160話 「一騎当千の武 その3『全方位多角的戦闘』」
海兵たちが一人ずつ距離を取って分かれ、サナとマキも一緒に待機。
それぞれにモグマウスを護衛につければ準備完了だ。
「いくぞ!」
アンシュラオンが地面に拳を打ち込み、覇王土倒撃を放つ。
初撃で数百の猿を駆逐しつつ、土石流を放射状に拡散させることによって大きな土壁を生み出し、相手を大きく八つに分断。
それだけでは身軽な猿を閉じ込めることはできないため、水泥壁を薄く伸ばして広域に展開。上から這い出てこようとした猿の頭を焼いて、引っ込めさせる。
それでも強引に出てこようとすれば、駆け抜けてきたアンシュラオンが剣硬気一閃。頭を刎ね飛ばして威圧。
これによって小猿のチユチュ〈鼠集猿〉の群れは、致し方なく定められたルートを前に進むしかない。
しかし、土壁は曲がりくねっているうえに、その幅もどんどん狭まっていくので、渋滞して進軍が停滞していく。
そして、先頭の猿が一頭ずつ飛び出た先には―――
「この場を死守する! 死ぬ気で戦え!」
「おおおおおお!」
待ち構えていた海兵たちが襲いかかり、斬り殺す。
チユチュは第五階級の抹殺級なので、その数さえ封じてしまえば精鋭ならば一撃で致命傷を与えることができる。
敵が強引に二頭以上出てこようとすれば、モグマウスも参戦するので引き裂いて殺していく。
サナとマキも、その一つの通路を担当しており、出てきた猿を一頭ずつ排除開始。
マキは拳で軽々と、サナも攻撃が十分通じるので、首や腕を切り裂いて次々と倒していった。
(いい感じだ。大技を連発する手もあったが、変に取りこぼして乱戦になるより、進行方向を制限して一匹ずつ仕留めたほうが安全で効率的だ。これでサナのスコアも稼げるし、大量の敵と戦う経験も積める。マキさんもいるから安心だな。さて、オレは大物を狩るとしようか)
サナが実戦経験を積んでいる間に、アンシュラオンは先に進む。
自身も通路の一つを担当し、そこは他の場所よりも幅が広いため、目の前には見渡す限りの猿がいるが、卍蛍を一度振り抜くたびに数十といったチユチュが死んでいく。
まさにハクスラゲームのようにどんどん駆逐して前に進んでいくと、大型のニュヌロス〈棍棒牛猿〉が迫ってきた。
これくらいの巨体となると覇王土倒撃の影響をあまり受けず、薄めた水気の壁では皮膚を軽く焼く程度なので、渋滞しているチユチュを足で蹴り飛ばしながら、猛然と向かってきた。
ニュヌロスは、幅が十メートルはありそうな大きな棍棒で攻撃。
アンシュラオンが回避すると、ドゴーーンッと大量の小猿を巻き込みながら地面が陥没する。
(見た目通り、攻撃力は高いな。だが、攻撃時以外の動きは緩慢だ。たいした魔獣じゃない)
猿なのでこの体躯でも動きはそれなりに速いが、優れた武人の高速戦闘ほどではない。
足を切断してバランスが崩れたところに、武器を持っていた腕を切り落として、そのまま素通り。
去り際に『水覇・天惨雨』を放って真上から大量の酸の雨を降らし、群れの後方を一気に潰していく。
所詮は獣だ。パニックに陥れば、散り散りになって逃げ惑う。
前に逃げれば、作られた土壁の通路に入り込んで海兵たちに少しずつ削られ、後ろの森側に逃げようとすればグラヌマたちの怒声が飛んでくるので、仕方なく左右に逃げる。
が、すでにそこにはモグマウスたちが待ち構えている。
―――蹂躙
モグマウスが爪を振ると、四つにスライスされて死に絶える。
