143話 「裏切りの代償 その1『罪悪感』」
「そんな! リーダーが…死んだ!?」
これには他の傭兵たちも動揺を隠し切れない。
しかし、絶望はまだ終わらない。
「おい、出てこい」
メガネの男が合図を出すと、大型トレーラーの中から十人の武装した男たちが降りてきた。
「ハプリマンさん、俺ら危うく黒焦げになるところでしたよ。クルマから出してくれないんですもん」
「がさつなお前らを先に出すと、花に傷をつけかねないからな。残りは四人だ。適当にやっておけ」
「へい、了解です」
『クラッカー』の兵隊たちが、残りの傭兵ににじり寄る。
敵はこちらの倍以上の人数かつ、すでにリーダーが死んだので戦意が萎えていた。
ハプリマンが最初に力を見せつけたのは、それが目的だったようだ。数の上でも劣勢なのに、凄腕の武人がいるとなれば希望など簡単に打ち砕かれるだろう。
ただし、まだ彼女がいる。
「待ちなさい! これ以上の狼藉は許さないわ!」
「あの女は何です?」
「連絡にあった女の傭兵かな? お前らは手を出すなよ。女の傭兵はレアだ。傷をつけないように優しく摘み取らないとなぁ」
「わかってますって。ハプリマンさんの獲物に手を出すほど馬鹿じゃないですよ。じゃ、一仕事やってきますわ」
クラッカーたちは、残った四人の傭兵たちと戦闘を開始。
かなり劣勢なので助けに行きたいところだが、すでにハプリマンがマキを捉えていて動けない。
「薬を飲ませるように指示したはずなんだが…まだ歩けるとはね」
「これをやったのはあなたたちね? 誰の命令でやっているの? 何が目的? 今まで何人さらったの?」
「質問ばかりだな。それを訊いてどうする? お前たち花は、黙って綺麗に咲いていればいいんだよぉ!」
(この男…なんて邪念を発するの!? 極悪人なのは間違いないわ。でも、まったく淀みがないなんて…どういうこと? こんなやつは初めて見るわ)
滲み出る陰湿で凶悪なオーラを隠そうともしない。誰がどう見ても極悪人だとわかる。
しかしながら、そこに【罪悪感】といったものが存在していない。清々しいまでに純粋な欲求で動いていた。それがこの男を異質なものにしている。
(敵の数が多い。あいつらもけっこうやり手だわ。あのままだと護衛の傭兵たちは全滅する。みんなも眠っていて逃げることができない。これは…まずいわね)
「他人の心配をしている暇はないぞぉ」
ハプリマンが大量の筒を投げると、そこから赤みがかった煙が出てきた。
「っ…この臭い……麻酔!?」
「よくわかったな。その通りだよ。すぐに気持ちよくなるから待ってな」
「生け捕りが目的ね。私たちをさらってどうするつもり?」
「花の使い道はたくさんあるだろう? そんなことは買ったやつが決めればいい。俺は花を管理すること自体が好きなんだ。あぁ、いい匂いだよなぁ。綺麗に洗って、枯れないように薬に漬けて、何の穢れもない従順なお花にするんだよぉ。それを見ているだけで…イイ! 俺のお花畑は最高だぁ!」
(こいつ―――変態だわ!)
マキでなくても即座にわかる。
誰がどう見てもハプリマンは変態だ。女性を見る目も、ねっとりいやらしい。
だが、強い。
「さぁ、お注射の時間だ」
ハプリマンは注射器が何本も付いたグローブを取り出し、マキに接近。
「はぁっ!」
マキは一直線に向かっていき、ハプリマンの顔面に拳を繰り出す。
しかし、睡眠薬と麻酔の影響か動きが鈍い。
踏み込みの速度にもキレがなく、ハプリマンはあっさり背後に回りこむと、マキの肩に注射を打ち込む。
「うっ……くっ…!」
「一本じゃ足りないか? じゃあ、三本くらいやっておくか。はい、ぶすぶす」
「っ―――!」
マキから急速に力が抜けていき、そのまま意識を失った。
地面に崩れ落ちる前にハプリマンが受け止める。
「あっけないな。聞いていた話だともっと強そうだったが…それとも俺が強すぎる? はは、うそうそ。北部の連中なんて、こんなもんなのかもしれないな。お前ら、そっちはどうだ?」
「片付きました。花の回収に移ります」
「手垢を付けるなよ。丁寧に扱え。手袋は絶対にはめろ!」
「へい。そういうところは神経質なんだよな…」
こうしてマキと小百合を含めた眠らされた女性たちが、一人一人箱に入れられてからクルマに積まれていく。
ただし、その中で起きている者もいた。
むくりと四人の女性が立ち上がり、身体についた土を払う。
「は、ハプリマン様…ど、どうでしたか?」
「上出来だ。いい仕事をしたな。お前たちはいい花だよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
彼女たち三人は、新しく入ったグループにいた者だ。
もちろん彼女たちもクラッカーの一員であり、意図的に潜り込ませた『工作員』である。
ジョイや遺品探しの男も言っていたが、馬車の一団に賊の仲間が入り込み、情報を洩らしたり仲間を手引きするのは一般的なやり口である。
