローワークは大きな組織だし、不正アクセス自体だけでも相当危険だよな。それをオレを追うためだけに使うって…バレたら連帯責任なんじゃ…。ハンター資格を停止されたらどうしよう。その時は盗賊にでもなるかなぁ…)
「小百合さんのことはわかったけど、マキさんのほうは? よく衛士を辞められたね」
「私も何日も悩んだわ。でも、アンシュラオン君がどうしても忘れられなくて、同じように長期休暇願いを出したのだけど『門番がいなくてどうする』って怒られたの」
「そうなるよね。マキさんがいないと困るだろうし」
「だから衛士長をぶん殴ったわ」
「ええええええ!? 流れがおかしくない!?」
「だって、領主城での一件を隠そうとするのよ。アンシュラオン君がこんなにも苦しんだのに…それが許せなくて、ついカッとなってね。私、あれから調べたのよ。そうしたらボロボロと領主の悪事が出てきてね」
「もしかして、その一件も理由の一つなの?」
「もちろんよ。それで嫌気が差して辞めることにしたの。それ以後の話は小百合さんが話した通りよ。途中であいつらにはめられて、少し手間取っちゃったけど、こうして会えて本当によかったわ」
「な、なるほど。いろいろあったんだね。なんか喉が渇いてきたな。水でも飲もうかな…」
「次はアンシュラオン様の番ですよ。私たちに紹介すべき相手がいるんじゃないんですか?」
小百合がホロロを見る。
最初にプロポーズした二人を置いて、新しく女性と親しくなったあげく、さらに一緒に旅をしているとなれば思うところもあるだろう。
すでにホテルで小百合に自己紹介はしているが、改めてホロロが名乗る。
「ホロロ・マクーンと申します。ハピナ・ラッソでアンシュラオン様に助けていただき、その縁で正式に専属メイドにしていただきました」
「そうそう、ホロロさんはメイドなんだよ。けっしてやましい関係じゃないんだ。だってほら、サナとかの世話があるでしょ? だから雇って―――」
「ホロロさんもアンシュラオン様が好きなんですよね?」
「ぶっ―――!!」
いきなりのことに飲みかけの水を噴き出してしまった。
そもそも命気があれば水分は事足りるので、あえて水を飲む段階で心に余裕がないことがうかがえる。
「いや、小百合さん。誰もがそういう恋愛感情だけで生きているわけじゃ…」
「ホロロさん、ずばり訊きます! 今までの旅路で何かありました?」
「何かとはどのようなものでしょう?」
「男女間の営みとかです!」
「はい。この一週間、毎日ご奉仕させていただきました。それまでは処女でしたので、いまだにご満足いただけているか心配ですが…」
「ホロロさんまで! こんなところで言わなくても!」
「やっぱり! アンシュラオン様、小百合たちがいながら先に手を出すとは…やっちゃいましたね!」
アンシュラオンがさきほどから挙動不審だったのは、この一件が後ろめたかったからである。
それをずばり言い当てられて、さらにきょどる。
「それはその…これは不可抗力でして…生理現象というか、誘ったのは向こうからと言いますか…」
「アンシュラオン君、責任は取ったの!?」
マキからも厳しい言葉が飛んできた。
「え? せ、責任? 責任はその…と、取りました」
「本当に? ホロロさん、どうなの?」
「私はあくまでメイドですので、ご主人様に身も心も献上するのは当然のことです。奥様方がご心配されるような関係ではございません。どうかご安心ください。むしろ私のワガママを聞いてくださったことに感謝しているくらいなのです」
「そうかもしれないけれど、気持ちが一番重要よ。アンシュラオン君のことが好きなのでしょう?」
「心よりお慕い申し上げております」
「それは愛なの?」
「………」
「ホロロさん、自分を偽らないで。ちゃんと答えてちょうだい」
「…はい。愛しております」
「心で愛しているのならば、あなたもアンシュラオン君の『妻』にならないと駄目よ!」
「私が…ですか? あまりに畏れ多いことです。私にとってご主人様は『神』なのです。その妻になるなどと…」
「それが【男の責任】なのよ。そうでしょう、アンシュラオン君! 一度関係を持った以上、ちゃんとした立場にしてあげないとかわいそうよ! ね? そう思うでしょう?」
「は…はい。そうは思いますが……メイドでよいとおっしゃるので…」
「アンシュラオン様、ホロロさんは助けてもらった恩義を感じていて、妻にしてほしいとは言い出せない立場なのです。だからメイドという扱いに甘んじているだけなのですよ」
「そ、そうなの…でしょうか…」
「そうよ! そこを汲み取ってあげるのがあなたの責任でしょ!? アンシュラオン君が巻き込みたくないのはわかるけれど…もう私たちはあなた無しでは生きていけないのよ。わかる?」
