表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「海賊たちの凱歌」編
154/619

154話 「ア・バンド殲滅戦 その7『棘の在り処、マキの奥の手』」


 山側に展開した部隊は地下の坑道を通って、以前侵入した土壁を静かに壊して中に入る。


 ここで彼らは二手に分かれた。


 精鋭を引き連れていたシンテツはタイミングを見計らい、アンシュラオンの攻撃と同時に外に出て奇襲を仕掛けた。


 一方の地下に残った新兵を中心とした隊は、女性たちの保護と解放を担当していた。


 眠らされていた女性の大半が意識を取り戻しており、現状に困惑とショックを受けていたが、甲冑を着た兵士たちが助けにきたということで、そこまでパニックには陥っていないようだ。


 しかし、次々と女性が助けられていく中、それとは正反対の道を進む者たちがいた。



「いったいどうなっているの? 昨日から階段は封鎖されているみたいだし、さっきの連中は組織の人間じゃないわよね?」


「あの鎧、ハピ・クジュネで見たことがあるわ。たぶん兵士よ」


「もしかして、ここが見つかった!? 他の人は…ハプリマン様たちはどうしているの!?」


「私に言われてもわからないわ。さっき大きな地震があったでしょ? あれは爆弾か何かかもしれないわ。ここのアジトが奇襲を受けたんだと思う。その対応で追われているのではないかしら?」


「そんな! じゃあ、私たちはどうなるのよ!?」


「投降…すれば助けてくれるかしら? あっ、そうだわ。私たちもさらわれた子たちに交ざればいいのよ。それなら保護してくれるかも」


「馬鹿なことを言わないで! あの女たちには顔を見られているのよ! 兵士たちに告げ口されたら終わりよ! 牢獄行きになるわ。ハピ・クジュネには、生きたまま海に沈める刑罰があったはず……そ、そんなのは真っ平御免よ!」


「い、生きたまま…で、でも、ちょっと加担したくらいでそこまでする?」


「仲間だと思われたら同じよ。こっちの言い分なんて聞いてくれないわ」


「じゃ、じゃあ、その…兵士さんをたらしこむとかは?」


「そこらの警備隊なら可能かもしれないけど、あれだけの規模の軍隊じゃ無理よ。軍律違反は容赦なく処刑だって、前に酒場で兵士が話しているのを聞いたもの」


「それならどうしたらいいのよ! どうにもできないじゃない!」


「ハプリマン様が勝てばいいのよ。勝てば…許されるもの。そうよ。私たちは勝てばいいの。勝ち続ければどんな罪だってなくなるのよ。だから、終わるまでじっと隠れていましょう」


「…そ、そうね。そうしましょう。それしか…ないものね」



 そんな会話をしているのはクラッカーに加担した女たちだ。


 マキが見張り連中をぶん殴って牢屋に放り込み、階段への道を封鎖した段階で、彼女たちは違和感を抱いて隠れて過ごしていた。


 だが、ついに兵士たちが女性の解放を始めたので、本当に危機感を抱いたようだ。さきほどからずっと同じ会話ばかりをしている。


 そして、そこにはイリージャもいた。


 彼女は会話には参加せず、ただただ俯いている。



「………」


「ね、ねぇ、イリージャ。あなたはどう思う?」


「どう…って?」


「これからどうすればいいのかよ。私たちが助かる方法を探さないと。何かいい案はない?」


「それなら…あの人たちと一緒にならなければいいのです。別々に保護してもらって、顔を合わせないで街まで連れていってもらえば…。少し遅れてから助けてもらえばいいと思います」


「そ、そうよ! その手があったわ。私たちは無力な女なのですもの。きっと上手くいくわ! いいアイデアよ、イリージャ!」


「…もっと奥に行って隠れましょう。簡単には見つからないところに」


「万一の時のための隠し部屋があるわ。そこに行きましょう」



 ここは収容施設として作られているので、いくつか特殊な仕掛けがある。


 イリージャを含めた六人の女が、通路の壁を模した隠し扉を開いて中に入り、鍵を閉める。


 部屋はかなり広く、ちょっとしたシェルターのような場所であった。魔獣に襲われた際に何日かしのげるようにしてあるのだろう。



「まったく、災難ね」


「ねぇ、もし負けたらどうする?」


「ハプリマン様が?」


「だって、ハピ・クジュネの軍なんでしょ? 都市の軍隊相手に勝てると思う?」


「そうね…ここの人たちはすごく強いけど、本物の軍隊には勝てないかもしれないわね。でも、本当に負けてしまったら鞍替えすればいいだけじゃない? ギアスをかけられた子も主人がいなくなったら契約も終了するものね」


