137話 「巨大犯罪組織、ア・バンド〈非罪者〉 その2『仁王立ち』」
「貴様、何者だ!」
「あなたたちこそ何者? 見るからに怪しいけど…悪人特有の邪念がないわね」
「怪しさだけならば、そちらも同じだろうに」
「失礼ね。どこを見たら…って、今は怪しいか」
シンテツは山賊風の格好、マキも黒装束だ。
こんな廃墟の薄暗い通路で出会ったら、互いに怪しむのが当然だろう。
「あなたはやつらの仲間ではないのですか?」
「やつら? あのクズの変質者のこと?」
「へ、変質者? まあ、たしかに変質的な思考を持つ者たちではありますが…僕たちはハピ・クジュネのパトロール隊です。あなたのことを教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「ハピ・クジュネ? 本当に?」
「そこは信じていただくしかありません」
「名前と住所は?」
「え?」
「もし本物なら答えられるはずよね?」
「住所はハピ・クジュネです」
「ハピ・クジュネのどこ? 名前は?」
「港湾区の三丁目で、名前は…スーサンです」
「嘘ね。こう見えても長年、職務質問をこなしていたのよ。嘘くらい見抜けるわ。本当にパトロール隊なら嘘をつく必要はないわよね?」
「そ、それは…」
アンシュラオンの嘘は見抜けなかったが、色恋沙汰なしならば、長年衛士をやっていたマキの目は確かだ。
「女、そんなことはどうでもよかろう」
「名前も答えられないような人間を信用できる?」
「お前もまだ答えていないだろう」
「あら、そうね。私は逃げも隠れもしないわ。名前はマキ・キシィルナ、グラス・ギースの…元衛士よ」
「グラス・ギース? もしや門番長のキシィルナか?」
「どうして私のことを?」
「グラス・ギースの女性門番はハピ・クジュネでも有名ですからね。存じておりますよ。ですが、『元衛士』とは?」
「事情があって衛士を辞めたのよ。そうでなければ、こんな場所にはいられないわ。ん…? あなたどこかで見たことがあるような…」
「え!? か、顔が近いですよ!」
「んんー? この子の目元と鼻筋はどこかで…こっちの中年のおじさんもどこかで…」
こちらも衛士として長くやっていたおかげで、人の顔を覚えるのが得意になっていた。
マキの記憶の中で、うっすらと二年前の映像が浮かび上がる。
その日は、ハピ・クジュネから大勢の人間がやってきた。北部に二つしかない大都市同士であるため、定期的に親睦を深めにやってくるのだ。
そして、その中に二人の顔と一致する者がいた。
「あっ!! まさかあなた、スザ―――」
「ストップ! 待ってください! ここでは駄目です!」
「嘘…なんで? え?」
「こちらにも事情があるのです。今はスーサンと呼んでください」
「では、本当にそうなのですか?」
「はい。あなたが考えておられる通りです」
「え、ええ…わかりました。じゃあ、そちらの方はやはり親衛隊の…」
「シンテツだ。べつに偽名ではないが、お前の想像通りに我々は二回は会っている。しかし、門ですれ違っただけなのによく覚えているものだ」
「これでも衛士…元衛士ですからね」
「昔話はあとにしましょう。それで、キシィルナさんはどうしてここに? もしや盗賊退治ですか?」
「いいえ、そんなことは考えていませんでした。そもそもここに盗賊がいることすら知らなかったのです。本当に偶然巻き込まれてしまって…」
「この先から来たということは、奥のことはご存知なのですか? 見張りはどうなっていますか?」
「この先には女性たちが囚われています。しかもあいつらは本当にどうしようもないクズで、絶対に許してはおけないことをしています。それで我慢の限界で、見張りは全員ぶん殴ったのですが…」
「短慮だな。単独でどうにかできると思ったのか?」
「あれを見て我慢できる者はいません!」
「シンさん、今は確認が先だ。それで、女性たちの状況は?」
「私が見た限りでは八十人くらいでしょうか。大部分が薬で眠らされていて、自力で歩いて逃げるのは無理だと思われます」
「そうですか…。連中の人数はわかりますか?」
