131話 「サナの剣術訓練と違う道の末路」
「えーと、このへんにいるかな?」
アンシュラオンとサナは、交通ルートを離れて移動を続ける。
そして、ようやく見つけ出したのが―――
「いた。カマキリの魔獣だ」
目の前には『デスガーマリン〈切断蟷螂〉』がいる。
前回戦った場所とはかなり距離があるが、まだこのあたりまで生息域らしい。
「サナ、あの魔獣を近接戦闘だけで倒してごらん。術符や道具がなくなった場合の訓練にもなるし、単純にお前の武人としての資質を強化するために最適の相手だ」
「…こくり」
(ステータスを見る限り、サナは【剣士】だ。剣士の特徴は、剣士のおっさんのように武器を使った攻撃が真骨頂となる。今まではさまざまな可能性を考えて戦い方を教えてきたが、今後は剣士としての修練も必要になっていくだろう)
デスガーマリンは、攻撃がB、命中がCという、そこらの魔獣と比べるとかなり突出した特長を持った種である。
そのうえHPは少ないため、先に攻撃を当てれば有利になる剣士型の敵だ。
前回は術具の実験台に役立ってくれたが、近接戦闘だけで倒すとなれば難易度はぐっと押し上がる難敵といえた。
サナはまず脇差と剣を取り出す。
この剣は試練組手でも使っていたもので、グラディウスの代わりにギャングのアジトで手に入れたショートソードだ。幅がやや広いため、主にガード目的で使われる。
近づくとデスガーマリンの眼が、ぎょろりと捕捉。
この魔獣はかなり好戦的で獰猛であるため、獲物が視界に入れば即戦闘態勢に入る。
両腕の鎌を引き絞り、身体をゆらゆら揺らして間合いを測る。
サナは一歩一歩前に進みながら、慎重に間合いを詰めていく。
先に動いたのはデスガーマリン。
身体全体を使った躍動から一気に両腕の鎌が伸びる。
サナは剣を盾にして回避。
今回もアンシュラオンを真似た、両手をだらんと垂れ下げた構えだ。これならばいかなる攻撃にも対応できる
―――はずが、鎌はサナの剣を弾き飛ばし、眼前にまで迫る
サナは咄嗟に身体を地面に投げ出すことで避けるが、肩に鈍い感覚。
物理耐性を付与していたにもかかわらず、左肩が切り裂かれてズタボロになっていた。
サナは転がるようにして立ち上がり、下がりながら防御を固める。
そこに今度は、デスガーマリンが一歩一歩間合いを詰めてくる。
サナが一歩下がれば、相手も一歩前に出る。魔獣の冷たい眼が、じっとサナを捕捉して逃がさない。
(ふむ、やはり攻撃特化の強い魔獣なんだな。周囲に使えそうな環境がない場合、術符なしでは相当厳しい相手だ。無限盾がないと攻撃を捌ききれないか)
素の武人の力はまだまだ未成熟。覚醒値は1あっても、戦気が使えない状態では限界がある。
デスガーマリンが攻撃。サナを捕まえようとする。
サナは左肩を庇いながら横にステップして、脇差で鎌を斬る。
が、こちらも鎌が硬くて簡単に弾かれる。剣気がなければ鎌を破壊することは難しいようだ。
その間にデスガーマリンが、身体を斜めにして強引に鎌を振ってきた。
魔獣は関節の造りも違うので人間とは動きが異なる。そのダイナミックかつ奇襲にも似た攻撃に、サナの反応が一瞬遅れた。
鎌がサナの背中に突き刺さり、ぐいっと引き寄せられる。
カマキリの鎌は切り裂くためのものではなく、相手を押さえて動けなくさせるためのものだ。鎌の棘には『返し』があり、それが引っかかって抜けなくなる。
数秒凝視したあと、デスガーマリンの頭部がサナに近づく。捕食する気だ。
サナはジタバタ動くが、刺さった鎌は簡単には抜けない。
そうして、わしゃわしゃと動くカマキリの口が目前に迫った時、剣を投げつけて牽制。
わずかの隙を生み出した瞬間に脇差を左眼に突き刺す。
「―――ッ!」
デスガーマリンは驚いてパニックに陥り、身体を滅茶苦茶に動かした。
このあたりは所詮、虫だ。たいした知能がないため、状況を的確に理解することができない。
サナが抉れる肉も気にせずに身体を回転させて、強引に離脱して着地。
しかし、背中には大きな損傷の跡。傷口がぐちゃぐちゃになった酷い怪我が見える。出血もかなり激しい。
ここで幸いしたのが、サナが痛みをあまり認識していないことだ。痛みで苦しむことはなく、即座に下がって呼吸を整える。
「…ふー、ふー」
「ダメージ確認を怠るな。自分がどれだけ動けるかを常に把握するんだ。そいつの鎌は返しがあるからな。中途半端な回避じゃ、また引っかけられるぞ」
「…こくり。ふー、ふー」
