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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「海賊たちの凱歌」編
161/618

161話 「逃げる者と拾う者」


「アンシュラオン君!」



 戦いが終わり、マキとサナもやってきた。



「マキさん、お疲れ様。無事でよかったよ」


「まだまだこれくらいなら大丈夫よ。それよりアンシュラオン君がすごすぎるわ! 本当にあなたは偉大な人なのね」


「これも血統遺伝のおかげさ。オレ自身がすごいわけじゃないよ」


「それ自体がすごいことなのよ! 私の王子様は本当に素敵ね…うっとり」


「マキさんから見て、サナはどうだった?」


「そうそう、彼女もまさに天才だわ! 感動しちゃったもの!」


「そうでしょうとも! サナは本当にすごいんだよ!」


「ふふふ、本当に可愛い子」


「…むぎゅっ」



 アンシュラオンとマキに抱きつかれ、サナがむぎゅっと浮き上がる。


 サナも小猿が相手とはいえ、かなりの数の敵を倒したので、今回のことは良い経験になったはずだ。



「これで本当に終わりでいいのかしら?」


「引き続き調査は続けるらしいけど、ア・バンドって連中に関しては討伐完了だね。ただ、魔獣のほうはまだまだこれから荒れそうだよ。この一回で終わりにはならないだろうし、そもそも他の街がどうなったのかも不明だ」


「これからも手伝うの?」


「いや、ハピ・クジュネ軍との契約はこれで終わりだよ。あとは彼らがなんとかするさ。オレたちは小百合さんたちが待っているハピ・ヤックに戻ろう」


「…そうね。気にはなるけど、元衛士の私が積極的に関わるのは問題があるかもしれないわね。もう一般人だもの」


「グラス・ギースが心配?」


「長くいた都市だもの。気になるのは仕方ないわ。でも、あんなに無駄に大きな城壁があるのですもの。簡単に壊されはしないわ。門のところにも仕掛けがあって、その気になれば封鎖することもできるのよ」


「そうだったんだ。このあたりの都市と比べると、明らかにおかしな城壁だったもんね。こういうときに役立たないと意味がない」



 門番であったマキも、あの城壁の長さは異常だと気づいていたらしいが、いざ魔獣が来るとそのありがたみがよくわかるだろう。


 もとよりすでに衛士を辞めた一般人である。どうこうできる問題でもない。



「もう出立していいのかしら? 事情聴取とかないわよね?」


「少し待っててくれる? オレはちょっと山のほうに用事があるんだ」


「え? 追撃するの?」


「軽い見回りと魔獣素材の回収かな。あの猿は上位種だったみたいだから素材は貴重みたいだしね」


「ああ、そうだったわね。ハンターなら当然のことよね。まだ慣れていなくてごめんなさい」


「マキさんもハンターになれば、衛士の一生分の給料なんて数ヶ月で稼げちゃうよ。ここで死んでいる魔獣の素材と報奨金だけでも軽く数千万はいくだろうし」


「そうね…これがハンターというものなのね。あなたの足手まといにならないように少しずつ慣れていくわ」


「マキさんなら、いいハンターになるさ。オレが戻るまでサナをよろしくね。サナ、マキさんの言うことをよく聞くんだよ」


「…こくり、ぎゅっ」


「こんな可愛い子とお留守番なら何時間でもできそうよ。休んでいるからゆっくり行ってきてね」


「ありがとう、マキさん!」



 サナはすでにマキにべったりである。


 ホロロに対しては甘えるだけだったが、彼女に対しては『頼りになる姉』として接しているようだ。これもまたよい経験になるだろう。



(マキさんがいなければ一緒に行っていただろうから、こういうときの安心感も別格だな。まあ、護衛はつけるけどね)



 密かにモグマウス二十匹を護衛に残し、二人を置いて山に向かう。


 その途中で右腕猿将の結晶化した心臓と術式剣および、右腕や毛皮といった使えそうな素材を回収。戦利品としてもらっておく。


 しかしながら、もう一つの目的のほうが本命だ。





  ∞†∞†∞





 廃墟の街の北側の山には、逃げ惑う猿たちの姿があった。


 ボスを失い、無我夢中で北西の山脈に向かって走っていく。


 小猿のチユチュは生息域が広いため、この近隣にも姿を見せる種族だが、グラヌマに関しては北西に四百キロ以上進んだ場所が本拠地なので、彼らの脚力をもってしても長めの旅路になるだろう。


