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第38話 本当の魔王は唯桜なんじゃないかと思う今日この頃

「では、おくつろぎくださいませ」


 応接間で向かい合う俺とエレア。なんだ、このシチュエーション。


「い、唯桜(いお)さんってすごい美人ね~」

「あ? そうかもね。言ったと思うけど、家族みたいなものだから、あんまりそういう目では見たことないかな」


 これは本当のことだ。確かに美人であると思うし、たまに可愛らしさを出してくることもある。だが、機械人形(オートマタ)であろうとなかろうと、俺にとっては姉のような存在だ。……俺を魔王に仕立て上げようとするのは考えものだが。


「はぁ~」


 大きなため息をつくエレア。快活な彼女には珍しい。


「なんだよ、急に」

「えっとね。そういえば、私ってそれなりに長い付き合いと思うんだけど、リベルのことあまり知らなかったんだなぁって」

「そ、そうかな~。アハハ……」


 それはそうだろう。そこは努めて――ポロッと襤褸を出しかけたことは幾度もあったが――そうしていた。俺を取り巻く環境は複雑で一言では説明できる自信はないし、皇族であることがバレたら暗殺者を差し向けられるかもしれない。それに、うまく嘘のオブラートに包んで煙に巻くのも難しい。本来の魔王ならば容易い――なにせ顔色一つ変えずにうまい嘘をついていたのだ――芸当も、そこまで頭がよくない俺には不可能だ。だからこそ、エレアやランドには俺自身のことはなるべく話さないようにしていたのだ。


「なんか、誤魔化してる?」


 ぐっ、鋭い。いや、俺の嘘が下手すぎるだけかも。


 その時、神は俺に救いを差し伸べた。ノックの音!


「は~い」

「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」


 ナイス! ナイスだよ、唯桜さん! 君はやればできる機械人形()だと思っていた!


 紅茶とお菓子をお盆にのせた唯桜が応接間に入ってくる。気勢を削がれたエレアは借りてきた猫のようにおとなしい。唯桜の一挙手一投足を見つめていることから、彼女が気になって仕方がないのだろう。何故かは知らんけど。


「ん?」

「どうしたの、リベル」

「いや、なんでも……」


 さぞかし、ぎょっとした顔をしていたことだろう。


 応接間の扉の立て付けが最近悪くなっていたのだが、しっかりと扉が閉まっていなかったらしい。開いていく扉の向こうの廊下には、屋敷にそぐわないコンテナを運び込む男たちの姿。明らかに魔王活動のための物資搬入だ。


 ――一旦キャンセルしろよォォォォォォォッ! エレアが来るってわかってたはずだろうい!


 俺の心の叫びを聞いているのか、いないのか。唯桜は澄ました顔だ。こいつの胆力、一体どうなっているんだ? もしかして、エレアを巻き込む気か? いかんいかん。ランドのアホはともかく、エレアだけは絶対に駄目だ! 彼女がリベルの裏の顔を――つまり、魔王の正体と知った時、彼女は殺されてしまうのだ。


 なんとか、バレないようにするしかない。

 唯桜に目配せするも、彼女は意図を察せられずに小首を傾げた。かわいい。

 マズいマズいマズい。なんでこんな時だけ急に察しが悪くなるんだ!


 トイレに行く振りをして……いや、駄目だ。俺が扉に向かう時に、自然とエレアの視線は俺へと向く。そうなると、空いている扉の向こうにも目がいくはず。


 エレアの視線を何処かに向けている内に……いやいや、この場でエレアが興味持ちそうな物はない! 絶体絶命だ!


「そうだ! エレア様、面白い物をお見せしましょう」


 唯桜が突然思い立ったようにそう言うと、何処からともなくノートを取り出してきた。……何処か見覚えがあるような。


「なんですか、これ?」

「これはリベル様がしたためていた厨二の証、自作小説です」


 ――ん? 自作小説? 一応壮年程度の年齢で転生した俺が、前世ならいざ知らず、厨二小説なんて書いたことないはず……。だが、なにかアレを読まれるのはヤバい気がする!


「やめろやめろやめろ! プライバシー侵害だぞう!」

「なに、興奮しているの? さては――うふふ」


 なんか勘違いした様子でにんまりといたずらっ子な笑みを浮かべるエレアだが、ある意味では彼女に読まれたら一番ヤバい代物だ。


 アレは、俺が魔王の運命をどうやって切り抜けるかをシミュレートしたノートなのだ。記憶に残る『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』のあらすじや設定も、覚えているだけ文書にしている。つまり、魔王の正体はおろか、エレアが亡くなる事実まで書かれているのだ。


「へ~。どれどれ……」

「ヤメロー! 貴様ァ、どれだけ残酷なことをやろうとしているのか、わかっているのか!」


 思わず口調まで変わってしまった。本当に読む気があるのかはわからないが、今にもページをめくりそうなエレアに、俺の汗腺は結界寸前だ。いやな脂汗がドバドバ分泌されている。


「エレア様。残念ですが、リベル様が駄目とおっしゃるので、誠に遺憾ではありますが、お返しください。代わりに、リベル様の恥ずかしいアルバムをご覧いただければ……」

「え? アルバムですか? 見たい見たい!」


 アルバムの前に、俺のノートは興味から外されたようだ……。た、助かった。


 ふと見れば、扉はしっかりと閉まっていた。唯桜の奴、しっかり心得ていたんじゃないか。


「や~ん、かわいい」


 ん?


「ええ、この頃のリベル様はかわいらしかったですよ。おねしょをして、母君にバレたくない一心で、私に洗濯を命じられましたね。当然、私は母君にご報告いたしましたが」


 オイィィィィィィィィ‼ なんて写真見せちゃってるんだ! あれは仕方ないんだ。転生してわかったけど、子どもの身体は尿意の我慢ができないんだ! 不可抗力だったんだ!


 俺はなまじ転生しているからこその辱めを散々に味わった。くそう、唯桜の奴……!

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