129話 「サナちゃんが、すごいことになってるぅうううう!」
夜になり、穏やかな時間が過ぎていく。
「サナ様、合格おめでとうございます」
「…こくり。ぐっ」
サナも試練組手をクリアしたので満足げだ。
今もホロロの胸に頭をうずめて、食後のお茶を堪能している。
「いたた…なんで俺まで訓練させられるんだよ。馬車を人間が引っ張ったら、それはもう馬車じゃないんだぞ」
ついでに、その傍らでロリコンが悲鳴を上げる。
「たまには馬も休ませないとね。いい訓練じゃないか」
「せめて違う訓練にしてくれよ。事故だと思われて、他の御者に話しかけられた時は恥ずかしかったぞ。うっかり『痔なんです』とか意味不明なことを言っちまって、変な目で見られて避けられたんだ。絶対に変態だと思われたな」
「それは単純にロリコンの返答が悪かっただけじゃん。ホロロさんを見習いなよ。どんなに苦しくても笑顔じゃないか」
「俺は彼女ほど命をかけていないからな。それより、サナちゃんにあんな厳しい訓練をしていて大丈夫なのか? というか、なんであの子は、お前のやばい訓練についていけるんだよ」
「サナだって普通の女の子だったよ。むしろ簡単に誘拐されるくらい弱い子供だったんだ。人間、鍛えれば誰だって強くなるんじゃないの?」
「そんなことはないだろう。訓練を始めてから、たいして日も経っていないって話じゃないか。絶対におかしいって」
「そうなのかな? オレがサナくらいの時は普通に殲滅級の魔獣を倒してたよ」
「お前を基準にすると頭がおかしくなりそうだ。もっと普通の範囲で考えられないのか?」
「普通って言われてもね…普通の基準がわからないんだよなぁ」
(そういえば、しばらくサナのデータを見ていなかったな。今はどれくらいなんだろう?)
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名前 :サナ・パム
レベル:18/99
HP :690/690
BP :280/280
統率:E 体力:E
知力:E 精神:E
魔力:E 攻撃:E
魅力:B 防御:E
工作:E 命中:E
隠密:E 回避:D
【覚醒値】
戦士:1/3 剣士:1/3 術士:0/3
☆総合:第九階級 中鳴級 剣士
異名:白き魔人に愛された意思無き闇の少女
種族:人間
属性:闇
異能:トリオブスキュリティ〈深遠なる無限の闇〉、観察眼、天才、早熟、即死無効
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(おっ、増えてる増えてる。HPとBPが上がっているじゃないか! これは素晴らしいぞ!!)
まず目を見張るのがHPの多さである。
これだけあれば数回斬られた程度では行動不能にはならないだろう。実際に耐性ありとはいえアンシュラオンの指弾にも耐えたのだから、これくらいはあってしかるべきだ。
BPの量も280ある。剣衝のような基本技で消費BPが2~5、虎破などで10~15といった程度なので、下位技ならば十回以上は楽に使える量だ。
(うむ、しっかりとレベルも上がっているな。最近はそこそこ戦闘に参加させているし、やっぱり強い相手と戦わせる意味は大きいな)
この短期間に、これだけのレベルアップは素晴らしいことだ。
もちろん出会った頃のレベルは1だったので、RPGよろしく最初は簡単に上がるものである。今までの経験でいえば、レベル30くらいまでならばすぐに到達できるだろう。
仮に討滅級魔獣を単独で撃破すれば、一気にレベル1から20くらいには上がるので、それだけ初級の人間が得るものは大きいわけだ。
しかし、レベル50に近づく頃には必要経験値も上がり、かなり上がりにくくなっていくので、そこからが本番といえるかもしれない。
(うーむ、能力値はまだまだ低いな。レベルを考えると、あまり上昇幅が良いとは言えないか。そこが課題だな。まあ、しょうがない。小さな女の子なんだし能力上昇に過度な期待はやめよう。それは武具や道具で補えばいいじゃないか。そのための術具なんだしさ)
ステータスは、残念ながら全体的に低めだ。
回避が高いのは、攻撃を避ける鍛錬を重点的に行っていたからだが、それ以外は総じて平均以下といったところだ。
人間の女性は男と比べて筋力に劣る傾向にある。サナも多分に漏れず、腕力型ではなかったということだろう。ゴリゴリ攻撃が上がるタイプではないらしい。
ただ、まだまだ成長期なので、このまま育っていけば穴がないバランスタイプにはなれるのかもしれない。
(ん? …何かおかしいな。オレは今、サナのことを『武人基準』で見ていなかったか? たしかに武人としてはまだまだ低いステータスだが、ロリコンが言うように一般人視点から見ると、これはすごいのでは…)
ようやくここで兄が異変に気づいた。
その疑問点と違和感を一つ一つ、これから確かめていこう。
(そもそもの疑問として、レベル上限が99もあったか? あんまり覚えていないが、こんなに高くなかったはずだ。20か30か、そこらへんだった気がするぞ)
いい加減な性格かつ常時ポジティブなので、昔のことはすっかり忘れてしまうのがアンシュラオンという男だ。
初めてサナを見た時に「あっ、一般人だわ、この子」と思ったので、その印象だけが刷り込まれて他の情報が頭に残っていないのである。
実際にハンター登録した際もノンカラー判定だった。つまりは生体磁気が常人の範囲内であったことを示している。
あの時は自分だけの可愛い女の子が欲しかっただけなので、それ以外の要素はあまり重要ではなかったわけだ。
ただし、さすがに99もあれば印象に残るはずなので、ここにまず違和感を覚える。
(何度見ても…これは見間違いじゃないよな。武人因子が覚醒している!)
