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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「海賊たちの凱歌」編
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158話 「一騎当千の武 その1『撤退戦、開始』」


「なんてことだ…! たしかに山に近いことは懸念材料だった。だからこそ無理をしてでもア・バンドを討伐したのに! あと一年、いや、せめて半年は刺激したくなかった」



 シンテツからの情報を受けたスザクは絶句。


 しかし、ここで嘆いていても仕方がない。まずは現状の把握と打開策を練るのが最優先だ。



「向かってきているのは山神…猿神の一団で間違いないか?」


「『右腕猿将うわんえんしょう』が確認されております。数は少なくとも百以上。二百はいるでしょう。しかも武装していることから戦闘部隊と思われますな」


「ボスの腹心、右腕の群れか。まずいな。あの群れの戦闘力は第三海軍の半数に匹敵する。今はどのあたりだ?」


「街の手前の森で止まっております。砲台車両を移動させて牽制させていますが、進軍を止めた理由はまだわかりません」


「逃げ込んだア・バンドの幹部が暴れたせいかもしれない。それで思ったより強い戦力があると知ったのだろうね。彼らは慎重で頭が良い。だが、勝てるとわかったら即座に報復に出るはずだ」


「本当に余計なことをしてくれたものです。猿神のテリトリーまで行くとは思いませんでした。怖れを知らぬとはこのことです」


「何も知らない無法者だ。安易に魔獣の密売でもしようと考えたのだろう。しかし猿神のテリトリーである『三袁峰さんえんほう』は、ここからかなり遠い。いくら子供奪還のためとはいえ、ここまでの攻撃隊を送り込んでくるのは違和感があるけど…」


「スザク様、高速鳩が来ました! ハピ・ヤックから緊急連絡です!」


「緊急? まさかまた何か起きたのか?」



 スザクが手紙を受け取って確認。


 端整な顔が見る見る間に困惑と絶望の色に染まる。


 シンテツにも手紙を渡すと、同じように苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。



「ありえない…そんなことがあるのか? ハピナ・ラッソに進軍するなんて…これではまるで『連携している』ようじゃないか」



 その言葉を象徴するように、次々と早鳩が飛んできて状況の悪化を告げる。


 わずかな時間で十数羽の高速鳩が急報を告げるなど、人生で初めてのことだ。ハピ・クジュネの歴史においても『災厄時』くらいなものだろう。


 すでにハピナ・ラッソは確定。ハビナ・ザマ方面にも動きが出ている。さらにグラス・ギース側にも一団が姿を見せたという。


 遠くなればなるほど鳩の移動に時間がかかるので、情報の正確性が下がるものの、届いた時間帯を考えれば『ほぼ一斉に各地に進軍』していることがわかる。



「猿神とは違う種族の魔獣も多々確認されているようです。翠清山すいせいざん全体が結託したとしか思えませんな」



 通常、魔獣は群れ単位で動く。それが百体であれ五百体であれ、群れにはリーダーがおり、その支配下で統制されている。


 だが、他の群れや他の種族ともなれば敵対関係やライバル関係にあるので、不干渉を貫くことはあっても、通常は協力したり連携することはない。


 むしろ、そんなことをやられたら人間側としては最悪だ。


 人間の長所は圧倒的な数と多様な道具の力で、それらを使ってようやく魔獣たちと対等に戦えるようになるのに、ただでさえ強い魔獣が他の群れとも連携を開始したら、圧倒的不利に追い込まれてしまうのは当たり前だ。


 だからこそ強い違和感を抱く。



「猿神は他の山神たちとは敵対関係にあったはずです。簡単に仲間に引き入れることはできません。それがもし協力するのならば…」


「彼らを統括できるような【新たなボス】が登場した、か。しかし、もう何百年もの間、彼らの支配体制は変わっていなかった。ここにきていきなりの変化は受け入れがたいね」


「ここ数ヶ月、明らかに何かがおかしいのです。デアンカ・ギースも魔獣の狩場付近に出現したと聞きますし、各地で異常な魔獣の暴走が続いています」


「それを確かめるためのパトロール任務でもあったからね。所詮ア・バンドがいようがいなかろうが、こうなることは決まっていたんだ。もしかしたら欲深い人間への罰かもしれないね。我々があんな作戦を考えるから…」


