155話 「ア・バンド殲滅戦 その8『再会』」
「醜いでしょう? 前にちょっとした事故でこうなってしまったのよ。それ以来、篭手が外せなくなってしまった。でも、これが本当の私。大好きな人には知られたくない姿よ」
「俺には見せているぞ?」
「自分が好かれているとでも思っているの? そういうところが気持ち悪いのよ」
「身体を金属にする能力か? たしかに厄介ではあるが、ただそれだけじゃぁな!!」
ハプリマンの海鮫の射撃がマキに命中。
ガンガンガリガリと金属化した身体を削る。
「どうやらその能力を使っている間は、戦気を使えないらしいな!」
マキが篭手を外してから戦気の放出が止まっていた。発した力はすべて手に吸い込まれて、代わりに身体が金属化していく。
金属自体に戦気が混じっているので強度は高いのだろうが、戦気が使えないのならば技を使うこともできない。これは大きなハンデとなるだろう。
そもそも互いに消耗はピーク。
ハプリマンとしては、こうやって少しずつ削ればいいだけだ。
「すぐにそれを見抜けるなんて、やっぱりあんたは強いわ」
マキが銃弾の直撃を受けながらも走る。
戦気の放出はできないものの、身体能力の強化は問題ないらしく、ハプリマンを捉えて拳を放つ。
ハプリマンはガード。真正面から受け止める。
だが、マキは海鮫を掴んで反撃を封じつつ、抱きつくように密着。
「んーはっ! 鉄の花ってのもシャレてるなぁ! いい匂いだ!」
「あんたのその変態台詞を聴くのも、これで最後よ!」
そのまま背後に回ったマキの貫手が、ハプリマンの背中に突き刺さる。
ただし、すでに防御の戦気を展開されていたため、指先一つ分くらいで止まった。
マキはそれ以上の攻撃はせず、すぐに離れる。
「どうした、これで終わりか? もっと抱きついてもいいんだぜぇ?」
「もう終わったわ」
「あ…? 終わっただと? こんなもんじゃ俺は満足しないぞぉ」
「………」
すでにマキは戦闘態勢を解いていた。
こちらの動きを注視はしているが、それはどちらかといえば『観察』に近い。
まるで投与した薬の効き具合を見定めるような目だった。
(何かしたのか? …毒? いや、俺には毒は効かないはずだ。…ん? あれ? こいつの身体…元に戻っている? いつ金属化を解いた?)
この一瞬の間にマキが元の姿に戻っている。
その様子に違和感を感じた直後、マキに刺された背中にもっと大きな違和感が発生。
慌てて確かめるが、海鮫が触れるとゴンッと硬質的な感触がする。
皮膚が―――硬い!
「これは…ぐっ…身体が……重い…! お前、何をした!」
「あなたたちは自分に罪がないと言うわ。でもそれは結局、責任を押し付けているだけよ。だから私もあなたに『自分の負債を押し付ける』ことにしたの」
「だから、何をしたと―――がががっ!!」
「もうすぐあなたは【鉄化】して死ぬわ。私が嫌なものを全部引き受けて、砕け散って死ぬのよ。あなたに相応しい死に様ね」
「そっちが本当のお前の能力か! だが、金属になった部分を削り取れば!!」
ハプリマンは躊躇なく、背中の肉を海鮫で食いちぎる。
だが、力を使おうとすればするほど鉄化は一気に進み、背中だけではなく身体全体が鈍色に変色していく。
それと同時に徐々に動けなくなっていった。
「この鉄女がぁあああ!」
「あなた、そういうところから変えたほうがいいわよ。自己中を直さない限り、異性とまともなお付き合いなんてできないでしょうし。まあ、私も人のことは言えないわね。こんな身体だし、誰とも付き合うこともなかったもの。でも、それを誰かのせいにすることなんてしない」
―――「私は真っ直ぐに生きるわ!」
「ううっ…おあああああああ!!」
ハプリマンの全身が真っ黒に変色し、完全に鉄化。
右手を突き出したポーズで固まる。そして、そのうち臓器も鉄化して死んでしまうだろう。
これがマキの奥の手―――『鉄鋼拳』
ネーミングだけ見れば、鉄化した拳で殴るだけのようにも見えるが、実際はまったく違う能力である。
より正しくは『鉄痕拳』と呼ぶのが適切だろう。
宿主の戦気や生体磁気を吸収して無限に増殖する【鉄の細胞】を相手に送り込み、次々と細胞に寄生することで鉄化させて殺す。
この能力が一度発動すると、自分が鉄化して死ぬか、相手に押し付けて殺すまで終わらない実に怖ろしい技である。
「本当は使いたくなかったわ。相手が生物ならばほぼ絶対に殺せるし、私自身の醜さを象徴するものだもの。それにこれは…私の力じゃない。他人から借りた力で倒すのは武人として気が引けるものね」
この能力は彼女が生来持っていたものではなく、修行中の事故で死にそうになった時、師である男から与えられた細胞が原因になっている。