三匹同時に爪を振れば、一瞬で十二個の肉片が生まれる計算だ。
あっという間に死体の山が生まれ、小猿の悲鳴があちこちで響き渡る。
ニュヌロスもアンシュラオンが飛ばした戦気弾によって武器を破壊されたり、腕を破壊されて無力化が進む。
この段階で、数で押し切るという相手側の戦術は瓦解していた。
(そろそろ出てくるかな? 出てこないなら火を放ってもいいが…山ではまだやることもあるから、もう少し待つか)
それから数分も経たないうちに、森からグラヌマたちがやってきた。
これ以上はもたないと理解したのだろう。それだけでもたしかに頭が良い魔獣である。
しかも出てきた時には【武装】していた。
もともと剣や鉈を装備していたが、それに加えて今度は鎧まで着込んでいる。
全身を覆うような甲冑ではないが、頭部と肩、胸や手足といった箇所に明らかに金属製だとわかる防具を身に付けている。
右腕猿将のものは特に豪華で、羽飾りまで付いて『将』であることを大々的に主張していた。
「なめた態度は改めたらしいが、最初からそうしておくべきだったな」
しかし、完全武装したとて、アンシュラオンにとってはあまり関係ない。
一気に接近し、卍蛍で鎧ごとグラヌマたちを切り裂いていく。
白い刀身が猿の血で真っ赤に染まり、こびりついて簡単には消えない。刀が喜んでいるのを感じ取り、アンシュラオンもノッてくる。
「はははは!! 死ね死ね!! もっと血を流せ、猿ども!」
殺人鬼かの如く、楽しそうに猿を蹂躙している様子を見て、右腕猿将『グラヌマーハ〈剣舞猿将〉』が号令。
「キキィッーー!!」
グラヌマたちが左右に散り、右腕猿将が大剣をこちらに突きつけてきた。
「言葉がわからなくても意味はわかるぞ。一騎討ちで勝負をつけようってか? いいぜ、やろう。お前の血はいい養分になりそうだ。全力であがいてみせろ!」
アンシュラオンと右腕猿将の一騎討ちが始まる。
まずは軽く手合わせ。
こちらが接近すると、肥大化している右腕に血管が浮き上がり、直後に鋭い斬撃が放たれる。
その速度は、おそらくはマキの打撃よりも速く、さらに強い!
アンシュラオンは回避するが、背後にあった大岩が剣圧だけで真っ二つになり、衝撃で粉々に砕け散った。
その名の由来通り、右腕猿将の持ち味はあの『右腕』だ。片腕だけとはいえ、他のグラヌマを圧倒する攻撃力を誇っている。
さらに注目すべきは、グラヌマーハが持っている大剣だ。刀身は金属製のようだが、表面が不気味に赤く輝いていた。
それが卍蛍と接触すると―――火花が散る
真っ赤で優雅な独特な煌きは、この世のものとは思えないほど美しい。
(ただの剣じゃないな。クロップハップが持っていた術式剣と同じものだ。だが、それ以上の術式が付与されている。剣自体の強化に加えて、あとは何だ? 追加効果系かな?)
アンシュラオンの術士の因子が、赤い剣の術式を本能的に解析する。
術式武具、『バッドブラッド〈止血防止の悪童〉』。
単純に強度を高める効果に加え、最大の特徴は止血の防止、言い換えれば【傷口の再生防止】効果である。
これで斬られると肉体操作でも簡単には血が止まらなくなり、血小板を破壊することで大量出血を促す。かなり危険な武器だ。
(普通の武器を持っているだけでもおかしいのに、なんで魔獣がこんなものを持っているんだ? 柄の大きさも明らかに魔獣用にカスタマイズされているし、専用に作ったとしか思えない。魔獣の鍛冶師なんているのか?)
