130話 「ハピ・ヤックへの道、自衛編」
アンシュラオンたちは、引き続きハピ・ヤックへの道を進んでいた。
修練をしながらなので移動速度は遅いが、そのおかげで一行の自衛力も着実に強化されていく。
「魔獣が五体ほど接近しています。注意してください」
ちょうど山道を下って平坦な道に入った時、ホロロが最初に敵を発見。
彼女はその目の良さから、自然と見張りを担当するようになっていた。
着ているものはメイド服だが、移動中はその上に防刃・防弾の革ジャケットを着込み、日光を防ぐための外套を羽織っている。
さらに目を保護するゴーグルも着用し、戦うメイドがさまになってきていた。
その他の者も慣れたもので、粛々と武器の準備を進める。
「どわわ! 変なのが来たぞ!」
唯一変わらないのは、ロリコンの臆病さだろうか。
だが、たしかにあんなものが接近してきたら怖いに決まっている。
見た目は人間の大人と同程度の大きさの『樹木』で、上部は葉やツタがごっちゃになっており、下部は剥きだしの幹。
幹の下にはいくつもの根があり、それがウネウネ動いて大地を移動していた。
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名前 :バジハローラー 〈歩行回転木蔦〉
レベル:40/40
HP :550/550
BP :220/220
統率:F 体力: D
知力:F 精神: F
魔力:E 攻撃: D
魅力:F 防御: E
工作:F 命中: D
隠密:F 回避: E
☆総合: 第五級 抹殺級魔獣
異名:殺し歩く回転樹木
種族:魔獣
属性:土
異能:光合成、吸血、回転攻撃、自己修復
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(樹木が歩いて生物を襲うなんて、地球だったらB級パニック映画の類だよな)
地球でも食虫植物がいるが、あくまで刺激に反応して閉じるだけで、自ら積極的には動かない。
やはり植物は植物。エネルギー自体が他の生物ほどに活発ではないのだ。
一方この世界の樹木は、普通に人間や魔獣に襲いかかり捕食する。そうやって能動的にエネルギーを確保することで、自ら移動するようになったようだ。
「ほら、早く銃を構えないと接近されるよ。遠距離攻撃はなさそうだから、今がチャンスだぞ」
「またかよ! たまにはお前が戦えよ!」
「あんな雑魚を倒しても意味はないし、それじゃつまらないだろう? サナ、いつも通り、お前たちに任せる。好きにやってごらん」
「…こくり」
自分が戦えば一瞬で終わるが、それでは鍛錬にならない。
ここ一週間ほどアンシュラオンは戦闘に参加せず、他のメンバーに戦わせるようにしていた。
その代わり、普段の体力作りのトレーニングは各人の自由にさせているので、襲われなければ楽をできる仕様だ。
とはいえ戦いになれば命がけだし、ホロロたちは真面目に鍛錬もしているので、怠けているのはロリコンくらいなものだが。
「狙撃します」
まずはホロロが、スナイパーライフルで遠距離から狙撃を開始。
弾丸は一直線に向かっていき、見事バジハローラーの幹に命中。
距離があるので威力が軽減され、貫通までは至らず、中ほどまでめり込んで止まる。
撃たれたバジハローラーは一旦止まると、ギギギと枝を伸ばして周囲の状況をチェック。
この魔獣には目がないため、枝葉に内蔵されたセンサーで温度や音波をチェックして獲物の位置を探り出しているのだ。
その間にホロロは二度目の狙撃。
さすが目が良いため、スコープなしでも驚異の命中率を誇るのだが、ツタが伸びて弾丸を叩き落す。
魔獣が戦闘態勢に入ったことで、単独狙撃では満足にダメージを与えられない。
「ロリコン、ホロロさんを援護しないと。魔獣相手に普通のライフル弾じゃ不利だよ」
「お、俺か? この銃、使いにくいんだよな…」