人間の肉体はそれぞれが固有の魂と精神を持っているため、肉体も同様に当人専用のオリジナルのものとして調整されているからだ。
特に武人のような個性が強い者は輸血すら危険であるため、細胞や臓器の移植は何が起こるかわからない。
副産物で手に入れた能力でもあるため、彼女自身は積極的に使う気になれない技でもあった。本気で殺すと決めた時以外は使わないようにしている、まさに奥の手だ。
「ふぅ、面倒な相手だったわね。久しぶりにてこずってしまったわ」
「…マキ…お姉様」
「…イリージャ」
部屋の入り口にイリージャが立っていた。
存在にはすでに気づいていたが、戦いの最中だったのでそのままにしておいたのだ。
「終わったわ」
「………」
「こっちにいらっしゃい」
「…はい」
イリージャが、マキの前に立つ。
「あいつは死んだ。これであなたを守るものはなくなってしまったわね」
「…わたし…ずっと心が痛くて…棘が……刺さったようで…これが罪の意識なんでしょうか?」
「私にあなたのことはわからない。それが罪なのかもわからないし、どうすればいいのかもわからない。ただ、もっと話し合うべきだったのでしょうね。諍いって本当に些細なことから始まってしまうものだもの」
「お姉様…」
「イリージャ、あなたの決断を教えてちょうだい」
「私は…お姉様と一緒にいたい。今でもそう思います。でも、お姉様と一緒には…生きられないこともわかりました。お姉様はたぶん、これからも同じようなことを…していくのですよね?」
「そうね…きっと『彼』と一緒にいれば、またこういうことが起きるわ。私がこの力を持っているのは、彼の役に立つために女神様が与えてくださったものだもの。あなたとは生き方が違うのよ。それはわかるわね?」
「…はい。…はい…ぐすっ……おねえ様……ごめん…なさい」
「生きるのよ、イリージャ。死んだら駄目。罪を誰かに押し付けて生きることは最低のやり方よ。私たちみたいになってはいけないの。今までの罪は私が許すわ。だから生きて。だって、あなたが死んでしまったら、私の中に棘が残ってしまうもの」
「…はい。私も棘が残るのは…嫌です」
イリージャの顔が、ようやく以前のものに戻る。
いや、それよりも力強く、初めて意思が宿ったような力に満ちたものだった。
が、世の中はいつだって残酷だ。いつも思い通りになるとは限らない。
「それはいいことを…聞いた…なぁあああ!」
「っ―――!」
鉄化したハプリマンの右手が動くと、海鮫から剣硬気が伸びて―――イリージャを貫く
「っ……あっ……おねえ……さま……」
「イリージャ! なんてこと! まだ動けたなんて!?」
「やっぱり…相性が……いいな。このまま逆に取り込んでやりたいが…さすがにそれは…無理か」
これだけ鉄化すれば、とっくに死んでいてもおかしくはないが、ユニークスキルによってわずかながらに鉄のエネルギーを取り込むことで延命していたようだ。
ただし、すでに体力の限界のため、最後のあがきといったところだろう。
「なんて執念なの…信じられない。しつこいにも程があるわ!」
「どうせ死ぬなら…お前に棘を残してやるよ。こいつを殺して…罪悪感っていう棘を一生…残してなぁああ! それで俺のことも忘れないでくれよぉ?」
「きもっ!! 生粋の変態ね!!」
「ははは、ありがとうよぉおお!」
「ううっ……かはっ…!」
「イリージャ!」
「させねぇよ」
海鮫から魔力弾が飛び、イリージャを貫通しながらマキに命中。
完全に想定していない死角かつ、こちらも鉄鋼拳を発動した直後のために身体が上手く動かない。あの技は『細胞系の技』のため、自身への負担も極めて大きいのだ。
「くっ…い、イリージャ! 今助ける……から!」
「…おねえ…さま」
「ははは! こういうのも嫌いじゃないんだよ! 百合ちゃんかぁあ!? あはぁあ!! もっと見せてくれよぉおお! 俺の目が完全に見えなくなる前になぁあああ!」
「大丈夫。大丈夫よ。一撃ぶち込めば…バラバラになるから。大丈夫だからね」
「…マキお姉様。…ありがとう……ございます」
晴れ晴れとした表情のイリージャが、ポケットから出したものは―――大納魔射津
小百合からもらった自決用のものだった。
「いりっ…」
「お姉様!!!」
「っ…」
「ずっとお慕いして…おります。離れても…ずっと。だから棘を残さないで…ください。私もこれでようやく…だから下がって!!」
「イリージャ…」
「お別れは済んだのかぁ?」
ハプリマンは背後にいたので、マキと対面している彼女の手元は見えない。
その間にイリージャがスイッチを押す。
(駄目…イリージャ! でも、身体が…今回ばかりは本当に動かない…! 動け、私の身体! またここで後悔するの!? 何度後悔すればいいのよ!)