「スザク様、これはもはや【戦争】です。我々が勝つか、やつらが勝つか。それしかないのです」


「わかっているよ。僕たちも覚悟を決めるしかない。おそらく他の状況から見て、猿神の真の狙いは『ハピ・ヤック』だろう。彼らが街を襲えば甚大な被害が出る。ここで少しでも進軍を遅らせるしかない。その間に兄さんたちが動いてくれるはずだ」


「ア・バンド討伐のために出発した他の隊も、じきに合流するでしょう。数としてはかなり心もとないですが…こちらには幸いにも『あの男』がいます」


「またアンシュラオンさんに頼ることになるか。かなりの額の報酬を積まないといけないね。お金で動いてくれればいいんだけど…」


「ハピ・ヤックには妻もいるはずです。金で動かねば、そのあたりを交渉材料にしましょう」


「脅すような真似はしないように。誠意をもって対応するんだ。彼はア・バンドよりも何倍も怖ろしい人だからね」


「心得ております。あの男に伝令を送れ! 猿神たちには、こちらから攻撃するなよ! ふんぞり返って威圧して強く見せろ!」



 シンテツが命令を出す中、スザクの思考は急速に回り続けていた。



(こんなに一気に攻めてくるなんて…こちらの手を読んでいたのか? いや、さすがにそうとは思えない。まるである日突然、栓が抜けてしまったような…封じられていたものが一気に解き放たれたような印象を受ける。何がきっかけなんだ? 魔獣たちを刺激する何かが数ヶ月前に起こったとでもいうのか?)



 その時期は、アンシュラオンが火怨山から出た頃と一致する。


 それが偶然なのか、あるいは定められたことなのかはわからない。しかしながら、魔人の出現と同時に世界は激震の時代を迎えつつあった。


 そして、アンシュラオンが合流。改めてスザクから説明を受ける。



「ハピ・ヤックに? 本当なの?」


「これまでの状況から、その可能性が高いです。ここに目をつけたのは単純に子供を連れ去られたこともありますが、拠点にするつもりなのかもしれません」


「猿が人間の街を拠点にね。なかなか前衛的な発想をする魔獣らしい」


「それだけ頭が良いのです。彼らは極めて危険な魔獣です。急いで部隊を集めていますが、はたして間に合うかどうか…。そこでお願いがあるのです」


「わかってるよ。ここまで付き合ったんだ。オレが足止めする」


「本当に申し訳ありません。クジュネ家の者として恥ずかしい限りです」



 スザクが頭を下げる。


 さきほど彼が自ら明かしたため、すでに素性はわかっている。


 が、実際は初めて出会った頃に『情報公開』を使用していたので正体は知っていた。意図的に見たというよりは、盗賊を見た時についでに見てしまったというほうが正しい。



「いいよ。君が本当の名前を教えてくれたんだ。それは誠意だと感じるからね。あとはシンテツのおっさんと契約したように、それ以外の点に関しても便宜を図ってもらえれば十分さ」


「それはお任せください。僕の権限が及ぶ限り、いかなることにも協力させていただきます」


「そんなに緊張することはないよ。ハピ・クジュネでの宿の手配とか、そういった生活面でお願いするくらいさ。それより女性たちを守ってほしいんだ。せっかくマキさんが命をかけたのに、死人が出たら後味が悪いからね」


「わかりました。そちらもお任せください。では、僕を含めた精鋭部隊で、できるだけ時間を稼ぎましょう」


「いや、指揮官が撤退戦の殿になるのは危険だ。絶対に乱戦になるからね。万一のことがあったら困る」


「僕はこれでも海の戦士なのです。常に先頭に立たねばなりません」


「身分を知ったからこう言っているわけじゃないよ。あのレベルの武人を倒したんだ。実力を疑ってはいない。でも、今ここで重要なのは被害を減らすことだ。君がいないと撤退時に混乱が生まれる。一番怖いのは統率を失って瓦解することだ。撤退には君の力がどうしても必要なんだよ」


「それは…そうですが」


「魔獣相手ならオレのほうが得意だ。ホワイトハンターを信じなって。それにさ、下手に人数が多いと大技を出しづらいでしょ?」


「アンシュラオンさん…この御恩は必ず返します」


「大げさだな。べつに死ぬつもりなんてないよ。たかだか二百くらいでしょ? サナ、行くよ」


「…こくり」



 そう言うと、アンシュラオンはサナを連れて行ってしまった。


 そこには当然、悲壮感などはまったくない。



(相変わらず大きな人だ。彼は我々の救世主になるかもしれない。兄さんにも彼のことをしっかりと伝えておかないと)