「わかり…ます」
(いったい何が起きているんだ? うう、ストレスで胃に穴があきそうだ)
ホロロの件で二人から一斉に責められて苦悶するアンシュラオン。
殲滅級魔獣でさえダメージを与えるのが困難なこの男に対し、あっさりと胃が貫通するほどのダメージを与えてくる。
責任という言葉は誠に怖ろしいものである。
「みんな、落ち着こう! ここはそういう場じゃないんだ! 仲良く自己紹介をして和気あいあいとするところでしょ!? 優しい世界をオレは欲している!」
「えーと、マキさんが第一夫人は確定で、私が第二夫人ですね。ホロロさんには申し訳ないですが、順番的に三番目でもいいですか?」
「身に余る光栄です」
「でも、ホロロさんはすでにその…経験済みなのよね? それなのに私が一番でいいのかしら? なんだか申し訳なくて…」
「身体の関係ならば私たちもすぐに結ばれればいいんですし、マキさんなら順当ですよ! 誰も文句はありません!」
「私も異存はありません。あなた様ならば、ご主人様のお役に立てる気がいたします」
「そ、そうかしら。自信がないけどがんばるわ」
「話を聞いてぇえええええ!!」
いつの間にか三人の輪が出来つつある。
こういう場合は三者が対立するかとも思っていたが、なぜか結託しているようだ。完全にアンシュラオン包囲網が形成されている。
とはいえ、どう考えても自業自得なので大いに苦しんでもらいたいものだ。三十路前の女性を甘く見たツケである。
が、ここで救世主が現れる。
ホロロの母であるアロロだ。
「あらあら、若いというのは素敵ね。アンシュラオンさんは魅力的ですもの。これくらいの女性たちがいないと釣り合わないわね。器の大きな男性は愛も大きくて深いですから、少しくらいオイタをすることもあるものですよ。でも、まずはお食事を取りましょうか。冷めたら美味しくないわ」
「そうです…ね。せっかくのお料理ですものね」
「うちの娘のことはそんなに気にしないでください。この子は自分から好きでメイドをやっているんです。昔から誰かに仕えることを夢見ていた子なんですよ。ちょっと前と比べれば、今は本当に幸せですからね。ほんとありがたいことですよ。ね、アンシュラオンさん?」
「…そ、そうだね。オレは善意で助けただけだからね。たまたまなんだよ。困っている女性を助けるのは男の義務でしょ?」
「そうね。成り行きってこともあるものね。私たちだって成り行きで事件に巻き込まれてしまったし…それと同じかしら」
「そうそう、そういうことだよ! 料理も来たし、早く食べよう! はい、ロリコン。ビール、ビール! ロリ子ちゃんも配膳をお願いね!」
(アロロさん、ありがとう!)
彼女の一言で、また穏やかな空気が戻ってきた。さすが年長者である。
こうしてマキと小百合も加え、賑やかな夕食を迎えるのであった。
(妻が三人か。夜の営みとしては全然平気だけど、オレが生活の面倒を見られるのは何人くらいなんだろう。金はあるけど、なんか常に不安なんだよなぁ。やっぱり家がないせいかな?)
魔獣素材の売り上げや報奨金、COGの金、そして今回シダラから奪ったもので、だいたい六十億くらいは持っているのだが、それだけあっても安心できないから不思議だ。
ローンを抱えながら家族を養っている世帯主の方々には最敬礼するしかない。実際にやってみるとなかなかに大変だ。
その後、ホテルに戻るも、なぜかサナをマキたちに取られてしまい、余ったアンシュラオンとロリコンだけが違う部屋に押し込められる珍事が発生。
いつでも子供はアイドルだ。サナが可愛い可愛いと愛でられているのは嬉しいが、なんとなく手持ち無沙汰である。
「あれ? ここは普通、旦那になったオレとイチャイチャする流れじゃないの? 4Pとかは?」
「ピーとか言うなよ。そんなのはいつでもできるからじゃないか? 今は女同士で話したい気分なんだろうな」
「ホロロさんが三人目の妻になったお祝いとか言っていたしね。しょうがないかな。それにしてもオレを追ってくるなんて、女性はたくましいね。気づいたら妻が三人だよ?」
「サナちゃんを入れれば四人か。たいしたもんだよ。俺だったら数日で血を吐くぞ」
「ここまできたら、まとめて面倒を見ることにするよ。やっぱりどこかに定住したほうがいいのかな? 家があると女性は落ち着くって聞くし」
「金があるんだから、まだそんなに思い詰めることもないんじゃないか? お前ならなんとかなるさ。それより一杯やろうぜ」
「オーケー。じゃんじゃん飲もう」
こうして激動の一日が終わりを迎えるのであった。