「私も来たばかりなので、すべてはわかりませんが…会話の内容から、かなりの数がいるようです。百人以上はいるかもしれません」
「さすがに数が多いですね。ここから地上には出られるのですよね?」
「はい、階段は確認しています。ただ、やはり外には見張りがかなりいましたので、どこかに抜け道がないかと探っていたところです。スーサン様が来られたということは、この先に逃げ道があるのですか?」
「かつての坑道が山のほうに繋がっているのです。ですが、今その道をやつらに知られるわけにはいきません。三日後に特殊部隊を投入して、連中を制圧する予定でいます。それまでは隠し通したいのですが…」
「…申し訳ありません。私がやつらを殴ったせいで…騒ぎは避けられません」
「いえ、あなたのせいではありません。悪を見過ごせないのは人間として当然のことです。そのおかげで、こうして少し騒いでも見つからずに済んでいます。しかしやはり、こうなると作戦の変更が必要になるかもしれません。いずれここも見つかるでしょうし…」
「ですな。こうなれば今すぐに戻り、制圧部隊の編成を急ぎましょう。地下から攻め込めないのはつらいところですが、犠牲が出てもやつらを逃がすわけにはまいりません。女たちの救出は半分できればよしとすべきでしょう」
「半分…か」
シンテツは気休めでそう言っているだけで、敵との乱戦が予想される中、どれだけ救出できるかは不明だ。情報漏洩を防ぐために全員殺される可能性も高い。
「待ってください。私は残ります。そうすれば捕まっていた私が暴れただけの話で終わり、お二人のことまでバレることはありません」
「そんなことはできません! 残ったあなたが危険に晒されます! いったいどんな目に遭うか!」
「三日ですね? 三日間耐え忍べば救援が来るとわかっているのならば、私は我慢することができます」
「連中を甘く見るな。女相手でも容赦はしないぞ。我々もやつらには手を焼いているのだ」
「それはすでに知っています。だからこそ、ここで潰さないといけません。ハピ・クジュネ軍が動くのならば、今こそチャンスです。お願いします。私にやらせてください。地下からの突入は絶対に必要です」
「死ぬだけでは済まないかもしれませんよ」
「覚悟の上です。ですが、私の不始末で他の人々が犠牲になることは、どうしても許せないのです」
「…わかりました。グラス・ギースの協力に感謝します」
「私はもう衛士ではありませんけど、そう思ってくだされば嬉しいです。その代わり彼女を連れていってください」
「彼女?」
「もう出てきてもいいわよ」
マキの背後、廊下の角から一人の女性が出てきた。
黒髪の愛らしい女性だが、今はあまり顔色が優れない。
「マキさん、この方たちは信用できるのですか?」
「ええ、それは私が保証するわ」
「やっぱり残るなんて危険です! 一緒に行きましょう! 他の方たちには申し訳ありませんが、今は身の安全が第一ですよ!」
「小百合さん、それはできないわ。一度真実を見てしまったのなら、もう見過ごしてはおけないもの。そうでしょう? 私たちがここにいること自体が、その結果なのですもの。だから私の代わりに彼を…」
「マキさん…わかりました。待っていてください。すぐにアンシュラオン様を連れてきます!!」
「ええ、待っているわ」
「お願いします。私をハピ・ヤックにまで連れていってください! 計算によれば、まだそこにいるはずなのです!」
「け、計算? そのアンシュラオンという人は?」
「私たちの夫です!!」
「…たち?」
「スー様、もうそろそろ限界です。一度撤退しましょう。キシィルナ、お前を信じてもよいのだな?」
「ええ、一度決めたらやり遂げます。そうしないと私の大好きな人に嫌われちゃいますから」
「了解した。我々の威信にかけて必ず精鋭を連れて駆けつける。それまで耐えてほしい」
「お願いします。道が見つからないように、この先は崩しておいてください。もし見つかっても私が暴れたことにしておきます」
「マキさん! すぐに戻ってきますからね!」
小百合は、青年たちと一緒に廃墟を抜け出す。