「そうね。私たちのことを知らない場所で、また上手くやっていけばいいわね。そこで男を作って養ってもらうのもいいかも」


「いいわね。しばらくは娼婦でもやってお金を稼いで軍資金にしましょう」


「どっちに転んでも生き延びられるのが私たちの長所だものね。気楽にいきましょう」



 彼女たちは潜入任務のためにギアスをかけられていないので、なかなか好き勝手言うものである。


 だが、これが荒野に生きる女性の裏の顔だ。


 小百合やホロロのように市民権と定職を持っていた女性以外は、日雇い労働者として生きるか、女を売りながら生活をしていくしかない。


 そこにお茶を淹れたイリージャがやってくる。



「あの…こんなものしかありませんでしたが…」


「気が利くわね。ありがとう、イリージャ」


「早く終わってくれないかしら。身体を洗いたいのに…」


「………」



 全員がお茶を飲み終わり、十数分が経過。



「…あ……れ? なにか……舌…が…ビリビリするわね」


「指先も痺れるわ。な、なにこれ…病気?」



 女性たちに異変が発生。


 口内や手足に痺れを訴える者たちが増え、中には倒れて動けなくなる者も出てくる。



「これ…もしかして……痺れ薬じゃ…」


「え? ど、どこで…そんなものを摂取…したの?」


「隠れて…いたから……私たちが…口に入れた…もの…なんて……」


「効いてきたみたいですね」


「い、イリージャ……あなた…まさか……」


「はい。さきほどのお茶に薄めて入れておきました」


「なんで…こんなこと……を…」


「どうしてだと思います?」


「…っ! あ、あなた、なんでそんなものを…」



 女性の目が、イリージャが手に持っているショートソードを凝視。


 サナが使っているような小振りで女性でも扱いやすい武器だ。


 護身用に持ってきた可能性もあるが、この状況では別のことが頭に浮かぶだろう。



「私、ずっと考えていたんです。でも、わからなくて…本当にわからなくて……だから、試してみようと思ったんです」


「な、なにを…試すの?」


「ここの人たちは、罪なんてないって言いますよね。私もそれが本当ならどんなに素敵かって思います。だから試すんです」


「い、イリージャ…ち、近寄らないで…。こ、混乱するのは…わ、わか、わかるけど……ここに隠れていれば……だ、だいじょ―――ぎゃはっ!!」



 イリージャが、うずくまっていた女性の肩に剣を突き立てる。



「血…赤いんですね」


「あ、あたりまえ……でしょ……や、やめて。痛い…わ」


「私、人を殺したことがないんです」


「そ、そう…なの? そのほうがいいわよ。絶対に」


「どうしてですか? 罪がないなら人を殺しても問題はありませんよね?」


「だ、駄目よ…そんなことは…いけないこと……―――ぎゃっ!! いたい、いたい、いたい!! あがっ!!」


「お腹も刺してみますね」


「ま、まって……本当に…しんじゃう……から―――ひぐっ!!」



 イリージャは一切躊躇せず、女性の腹に剣を突き刺す。


 激しい痛みと痺れで女性が口をぱくぱくさせているが、お構いなしに内部を抉り、引き抜くと同時に血が噴き出してきた。



「あっ…っっ……い、いりー……じゃっ……」


「どんな気分ですか?」


「はぁっ…はっ……いたい……いたいぃ……」


「死ぬまで観察してみますね」



 イリージャは、その様子をじっと観察。


 女性はしばらくして意識を失い、そのまま失血死を迎える。



「ひ、ひぃいい!」


「い、イリージャ! な、なんてこと…を……どうしてしまった…の…!」



 突然のイリージャの凶行に、室内の女性たちは怯える。


 その理由や意図がまったくわからないからだ。



「罪悪感は…うん、ない。数が足りないのかな? 次はあなたたちですね」


「こ、怖くなるのも…わかるけど……だいじょうぶ…だから。どっちが勝っても……生き延びられる……から」


「それでは困るんです。私はマキ様を裏切ってしまった。だから、ここの人たちが負けたら…私は罪人になってしまいます。死ぬこともずっと考えていましたが…踏ん切りがつかなくて……」


