120話 「COG壊滅 その3『最後に頼るもの』」
「…じー」
サナの目は、冷徹でも感情的でもなく、ただただ無機質に観察していた。
相手がどれだけ弱ったかを見ているのだ。まるで虫の脚を一本一本引き抜いて、まだどれだけ歩けるか記録をつけるかのように。
それが、気に入らない。
「てめぇえええ!! なに見下してんだぁあ! 俺はな、見下されるのが死ぬほど嫌いなんだよ!」
ギャングに雇われるような男だ。真っ当な道など歩んでいるわけがない。何やらトラウマがあるようで激高。
ジリーの身体から、怒りがそのまま力になった強い戦気が湧き上がる。
「少し戦術をかじった程度のクソガキが、結局最後に物を言うのは地力だ!」
右足に完全に力が入らずとも、彼は武人だ。左足と腕だけで長刀を振ることができる。
そのうえ【技】も使えるのだ。
剣気が風気に変わり、大気を切り裂く。
剣王技、『疾空斬』。
因子レベル2で扱える技で、以前ラブヘイアが使った『風威斬』の上位版だと思えばいいだろう。さらに間合いも伸びるために、なかなか使い勝手のよい技である。
剣にまとった風気の鋭い刃が足のハンデを補い、サナを襲う。
サナは、よけない。
むしろ前に向かって駆ける。
なぜならば、サナの目には『煌めき』が映っていた。
一秒先の―――未来
相手の剣先から光の軌跡が真っ直ぐに伸びて、サナの首を通り過ぎている。それこそ一秒後に起こることだ。
相手の狙いは、首。
ジリーは怒りで我を忘れて、一撃必殺を狙って技を放った。子供相手に劣勢に追い込まれている事実を認められなかったからだ。
狙いがわかれば、かわすのは難しくはない。
サナが『無限盾』の術符を発動。目の前に質量シールドが展開され、それが代わりに衝撃の大半を吸収。
盾は砕けたものの、勢いが落ちた剣圧を脇差で流しつつ―――投げる
「んなっ!?」
かわされたこともショックだったが、いきなり武器を投げつけられて驚いたのは、彼が剣士だったせいだろうか。
以前バランバランの店主も言っていたが、剣士にとって武器は命だ。投げるなんてことは普通はありえない。
だが、剣気を扱えないサナにとっては、さほど武器にこだわる必要性がなかった。
投げつけられた脇差を思わず切り払ったジリーは、無防備な体勢を晒す。
「剣士相手に素手でやれると思うなよ!」
さきほどは油断して鼻を折られたが、警戒していれば無手はそう怖くない。
まだ子供で手足が短いのだから、その前に刀を戻して斬ればいいだけだ。
がしかし、サナの手に握られていたのは―――【黒い刀】
アンシュラオンの卍蛍と一緒に買った『劫魔刀・黒千代』である。
多少の時間を犠牲にしたが、ポケット倉庫から出したのだ。武器を投げたのは、この隙を生み出すためだったようだ。
「剣で勝負か! やれるもんならやってみろ! 年季の違いを教えてやる!」
ジリーも傭兵暦が十年以上ある剣士だ。切った張ったの世界で生き延びてきた経験がある。
サナが刀を持った瞬間、それがまだ『不釣合い』だと見抜く。
(術符や大納魔射津、金に物を言わせて強くなったつもりだろうが、その刀もお前にはまだ扱えないだろうに! 俺は実力でのし上がった! 金だけのやつには負けねぇ!!)
サナが大きなモーションで、ジリーの間合いに入る少し前に、『鞘ごと』刀を振る。
最初から緩めてあったのか、鞘だけが抜けて飛んでくる。
(ど素人が! 間合いを見誤りやがって! 今度は鞘を投げて目くらましかよ!)
ジリーは鞘を無視して、強引に切り伏せようとした。
が、剣先には―――術符
黒い刀身に、うっすらと白い膜が覆っているのが見える。
いまだ戦気には至っていないが、アンシュラオンが施した賦気の力で活性化された生体磁気が、刃を伝って術符に起動命令を発する。
『火痰煩』の術符が眼前で発動。
ジリーの顔面が火に包まれ、視界が真っ赤に染まる。
(鞘の中に術符を仕込んでやがったのか! どんだけ準備してやがる!!)
