151話 「ア・バンド殲滅戦 その4『乱戦、シダラの実力』」
「砲撃部隊は攻撃を続けて包囲網を敷け! 我々はこれより突入を開始する!」
スーサンの号令で、部隊は流れるように動く。
砲台車両は引き続き街への砲撃を維持。あくまで牽制でしかないが、外に敵がいると教えることで行動範囲を狭めるのが目的だ。
地上部隊は、アンシュラオンとサナを除いて全五十七名。
そのうち砲撃部隊と包囲用の兵を除くと、突入する部隊は三十名程度となる。
前衛はリンウートと数人の精鋭が務め、そこにバンテツとスーサン、新兵が続く形となっていた。
「若様、ご無理をなさらずに。じっくりと耐えて、あの者が戻ってくるのを待つのが得策かと存じます」
槍を携えたリンウートが、周囲を警戒しながらスーサンに話しかける。
「僕も本当はそうしたいけど、あまり時間をかけられない。それに本来はハピ・クジュネの問題だ。我々で駆除するべきだろう」
「わが部隊ながら、まだまだ未熟な兵ばかりです。若様をお守りできるかどうか不安です」
リンウートは元第一海軍のエリートであったが、老齢のために第一線を退き、第三海軍で新兵の教育係になった経歴がある。
老いたとはいえ、まだまだ槍捌きは健在ではあるものの、精鋭の多くを地下部隊に割いてしまったために不安は残る。
「リンウート、戦場に出たら誰もが海兵としての責務を背負う。一人前も半人前もないよ。戦うしかないんだ。覚悟を決めよう」
「…これは失礼いたしました。本当に大きくなられましたな」
「僕はもう十五歳。立派な大人だ。ここで結果を出して兄さんたちの役に立てることを証明してみせる」
スーサンたちが街に突入して二分程度。
上から銃撃が襲ってくる。
「たいしたものではない! 蹴散らせ!」
おそらく見張りの生き残りだったのだろう。数人程度の銃撃であり、この程度ならば甲冑で十分防ぐことができた。
中央の陣形はそのままに、後衛の新兵が広がる形で土砂を駆け上がり、敵との交戦に入る。
ここはさすが海兵隊。新兵とはいえ、そこらのゴロツキとはレベルが違う。あっという間に斬り殺して終わった。
それからも制圧は進み、強い敵が出てくれば精鋭や戦槌を装備したバンテツが一蹴する。
今のところ作戦は順調であった。
「相手は統率がなっておりませんな。所詮は烏合の衆ですか」
たしかにア・バンドは、軍隊のように上下関係がはっきり決まっているわけではなく、全体の統率という意味では傭兵団以下かもしれない。
しかしながら、同じ意思を持った集団となれば今までとは違う。
ちょうど街の三分の一ほど進んだ時、前方に敵の集団が現れる。
「てめぇらがハピ・クジュネ軍か! はっ、北部の軍がどんなもんか試してやるぜ!」
シダラ率いるテイカー部隊だ。
その数は、およそ十三名。
商隊を襲った際は三十人近かったので、アンシュラオンの攻撃でだいぶ数を削ったことがわかるだろう。
対するスーサン隊は倍以上だ。数では圧倒的に有利である。
「敵の数は少ないぞ! 一斉射撃、用意!」
敵のアジトに突入するからには、こちらもそれなりの装備を整えていた。
砲台を小型化した砲筒、いわゆるバズーカを新兵たちが構える。
「撃て!!」
砲口から弾が発射され、シダラたちに襲いかかる。
放たれたのは『爆炎弾』と呼ばれるもので、当たると術式が展開して爆炎を生み出す『術式弾』である。
半分は術式に該当するものなので、仮に耐銃壁の術符を使っていても爆炎までは防げない。
爆炎弾が着弾。
激しい炎を吹き出して敵の一団を包み込む。
「撃ち続けろ!」
砲筒だけではなく、ロリコンに渡したような大型銃も構え、間断なく一方的に攻撃する。
(我々の兵は未熟かもしれない。しかし、装備は正規軍のものだ。問題はない!)