続いて、サナの武人の覚醒因子もおかしい。
見間違いかと思って何度か見直したが、いくら見ても変わらない。
なんと、すでに戦士と剣士因子が『1』あるではないか!!
(これはすごいぞ! 鍛えた甲斐がある! そりゃパワーで常人に負けないわけだよ。筋組織の質そのものが違うんだしな)
たとえば戦士因子の覚醒値が1でもあると、遺伝子そのものが書き換えられて、筋肉の構成要素が常人とは異なっていく。
より強靭になり、回復力も増し、全体的に逞しくなって病気にもかかりにくくなる。そうなれば必然的に寿命も延びていくだろう。
(ただ、因子が上がるのは嬉しいんだけど、上限値がおかしくないか? 『3』…だと?)
もう一つおかしいのは、因子の覚醒上限が3であることだ。
しかも三種の因子とも限界値が3である。
(もしかして最初のサナのデータを見間違えたのか? いやいや、それはないだろう。いくら適当に見ていたとはいえ気づかないはずがない。というか、この段階で相当な逸材だぞ。階級も中鳴級だしな)
3という数字はやはり素晴らしいものがある。3あれば武人としては一流のレベルに到達できるはずだ。
しかもそれが三つの分野に渡っていれば、もはや脅威の逸材といえる。おそらく何かしらの『奥義』の一つくらいは修得できるので、不意打ちで(聖剣なしの)ガンプドルフに深手を負わせることすら夢ではない。
階級でいえばマキやファテロナと同じ第七階級の『達験級』か、それを超える第六階級の『名崙級』に到達できる可能性を宿している。
それほどの逸材ならば、サナと出会った時に気づかないはずがない。もしわかっていたら狂喜乱舞だったはずなのだ。
(スキルもおかしい。サナにスキルは一つもなかったはずだ。スッカラカンだった記憶があるしな。まあ、持っているスキル自体はそう珍しいものではない。『天才』はゼブ兄も持っていた『真の天才』の下位互換かな? 『観察眼』や『早熟』も名前通りだろう。それはいいんだ。だが、『トリオブスキュリティ〈深遠なる無限の闇〉』って何だ? こんなの見たことも聞いたこともないぞ)
まず目に入るのが、先頭に表示されている『トリオブスキュリティ〈深遠なる無限の闇〉』の文字だ。
火怨山でもさまざまな魔獣のデータを見てきたが、このようなスキルに出会ったことはない。
人間と魔獣であるから相違はあるにせよ、この雰囲気は明らかに『ユニークスキル』である。ユニークスキルは、必ず最初に表記されるという特徴があるのでわかりやすいのだ。
(韻としては、オレの『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』に似ている響きだな。しかも闇となると反対の性質ということか? いや、勝手に判断するのは危険か。危ないスキルだったら困るが、ユニークスキルにマイナスのものはないはずだ。仮に何かしらマイナスがあっても、違う箇所が劇的に向上するから結果的にはプラスになる。ううむ、もしかしたら何かしら有益なスキルなのかもしれないが…まったくわからん)
情報公開ではスキルの詳細が表示されないので、これ以上の推測は難しい。
今のところは、そういうスキルがある、ということしかわからない。
怖くなったので、自分のデータも見てみた。
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名前 :アンシュラオン
レベル:122/255
HP :8300/8300
BP :2230/2230
統率:F 体力:S
知力:C 精神:SSS
魔力:S 攻撃:AA
魅力:A※ 防御:SS
工作:C 命中:S
隠密:A 回避:S
※姉に対してのみ、魅了効果発動
【覚醒値】
戦士:8/10 剣士:6/10 術士:5/10
☆総合:第三階級 聖璽級 戦士
異名:転生災難者
種族:人間
属性:光、火、水、凍、命、王
異能:デルタ・ブライト〈完全なる光〉、女神盟約、情報公開、記憶継承、対属性修得、物理耐性、銃耐性、術耐性、即死無効、毒無効、精神耐性、妹過保護習性、姉の愛情独り占め
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(さすがにレベルは上がっていないな。弱い相手と戦っても経験値がほとんど入らないんだろう。レベル100以降はさらに上がりにくくなるんだよね。異名も変わっていないし、せいぜいスキルが増えたくらいか)
サナを溺愛したせいか『妹過保護習性』が増えている。
ユニークスキルが最初に表示されるのに対し、最後に見慣れないスキルがある場合は基本的に『マイナススキル』なので、災難のほうが多いのだろう。ちょっと残念である。
(オレの能力に異常はない。やはり常人でもスキルは増えるものらしい。レベルが上がったことによって覚えたものなのかな? あるいは何かがきっかけになった?)