 しかも敗戦ともなれば、魔獣といえども足取りは重い。


 そんな魔獣たちが激しく木々を揺らす中、谷底ではぴくりとも動かない『死体』が横たわっていた。


 両手に鋏を持ったザリガニ型の魔獣が近寄り、その死体の頭を引っ張ったり、獲物を横取りしようと鳥型の魔獣が集まったりしていた。


 自然界はよく出来ており、すべてのものが無駄にならないように調整されている。死体や死骸も数時間もあれば、綺麗さっぱりなくなるからすごいものである。


 が、死体の腕が動くと、ザリガニの鋏を掴んで引っこ抜く。



「ッ!!」



 それに慌てたザリガニは、後ろに下がってじっとこちらを見ていた。


 うつぶせになっていた死体の頭がゆっくりと持ち上がる。



「なに…みてんだ……食っちまうぞ」



 ちぎった鋏を噛み砕き、激しく睨み返す。


 その威圧に驚いたのか、他の魔獣を含めて視界から消えていった。



「はぁ……はぁ…」



 その死体、シダラがなんとか上半身だけを持ち上げ、腕だけの力でずるずると移動して岩壁に寄りかかる。



「どうよ…俺の『死んだふり』は。これはもう…芸だよな」



 シダラは生きていた。


 もともと戦士型剣士タイプという、剣士でありながらも戦士並みに身体が強固な武人であるため、生命力はかなり強い。


 ただ、ここまでしぶとく生き延びるためには、当人の強い意思が必要である。



「俺は…死なない。死んだら…終わりだ。全部奪われちまう。人も土地も資源も金も……だから…負けられない」



 彼の国も侵略に負けて、すべてを奪われた。


 そこに正義も悪もない。ただ強い者が弱い者から奪っただけだ。古来より延々と繰り返されてきた当たり前のことが起こっただけにすぎない。


 だからこそ死ねない。やり返すまでは。



「はぁはぁ……くそ、血が…止まらねぇ…。あの猿の剣…のせいか? あのエテ公……ふざけやがって…。…だが、この様子だと…負けたらしいな。ざまぁ…ねぇ。もっと苦しみやがれ」



 肉体の怪我よりも出血が危険だった。胸と背中からはいまだに出血が続いており、肉体操作でも簡単には止まってくれない。


 これも右腕猿将の『バッドブラッド〈止血防止の悪童〉』の力である。


 アンシュラオンのように当たらなければ意味はないが、少しでもかすれば血が止まらなくなり、いずれ失血死する。


 シダラは服で傷口を強く縛り、杖になりそうな木の枝を支えに動き出す。



(これからどうする? サープの旦那も死んだ。ハプリマンもチャッピリトも生き残っているとは思えねぇ。へっ、粋がっていたくせに、こんなもんかよ。なさけねぇ…)



 シダラが収監されていた地域は、凶悪犯罪者や戦争で負けた者たちを収容した数多くの施設や監獄があり、【罪人の流刑地】とも呼ばれる南部でもっとも危険なエリアの一つだ。


 ハプリマンのように人道など無視した人体実験も日夜行われ、そういう意味での需要があったからこそ、他の地域や国からの援助を受けてきた経緯がある。


 それがある日突然、『王』を自称する男がやってきて、監獄を破壊して回った。


 その目的は―――国を作ること


 殺人犯だろうが詐欺師だろうが、頭のおかしな変態だろうが関係なく受け入れる完全なる自由国家の設立を提唱した。



(あいつ…まだやってんだろうな。サープの旦那の言う通り、あいつならやれるかもしれねぇ…。だが、いまさら俺が行ってどうする? …いや、そもそも……マジで…やばい)



 自らの血でずるりと滑り、地面にひっくり返る。


 少しでも休もうとすると周囲にまた小さな魔獣たちが集まってくるので、鬱陶しそうに払うことでなんとか意識を保つことができた。


 まさか虫に感謝する日が来るとは思わず苦笑する。


 が、さすがのシダラでも限界はやってきた。


 ついに倒れ込んで動けなくなる。



(終わり……か。こんな山の中で…。ああ、もう一度だけ…戦いたかったな…。俺たちが負けたのは…実力のせいじゃない。戦う目的が…なかったからだ)