「よし、我々は撤退に全力を尽くす! 女性たちを絶対に守り抜け!」



 スザクたちは女性を急いでクルマや荷車に運び込み、撤退を開始する。


 その間にアンシュラオンは、シンテツが指揮をしている殿の部隊に合流。



「あれ? マキさんもいるの?」


「もう置いていかれるのは嫌よ。私も戦うわ。おかげで怪我もだいぶ治ったもの」


「わかった。じゃあ、サナのサポートを頼むよ」


「任せておいて!」


「シンテツのおっさんはもう帰っていいよ。スザクの援護をよろしく」


「馬鹿を言うな。我々も参加するに決まっている。やつらを甘く見るなよ」


「その言葉ってア・バンドの時も聞いたけど、実際はたいしたことなかったじゃん。もっと気楽に構えたら?」


「くっ…それはお前がおかしいからだ! だが、冗談抜きで猿神は普通の魔獣ではない。いくらお前でも簡単にはいかぬぞ」


「オレはハンターだよ。魔獣のことはあんたらより詳しいさ。で、相手はまだ森の中に陣取ってるの?」


「そのようだ。しかし、撤退を始めたら弱気だと知り、一気に調子付いて襲ってくるぞ」


「動物ってのは虚勢の張り合いだからね。逆にこっちが強いと教えてやれば退散していくさ。作戦はあるの?」


「この状況では、まともな作戦など立てられぬ。奮戦しながら少しでも進軍速度を遅らせるだけだ」


「だったら、オレが決めていいかな?」


「何か策があるのか?」


「策ってほどのことじゃないけど、相手が攻めてきたら街に引きずり込むのさ」


「足場が多い場所ではやつらのほうが有利だ。森ほどではないが、障害物を伝って上から攻められるぞ」


「あの猿は頭が良いんだってね。それならきっと相手もそう思うはずさ。それを知ったうえでの提案だけど、どうする? オレに賭ける?」


「…このまま野戦を挑んでも勝ち目はゼロだ。いいだろう。好きにやってみろ」


「任せておいてよ。合図したら下がって、どんどん相手を引き入れてね」


「敵が動きます!」


「さっそく来たか。予定通りいこう」



 そして、スザクたちの撤退に気づいた大猿たちは、一斉に進軍を開始。


 森から廃墟の街に向かって総勢二百の兵を送り込む。


 山から街までは、およそ三百メートル程度の荒地が広がっているが、そこを猛烈な勢いで走ってくる。


 その光景は、まさに圧巻。


 暗闇を埋め尽くす赤い双眸があちこちで輝き、滾る殺気を隠そうともしない。


 常人ならば確実に死を覚悟するだろう。いや、武人であったとしても人生の終了を予期するに違いない。


 だが、アンシュラオンがいるせいか残った部隊に焦った様子はない。


 当人は楽しそうに猿の群れを見物しているのだ。完全に一人だけ別の次元にいることで、周囲もそちらのほうに困惑しているほどだった。



「今だ。撤退を開始して。できるだけ必死に逃げてね」


「砲台車両は置いていけ! 走れ走れ!!」



 シンテツたちが一度だけ砲撃をしてから車両を破棄。


 すぐさま街に入り込み、全力で走って距離を稼ぐ。


 必死に逃げろとのお達しだが、後ろから強力な魔獣たちが追いかけてくるので、嫌でも必死の形相で走っていく。


 アンシュラオンは、適当に弱い修殺を放ちながら相手を牽制。


 それを受けた大猿は吹っ飛ぶが、一発程度では死なないらしい。すぐさま起き上がって向かってくる。



(ふむ、なかなか頑丈だな。能力的にはクレイジーホッパーと同レベルくらいか。そう考えると、スザクたちが怖れるのもわかるな)