「はいはい、文句を言わずに撃つ。そのために照準器まで付けてあげたんだからさ。女性だけに戦わせるつもり?」
「わかったよ。見てろよ」
ロリコンは大型銃を構えると、発射。
反動で狙いが少しずれたものの、迎撃しようとしたツタを砕いて貫通。樹木の右上部分を吹き飛ばす。
そこにすかさずホロロの狙撃が命中。
銃弾で抉った部分から、どろっと赤い樹液が流れ出た。これは他の生物から奪い取った血液が樹木の内部で巡っているからだ。
彼らが光合成をしている瞬間にはうっすら輝くので、内部に血管のようなものが走っているのが見えるだろう。
あれが彼らのエネルギー源であり、その血を補充するために人を襲うのである。
「樹木系魔獣は単純に破壊して動けなくするか、樹液がある程度なくなると生命活動を停止する。そのあたりは人間と同じだけど、明確な弱点部位がないのも特徴だね。『自己修復』もあるし、放っておくと再生するかもしれないから、さっさと倒すのが一番いい。ロリ子ちゃんも迎撃よろしくね」
「は、はい」
相手は五体いる。
一体をロリコンとホロロが攻撃している間に、他の四体が接近していた。
近寄ってきた個体に対して、ロリ子が散弾砲を発射。
計十二発の弾丸が一斉に飛んでいき、半分はツタで弾かれたものの、他の六発が樹木に突き刺さる。そこからも赤い樹液が滲み出てきた。
「慌てずにしっかりリロードして…と」
ロリ子は高鳴る鼓動を抑えながら、一つ一つ丁寧に次弾の装填を終える。
このあたりは普段から商売の計算や整理をしているせいか、細かい作業は意外と得意らしい。
装填が終わったら、すぐさま発射。
散弾なので大雑把に撃てるのが良いところだ。
ただし、今度も半分は命中するものの、やはり一般的な銃弾だけでは動きを止めることができない。
耐久力がある魔獣や武人の場合、どうしても『断ち切る』攻撃が必要になるのだ。
「一丁やりますか」
そこに斧を持ったアロロが援護に入る。
彼女は生身ではなく、ハンター用のバトルアックスと全身鎧を身にまとっていた。
人形用にたくさん買った鎧が余っていたので、立ち寄ったロードキャンプの防具屋でアロロ用に調整してもらったのだ。
当人の希望で鎧の各部には「トゲトゲ」が付いており、見た目はかなり怖いが、相手に組み付かれるのを防ぐには有効な手段だ。
彼女が間合いに入ると、バジハローラーはツタを出しながらくるくると回り始める。
この回転攻撃に巻き込まれると、一般人ならば簡単に首が飛ぶだろう。そこから噴き出した大量の血液を吸収して養分とするのである。
そんな怖ろしい一撃が、アロロの首に接近。
「若い人ががんばっているんですもの。負けないわよ」
その攻撃を屈んでかわしつつ、下から斧を振り上げてツタを切り裂く。
ロリ子の散弾によって、すでにツタがボロボロになっていたこともあり、これならば十分通常攻撃も通る。
しかも、斬られた箇所が―――燃える
バトルアックスが、うっすらと赤い光に包まれていた。
『火化紋』の術符で、斧に火属性を与えているのだ。相手の樹皮は乾燥しているため、火による攻撃はかなり有効である。
そして、アロロが一旦離れたところに、散弾砲の三射目が炸裂。
それによってさらにダメージを受けて行動が鈍る。
「どっこいしょ!」
そこにアロロが斧を真上から振り下ろし、上部を叩き割った。
ビシビシと亀裂が入り、大量の赤い樹液が噴出。彼女の鎧が赤に染まる。
それを二度三度と繰り返すと、バジハローラーは活動停止。急速に枯れ果てて動かなくなった。
(アロロさんは武人じゃないのに強いな。まあ、因子が覚醒していなくても、生まれつき強い人っているよね)
ついこの前まで病気で寝たきりであった女性だが、アンシュラオンの命気によって細胞が活性化。当人曰く、全盛期よりも肉体能力が向上しているらしい。
「よっしゃ! 動かなくなったぞ!」
そのタイミングで、ホロロとロリコン組も最初の一体を撃破する。