 スザクたちは強かったが、能力値はこちらが数段上だった。


 サープは一線級の暗殺者だったし、ハプリマンも性格に難はあれど優れた戦士だった。シダラも騎士団を率いていたほどの実力者だ。


 だが、目に宿る気迫がまったく違った。


 スザクが宿した炎は、多くのものを背負う覚悟。何十万、何百万という人々の人生を守る大きな意思だった。


 その気迫に圧し負けたのだ。



(俺もまた……国を背負えば……あんなやつらには…負けねぇ…のになぁ……)



 そして、シダラの意識が闇に落ちそうになった時だった。


 突然の浮遊感と同時に、何かに包まれたような感覚が全身を覆った。



「まだ生きていたようだな」


「てめぇ…は」



 シダラが目を開くと、そこにいたのはアンシュラオンであった。


 見れば、身体中を命気が包んでおり傷の再生を促していた。命気の前ではバッドブラッドの力も通用せず、着実に回復に向かっている。



「何の…つもりだ? 敵だろう?」


「勘違いするなよ。オレはハピ・クジュネ軍とはまったく関係ない民間人だ。ただのハンターだよ」


「…そのハンターが、どうして参加していた?」


「オレの嫁さん二人を、お前の仲間がさらってな。それを取り戻しに来たのさ」


「二人? 随分とお盛んだな」


「軽口を叩けるくらいまでは回復したようだな」



(ちっ、ハプリマンの案件か…。だからあれほど言っただろうに!)



 話せることが確認できたため一度回復を打ち切る。


 傷は完全には治っておらず、あくまで応急処置にすぎない。



「どうしてここがわかった?」


「最初に攻撃した時に『追跡用の痕跡』を仕込んでおいたのさ。お前の場合は盾だったな。途中で壊れていたから、そこで一度追跡は途切れてしまったが…まさか谷底に落ちているとは思わなかったよ」


「あの時かよ。遠隔操作ならば可能なのかもしれねぇが…とんでもないやつだな。だが、それなら最初から俺に用事があったのか?」


「まあ、そうだな。生き残りがいれば話そうとは思っていた」


「何が目的だ?」


「【金】はどこだ?」


「金?」


「お前たちが奪った金だよ。商隊の一団を襲っただろう? あの中にはオレの金も含まれていたんだ。今のところハピ・クジュネ軍の押収物に金はなかった。だとすれば、幹部が持ち逃げしたと思うのが自然だろう?」