特にマキは目立つうえ、女性だけの一団が移動しているとなれば、こうしてターゲットになるのは自然な流れだろう。
すでに最初のロードキャンプに立ち寄った段階で、マキたちの情報は洩れていた。
各キャンプにはア・バンドの密偵が忍んでいるので、アンシュラオンや金を儲けた術具屋の情報も、その時にはすでに出回っていたのだ。そうしてたまたま商隊のほうが狙われたにすぎない(シダラにとっては幸運な選択であった)
「そ、それで…彼女が【協力者】です」
「君が今回の立役者か。名前は?」
「…い、イリージャ……です」
「いい名前じゃないか。で、どうだ? 仲間を裏切った気分は?」
「っ……」
「ははは、冗談だよ。俺たちクラッカーは野蛮じゃない。使える者は使う。これからもがんばってくれよ」
「…は、はい」
「よし、アジトに引き上げるぞ。シダラたちに黙ってきたから怒るかもしれないなぁ。それはそれで面白いけど」
こうして彼らは荒野に消えていった。
残っているのは傭兵の死体だけだが、これもじきに魔獣や虫に食われて消えていくだろう。
弱い者は死ぬ。それが荒野のルールである。
∞†∞†∞
ハプリマンたちは、痕跡を消しつつゆっくりとアジトに戻る。
その際にシダラに絡まれたが、適当に相手をしてから廃墟の奥にある四角い建物に向かう。
周りの建物は経年劣化でかなりボロボロだが、ここは頑強な造りをしているのか何百年経ってもいまだ壁は崩れていない。
入り口前でクルマを停めると、建物の中から男たちが出てきて荷台の花を確認する。
「へへ、これは大量ですな。さすがハプリマン様だ」
「今回は運がよかっただけさ。あとで選別する。それ以外はいつも通りに処理しておけ」
「はい」
「ほんと人手不足なんだよな。実行部隊を増やさないと趣味の時間も作れやしない。まあ、地道にやっていくか」
女性たちを託すと、ハプリマンと武装したクラッカーたちは行ってしまった。
ハプリマンは気に入った花に対しては『調整』や『調教』も行うが、基本的には花を摘んでくるのが仕事だ。
なにせ今は人手不足。幹部自らが率先して仕事をしなくてはいけないので、それ以外のことは部下に任せている状況である。
その部下の男たちは箱を建物内部に運び込み、地下牢に入れてから女性を外に出す。
彼女たちは商品であるため乱暴には扱われない。ベッドあるいは最低でも床に敷いたシーツの上に寝かされる。
そんな彼女たちの世話をするのは、さらってきた女だ。
「イリージャ、あなたも今日からここでハプリマン様のために働くのよ」
「あ、あの……ま、マキ様は…」
「気になるの?」
「は、はい。マキ様だけは…私が担当したいです」
「でも、もう会わせる顔はないでしょ? 一度でも裏切った人間が好かれることはないのよ。それは私たちだって同じ。好きだった人を何人も裏切って生きてきたの。会ったら罵声を浴びせられるわ。絶対にね。そんなつらい思いをしたいの?」
「………」
「私たちだって生きるために仕方なくやっていることだもの。しょうがなかった。あなたにはその気持ちがよくわかるはずよ。どうせ私たちみたいな女は誰かに支配されないと生きていけない。それなら、より強い者に支配されたほうが安全だもの。私たちの勧誘に乗ったあなたは間違っていないわ。それでいいのよ」
工作員として入り込んだ三人もまた、さらわれてきた被害者であり、生き残るために協力するしかない立場にあった。
ただし積極的に加担した以上、二度と表の世界には戻れない。そうした罪悪感も利用され、どんどん光から遠ざかっていくのだ。
この方法でクラッカーは人員を増やしていく。スーサンが「どんどん増える」と言ったのは、こういうことである。
「仕事を教えるわ。こっちに来て」
「…はい」
イリージャが違う場所に連れていかれたことで、周囲から人の気配が消えた。
それを確認してから、ゆっくりと目を開ける。
(牢屋かしら? やれやれ、随分とベタなところに連れてこられたわね)
マキは静かに上半身だけを起こし、周りを探る。
今のところ見張りはいない。薬が強力だったためか、ぐっすり寝ていると思っているらしい。
そして、近くに寝ていた小百合に触れる。
「小百合さん、起きている?」
「はい。起きています」
小百合も目を開き、マキを見てほっと胸を撫で下ろす。
「マキさん、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「ええ、あいつらの目的が女性の拉致だと確認できたし、薬が効いたふりをしていたから問題ないわ。小百合さんは大丈夫?」
「箱の中でぐっすり寝たので、むしろすっきりしたくらいです。トイレを我慢するのがちょっと大変でしたけど…」
「それくらいならよかったわ。それにしても、小百合さんから【もらった薬】はすごいわね。まったくなんともないわ」
「あれを手に入れるために苦労したんですよ。ラングラスの秘伝薬ですから相当値が張りました。ハローワークの伝手がなければ入手は難しかったですね」
