102話 「ハビナ・ザマのハローワークに行こう!」
「サナ、ああいう場所でも周囲には気を配るんだぞ。それも修行だからな」
「…こくり」
「じゃ、そろそろ行くか」
ホテルを出たアンシュラオンたちは、町の表通りにやってきた。
ここは露店ではなく、しっかりとした店舗が並ぶ商店街だ。雰囲気はまさにグラス・ギースの一般街である。
さまざまな店が一堂に会しているので、見て回るだけでも面白い。
昨日同様に人がごった返しているが、荷台を使って物を運んでいる者も頻繁に通り過ぎる。
見れば、道のあちこちで商売の取引を行っているようだ。
(こっちは交易消費都市の『交易』の部分が目立つな)
最初に立ち寄った通りは『消費』がメインの場所であった。食べ物や土産品が多く、旅人にお金を落とさせるための店が並んでいた。
対するこちらは商売人同士が売買を行う『交易所』で、たとえば北からやってきた者はハピ・クジュネまで行かずともここで商品を売ることができる。今度は買い取った業者が、その商品をハピ・クジュネにまで運んで利益を生み出す。
それとは逆に、ここでハピ・クジュネ産の商品を仕入れ、グラス・ギース以北に売りつける業者もいるだろう。
(ダビアやロリコンがそうだったな。南のほうで手に入れた品を北の集落まで持っていって利益を出す。まさにここは流通の中継地か)
北西部は都市間の距離がかなり開いているうえに、魔獣や盗賊が頻繁に出没するので移動にはリスクが伴う。どうしても流通は専門の業者に任せる必要があるのだ。
「先にハローワークに行こうか。それが終わったらアズ・アクス支店に行ってみよう」
「…こくり」
ハローワークの場所はホテルで聞いているので、迷わず道を進む。
場所はジュースの露店が出ていたあたりの裏側だ。
歩くこと数分で目的地に到着。
建物はグラス・ギースにあるものと同じく岩と木を固めた素材で出来ているが、大きさは小さく、グラス・ギース支店の半分程度しかない。
「ハロー、ハロー」
建物の前には、相変わらずミスター・ハローがいた。
今日も素敵なお辞儀を披露している。
「…じー」
「ハロー、ハロー」
「…じー」
「ハロー、ハロー」
恒例のサナとのバトルが開始されるが、相手もプロだ。笑顔を崩さすに挨拶を続ける。
頭を下げる角度も絶妙で、相手に不快感を与えない技は見事である。
「今日もご苦労様」
ミスター・ハローを労い、中に入る。
中は広々とした空間で風通しがよく、飾られた花の匂いが心地好い清涼感を与えてくれる。
(グラス・ギースとは印象が違うな。開放的な雰囲気だ。このあたりも少し港町をイメージしているのかな)
アンシュラオンは、さっそく窓口に移動。
ハローワーク内部は基本同じ構造のようで、窓口は右手側にあった。
「こちらへどうぞ」
出迎えてくれたのは『男性の職員』だった。
たまたま目が合ったので向こうから話しかけてくれたのだ。愛想のいい笑顔を浮かべているので、この男性自体は普通に職務を果たそうとしただけだ。
「あっ、おかまいなく」
「え?」
が、当然ながらスルー。
「お姉さん、ちょっといいかな?」
「はい、何でしょう?」
「魔獣を倒したから素材の換金をお願いしたいんだ。それと懸賞金はあるのかな? 調べてもらえる? はい、ハンター証」
「かしこまりました。少々お待ちください」
男性の隣にいた、おそらく小百合と同年代であろう茶髪おさげの女性に話しかける。
顔つきは優しく、糸目と胸が大きいのが特徴だ。清楚な中にも色気があって、なかなか好印象である。
ただ、その隣では完全にスルーされた男性職員が、いまだに困惑した表情を浮かべていた。
(露店やホテル内は仕方ないが、それ以外で男と接する必要性が皆無だな。女性が一番だ)
ここでも信念は変わらない。男に価値はないのだ。
「確認いたしました。ホワイトハンターのアンシュラオン様ですね。お話は伺っております」
「ジョイさんかな? 馬車が森で襲われた件だよね?」
「はい、『デリッジホッパー〈森跳大目蛙〉』が馬車の一団を襲撃した話には少々驚きました。こちらでもハンターを募集して調査を行う予定でおります」
「やっぱり特殊な事例だったんだね」
「普段は人とは関わらない魔獣ですからね。何かしら生態に変化があったのかもしれません。アンシュラオン様は調査に参加されますか?」
「あそこの森には、あれより強い魔獣はいるの?」
「デリッジホッパーは、森の生態系の上位にあたるはずです。こちらが把握している限りでは、あれより強い魔獣と出会う確率はかなり低いと思われます」
「じゃあ、遠慮しとくよ。また戻るのは面倒だしね。懸賞金はかかっている?」
「一体につき三十万となっております。特殊個体につきましては指定がされていなかったため、規定に則って三倍の報酬をお支払いいたします」
「あれって突然変異体だったみたいだね。ハローワークでは確認してなかったの?」
「デリッジホッパー自体が比較的珍しい魔獣なので、あまり調査は進んでいなかったのです。今回が初の確認となりまして、ポイントボーナスが20付与されます」
「ポイント? 何の?」