いろいろと思案しながら右腕猿将と剣撃を交わす。
強靭な右腕から放たれる剛剣を、アンシュラオンは真正面から軽々と切り払っていた。パワーではこちらのほうが上らしい。
見た目は明らかに小さいのに、なぜか自分よりも強い腕力を持つ相手に右腕猿将は驚いて、さらに激しい剣撃を繰り出してくる。
だが、それすらも簡単に切り払っていくと、徐々に相手に焦りの色が見え始めた。どうやら想定外だったようだ。
(こいつ、驚いてばかりだな。まあ、このレベル帯の戦いにオレが参加するなんて、魔獣からすれば不運でしかないか。子供の喧嘩に大人が出てくるようなものだしな。ふむ、素の剣撃の威力は剣士のおっさんレベルだが、技を使わない分だけ読み合いは楽だ。それにあの時のおっさんは、こんなもんじゃなかった)
ガンプドルフが力を解放した時の剣撃の威力と速度は、この三倍はあった。
それを回避していたのだから右腕猿将の攻撃を見切るのは容易い。
また、アンシュラオンが押し込んだことで戦場が森の中に移ったが、森での戦いに関してもこちらのほうが上だ。
右腕猿将が木を上手く伝って移動し、突然木を蹴って動きを変化させても、それを読んでいたようにアンシュラオンが迎撃。地面に叩き落とす。
そこに真上から修殺で追撃。衝撃波が襲う。
右腕猿将は左手の盾でガード。バゴンと若干へこむが、攻撃を受けきった。
相手は体勢を立て直し、木を使って何度も不規則な移動を繰り返すが、アンシュラオンはぴったりとついていく。
「キキッ!!?」
右腕猿将が、またもや驚きの表情。まさか人間が悠々とついてくるとは思わなかったのだろう。
火怨山はここよりも遥かに厳しい地形だったので、そこらの猿に負けるはずがないのだ。
だから、こんな余裕もある。
右腕猿将と斬り合いながら、顔は正面のまま左手だけ後ろに回すと、空点衝を後方に放つ。
その戦気のビームがどこに向かうかといえば、森を突き抜けて街の方向。ちょうど小猿の援護をしようと、火傷をしながらも水気の壁の上を走っていたグラヌマの頭を撃ち貫いた。
続いて後ろに放った水気弾も空中で分裂し、分かれた水流が次々とグラヌマたちを仕留めていく。
覇王技、『水覇・分流槍』。
水気の塊を放出し、そこを中心に分かれた水流が槍状になって複数の敵を貫く因子レベル4の技だ。
水覇・天惨雨とやっていることは同じだが、あちらが広域攻撃なのに対し、こちらはより単体への攻撃力を高めた技であるのが特徴だ。
その水流の槍は、マキとサナが戦っている通路にも向かい、過剰に集まった魔獣を貫いていく。
戦場の―――支配
アンシュラオンはこうして戦っている間も、波動円によって戦場全体の気配を常に探っている。
そして、敵が一つの箇所に集まりすぎて負担がかからないように制御し、全体の危機管理を行っているのだ。
なおかつ自律モード以外のモグマウス、約五十匹も同時に操作している。
「悪いが、多勢相手は得意なんだ。火怨山ではいつもこんな状況だったから、そりゃ慣れるよな」
強すぎるので忘れそうになるが、アンシュラオンはパワータイプではない。スピード型とテクニック型の中間が本領の武人である。
全体を網羅し俯瞰する的確な判断力と戦術眼、闘人の大量操作による数の補強、大技による広域破壊に加え、強敵相手にも対応できる身体強度と多彩な技の数々。
その大本にあるのは、類稀な行動予測による先読みの力。
単純なパワーでは右腕猿将もかなりのものだが、それだけでは絶対に勝てない。
明らかに劣勢な戦況に焦った右腕猿将が向かってきたところに、さきほど放った水覇・分流槍が、今頃になって迂回してきて背後から強襲。
それに野生の本能で気づき、のけぞって回避。バランスを崩しながらも着地する。ここまでは見事だ。
だが、そこにはすでに罠。
地面から発せられた水の槍が右足を貫き、さらに凍結させて動きを封じる。
覇王技、『水槍凍穴』。
文字通り水気の槍を放ち、当たった部位を凍結させる放出技である。水気と凍気の複合技なので、因子レベル3ではあるが非常に高度な部類に属するものだ。
右腕猿将は強引に脱出するが、足に大きな裂傷を負って動きが鈍る。
そこにアンシュラオンが刀を構えて突っ込んできた。
右腕を斬りつけ、上腕部に骨が見えるほどの大きな傷をつける。
「斬撃に耐性があるせいか、なかなか硬いな。何回か斬れば切断できるかな?」
「ギギギギッ! キーーッ!!」
自慢の右腕を傷つけられて、怒り狂って剣舞を踊りだす。
この猿たちの価値基準では、腕の太さがセックスアピールとされているらしいので、オスとしての尊厳そのものなのだろう。
魔獣が得意とする力技で、暴風のように剣を振り回す。
だがしかし、いくら振っても当たらないうえに、防御を疎かにすれば―――斬られる!