「お、落ち着いて…あなたは今、混乱している…だけよ。慣れれば…気にならないから……」


「それじゃ駄目なんです!!」


「ひっ…」



 ガンッと剣を机に叩きつけ、鬼気迫る表情を浮かべる。


 身体が動かない密室で、凶器を持った人間がこんなことをしたら誰だって怖い。その場の誰もが彼女が狂ってしまったのかと思った。


 しかしながら、イリージャは極めてまともだ。



「ねぇ、教えてくださいよ。罪って何なんですか? 私はどうすればいいんですか? ねぇ、あなたたちのほうが長いのでしょう? 知っているなら教えてください」


「わ、私たちみたいな女は…こうやって生きるしか―――ぎゃっ!! ま、待って。落ち着いて…さ、刺さないで…―――ぎぃいいっ!!」


「胸に…胸に何かが刺さって苦しいんです! ねぇ、これは罪の意識なんですか!! ねぇ!! ねぇえええ!」


「ひっ―――がっ! やべ―――ぐぎいいっ! い、いりーじゃ……やべで……―――あっ」



 ザクッと剣が首に突き刺さり、二人目の女性も死亡する。


 すでにイリージャの手は血塗れで、顔にも返り血が大量についていた。


 そんな彼女は、虚ろな視線で次の女性を見つめる。



「あなたなら…知っていますか?」


「や、やめて…た、助けて……! あなた、おかしい…わ! くるってる…!」


「狂っているのは、あなたたちでしょう」


「ひぃいいいい!」


「いやぁああああ!」



 その後イリージャは、次々と女性たちを刺殺していった。


 室内は五人の女性の死体が散乱し、血の臭いが充満して酷い状態になっている。


 その中に独り立つ彼女は、じっと自分の手を見つめていた。



「やっぱり何も感じない。むしろ清々しいくらい。人を殺すこと自体に罪悪感なんてないのね。それは罪じゃないのよ。じゃあ、どうしてマキ様を裏切ったことだけは…こんなにも痛いの? このまま死んだら私…この棘が抜けないままだわ」



 イリージャは何度か自殺を試みたが、そのたびにマキや小百合の顔が浮かんできて死にきれなかった。


 人を殺しても罪悪感は感じないのに、なぜかそこだけが引っかかる。



(マキ様に……会わないと……会いたい…もう一度だけ)



 そうしてイリージャが隠し部屋を出た時である。


 大きな音と振動が起こり、少し離れた場所から人の声が聴こえる。


 その声の主を聞き間違えるわけがない。



「マキ様…!?」



 イリージャは咄嗟に走り出していた。


 二回角を曲がり、ひときわ大きな部屋に出ると、そこの天井が破壊されて大量の瓦礫が落ちていた。


 そこにマキとハプリマンがいる。


 上での戦いで地面が破壊され、下に落ちてきたのだ。



「これで二人きりね」


「ははっ、俺と二人きりになりたいなんて、可愛いことを言ってくれるじゃないかよ」


「気持ち悪いことを言わないでちょうだい。誰にも見られたくなかっただけよ。特に…アンシュラオン君には見られたくなかった」



 マキが両手の篭手を外す。



「なんだ? 新しい武器を出すのかと思ったが、素手になっただけじゃないか。弱くなってどうする」


「あなた、ハプリマンっていう名前なんでしょう?」


「いまさらどうした?」


「私の名前は、マキ・キシィルナ。これから殺す相手の名前くらい知っておきたかっただけよ。あなたも覚えておきなさい。これから自分を殺す者の名前をね」


「面倒くさいやつだなぁ。ここまで好きにやられて、ようやく本気になったのか?」


「それが私の生き方だもの。最後に一つだけ訊いておくわ。どうして私たちを狙ったの?」


「花を手に入れる時に、いちいち理由が必要か? 欲しいから手に入れた。たまたまそれがお前たちだっただけだ」


「あなたの安易な行動で、どれだけの人が道を誤ったか。弱い人の心に付け込んでたぶらかすやり方を、私は断じて認めない! あなたを殺すこと、それ自体が私の贖罪よ!」


「あははははは! いいねイイネ!! こんなにも情熱的に花とやりあうなんて、ほんとサイコーだ!! 俺もお前を殺して永遠に枯れない花にしてやるよ! 俺の心に、お前の棘をぶっすり差し込んでくれよぉおお!」


「本当に変態ね。反吐が出そうな言葉だけど、これから殺すと思うとそんなに不快でもないから不思議よ」



 マキの戦気の質が変わる。


 ただ美しいだけの真紅から、相手を焼き尽くす灼熱の赤になっていく。


 しかし、その戦気のすべてが手に吸われて消えていった。



「何をしたいのかわからないが、まずはその手から食いちぎってやるぜえええええ!!」



 ハプリマンが海鮫で襲いかかり、マキがガードしたところに食いつく!


 剣気をまとわせたギザギザの鋭い歯は、戦気をまとった篭手でさえ削る威力があった。それが素手になったのだから、防御力はかなり落ちているはずだ。


 皮膚に食い込み、肉ごと抉り取ろうと引っ張るが―――ガギギッ


 その感触は、なぜか硬質的なものだった。



「なんだ…この感じは? まるで金属のような…」


「はいぃいいっ!!」


「っ…!」



 マキの蹴りをハプリマンは海鮫で受け止めてガード。


 が、こちらでも金属質な感触があった。まるで金属バットで殴られたような感覚だ。



「あなたの攻撃は、もう私には通じないわ」


「お前…その腕は…」



 マキの手が『にび色』に変色していた。


 しかも戦気を吸収してどんどん増殖し、生き物のように腕から肩、肩から胸と、全身を徐々に侵食していく。


 そのたびに彼女の身体は金属へと変貌しつつあった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

励みになりますので、評価・ブックマーク、よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