「現在、アンシュラオン様はホワイトハンターですので、500の基本ハンターランクポイントがあります。そこに20付与されて、現在520ポイントとなっております。これが1000に到達しますとゴールドハンター昇格申請を行うことが可能です」
「そっか、ホワイトハンターの上があったんだ。それってパーティーメンバーにも還元されるものなの? この子も一緒にいたんだけど」
「はい、パーティー内にも適用されます。同伴されたサナ・パム様にも20付与されますので、ノンカラーの基本ポイントの10と合わせて現在の合計は30ポイントです。これが100以上になりますとレッドハンター昇格申請が可能となります」
ハンターのランクアップは最初のパッチテストで基本ランクが決まり、その後の活躍によってポイントが加算されていく方式になっている。
今回は新種発見による特別ポイントだが、普段は魔獣の報奨金をもらわない代わりにポイントにすることもできる。とはいえ、微々たる量なので報奨金をもらう者が大半だ。
それ以外は魔獣との戦力差をハローワークが独自に算出し、倒すごとにポイントが付与されていく。今回倒したデリッジホッパーは、ホワイトハンターのアンシュラオンと比べると雑魚なのでポイントの付与はない。
ただし、イブゼビモリのほうはサナにポイントが付く。
「サナ・パム様のハンター証に記録されていた魔獣と同程度の相手を、あと五体程度倒していただくと10ポイント付与させていただきます。がんばってくださいね」
「…こくり」
「パッチテストって一回しかできないの? 成長したら違う結果になることもあるよね?」
「原則では一度限りとなっております。何度でも可能にしてしまいますと、薬物投与等の不正によって結果が操作される可能性があるのです」
「ああ、なるほどね。でも、そこまでして上のランクに上がりたいものなのかな。実力が見合っていないと危険が増えるだけな気がするけど」
「ブルーハンター以上になりますと大きな組織でも雇われることがありますし、指南役として家庭教師をするだけでも生計が立てられます。それを狙って不正を行う可能性があります」
「なさけないなぁ。武人は強い相手と戦ってこそ強化されるのにね」
「我々は斡旋するだけですし、実際に危険に晒されるハンターの方々は本当に大変だと思います。いつ死ぬかわからないのなら…と思う方もいらっしゃいますね」
「まぁ、それが普通の人間の限界なんだろうね。しょうがないか」
「ところで特別危険指定種のデアンカ・ギース討伐により、100ポイントの追加付与が可能となっておりますが、申請なされますか?」
「え? そんなのあるの? 小百合さんは何も言ってなかったけど…」
「特別危険指定種に関しては、ハペルモン共和国にある本部にてチェックが一度行われるので、付与されるまでに時間がかかるのです。許可が下りたのは五日前となっております」
「そうなんだね。でも、それっていちいち申請が必要なものなの? デリッジホッパーみたいに勝手に付与すればいいんじゃない?」
「大きなポイントの場合には選択の自由があります。あえてランクを上げたくない方もおられますので…」
「どういう場合?」
「ブラックハンター以上になりますと必然的に名が知れてしまうので、利用しようとする方々が集まってくるようですね。傭兵団からのスカウトも多くなって嫌になると聞いております。意図的に低ランクでいながら高度な依頼を受けるハンターもいらっしゃいます。そのほうが評判を気にせずに好きな仕事を選べるのです」
「いろいろな人がいるんだね。生き方もそれぞれか。ただ、目立つのは嫌なんだよね。もらわないほうがいいかな?」
「大変失礼ながら、すでに手遅れかと思います…」
「え?」
―――「あれって噂のホワイトハンターの人?」
―――「うわー、超可愛い! 女の子みたい! はぁはぁ、興奮する!」
―――「ようやくグラス・ギースから出てきてくれたのね。今が狙い目かしら」
気づけば事務所にいた女性職員たちが集まって、こちらをチラチラ見ながら騒いでいる。
他の場所はともかく、ハローワーク内ではある程度の情報が共有されるので、ホワイトハンターともなれば注目されないわけがない。
そういった女性職員から傭兵やハンターに情報が漏れ、知らずのうちにアンシュラオンの居場所がバレバレになるという最悪のケースだ。
「これは…薄々危ないと思っていたけど、本当に困った事態かもしれないぞ…」
「実は今までグラス・ギース支店によって、アンシュラオン様の情報は秘匿されていたのです。ホワイトハンターということはわかっていても、お名前は出ておりませんでした」
「え? そうなの?」
「こちらでも何度か問い合わせたのですが、情報を出してはくれませんでした。向こうの課長さんが頑固でして…」
「そんなことできるの? というか、していいの?」
「ハローワークでは滞在都市の支店に優先管理権があります。同じ組織ですが、やはり支店ごとにノルマや売り上げがありますから…」
「ああ、なるほどね。査定に影響があるのか。ねぇ、この情報ってここでまた止められる? あまり広まると困るんだよね。超個人的な家庭の事情なんだけど…」
