162話 「妻が三人になっちゃった その1『ハピ・ヤックへの帰還』」
明け方にはすべての戦闘が終わったが、昼過ぎまでシンテツたちが街の探索を行い、生存者の調査や証拠品の押収に励んでいた。
怪しげな薬物や武器類は見つかったものの、やはり金銭の類はあまり見つからなかったため、アンシュラオンはサープの九節刃といった珍しい武器をもらうことにする。
「武器商人にでもなるのか?」
「何が役立つかわからないからね。この武器も集団戦闘ではけっこう役立ちそうだよ。まあ、オレは使わないけど」
「ところで現金がまったく見つからないが、心当たりはあるか?」
「山に逃げたやつが持ち逃げしたんじゃないの?」
「スレイブ・ギアスの機械がないのもおかしい。お前の妻もあると証言していたはずだ」
「それも持ち出されたんじゃない? 危ないものみたいだしね」
「…まさか勝手に懐に入れたのではないだろうな?」
「人を信じる心を失ったら終わりだね。こんな清らかな人間がどこにいるっていうの?」
「盗賊の金品を半分奪った男がか?」
「過去は過去。人間は成長するもんさ。そもそも幹部を仕留め損なったのはおっさんたちでしょ。オレに言われても困るよ」
「ううむ…怪しいな」
終始シンテツの訝しむ視線が向けられるが、涼しい顔で無視だ。
無いものは無い。これが真実である。
「もう用事はなさそうだね。オレたちはそろそろ帰るよ」
「囚われていた女たちも一度ハピ・ヤックに送られる手筈だから、何事もなければ今頃は到着しているはずだ。お前も勝手にハピ・ヤックから出て行くなよ」
「報酬をもらうまでは出て行ったりしないさ。まったりしてるよ。おっさんはお仕事がんばってね。今度はオレがいないから残党が残っていても助けられないよ」
「これ以上、お前の手を借りるわけにはいかん。さっさと帰れ」
「オレは帰ったらホテルで美味しい料理を食べて、奥さんたちとゆっくり過ごせるんだよなぁ。ほんと楽しみだよ。好きなだけ寝れるし、イチャイチャもできるんだよなぁ。いやぁ、労働後の休息は最高だなぁ。それと違って、こんなところで残業だなんて軍人は大変だなぁ。ニヤニヤ」
「早く帰れ!」
彼もあえて憎まれ口を叩いているのだろうが、これくらいの茶化しはおあいこだろう。
その後、アンシュラオンたちはハピ・ヤックに向かい、日が暮れる頃には街に到着。
マキも優れた武人なので気兼ねせず速度が出せるのはありがたい。
すでに街の周囲には武装した警備兵とともに、いくつもの海兵部隊が集結していた。
そこには警備隊長もいる。
「アンシュラオン殿! お待ちしておりました!」
「ああ、隊長のおっちゃんか。お勤めご苦労様。こっちは終わったよ」
「さきほどスー様…いえ、スザク様がお立ち寄りになられて事情を伺いました。アンシュラオン殿には街を代表して御礼を言わせてください。本当に助かりました」
「オレがいなくても、ここにいる海兵隊だけで対応できたかもしれないね。かなり腕の良さそうな連中もいるみたいだ」
「彼らは第二海軍の方々ですよ。スザク様の兄、次兄のハイザク様が統括されている部隊ですので、誰もが武に秀でた者たちなのです」
「えーと、長男がライザックで、次男がハイザク、三男がスザクってことでいい?」
「その通りです。御三方ともに非常に優秀なご子息です。ライザック様は知勇に優れ、ハイザク様は武勇に秀で、スザク様は魅力と才覚に富みます。ハピ・クジュネが誇る至宝そのものなのです」
警備隊長は、心から尊敬している眼差しで熱弁。
実際にスザクを見ているので、それが嘘ではないことがわかる。
(領主の子供って馬鹿ばかりだと思っていたけど、スザクを見て認識を改めるしかないよな。こんなにも差が生まれるものなのか…ほんと、カルチャーショックだよ)
イタ嬢と比べてしまって誠に申し訳ない。
スザクからすれば最大の侮辱だろう。何度詫びても詫び足りないくらいだ。
「それで、スザクは今どこにいるの?」
「女性たちを我々に託したのち、すぐにハピ・クジュネに向かわれました。今回のことで緊急の会議を開くようです」
「さすがに司令官ともなると忙しいよね。女性たちは病院かな?」