 彼ら一頭一頭が、デリッジホッパーの変異個体であるクレイジーホッパーと同格の相手であり、それが二百体いると思うと脅威でしかない。


 アンシュラオンたち三人も戦闘を避け、ずるずると下がって街の中に入る。


 大猿たちは街の中に入ると、すぐに高いところに登って視界を確保。このあたりは猿の習性そのままらしい。


 ここで彼らは一気に進軍速度を落とした。



 その理由は―――なめているから



 大猿の狙いがハピ・ヤックだとすれば、まだ目的地は遠いし、敵はすでに敗走状態にあるので焦ることはない。


 悠々とこちらを捕捉しながら、じわじわと追い詰めるように迫ってくる。中には武器と武器を打ち当てて音を鳴らす者や、踊りのようなポーズを見せてくる個体もいた。


 もともと彼らは『グラヌマ〈剣舞猿〉』という種族であり、剣舞を踊って求愛や祝い事をするため、感情を踊りで表現するわけだ。


 つまりは、もう勝った気でいる。



「やつら、なめおって!」


「ああやっていられるのも今のうちさ。もっと引きずり込もう」



 ちょうど街の中央あたりまで大猿たちが侵入。


 相手も少しやる気になったのか、あるいはリーダーである右腕猿将からお叱りを受けたのか、若干速度を上げてくる。


 だが、すでに彼らは罠にはまっている。


 十分に彼らが街に侵入したのを見てから、アンシュラオンが動いた。



「いくぞ! ここから反撃開始だ!」



 戦気を解放し、爆発集気。


 広げた両手を中心に、巨大な風の流れが生まれていった。


 風圧だけで地面がわななき、砂埃と小石が舞い、それすらも吸収してさらに肥大化。


 技が完成すると、戦気を含んだ爆風が放出され、六つに分かれて襲いかかった。


 覇王技、『麗覇れいは六全風神烈翔波ろくぜんふうじんれっしょうは』。


 因子レベル2に『風神掌』という発剄の技があるが、それを圧縮して放つ技が因子レベル3の『風神烈波ふうじんれっぱ』である。


 その風神烈波を、さらに強化したものを『風神烈翔波ふうじんれっしょうは』と呼び、こちらは因子レベル5の技となる。


 そして、それを両手でそれぞれ『三つずつ』制御し、広域に放つと因子レベル7の『麗覇れいは六全風神烈翔波ろくぜんふうじんれっしょうは』に昇華する。


 発せられた爆風は、まず地上にいた大猿を切り裂きながら吹き飛ばし、建造物に叩きつける。


 さらに左右から来た風によって動きを制限し、続いて真上から来た風によって高所に登っていた大猿を圧迫して動きを封じる。


 最後に二つの風が周囲を回転するように絡みついて、逃げ場を封じたところで―――



「はっ!」



 六つの風が激突し―――衝破!!


 吹き荒れる風の衝撃波が、その一点から全方位に放出され、大猿と建造物を根こそぎ吹き飛ばしていく。


 技の中心地にいた猿たちは、当然ながら死亡。


 身体を引き裂かれたり、あるいは圧力によってすり潰されたり、粉々になって息絶える。


 技の中心から徐々に威力が落ちるため、まだ死んでいない猿もいるが、瓦礫の下敷きになって身動きが取れない個体が大半であった。



「所詮は猿知恵だな。意図的にこっちが有利な地形におびき出したことにも気づかない。自分たちから集まってくれるなんて、いい的でしかないぞ」



 ここは街の中心部でもあり、高い建物が多かったエリアだ。


 覇王土倒撃を受けても完全に倒壊していない場所も多く、なおかつ建造物が一点に集中しているので、そこに集まったところを一網打尽。大技を使うにはもっとも適した場所といえる。


 しかもアンシュラオンがあえて弱い攻撃をしていたのは、たいした攻撃手段がないと思わせて相手を油断させるためだ。



「今だ! 各個撃破する! 噛み砕いて蹴散らせ!」



 アンシュラオンはモグマウスを百匹生み出す。


 これはモヒカンの監視用にも作ったもので、某工事モグラに似た間抜け面をしているが、れっきとした『闘人とうじん』である。


 放たれた瞬間にまるで猟犬のように駆け抜け、動けなくなった大猿たちに次々と噛みついて引きちぎり、爪で切り裂いてとどめを刺す。


 身体が小さいので隙間にも簡単に入り込み、瓦礫の下敷きになった個体も次々と殺して回っていた。


 これによって約半数の百頭が死傷。



「………」


「まったく…この男は……破天荒なやつだ」



 マキとシンテツは、その光景に唖然としている。


 スザクから聞いてはいたものの、実際に見ると迫力が違いすぎる。マキも初めて見るのでさらに驚愕だ。



(すごい…これがアンシュラオン君の力。デアンカ・ギースを倒した本物の英雄の実力なのね! なんてなんて―――私の王子様は素敵なの!!)



 身体中から熱い感情が湧き出てくるようだ。


 こういうことを平然とするから、この男と一緒にいると飽きないのだろう。




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