「可能な限りやってみます。しかし、各地のハローワークを利用する場合は、どうしても照会を行いますので、その際はどうしようもありません」
「それはそうだね…かといって利用しないでいるのはつらいしなぁ。どこかで妥協するしかないのはわかっているんだけどね…」
「ポイントはどうされます?」
「デアンカ・ギースのポイントだからサナには入らないよね。でも、オレのポイントが上がればパーティー全体の評価も上がるのかな?」
「付与した場合は、お二人の合計650ポイントを割って325となりますので、ブラックハンター級のパーティーとして登録されます。現在のブルーハンター級より一つ上となりますね」
「ブルーもブラックもあんまり変わらない気もするし、もらえるものはもらっておこうか。どうせゴールドハンターまでまだ先だしね」
「かしこまりました。魔獣の素材のほうは裏の素材置き場にお願いします」
こうして「白の27」は、ブラックハンター級パーティーとなった。特に変わりはないが侮られるのも嫌なので、これはこれでいいだろう。
そして素材と懸賞金で、合計650万の収益を得る。
クレイジーホッパーの結晶は何かに使えるかもしれないので売らず、素材は通常個体だけのお値段だ。単価は安くても数がいたので大きな額となった。
(これで六百五十万か。飲食ホテル代含めて、だいたい一日五万だから滞在費にはなるかな。こうやって移動しながら魔獣を狩るだけで生活できそうだ。その代わり、姉ちゃんに見つかるリスクも高まるか…。打開策が浮かばないのも怖いなぁ)
姉がどこにいるのかいまだ不明なのが、一番の恐怖だ。
あの女性の執念は小百合などとは比べ物にならない。絶対に諦めるわけがない。
しかし、これだけ目立っても動きがない以上、姉に何かあったと考えるべきだろう。
(ゼブ兄や師匠が命がけで止めてくれたのかもしれない。精神衛生上、そう思うしかないよな。うん、師匠に関しては絶対にありえないけど。覇王のくせにだらしないからなぁ、あのハゲジジイ)
心の中で師匠をハゲ呼ばわりしつつ、アンシュラオンはハローワークを出て行った。
それを見届けた女性職員たちの女子トーク(一部高齢者含)は過熱。どう考えても噂の広まりを抑えられる気がしない。
「はぁ、すごかったですね。まさかうちにホワイトハンターがやってくるとは…。あれ? 課長、どうされたんですか? まだ相手にされなかったことを悩んでいるんですか?」
今しがたアンシュラオンの受付をしていた女性が、スルーされた男性に話しかける。どうやらまさかの課長だったらしい。
ハビナ・ザマ支店は、基本的に人が長期滞在しない場所かつ魔獣も少ないので、利用客はそこまで多くはない。そのため職員も半分以下で、暇な時は課長も窓口業務を手伝うことが多い。
その課長が、何やら端末の前で首を傾げていたので声をかけたのだ。
「いや、それはそれでショックなんだけど…ちょっと変な痕跡があってね」
「それって【ハローネット】ですよね? もしかしてハッキングですか?」
「さすがに外部からは無理だよ。セキュリティはとんでもなく強固だと聞くしね」
ハローネットとは、ハローワークに設置されている特別な情報端末で、ネットワークを経由して全世界の支店に繋がっているものだ。これを使ってハンター登録したり、あるいはダマスカス銀行の口座を開設したりする超重要なものである。
このネットは特殊な回線を使っており、常時本部所属の『ダイバー〈深き者〉』が見回っているため、まず外部からハッキングされる心配はない。
しかしながら、外部以外ならば話は異なる。
「外じゃないなら内側ですか?」
「そうだね。管理サーバー上で、さきほどの彼のデータを定期的に追跡しているアカウントがあるんだ。わかるだけで三つかな? アクセス履歴だけだからアカウント名まではわからないけどね」
「一つは本部ですよね。特別危険指定種の一件もありますし。でも、そのほかに二つですか? たしか管理用サーバーは役職が課長以上じゃないとアクセスできませんよね? 私たち一般職員は申請サーバーしか利用できませんし…」
「うむ…そうなんだよ。防犯上の都合で、利用者に関しては前歴も含めてチェックする決まりだけど、他の場所からアクセスする必要はないからね。照会依頼も来ていないようだし…」
「個人で勝手に情報を調べるのは職務規定違反では?」
「まだなんともいえないね。情報を悪用すれば違反だけど…見逃し防止で気になって再度チェックする場合もあるし、内部調査権を持っているアカウントかもしれない。うーん、とりあえず保留かな。うちみたいな小さなところが騒いで勘違いだったら恥ずかしいよね」
「課長、そういうところですよ」
「え?」
「久々のホワイトハンターですし、他の支店が興味を抱くのも仕方ないですよね」
「あ、ああ…そうだね。あの…そういうところって?」
「じゃあ、休憩行ってきまーす」
「あ、うん。行ってらっしゃい。…そういうところって…なんだろう? もしかして、さっきスルーされたのもそれが原因なのか?」
実際は全然関係ない理由なので、答えにたどり着くことは一生不可能である。
ということで、ハビナ・ザマ支店の課長はしばらく悩む羽目になったという。