「はい、健康診断を受ける予定です。私はちらっとしか見ませんでしたが憔悴している子もいるようで、しばらく入院が必要でしょうな」
「前から閉じ込められていた子たちは、心のケアも大事になるね」
前回と違って最短距離での撤退だったので、真っ直ぐにハピ・ヤックに向かってくることができたようだ。
何よりも素早さを重視した結果だろう。そのおかげで女性たちも街に保護されている。
海兵部隊も緊急の招集となったが、伝書鳩のおかげで近くで演習をしていた部隊が直接街に集結することで、こうして短時間で戦力を集めることが可能だったようだ。
ハピ・クジュネの防備に対する意識の高さが目立つ事例といえるだろう。
「ところで他の街の様子について何かわかった?」
「今のところ、こちらにまで情報は回ってきておりません。正直に言ってしまえば、街の警備隊と海軍とでは管轄がまったく違います。この街に関わること以外はなかなか…」
「それもそうだよね。変に誤った情報を渡して混乱させたら大変だ。ともかくハピ・ヤックは大丈夫さ。海兵もだいぶ集まっているようだし、もし魔獣が来てもオレが滞在しているから問題ないよ」
「それは心強いですな。ああ、そうでした。奥方たちはホテルにおられるようですよ。詰所で待ちたいとのご希望でしたが、こちらもかなり忙しかったもので…」
「いい対応だと思うよ。伝書鳩が来るたびにそわそわしていたら、それこそ疲れちゃうからね。いろいろ気遣ってくれてありがとう」
「いえいえ、こちらもお世話になりっぱなしで。また一緒に酒でも酌み交わしましょう」
「楽しみにしているよ。それじゃ、お仕事がんばってね」
シンテツに対するものとは違い、心からお疲れ様の気持ちを込めて別れる。
このあたりは警察官と軍人の違いであろうか。背負っているものが違うので、シンテツたちがピリピリするのも仕方ない。
そして、アンシュラオンがホテルに戻り、ロビーに入った瞬間―――
「アンシュラオン様!!」
小百合がぶつかるように抱きついてきた。
その後ろにはホロロもいる。どうやらずっとロビーで待っていたようだ。
「マキさんは! マキさんはどうなりました!?」
「小百合さん、私はここよ」
「マキさん! よかったぁあああ! ご無事だったんですね!」
「ええ、土壇場でアンシュラオン君が来てくれたのよ」
「オレが行った時には、マキさんはすでにあいつに勝ってたよ。往生際が悪かったから、ちょっと手伝っただけさ」
「それもこれも小百合さんが伝えてくれたおかげね」
「マキさん…よかった。あんまり無理をしちゃ駄目ですよ」
「ええ、わかったわ。心配をかけてごめんなさい」
マキともぎゅっと抱き合って再会を喜ぶ。
(百合趣味なんてないけど、綺麗な女性二人が抱き合っている光景はなんて清々しいんだろう。あっちは軍人や猿ばかりだったから、本当に癒されるよ)
アンシュラオンもサナをぎゅっと抱きながら、その匂いを堪能する。
そして、落ち着いた小百合にもイリージャのことを説明。
「そうですか。彼女もがんばったのですね」
「いろいろ思うこともあるでしょうけど、小百合さんもあの子のことを許してくれないかしら?」
「私はもう割り切っていますし、アンシュラオン様がお許しになったのならば『妻』として言うことはありません! 『妻』はひたすら亭主に従うまでのことです! それが家と主人に尽くす『妻』の在り方なのです! 『妻』としての美学であり、『妻』の義務なのです! そうですよね、アンシュラオン様?」
「う、うん。聴こえているから大丈夫だよ…」
すごい耳元で『妻』を連呼する。そこを強調したいようだ。
イリージャも一度病院に運ばれて、健康診断とメンタルケアを受けてから解放の流れになるだろう。
事情聴取もあるのでしばらくは拘束されそうだが、彼女の悪事を知っている女性たちはすべて殺したので、マキたち以外は彼女が睡眠薬を盛ったことを知らない。
今後のことは彼女自身が決めればいい。その罪と向き合うか、あるいは逃避するか。あくまで彼女自身の問題なのだ。
「ホロロさんもありがとう。君がいてくれて安心だったよ」
「たいしたことはしておりませんが、お役に立てたのならば嬉しいです」