スーサンの自信は、ハピ・クジュネ軍への信頼感から生まれたものだ。
幾多の賊を討伐し、名を馳せてきた勇猛な軍隊なのだ。子供の頃から戦うことが宿命付けられていた自分にとって、もっとも頼り、疑いなく受け入れるべきものであった。
がしかし、今回は相手が悪い。
「術式弾か。さすが軍隊だな。高いもんを遠慮なく使ってくれるじゃねえか」
爆炎の中で盾を構えたシダラが平然と立っていた。
『拡盾』を展開させているため、他の者たちも無傷だ。
「まさか…今のでダメージを与えられていないのか!」
爆炎弾は、砲撃と一緒に術符の火痰煩を発射しているようなものだ。それを百発以上くらっているのにシダラにダメージはない。
完全に盾だけで防ぎきっていた。
「てめぇら、接近戦だ!! 密着して銃を使わせるな! お前らがまともにくらったら死ぬぞ!」
「うっす!!」
「若様、来ますぞ!」
「くっ…迎え撃つ! 隊列を整えろ! 盾兵を前に出せ!」
精鋭を中心にがっしりと守りを固める。
そこで相手の攻撃を受け止めている間に、スーサンやバンテツ、リンウートが各個撃破する戦法である。
これはハピ・クジュネ軍に限らず、集団戦を得意とする軍隊では一般的にもちいられる戦い方だ。
しかしながら、ここでシダラが予期しない行動に出た。
「ふんっ、基本の戦術通りか。素直すぎるぜ。まずは奇襲の御礼をしないとなああああ!」
大盾を持っていることから防御型の武人かと思いきや、拡盾を展開したまま突進。
自ら盾兵に突っ込み―――蹴散らす!
まさにボーリングのような光景だった。
たった一回のぶちかましで十数人が吹っ飛び、土砂に叩きつけられて呻く。
「ぐっ…がっ……」
「ううっ……腕が……」
剣気を放出しながら突撃したので、それに触れた者たちがダメージを負い、腕や足を欠損した者もいた。
今までは剣技ばかりが目立っていたが、剣王技にはしっかりと盾技も存在する。盾技の特徴は攻防一体であり、防御と同時に攻撃を仕掛けることができる技が多い。
今シダラがやったような体当たりは、重装甲兵が使う一般的な攻撃方法であるが、使う者が猛者ならばこれだけの威力を発揮する。
「なんと!! あれを強引に突破するか!」
これにはリンウートも驚愕。
完全に個の力で集団を打ち砕いた瞬間である。
そこにテイカーたちが襲いかかり、場は一気に乱戦に持ち込まれる。
こちらに銃を使わせないように密着し、力技で押し込んできた。
「そうだ! ガンガンやっちまえ! てめぇらは乱戦向きだからよ! 何も考えずぶっ殺せ!」
「うっす!」
「一番多く殺したやつには賞金を出すぞ! 部隊長の首には五千万だ!」
「ひゃっはー! さすがシダラさん、俺らのことをよくわかってるぜ!」
「くっ、こいつら…強い!」
ハピ・クジュネ軍の精鋭と比べると雑な剣技ではあるが、テイカーの誰もが場慣れしていた。
彼らの多くは元傭兵や元兵士であり、単体での能力はかなり高い。しかもシダラがそれを完全に統率しているため、軍隊ばりの規律をもって行動している。
「ははは! こんなもんかよ、ハピ・クジュネ軍は! たいしたことねぇな! 雑魚でも首一つにつき百万は出すぞ。さっさとやっちまえ!」
「貴様ら、いいかげんにせよ!」
シダラにリンウートが突っ込み、槍を叩きつける。
シダラは大盾で防御。いとも簡単に止めた。
「遊びのように人を殺める賊どもめ! ここで成敗してくれる!」
「ああ? 本気も遊びもやることは同じさ。こんなくそつまらねぇ世界なんざ、ぶっ潰しちまえばいいのさ! だったら楽しくやったほうがいいだろう?」
「賊に言葉など通じぬか! 死んで罪を贖え!」
リンウートが槍を振り回すと、水飛沫がシダラに襲いかかる。
剣王技、『水衝乱』。
普通に放つ水衝を細かく砕き、飛沫にして攻撃する因子レベル2の技だ。
これ単体でも回避するのは難しい技だが、あくまで目くらましにすぎない。
シダラがガードしている間に跳躍すると、鋭い槍の一撃を繰り出す。
剣王技、『水仙柳打』。
水気を武器の先端に集め、叩きつける因子レベル3の技だ。技の性質としてはガンプドルフが使った『剣雷震』に近い打撃系の技である。
剣と槍の違いは、その間合いの長さだ。