普通に術符を使っては警戒されるので、こうしたフェイントを交えたのだ。
あの大きなモーションも鞘ごと振ったのも、すべて意図的だ。
だが、たしかに不釣合いではあるが、刀をまったく使えないとは言っていない。
完全に混乱した相手の足を斬る!
狙ったのは、すでに指がなくなっている右足だった。脛をばっさりと切り裂く。
弱っている部分をさらに狙うのは、戦いにおいて定石である。が、ここまで執拗に狙われると相手も嫌になるだろう。
そうしてぐらついた瞬間を狙って、黒千代を『投げる』。
まさか相手も二度は投げないだろうと思っていたところに、あえて投げる豪胆さ。これこそ武器に囚われない『武』である。
しかも今回の刀は業物だ。
すっと何の抵抗もなく鎖帷子を貫き、ジリーの身体に突き刺さる。
ただし、力を込めていないために断ち切ることはできない。刺さっただけだ。
「ふざけんな! なんだこの戦い方は!! 滅茶苦茶だ!! お前はなんなんだ! なんなんだよおおおおおおお!!」
そう思うのは彼の自由だが、現実は変わらない。
すっと死角に回り込んで、傷ついた右足を蹴り飛ばす。
それでバランスが崩れたところに、刺客から奪ったナックルダスターを装備した拳で、側頭部をごつん!
打撃の衝撃と同時に肉を抉る。
「ぐっ…!!」
ダメージを与えて動きが鈍った相手に、さらに追い打ち。とことん術符で攻撃を仕掛ける。
水刃砲で切り裂き、火痰煩で燃やし、風鎌牙で傷つけ、雷刺電でショックを与える。
すべての術符をここで使い切るつもりだ。
ここまでやればロングコートもボロボロ。大納魔射津の爆風ですでに破れている箇所もあるので、もはや防具としての意味を成していない。
「がっ…ぐがが……ちく……しょう……ガキ……が」
ジリーはもう動けなかった。膝をついて痙攣している。
むしろ、これだけの術符を受けて生きているほうを褒めたいくらいだ。
サナは脇差を拾うと、相手の右手首を集中的に攻撃。指と腱が切れ、ジリーは長刀を落とす。
剣士が剣を捨てれば、もう終わりだ。
その長刀を奪い―――フルスイング
長刀の使い方など知らないため、力任せに頭をぶん殴る。
一回では倒せなかったので、二回、三回と刀を振り回すと、ついにジリーの身体から力が抜けた。
「…ふー、ふー!!」
サナもかなり疲れたのか息が荒い。
だが、これで油断はしない。何回か執拗に切り裂いたり、頭にクロスボウを撃ち込んでみたりして反応をチェック。
そして、ようやく死んだことを確信する。
サナの勝利である。
(よし! 勝ったか!!)
サナの勝利を見届け、アンシュラオンは思わずガッツポーズ。
まだ戦気も使えない少女が、ギャングのボスの護衛をするような武人を倒す。
こんなことがあるだろうか? あってよいのだろうか?
つい二ヵ月前までは無力な子供だったのだ。ありえない成長速度である。
この奇跡を引き起こしたのは、ほかの誰でもないアンシュラオン。
賦気は自分の力を分け与えるもの。血肉を与えることと同じだ。『覇王の系譜』に名を連ねることが、いかに凄まじいことかがうかがい知れる。
(サナが勝ったんだ。オレもさっさと勝つか)
「うおおおおおお!」
クロップハップは、いまだ全力で拳を放っていた。
ジリーが死んだことにも気づかない。周りを見る余裕がないのである。
なぜならば、それらの攻撃をアンシュラオンは軽々と受け止めていたからだ。
「ほらほら、もっと上げて」
「ぬぐううおおおおおおお!!」
筋肉に血管が浮き出て、血圧が一気に上がっていく。
それに伴って威力と速度も上がるたびに、大量の汗も噴き出てくる。
「このこのこのこのぉおおおっ!」
「はい、お返し」
「―――っ!」
アンシュラオンの拳がクロップハップの顔面に炸裂。
すると見せかけて、殴りかかった拳が突如消える。
それから一瞬遅れて―――膝に衝撃!