「…はは、金が目的かよ」


「当たり前だ。それ以外にお前を生かす理由はない」


「まあ、そのほうがすっきりするわな」


「お前は金の在り処を知っているか?」


「へっ、知らねぇな」


「知らないのならばそれでもいい。殺して首を持ち帰る。オレは専門じゃないが、凶悪犯の懸賞金もあるらしいからな」



 通常のハンターは魔獣狩りを専門としているが、中には人間を専門にしている者もいる。


 いわゆる『バウンティハンター』と呼ばれる賞金稼ぎである。


 ハローワークではそういった者たちの懸賞金も出しており、ア・バンドのような犯罪者集団は常にマークされていると思ったほうがいいだろう。


 シダラたちも今回の被害を考えれば、かなりの懸賞金がかけられているかもしれない。



「オレは交渉は好きだが、脅しは好きじゃない。やると言ったらやるぞ」


「…見返りはあるのか?」


「お前にそんなことを言う権利があると思っているのか?」


「俺が教えなければ、てめぇも金は手に入らない。どうせ死ぬならそのほうがいいさ。ざまぁみろ」


「その様子だと金の在り処を知っているようだな」


「ああ、知ってるぜ。だが、見返りがなければ教えない」


「そちらの要求は何だ?」


「…俺を逃がせ」


「ハピ・クジュネ軍に見つかったら縛り首は確定か。少なくともハピ・クジュネの支配域にはいられないな」


「そこまでは要求しない。ここで見逃せば、それ以上は何もすることはねぇ。てめぇが俺を追ってこないと約束すればいい」


「そんな身体でどこまで逃げ切れる?」


「はっ、甘く見るなよ。どうとだってやってやる。俺はいつだってそうやって生きてきた。死んでたまるか。死んだら終わりだ!」


「いいだろう。金額次第だが、お前を逃がしてやろう」


「………」


「どうした? もっと喜べよ。せっかくのチャンスだぞ。まあ、オレの言葉を信用できるかどうかは別の話だが、そこはお前自身が決めろ」


「…即答かよ。何が目的だ?」


「簡単さ。戦利品は好きなものをハピ・クジュネ軍からもらう約束だが、金はお前が持ち逃げしたというシナリオにしたい。そうして違う報酬を要求する」


「金は手に入れたうえで…か。はっ、とんだ悪党だな」


「これだけ手伝ったんだ。それでも少ないくらいさ。オレが何の見返りもなくハピ・クジュネ軍を手伝うわけがないだろう」


「だが、てめぇが約束を守る保証はねぇ。金を手に入れた瞬間に俺を殺して、死体を全部消し去れば誰にもばれないだろうが」


「そうかもしれんが痕跡は残る。探知系の能力に優れた武人がいたらバレるかもしれない。せっかく上手くいったんだ。怪しまれるのは避けたい。それ以前に、何もしなければお前は死ぬ。死ぬことをもっとも嫌うのならば、どんなに怪しいチャンスにでも飛びついていけ。それが生きるってことだろうさ」


「………」



 シダラは十数秒、思案。


 そして、覚悟を決めた。



「…わかった。金はやる。場所は、俺の『盾の中』だ」


「盾? さっき見かけた時は粉々になっていたが、特にそんなものはなかったぞ」


「取っ手の中さ。俺が盾を握り締める一番安全な場所だ。そこに術符が入っている」


「なるほど、ポケット倉庫の簡易版の術符か」



 ハプリマンが身体の中に隠していたように、大事なものは自分が一番安心できる場所に隠すものである。


 それがシダラの場合は盾であり、その中で常に握っている取っ手の部分であった。



「やれやれ、探すか。猿どもが持っていっていないことを祈るが…」


「安心しろ。ここにある。俺がそんな大事なもんを手放すとでも思ったか? あの猿に斬られても、これだけは手放すわけがねぇ」


「ほぉ、これは気づかなかったな。命気で身体の中は調べるが、物は表面しか洗い流さない。今後は気をつけるとしよう」


「…約束は守れ」


「わかってるよ。往生際が悪いな。さっさとよこせ」


「ふん」



 シダラから取っ手を受け取って開けると、中はいくつかの層になっており、一番奥に術符が詰まっていた。


 発動させ、大量のアタッシュケースが出現する。



「中身はしっかりあるな。全部でいくらある?」


「二十八億ってところか」


「個人で稼ぐ額としては相当なもんだな。この金で何をするつもりだったんだ?」


「んなこたぁ、てめぇには関係ねぇ」


「それもそうだな。『もう一つ』は見逃してやる。早く逃げるんだな」


「…ちっ。てめぇがいなければ負けることもなかったのによ。いったい何者だ?」


「お前は自分自身が何者かを知っているのか? 気ままに生きている単なる人間だよ」


「…最後に訊くが、どうして見逃す? どう考えても殺したほうが楽なはずだぜ」


「嘘を言ったつもりはないが…お前が生に執着していたからだ。そういう人間が持っている必死な部分は嫌いじゃないんだ。それだけだ」


「…ふん、二度と見たくねぇツラだ」



 そう言うと、シダラは這いずるように行ってしまった。


 強力な武人なので、しばらくすれば走れるくらいにはなるだろうが、ハピ・クジュネ軍の警戒網を突破できるかはわからない。


 だが、もう一つ隠し持っていた術符の中には、最低限の資金が入っていると思われるので、上手く使えば逃げ延びることは可能だろう。



(ここまで大事になれば、オレの顔を知っているやつが野放しになっても問題はない。あれくらいの相手ならばすぐに殺せるからな。それ以上に今は金を手に入れることのほうが重要だ。なにせ二人も増えたからな…)



 こうして金をゲット。


 一億円が二十八倍になって戻ってきたのだから、投資としては十分な出来だろう。


 そのうえハピ・クジュネ軍からも報酬をもらうし、スザクの協力も取り付けた。さらに魔獣の素材や報奨金、ハンターポイントも稼げたので個人的には満足といえる。


 ただし、その分だけ女性たちの福利厚生には気を遣わねばならない。ますます金もかかるだろう。



「まあ、それも男の甲斐性ってやつか。それにしても、ここは猿臭くて嫌になる。早く戻って女性の甘い匂いに包まれたいもんだよ」




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