残りは三体だが、もう気にする必要はない。すでにサナが単独で対処しているからだ。
「…じー」
まずは近寄ってきた魔獣の攻撃範囲ギリギリに陣取ると、じっくり観察。
相手が燃えそうだと気づくや、さっそく火痰煩の術符を使ってみる。
この術自体、ねっとりと絡みつく焼夷弾と同じ効果を持つのだが、内部に血液が蓄えられているせいか、それだけではいまいち燃え方が弱い。
それを理解すると、今度は『油瓶』を真上に投げつけ、ハンドガンで撃ち抜く。
たっぷりと油が降りかかったところに、もう一度火痰煩の術符を使い―――火達磨
気持ちよいほど真っ赤に燃え上がったら、今度は足元の根の部分に爆発矢を撃ち込んで吹き飛ばす。
それによって魔獣は移動手段を失い、砕けた部分に炎が入り込んで、ただの焚き火と化した。
他の二体にも同じように対処して、あっさりと勝利だ。
(相手が弱いんじゃない。サナが強いんだ。スキルに『観察眼』があるせいか、しっかりと敵を見て弱点を探ってから対処している。動きも無駄がなくて速いから、まったく危なげがない)
樹木型であるため獣型と比べると動き自体はあまり速くないが、攻撃が「D」である以上、けっして油断できない相手だ。
だからこそ接近戦は挑まずに中距離戦を挑んだわけだが、三体が迫り来る状況で冷静に対処することは難しい。
その中でしっかりと弱点を見つけることができる。さすが『天才』だ。
(サナの実力は、レッドハンター以上なのは間違いない。スキルの重要性を考慮すればブルーハンターに近いだろうな。問題は戦気だけか。まあ、それは追々なんとかすればいいさ)
「いやー、やればできるもんだな。ロリ子、大丈夫か?」
「ええ、最初は驚いたけど、慣れればそんなに怖くないわね。馬車に被害がなくてよかったわ」
「サナ様、ありがとうございます。引きつけてくださったおかげで、自分の役割に集中できました」
「…こくり。ぐっ」
「お母さんも無理しちゃ駄目よ」
「これくらい軽い軽い。力が漲ってくるようだよ」
こうして魔獣の襲撃をあっという間に撃退。
普通ならば傭兵団を雇わないと危ない相手なのだが、一般人の馬車の一行が倒してしまう。
最近はこれが当たり前になってきたので、彼らはその異常さに気づいてはいない。どう考えても一般人の戦闘レベルを超えていた。
「よし、サナはオレと一緒に近接戦の練習だ」
「おいおい、今終わったばかりじゃないか。まだやるのか?」
「こんなもんじゃ準備運動にしかならないよ。護衛を付けるからロリコンたちはそのまま先に移動してて」
「あいよ。夕方前には次のロードキャンプに着けるかな? そこで落ち合おうぜ」
「わかった。オレたちも終わったらすぐに向かうよ」
アンシュラオンは、モグマウスを十匹ほど生み出して馬車の護衛にする。
「これ、強いんだよな? どう見ても間抜け面のネズミにしか見えないが…」
「そうだよ。討滅級の魔獣が出てきても、即座に細切れにするくらいは可能だね。でも、見た目のインパクトがないのは事実かも。これだけだと狙われるかもしれない。ちょっと布を借りるよ」
武器を持った大型の鎧人形を三体作り出し、キャンプ用の布を巻きつけて頭部を隠す。
「うん、これなら屈強な傭兵たちに見えるね。それと、あの魔獣の樹液を鎧と武器に適当に撒き散らして…と。よし、完成だ。中身は闘人だから、戦闘になっても勝手に戦ってくれる優れものだよ」
「こわっ! 人を殺してきたみたいになったぞ!」
「それがいいんじゃないか。世の中、なめられたら終わりだからね。自動的に後ろから付いていくからよろしく」
「ほんと、お前と一緒にいると飽きないよ」
「じゃ、またあとでね」
モグマウスと鎧人形に守られた馬車を見送る。
なかなか珍妙な集団だが、少しでも危険察知ができる者ならば近寄りはしないだろう。近寄ったところで殺される悲惨な未来しか待っていないのだから。