アンシュラオンが膝を蹴っぱぐったのだ。皿にヒビが入る。
「ぐぁっ!! 膝が…!!」
「あははは! 引っかかった。あんたがやりたかった『虚影拳』のお返しさ。違いがわかるかな? 偽物の拳を本物と錯覚させるからこそ価値がある技だ。戦気術が未熟だと技を出す前からバレちゃうよ。この基本技がちゃんとできないと、さらに上位の技も完成しないからね。あんたも修行不足かな? いや、そもそも基本を学んでないのかも」
道場で技を学んだラブヘイアに比べて、クロップハップもジリーも技が粗い。
このことから、彼らにはちゃんとした師匠がいないように思える。
もちろん我流で強い人間も多いが、才能がない人間が基礎を学べなければ、たいした強さに至らないのは当然のことだ。
「相棒がサナに貢献してくれたんだ。お礼に虚影拳の次の段階を見せてあげるよ」
アンシュラオンの拳が無数にクロップハップに襲いかかる。
防ごうとガードするが、それらすべては幻。
本物と偽物の拳が無秩序に現れては、次々と命中。
アンシュラオンの戦気術が完璧なので、動作や殺気も含めて区別がつかない。どうしても本物の拳がわからずに被弾してしまうのだ。
覇王技、『越影虚斉拳』。
因子レベル3で扱える技で、虚実入り混じった攻撃によって敵を追い込むために使われるものだ。
ただし、手数が増えるのでそれだけ消耗も激しく、指摘したように戦気術が未熟だと簡単に見破られてしまい、逆にカウンターをくらう可能性があるので使用には注意が必要だ。
ほぼすべての拳を受けてしまい、クロップハップの自慢の筋肉が破壊されて萎んでいく。
「ごぼっ…ごぶぶっ! な、なんだ…こいつは…! なぜこんな小さな身体で、俺以上のパワーを持っている! 技のキレもおかしい!」
「その身体も見た目だけはすごいけど、中身がまったくないね。からっぽでスカスカだ。まさにこの組織、いや、この都市そのものと同じさ」
「うううっ! 俺は殴り屋としてやってきたんだ! これだけで生きてきた! 負けられるか!!」
クロップハップが、腰を落としてからの正拳突きを放つ。
覇王技、『虎破』。
因子レベル1で扱える技だが、倍率補正は二倍と大きく、あらゆる打撃技の基礎となるものだ。
これを極めると最強の技の一つである『覇王拳』になるというのだから、基本は大切だと思い知る。
「どんな力も当たらねば意味がない。到達しなければ価値はない」
アンシュラオンも虎破を繰り出す。
しかしクロップハップのものとは違い、完全に腰を下ろす前にノーモーションで繰り出されており、あとから放ったにもかかわらず先に到達。
拳が腹筋を砕き、衝撃が背中を突き抜けた。
内臓が破壊され、口から大量出血。
「ごぼっ…ごばっ」
「知っているか? 特定の技を極めると、自分用にカスタマイズできるようになるんだ。オレは威力よりも速さに特化した型が好きだから、普通のモーションを省略することもできるのさ」
「ご…ぶっ!! ぐぬううう!! 化け物…め」
「しかしまあ、これで死なないのか。思ったよりタフだな。『低出力モード』だけど、オレの拳に耐えたのは剣士のおっさん以来だぞ。イタ嬢の七騎士は、これで一発KOだったしな」
普段のアンシュラオンは、燃費を抑えるために意図的に戦気を制限している『低出力モード』にある。
火怨山では隠密行動をする際に使っていたものだが、下界においては主に手加減のために使っていた。人間が虫を掴むときに加減するのと一緒だ。
それでも耐えたことを考えると、クロップハップは強い武人といえる。
だがしかし、目の前の存在は、もっともっと遥かに強い。
「くそっ! くそくそくそっ!! 俺は負けない!! 負けたら終わりだ!! 追われる人生は二度と御免だ!!」
クロップハップは背中を見せて走ると、奥の部屋に入っていった。