右腕を狙うと見せかけて、盾を持っている左の腕を切断。
実のところ右腕猿将の生命線は、右腕ではなく左腕にあった。
この盾も術式武具のようでなかなかいやらしく、ガードを固められると一撃で崩すのが難しくなる。が、こうして動きを単調にさせれば狙うのは簡単だ。
ガードを失った右腕猿将を、遠隔操作を交えた攻撃で多角的に追い詰む。
上から左から、右上から左下から、真後ろ上から正面下から、さまざまな角度から技が飛んできて、あっという間にボロボロになる。
そこにアンシュラオンが首を狙った一撃。
右腕猿将は大剣でガードするが―――がくん
事前に設置していたトラップによって足場が崩れ、身体が傾いたところで、大剣をすり抜けた刃が首を
―――撥ね飛ばす!!
そのまま流れる動きで右腕を切断し、返す刀で腹も切り裂いた。
大量の血が切断部分から噴出。それを吸ってさらに卍蛍が赤く輝く。
「ッ……ギッ……ィッ」
右腕猿将の首が、クレイジーホッパーを彷彿とさせるような恨めしそうな目で睨んでくるが、まもなく光が消えて絶命。
「いい刀の練習になったよ。お前の命は刀と共に生き残る。そう悪いものじゃないだろう? って、武人の生きざまを勝手に押しつけるのは迷惑か。じゃあ、遠慮なく勝者としての権利を行使させてもらおうか」
刀で頭部を刺し、高く掲げる。
そして、戦場を走り抜けて猿たちに見せびらかす。
敵将、討ち取ったりぃいいいいい!
「お前たちのボスは死んだぞ! 殺されたくなかったら、さっさと帰れ!!」
「キーーーッ!?!?」
「ウキキッ!!?」
ボスの首を見た猿たちはますますパニックに陥り、潰走を始める。
なぜ指揮官や司令官が死ぬと部隊が瓦解するのか、もしかしたら不思議に思うかもしれないが、考えてみれば自然なことだ。
単純に指令が行き届かなくなり混乱するし、もっとわかりやすくいえば、会社で給料を支払い、社会的保障を担保する社長や会長が突然いなくなったら、わざわざ働きに行く者がいるだろうか?
その組織や群れのルールに従うのは、自己を守るために必要な行動だからだ。それが保障されなくなれば、自分だけ残って戦うという選択肢はない。
特に自己満足や矜持がない魔獣にとっては、わが身が大事である。即座に逃げ始める。
多少四方八方に散ってしまったが、だいたいは山の方向に逃げていったので、この方面はしばらく問題ないだろう。
せっかくなので、その首をシンテツにも見せびらかす。
「どう? 欲しいならあげようか? 手柄が欲しかったんでしょ?」
「まさか右腕猿将を討伐するとはな。さすがホワイトハンターか。だが、お前の力はすでにそれを超えているように思える。危険な男だ」
「いやいや、そこはもっと褒めるべきじゃないの? そういうところは相変わらずだよな」
「助けてもらったからこその助言だ。それだけ強いと難儀するぞ」
「もうしているけどね。これで終わりかな?」
「今のところは魔獣が来る様子はないが…壮絶だな。援軍が来たとしても、これを見れば逃げていくだろう」
太陽が昇り始め、薄暗かった戦場に光が差し込む。
そこに見えたのは猿たちの屍の山。
シンテツやサナたちが倒した個体も多いが、大部分をアンシュラオン単独で倒してしまっていた。
これぞ一騎当千の武。
いや、もはや一騎当万に匹敵する武であった。