跳躍したことで角度をつけ、盾を飛び越えて頭部を直接狙った一撃であった。
だが、シダラは後ろに体重移動。盾を真上にすることで防ぐ。
強烈な一撃であったが完全に受けきり、弾かれた水気が周囲に飛び散って土砂に穴をあける。
もし直撃していれば、そこらの武人ならば頭が吹き飛んでいたことだろう。
「むっ! 見切りおったか!」
「狙いはよかったが、ちぃとばかり足腰が弱っていたようだな。踏み込みが甘いぜ。じゃあ、お返しをしないとな!」
シダラの盾から剣気の棘が放出され、リンウートに突き刺さる。
剣王技、『棘飛盾』。
盾から剣気の棘を放出する因子レベル2の技だ。防御しながら遠距離を攻撃できる便利な技だが、それだけ戦気を消耗するので注意が必要である。
だが、シダラはアンシュラオンとの交戦も含めて、これだけ盾技を使っていてもまったく衰えた様子はなく、さらに棘を生み出してリンウートを追撃。
身体中を刺されたため、ハリネズミのような姿になってしまう。
「ぐっ…ふっ……こうも後れを取るとは…」
「終わりだな、じいさん!」
シダラが大剣を振り上げて、とどめを狙う。
「リンウート!」
そこにスーサンが援護に入る。
術式剣『インジャクスソード〈無刃剣〉』を起動して背後からシダラに斬りかかった。
(このタイミングはよけられない! リンウートが斬られる前に首をもらう!)
スーサンの狙いは首。致命傷でなければリンウートがやられてしまうため、一撃必殺を狙ったものだった。
が、シダラはモーションを変化。
大剣を引っ込め、大盾をスーサンに向けて笑う。
「ガキが。お前から死ね!」
「っ…!」
シダラの大盾の表面に剣気が集まり、振動すると同時に衝撃波が発生。
剣王技、『衝盾』。
展開した剣気を震わせて衝撃波を生み出す因子レベル1で扱える盾技だ。
因子レベル1とはいえ、使い手が強ければその威力は著しく上昇。盾から十数メートルが弾け飛ぶ。
だが、スーサンは素早く横に飛んで回避していた。
「ちっ、思ったより素早いな」
(危なかった。直撃していたら深手を負っていたかもしれない!)
甲冑の右肩がボロボロになっている。もし直撃していたら、身動きが取れないほどのダメージを負っていただろう。
シダラは引き続きスーサンを狙うが、すぐさまバンテツがカバーに入る。
戦槌を振りかぶり、全力でフルスイング。
シダラはガードするも、マッチョで怪力自慢のバンテツの一撃は重い。
受け止めたものの地盤のほうがもたずに、三メートルほど押されて後退させられる。
「いいパワーをしている。どうだ、うちに入らないか? 給料は弾むぜ?」
「ならば、お前を倒してボーナスをもらうことにしよう」
バンテツはシダラに密着すると、パワーを生かして動きを封じる。
シダラも大男なので、互いに二メートルを軽く超える者同士の激突は、かなりの迫力があった。
シダラは盾から剣気を放出するが、バンテツも分厚い戦気を放出して対抗。
「バンさん、そのまま押さえていてくれ! 仕留める!」
「了解です」
スーサンが再び接近してシダラに斬りかかる。
シダラは動けない。
「俺を押さえる? てめぇが? 十年早ぇんだよ!」
「むっ…!」
シダラが一瞬だけ力を抜くと、押さえていたバンテツの体勢が崩れた。
その流れのまま盾を回転させれば、この巨体があっという間に地面に転がるではないか。
シダラは右手の大剣で向かってきたスーサンを切り払う。
片手で大剣を扱っているにもかかわらず、まるで軽いナイフでも振っているかのように素早い一撃だ。
スーサンは咄嗟に地面にダイブするように転がり、かろうじて剣撃をかわすと、離れる動きをしつつシダラの腰に一撃を入れる。
軽く叩いた一撃だが、術式剣なので鎧に傷が入った。
「ちっ、普通の武器じゃねえな。傷をつけやがって」
その間にバンテツが立ち上がり、再びスーサンの前に立つ。
「スー様、ご無事ですか?」
「大丈夫だよ。でも、あまり良くない状況みたいだ。相手の実力が思っていたより高い」
「…ええ、強いです。パワーだけじゃ押さえられそうにありません」
(今まで戦ったア・バンドとは明らかに違う。さっきもわざと僕を誘ったし、怪力のバンさんを技で簡単にいなしてしまった。これほどの武人がいるなんて…いったい何者なんだ?)