イリージャは目を瞑ったまま、自ら身体を後ろに押し込む。
ずぶぶっと剣硬気がさらに深く胸を貫くが、それによってハプリマンの近くまで移動。
そして、激しい痛みを我慢しながら振り向く。
肉が引き裂かれ、血が激しく噴き出るが、それによって大納魔射津をハプリマンの前に突き出すことができた。
「貴様…!! なんでそんなものを…!」
「私と一緒に死んで! お姉様の…棘を吹き飛ばすの!」
「くそが!! あくまで俺がお前を殺すんだ! 花なんぞに殺されるか!」
ハプリマンの銃口が、イリージャの頭部に向けられる。
爆発まであと二秒。
(お姉様…! 今度は私がお姉様を守る!)
イリージャを殺しても、どのみち爆発に巻き込まれてハプリマンは死ぬだろう。
これがイリージャが最期に自ら決断した、強い意思である。
「くたばれええええ!」
残り一秒。
銃弾と爆弾が同時に炸裂するその一瞬。
真上から降ってきた黒い刀が―――切り裂く!
カコーンッという小気味良い音を立てて、海鮫を装備していた腕が切り裂かれ、宙を舞った。
そして、白い影が一瞬見えたと思ったら、すでにイリージャを掴んで飛んでいた。
その際に手から大納魔射津をそっと引き抜き、ハプリマンに投げつけ―――爆発!!
「くそ―――がぁああああああああああ!!」
ハプリマンの周囲は戦気の壁で覆われており、その中で爆発が起きたため、彼だけがすべての力を引き受ける。
身体に亀裂が入り、ひび割れ、左腕が落ち、胸が砕け足が削げ、最後に顔がバラバラに砕けて死亡。
こうして執念深い変態が闇夜に散る。今度こそ完全に死亡だ。
「ん? なんだこいつ? 変なやつがいるもんだな」
落ちてきた白い影、アンシュラオンからすれば怪しいだけの男だ。状況がいまいち呑み込めない。
しかしながら、すでに波動円でマキたち三人の動きを追っていたので、奇襲は無事成功。
「サナ、よくやったな。いいタイミングだったぞ」
「…こくり!」
「酷い怪我だ。この子の傷も治しておくか」
「ま、まって……このまま…で…」
「若い女の子には生きる義務があるんだよ。いい男と出会って恋をして、女性としての人生を謳歌するといい。オレは心から女性を愛している。女性の素晴らしさを知っている。つらいことがたくさんあったんだろうけど、君の人生はこれからさ」
「…っ……」
「大丈夫だ。任せておいて。傷一つ残さないで治すよ。君が受けた傷も全部オレが洗い流してあげるからね。それにしても大納魔射津で敵と相打ちになろうとするなんて、たいした根性をしている。やるじゃないか」
「…は……い」
何も知らないアンシュラオンが、適当に自分だけの解釈で述べた言葉。
おそらくは誘拐されて傷つけられた女性だとでも思ったのだろう。単なる慰めの言葉でしかない。
だが、それがなぜか心に抵抗なく、すっと吸い込まれていく。満たされていく。癒されていく。
『王』の言葉は、魂すらも癒すのだ。
そして、アンシュラオンとマキが視線を交わす。
「………」
「…ぁ……ぁっ…」
久しぶりすぎて、いろいろとありすぎて、声が出ない。
なんて言えばいいのか、どう伝えればいいのか、わからない。
だが、こういう時は男から言うものだ。
「お帰り、マキさん」
「…ただ…いま……アンシュラオン…君」
「随分と待たせちゃったね。オレが来たから、もう大丈夫だ。全部任せてくれていいよ」
「…うん……うんうん……」
「よくがんばったね。マキさんが女性たちを救ったんだよ。本当にがんばった」
涙を流すマキをそっと抱きしめる。
彼女も力を抜いて、すべてを委ねる。
(君はやっぱり…私の王子様なのね)
ピンチの時には必ず助けてくれる王子様。マキにはそう見えているのだろう。
だがやはり、この男が思っていることはいつも同じだ。
(くっ…なんだこの胸は! けしからん! まったくもってワガママボディだな! 引き締まっているのに、おっぱいだけがこんなにも柔らかいなんて! 弾力も見事だ。やはりバランスと張りだけを見ればマキさんは超一流か。あっ、そうか。これでおっぱい枕には困らなくなるぞ! サナが独占してもどっちかが空くもんな。ビバッ! 素晴らしい!)
お約束として胸の感触を味わいながら、無事マキとの再会を果たすのであった。