(あれ? トイレか? あの状態で行ったら絶対に血尿が出るよな)
そんなことを思いながら待っていると、クロップハップが戻ってきた。
腕には―――【機関砲】
上半身に装備する携行タイプらしいが、地球ならば駆逐艦や巡洋艦に装備されている凶悪な兵器だ。武人でなければ担ぐこともできないだろう。
「機関砲か。まあ、戦艦があるんだから、それくらいはあるか」
「南部から流れてきた軍事用兵器だ! これなら防げないだろう! 死ねぇええええ!」
三センチ以上の大きな弾丸が、高速で三百発ほど発射される。
さすがにこのレベルの軍事兵器ともなれば、そこらの魔獣では簡単に蜂の巣になるだろう。
だが当然、こんな玩具が通じるほど甘い世界ではない。
戦気に触れただけで消失。無傷どころか体表に当たってすらいない。
サナにも被害が及ばないように水泥壁を展開して、すべての弾丸を受け止める。
ずたぼろになった室内で、アンシュラオンは平然と立っていた。
「っ……っ……」
「はは、こんなに矛盾したことってある? 殴り屋で生きてきたとか言いながら銃なんて持ち出してさ。で、どうするの? 通じなかったよ?」
「くそくそっ! これならば!!」
続いて出してきたものは、淡い光を放っている大剣。
おそらくは術式武具だと思われる。
「ふーん、さすがギャングのアジトだけあって、いろいろなものがあるんだな。だが、そろそろ気づけ。武を―――」
―――「なめるな!!!」
アンシュラオンの回し蹴りが、綺麗な弧を描く。
まさに理想のフォームから放たれた一撃が、空間を切り裂き、そのままクロップハップに一筋の線を描いた。
覇王技、『回斬駕線脚』
足に斬属性の戦刃を生み出しつつ、蹴りと同時に放つ因子レベル3の技だ。打撃と斬撃両方を同時に繰り出せるのが特徴である。
今回は直接当てず、刃だけを放った。
だが、手加減なしで普通に放った一撃だ。それで十分である。
彼の背後にあった壁に筋が入り、クロップハップの上半身が―――ずれる
「お、俺は……! おれは―――っ!!」
そして、切り落とされた上半身が―――どちゃ
一緒に斬られた真っ二つの術式剣ごと床に落ちて、大きな血溜まりを作った。
「拳一つで生きると決めたやつが、途中でダレてどうする。剣に頼るな。銃などという弱い力に頼るな。何よりも『武』を侮るな」
「っ……っ……」
「クロップハップ、最後に頼るものを見誤ったな」
クロップハップは、口を数度かぱくぱく動かしたのち、絶命。
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名前 :クロップハップ
レベル:50/50
HP :0/2450
BP :0/480
統率:E 体力: C
知力:E 精神: D
魔力:D 攻撃: C
魅力:E 防御: D
工作:D 命中: E
隠密:E 回避: E
【覚醒値】
戦士:2/2 剣士:0/0 術士:0/0
☆総合:第八階級 上堵級 戦士
異名:ハピナ・ラッソの殴り屋
種族:人間
属性:雷
異能:拳闘士、物理耐性、銃耐性、筋肉増強
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(ラブヘイアと同じ階級か。HPは高いけど、レベルを考えたら成長率は悪い。【才能が無い】んだな)
この男も努力はしてきたが、いかんせん才能がなかった。
それに気づいた時、彼は成長することを諦めた。筋肉を増やして自分を着飾ることしかできなかった。
たしかに都市で最強だったかもしれないが、それは他者が決めることであって自称することではない。偽りの地位を守るために、彼は武人の誇りさえ失ってしまった。
やはり中身がなかったのである。