「ホロロさんは私をずっと励ましてくれていたのです。素晴らしい女性と出会いましたね。さすがはアンシュラオン様です」
「小百合様も勇気があり、知的で素敵な女性だと思います。ご主人様の奥様として相応しい御方です」
「二人とも仲良くなったみたいでよかったよ。…あれ? ロリコンたちは?」
「いつもの場所に釣りに行っております」
「こんな時でも釣り!? あいつ、どんだけ暇なんだよ。こっちは忙しかったのに…許せんな」
「ご主人様、せっかくですので皆様を連れて、海栄食堂にお食事に行きませんか? 初めての御方もいらっしゃいますので、ちょうどよいかと」
「そうだったね。マキさんは会うのは初めてだもんね」
「私もそうしてくれると嬉しいわ。みんなに顔見せしたいもの。その…わ、私も『妻』だからね!」
さりげなくマキも張り合ってきた。
そういうところも初々しくて愛らしいものである。
(…というか、今にして思うとすごい光景だよな。火怨山にいた時とは生活が全然変わっちゃったよ)
気づけば年上女性三人に愛されている状態だ。巷で有名なハーレムであるが、サナは特別として年下がいないのが唯一の違いだろうか。
しかしながら、一夫多妻制は揉めるのが世の慣わしである。
若干の不安を感じつつ海栄食堂に向かい、ロリコン夫妻と合流。
「よぉ、生きてたか」
「第一声がそれかよ。呑気に釣りなんてしやがって」
「お前がたかだか盗賊程度にやられるわけがないだろう? 信じていたんだよ」
「本当か? どうにも緊張感がないんだよな」
「アンシュラオンさん、お帰りなさい」
「ただいま。ロリ子ちゃんも元気だった?」
「まだ一日ですからね。たいして変わらないですって。アンシュラオンさんが無事でよかったです」
これだけの戦いがあったものの、実際は丸一日しか経過していないのも不思議な感覚だ。
それだけ電撃戦だったということだろう。
そして、皆で食堂に入る。
各地から部隊が集まったこともあり、街の中は一気に人口が増えて、店にもちらほら海兵の姿が見受けられた。
「けっこう混んでるみたいだけど、席は空いてるかな?」
「話は伺っておりますよ。少々お待ちくださいね」
が、アンシュラオンが店に問い合わせると、すぐに極上のテラス席を用意してくれた。
そこで初めて、スザクの命令でハピ・ヤックではあらゆる優先権が与えられていると知る。
海兵もア・バンド討伐の功労者ということで喜んで席を譲ってくれた。その際になぜか腕相撲を申し込まれたので、軽くひねったら大はしゃぎしていたのが印象的だ。
「はははは、超つえーな。さすがスザク様が見込んだ男か! またやろうぜ!」
「時間があったら俺も相手してくれよ!」
「ふんっ! マッスル!! 俺の筋肉が咆えるぜ!」
(第二海軍って…なんかゼブ兄っぽい匂いがするな。ガチムチの脳筋みたいな。…なんて怖ろしい連中だ)
第二海軍は、スザクの兄であるハイザクが司令官らしいが、どんな集まりでもリーダーの特色が色濃く出るものだ。
スザク率いる第三海軍は真面目で規律正しい印象だったが、こちらはゴリゴリのパワー系が多いように思われる。
常に明るく陽気な連中ではあるが、積極的に近寄りたいとは思わない。
そして、一同が席に座る。
アンシュラオンとサナ、ホロロ親子、ロリコン夫妻の六人に、マキと小百合が加わった八人だ。
妻であるマキと小百合はアンシュラオンを挟んで座っているので、今回のサナはホロロと一緒である。
「えー、その…なんて言ったらいいのか…この二人はね…」
「改めて自己紹介しますね! アンシュラオン様の妻の一人である、小百合・ミナミノです! みなさん、よろしくお願いします!」
「小百合さーーーんっ!?」
「何でしょう?」
「い、いや、まったく悪くはないんだけどね。一応ここはお店だから…もうちょっと声を小さく…」
「みなさーん! 私がアンシュラオン様の妻ですよー! 妻なのですよー!! うおおおおおおおお!」
「それはらめぇええええ!」
小百合はなぜか周囲にアピールしようとする。
前々から疑問だったその理由を、ロリ子が的確に言い当てた。
「やっぱり三十路前の女性ってどこかおかしいですよね」
「ロリ子ちゃぁあーーーーーんっ!!」
場はますます混沌に陥る。