これほどの傷を負うのは、サナの人生で初めてのことかもしれない。
それでも彼女はアンシュラオンを疑うことはしない。教えられた通りに敵と周囲の状況をチェックし続ける。
脇差は刺さったままなので、サナは武器を変えていろいろと試すが、相手の圧力が強すぎて接近することもままならない。
休む時間もなく回避を続けるため、血が流れすぎて視界がぼやけてくる。
だが、この状態でもアンシュラオンは手助けしない。戦いをじっと眺めているだけだ。
(サナ、お前は武人としての道を歩み始めた。武人は死ぬほどつらい闘争を経て強くなる。死中から活路を見い出せ)
「…ふー、ふー、ごそごそ」
この劣勢の状況でサナが取り出したものは黒い刀、黒千代だ。
まだ彼女が持つには長く、まさに身の丈に合っていない武器といえる。だが、武人の本能が得物を選んだからには、そこには意味がある。
デスガーマリンが攻撃を繰り出す。
サナは黒千代を使ってガード。
その圧力の強さは相変わらずだが、今度は両手で刀を持っているので圧し負けることはなかった。
ただし、戦気も剣気も放出していないため、それ以上にはならない。業物を使ってようやく互角といった程度だ。
しかしながら武器に頼ることは悪いことではない。剣士における最大の強化とは、より強い武器を得ることでもあるのだ。
サナはギリギリの攻防を何度か繰り返し、少しずつ相手の攻撃に慣れていく。
(サナが戦気を扱えないのは、意思の力が脆弱だからだ。あとは集中が苦手なことも要因の一つだろう。だが、こういった劣勢の状況では生存本能が刺激されて、嫌でも集中力が増していく。それによって意思も強化されるはずだ。サナ、がんばれ。諦めなければチャンスは必ず来る!)
「…はっ! はぁっ! はぁはぁ!!」
アンシュラオンの目論見通り、この断続的な生死のやり取りによって、サナの剣士因子が急速に廻り始める。
剣士因子は、剣気の質と武器を操る能力全般に影響する。今は剣気を出せないが、その代わりに刀が徐々に手に吸い付く感覚が宿っていく。
サナは敵の攻撃に合わせて黒千代を真下に潜り込ませると、押し上げるように切り弾く。
これはジリーウォンがサナと戦っていた時に使った迎撃技だ。今の彼女にとってみれば黒千代は長刀に等しいため、その動きを完全にトレースした。
まだパワー不足であることと、ダメージを負っているために完全には鎌を防げないが、一瞬だけできた時間を使い、全身のバネを生かして一気に切り込む。
流れるような剣撃が、デスガーマリンの腹を切り裂き、傷口から体液が溢れ出す。そして、返す刀で脚を一本切り落とす。
デスガーマリンは身体を捻り、またもや無理な体勢から鎌を放った。
だが、すでにそれを予期していたサナは、逃げるのではなく前に進む。
素早く反対側に回り込んで背中に飛び乗ると、駆け上がりながら刀で切り裂く。
デスガーマリンは、人間がカマキリを持ち上げた時にする動作、両鎌を真上に上げて必死に抵抗。
さらに噛みつこうと顔を横に向ける。
その瞬間を待っていた。
ちょうどそこに、左の眼に突き刺したままの脇差が見えた。
サナは脇差を蹴り押し、さらに深くに突き刺すと同時に跳躍。
刀を大きく振り上げ、渾身の力で頭部に叩きつける!!
力ずくで叩きつけただけなので、綺麗に斬れるわけではないが、それによってデスガーマリンの強靭な顎を粉砕。
業物でなければ折れていたかもしれない強引な攻撃だった。
(今の動きは刀のものじゃないな。長剣のもの…剣士のおっさんの上段斬りだ)
ジリーウォンに続いて繰り出したのは、ガンプドルフの動き。
これを見て、アンシュラオンは確信。
(サナはすべての動きを記憶している。見たもの聞いたものを完全に覚えているんだ。何よりもすごいのは、それを【コピーできる】点だ)
職人技は目で盗め、とはよくいわれるが、一度見ただけで覚えるのは凄まじい才覚だ。見て覚えるのと実際にやるのでは、天地ほどの差があるからだ。
サナは触れれば触れるだけ強くなる。それがより強い者であればあるほど、強い力を吸収し続ける。
顎を破壊されたデスガーマリンは、一瞬だけ闘争心が萎える。生物にとって食事ができなくなることは死を意味するので、本能的に自分の未来を悟ったのかもしれない。
そこを狙ってサナが突撃。
鎌が斬れないのならばと付け根を切り裂き、相手の攻撃力を削ぐ。
そして、刀を突き刺したまま真下に潜り込み、一気に腹を掻っ捌く!