「よくこんなものを持っていたわね。用意するにせよ、せいぜい消紋くらいだわ。消紋だったら防げなかったもの」
「ハローワークの訓練で教わるのです。初めて行く場所では未知の毒がある可能性があるので対策はできるだけするようにと。アンシュラオン様と会うためですから、お金は惜しみませんよ」
強力耐毒薬、『坐苦曼』。
一時的に毒物の効果を中和させる秘薬の一つで、事前に飲んでおけば、いかなる毒素でも一定時間は完全に防ぐことができる。
小百合はグラス・ギースを出発する前に、これを四つばかり購入していた。それこそ一つ百万の代物だが、アンシュラオンと会う前に何かあっては困るという判断からだ。
実際に役立ったので、今では安く感じるほどである。
「でも、イリージャが睡眠薬を入れるなんて…何があったのかしら」
「様子がおかしかったですからね。不安な気持ちを利用されてそそのかされた、といったところでしょうか。どんな理由があろうとも私個人としては許せませんが…」
「…そうね。一度でも加担してしまうと抜けられないものね。でも、まだ間に合う気がするわ。私たちがここでなんとかすれば、彼女の罪悪感を吹き飛ばせるかもしれない」
「マキさんは本当にお人好しさんですね。仕方ありません。今回は目上の人を立てておくとしましょう」
「ありがとう。今私が無事でいられるのも、すべてあなたのおかげよ」
「あれだけ不審なのも珍しいですからね。尻尾を掴むのは簡単でした」
すでに違和感を感じていた小百合は、新しく入った三人と様子がおかしかったイリージャを監視していた。
そして、そのうちの一人がロードキャンプで怪しい男と接触するのを確認し、会話内容から決行日を知ることができた。
小百合は夕食を食べる前にこの薬を飲んでいたので、実際は睡眠薬は効いていなかった。周囲の様子を見て効いたふりをしただけだ。
マキの場合もハプリマンとの戦い前に服用することで、麻酔や注射液を完全に無効化していた。こちらもあえて効いたふりをしていただけである。
マキはイリージャをまだ信じていたが、小百合は信じていなかった。それが薬を飲むタイミングの違いに表れている。
結果的に小百合の判断が正しかったことが証明された。彼女がいなければ被害はもっと大きくなっていただろう。
ただし、誤算もある。
「私は素人なのでなんともいえませんが、彼らはかなりの強さだったのではありませんか? 雇った傭兵さんたちも全滅してしまいましたし…」
「…ええ、最大の誤算がそれね。もし倒せそうならばあの場で倒していたのだけれど、思っていたよりも相手が強かったわ。正直、あのメガネの男は危険ね」
「マキさんでも難しそうでしたか?」
「一対一ならなんとかってところかしら。でも、無理に戦って私が深手を負ってしまったら、それこそ眠っていたみんなはお仕舞いだったわ。『作戦』を切り替えた判断は間違えていなかったはずよ」
「マキさんが演技をしてくれて助かりました。怒り狂って倒してしまうんじゃないかと焦りましたよ」
「小百合さんったら。私だって目的のためならば我慢くらいするわよ。でもあのメガネの男、倒れた時に私の胸を思いきり触ったのよ。ほんと気持ち悪いわ」
マキがあっさりやられたのは、こちらも当然ながら意図的だ。
小百合と事前に打ち合わせをしており、いくつかのパターンを考えていた。
もし相手が弱ければ、そのまま傭兵とマキで倒せばいい。それならば何も問題はない。工作員の三人も後日締め上げればいいだけだ。
ただし相手が想定以上の場合は、あえて捕まることで皆の安全を確保し、他に囚われている人たちを見つけ出すことも考えていた。
危険な賭けではあるが、そのまま戦って仕留めきれず、相手が逆上でもすれば女性たちを人質に取られていたかもしれない。そうなればマキは戦えないだろう。
実際に簡単にやられたため、マキは篭手も奪われずに軽く縄で縛られているだけだ。それも力を入れれば、あっさりとちぎれ飛ぶ。
作戦は成功。ほぼ無傷で敵のアジトに入り込むことができた。
「これからどうします?」
「着いたばかりだもの。相手はまだ油断しているはずよ。今が抜け出すチャンスね。とはいっても真正面から行っても多勢に無勢だわ。ほかにもかなりの敵がいるようだし、クルマの外で話していた男も強者の気配がしたわ。思っていたより大きな組織なのかもしれないわね」
「計算では、アンシュラオン様はハピ・ヤックにいるはずです。よほど急いでいなければ、まだ滞在していると思います。助けを求めるのが一番ですよね?」
「それが最善だけど…彼を追っていて間抜けにも捕まるなんて、それこそ会わせる顔がないわね」
「大丈夫です。私が謝ります! そもそもアンシュラオン様が、こんな可愛い妻二人を置いていくのが悪いんですから!」
「ふふ、そうよね。まずは周囲の状況を探ってみましょう。警備体制も確認しないとね」
「はい!」