それを見届けたマキは、ふっと息を吐いて再び地下牢に戻る。
そこには眠らされている女性や拷問を受けた女性、媚薬を使われて性的興奮が抑えきれずに自慰に耽る女性がいる。
その女性の半数は、ジュエルが付いた首輪を付けていた。
(スレイブ・ギアス。でもこれは不当で不正なものだわ)
スレイブ契約は、基本的に互いの意思が尊重されて交わすものだ。
モヒカンが言っていたように、スレイブになる者が雇い主を選ぶのが本来の趣旨となる。
アンシュラオンも白スレイブのサナは特別として、それ以外の者たちには自らの意思で決めさせることを重要視している。そうでなければ『対等で平等』にはなれないからだ。
サナに対しても支配する代わりに、金と権力と武力、すべてのあらゆるものを与えようとしているので、少なくとも対等な関係を望んではいるようだ。
がしかし、非罪者たちは違う。
(ギアスは知っていたけれど、抜け穴がいくつもあるものなのね。契約前に痛めつけて、自ら契約を望むようにすればいくらでもすり抜けられる。最低のやり方だけど)
最終的に当人が契約を望む精神状態になればよいため、それ以外のことは考慮されないのが問題だ。
暴力で痛めつけたり、あるいは依存させてから契約を行えばギアスは成立する。
とはいえ、これで契約が可能なのは精神がDまでの者であるため、精神がCであるマキには通用しない。
マキはすでに倒した見張りの肩と股関節を脱臼させてから縛り上げ、空いている牢屋に放り投げておく。
女性たちには悪いが、全員を管理できるわけではないので、最低限の食糧と衣類だけ置いておき、あとは放置させてもらう。
そして、牢屋に向かう唯一の出入り口である階段を上がり、そこで仁王立ち。
「三日間、耐えてみせる!」
ここを出て一人一人倒していく選択肢もあるが、離れると女性たちの安全が脅かされるうえ、小百合がいないことがわかると抜け道を調べられるかもしれない。
また、シンテツが言ったように単独でどうにかなる相手ではない。相手の総数もわからないうえに、少なくともメガネの男と、それと言い争っていた男は相当な使い手だ。
よって、自分ができることは耐えること。
この先に行かせないように守り、相手を挑発し続けることだけだ。
その後、マキはやってきたクラッカーたちを次々と倒していった。
相手は凶悪な連中だが、マキは強い。下っ端ふぜいに負けることはない。
だが、それから数時間して、もっとも怖れていた相手がやってくる。
「あれれ? どうなってるの?」
メガネの男、ハプリマンだ。
部下の報告がないことを訝しんだようだ。
「なんだい、もうお眠りの時間かな? 仕事をサボったらいけないね。でも、なかなか楽しい状況になっているみたいじゃないか。君がこれをやったのかい?」
「ええ、そうよ。油断したわね。私はわざとあなたに捕まったのよ。あんたたちみたいな変質者を捕まえるためにね!」
「捕まえる?」
「私は衛士だもの。悪人は許さないわ」
「…ふーん。俺さ、この世界で嫌いなものが二つあるんだ。一つは俺を捕まえるとか言う連中だね。勝手に人を捕まえて閉じ込めるなんて、いったい何の権利があってそんなことをするんだろうな。もう一つは、俺に従わない棘のあるお花だ。うっかり触って棘が刺さった時、イラッとするよな。でもさ―――」
ハプリマンが、にぃっと不気味に笑う。
「そういうものを屈服させる時が、一番気持ちいいんだよなぁあぁ! あはははははは!」
「誰があんたなんかに屈服するものですか。鏡見たことあるの? 気持ち悪い。捕まるのは、あなたが悪いことをしているからよ。社会のせいにするんじゃなくて、しっかり汗水垂らして真面目に働いてから文句を言いなさい。そのままじゃあんた、ずっとニートよ」
「ムカつくな、お前。だからこそ面白い。ゆっくりと棘を削り取って従順にさせてやるよ!」
(まったくもって不器用なやり方しかできないわね。でも、必ず私の王子様が来てくれる。だって、私にはあなたに伝えないといけないことがあるもの。もう逃げない。自分の気持ちに正直に生きるのよ)