攻撃はそれで終わらない。そのまま後ろから這い出ると再び背中を駆け上がって、動きが鈍ったデスガーマリンの首を―――撥ねる!
『首撥ね』スキルを持つ魔獣に対して、逆に首を撥ね飛ばす。
これこそ自分が勝者であることを示す最高の雄たけび。相手を征服した証である。
「…ふー!! ふーーー!!! はっ! はぁはぁ!!」
サナの身体から、うっすらとモヤのようなものが噴き上がっている。
激しい闘争の中で、サナの意思が強化され始めたのだ。力と意思を集中するしか生き残る道がないので嫌でもやるしかない。
「サナ、それが戦気の前段階の状態だ。生体磁気が活性化されて種火になりつつあるんだよ。いい訓練になったな」
「…はぁはぁ…こくり」
「では、最後に刀の使い方を見せてあげよう。刀は切り裂く武器だ。普通の剣とは身体の扱い方が違う。もっと流れる動きを意識するんだ。そこで体重を乗せて切り裂く」
アンシュラオンが卍蛍を取り出すと、ボロボロになっているデスガーマリンに上段の一撃。
手の動き、身体の向き、体重移動、一連の流れが一つになり、刃が真っ直ぐに魔獣を―――断ち切る!
まるで剣の達人のような見事な太刀筋で、デスガーマリンが二つに割れた。
「日本刀は『命を断ち切る』武器だ。長剣の強さと大剣の耐久力、そして曲刀の切れ味を併せ持つ最強の力の一つなんだ。オレは剣士じゃないからすべてを教えることはできないが、基礎だけは教えてやれる。だが、その先からはお前の道だ。お前だけの剣の道を探れ」
戦士であるアンシュラオンがこれだけ剣を操れるのは、当然ながら剣士の因子があるからだ。ある程度因子が覚醒すると武器の扱い方が自然とわかってくるのである。
そして、もう一つの理由。
『廃刀令』が出るまでは日本人は誰もが刀を差す権利を持っていた。戦う意欲を持っていた。困難や悪に立ち向かう力を持っていた。
だからこそ、サナにもその本質を伝えたいと心から願う。
「お兄ちゃんはお前に戦い方を教えてきた。だが、それはすべて生き延びるための戦い方だ。今度からは『勝つ』ための力を身に付けないといけない。お前に足りないのは【勝負を決める一撃必殺の力】だ」
魔獣との戦い、ジリーとの戦い、試練組手の戦いを経て、サナの長所と短所がはっきり見えてきた。
彼女には―――【武器】がない
今まではさまざまな武器や道具を扱ってきたが、そのどれもが使い捨てのものであり、虚をつくことでかろうじて勝ってきたものばかりだ。
それはそれで価値あるものだが、ジリーが言っていたように滅茶苦茶な戦い方ではいつか限界がくる。
「お前は最後の頼みの綱として刀を選んだ。それがメインの武装になるのならば、しっくりくる自分だけの型を見つけるんだ」
「…こくり」
「だけど、今までのことも忘れないようにね。その動きを基礎としつつ、さらに一段階上に行くための修練だ。そして、戦気を覚えることが最優先だ。練気の鍛錬も怠らないようにしよう」
「…こくり!」
「いい返事だ! さぁ、お兄ちゃんと一緒に刀の訓練だ!」
それからサナは日が暮れるまで刀を振り続けた。
たびたび手本を見せるので、次第に刀の使い方もさまになりつつあり、最後のほうは魔獣にも良い一撃を入れることができるようになっていた。
ただし、まだまだ刀の性能を生かせる域には達していない。今は焦らず近距離戦の感覚を養うことが大切だ。
「そろそろ日も暮れるし、今日はこんなもんにしておこうか。また明日がんばろうな。反復。ひたすら反復だぞ。強くなるためには戦い続けるしかないんだ。わかったね?」
「…こくり。ふー、ふー」
学び方には二つある。
一つは最初に基礎を教わってから、あとで自分で発展させていくやり方。もう一つは自分で発見して独自に発展させ、途中で基礎を教わって矯正する方法。
アンシュラオンが教わったのは後者で、ひたすら実戦を繰り返して戦いを覚えさせる乱暴な方法だ。
されど、これ以上の学びは存在しないと現覇王が認定した『陽禅流鍛錬法』でもある。
アンシュラオンとサナは、夜が訪れる前にロードキャンプに到着。