いろいろと考えてみるが、この世界で出会った人間の総数は少なく、スキルに関しても情報量が十分ではない。安易な結論は危険だろう。
唯一間違いないのは、成長によってスキルが増える可能性があるということだ。一般人も武人もそこは同じらしい。
最後に、異名だ。
(『白き魔人に愛された意思無き闇の少女』か。白き魔人ってのはオレのことだよな。まあ、姉ちゃんが魔人だったからオレも同じ魔人のカテゴリーに入るのは変ではないか。ホロロさんの異名にも同じ名称があったし、これはもう仕方ない。あとは『闇』が加わっているな。サナの属性にも闇属性が追加されているから、その関係かな?)
闇といってもファンタジーでよくあるようなダークという意味ではなく、単純に性質を示すものなので悪いものではない。
なにせ闇を司る『闇の女神様』は、この世界で一番慈悲深い存在である。闇を崇拝しても何らおかしくはないのだ。
植物の種が土の闇の中で芽吹きを待つように、闇はすべてのものを優しく包む。闇は女性の子宮、すなわち物質性を示すものであり、光と相まって霊に進化を促すのである。
よって、サナの闇属性は歓迎すべきものだ。他人とは違うレアな技を覚えてくれることだろう。
結局のところ、なぜこんなにスキルが増えたのかは、まったくわからない。
が、まずは一言。
「サナちゃんが、すごいことになってるぅううううううううう!!」
感動の雄たけびである。
「サナちゃん、サナちゃん、お膝おいで!!」
「…こくり。とことこ、ぎゅっ」
「あーん、可愛いぃい! お兄ちゃんが『サナちゃんは天才だ!』って言い続けていたから、本当に天才になってくれたの?」
「…?」
「わかってる、わかってるよ! お兄ちゃんのために成長してくれたんだよねぇ! だから武人になってくれたんだよね!」
「…こくり」
「うはー! やっぱりそうだ! ありがとう、サナちゃん! サナちゃんは可愛くて強くて最高の女の子になれるよ! 絶対になる! いや、オレがそう育ててみせる! ほら、お兄ちゃんにちゅーして! ちゅーして!」
「…こくり。ちゅっ」
「あああああああ!! かわいいいいい!! どんどんどん!! もうこんな可愛い子、世界中のどこにもいないよおおおお! うちの子、最高すぎるううう!」
「おい、暴れるなよ。テントが壊れるだろう」
「ねぇ、すごいと思わない!? サナちゃんは天才なんだぞ!」
「だから言っているじゃないか。俺がお前と出会った頃には、すでにそんな感じだったぞ? 最初から天才じゃないと説明がつかない」
「ロリコン、お前は見る目があるな! ほら、チーズ食っていいぞ、遠慮なく食え!」
「ど、どうも。…なんでチーズ?」
「イカ臭いお前にはちょうどいいと思ってな!」
「イカ臭…え? 俺、臭い?」
「うおおお! サナちゃぁああああん! オレのもんだ! オレだけの妹だ! これからもたくさん愛して、もっともっと強くするからね! すりすりすりすり!」
「…むぎゅ」
アンシュラオンが少し力を入れて抱きしめても、武人になったサナは大丈夫だ。
そして、武人の因子が高まれば高まるほど互いの距離は近くなり、さらに可愛くなっていく。人間は自分と似たものを愛するからだ。
その愛が、さらにまた彼女を強くしていくのだろう。
こうして武人としての新しい人生が始まるのであった。