中に入ろうとするが、異変に気づく。
「あれ? ロリコンか?」
かなり前に到着したであろうロリコンが、入り口に立っていた。近くには馬車もあり、ホロロたちの姿も見える。
「ロリコン、どうしたんだ? 中に入らないのか?」
「いや、それがな…いろいろ事情があって中に入れないんだよ」
「事情って? 出入りは自由なんだよね?」
「普通はそうなんだが、どうやらキャンプ内で揉め事があったみたいでな。まあ、それが直接的な原因じゃないんだが…」
「歯切れが悪いな。べつに驚かないから全部言いなよ」
「簡単に言えば『盗賊』が出たんだ」
「このあたりじゃ盗賊なんて珍しくもないんだろう?」
「ああ…だが、規模がな。ハピ・ヤックに移動中の一団が襲われて、死者が相当数出たんだよ。さっきも遺体が運ばれてきていたが…かなり悲惨だな。ロリ子たちには見せられないから、中には入らないようにしていたんだ」
「ロリコンは大丈夫だった?」
「おかげさまでな。逆にあれのせいで盗賊だと疑われたくらいだよ」
血まみれの大きな鎧が三体もキャンプに近寄れば、誰だって怪しく思うだろう。(ちなみにアロロの鎧にも血がついている)
本来はロードキャンプに見張りはいないが、盗賊が出た直後でもあったため自発的に傭兵たちが警備をしていた。
そこに怪しい鎧がやってきたので詰問したところ、闘人があっさりと傭兵を叩きのめしてしまったそうだ。それでさらに混乱が起こり、一時は拘束されそうになったという。
「でも、あれのヤバさに気づいたやつもいてな。周りが傭兵たちを必死で止めて今に至るってわけだ。ただ、殴られたやつは意識不明の重体らしいけどな」
「その程度で済んでよかったね。モグマウスまで動いていたらキャンプ丸ごと皆殺しだったよ。鎧と違って少しでも危害を加える者がいたら、手当たり次第に殺すように設定していたし」
「怖いこと言うなよ。こっちは本当にヒヤヒヤしたんだぞ」
「まあ、ギリギリセーフってことで。で、中には入れないの?」
「入らないほうがいいだろうな。もうすぐハピ・ヤックだ。寄らなくても物資は間に合うから、余計な騒動は起こさないほうが得策だろう」
「それにはオレも賛成かな。特に寄る必要はないしね。でも、盗賊か。今まで出会わなかったから意外だな。ハピ・ヤックが近いなら逆に出なさそうだけどね」
「そこが盲点だったのかもしれないな。だから一気に大物を狙ったんだろう。殺された連中は、誰もがかなりの額の金を持っていたらしいからな」
「それは運が悪かったね。夜営はロードキャンプの近くでやるんだよね?」
「ああ、それくらいなら大丈夫だと思う。ここは居心地が悪い。早く行こうぜ」
「ほんと、無実の人間を盗賊と勘違いするなんて失礼な連中だね」
「いや、お前の鎧がいきなり殴りかかったせいだからな? ギリギリアウトだぞ」
アンシュラオンたちは、ロードキャンプから少し離れた夜営地に向かう。
その途中、壊れた馬車やクルマが散見された。
「ねぇ、もしかして、あれが襲われた人たちの乗り物かな?」
「そうだろうな。酷いもんさ。ほぼ全員が殺されたらしいぞ」
「ふーん…あっ」
「どうした?」
「…いや、なんでもない」
「さすがのお前も憂鬱になるか?」
「べつに。オレは世界の残酷さをよく知っているからね。盗賊に勝てないやつが悪いだけさ」
「ったく、そういうところは本当にクールなやつだな」
「死んだら負けだからね。ロリコンもああならなくてよかったね」
「まあな。お前と出会っていて助かったよ。それ以前に金がないから、狙われなかったかもしれないけどな」
「そうだね」
「そこは否定しろよ」
と、軽口を叩きながら歩いていたが、アンシュラオンの目は笑っていなかった。
なぜならば、さきほど見かけた壊れたクルマには見覚えがあったからだ。
(術具屋のおっちゃん…だからあれだけ気をつけろって言ったのに)
南部ならまだしも、この北部にそうそう同じクルマがあるとは思えない。
ならば、そういうことなのだろう。




