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わたしは今日も絵を描く  作者: 白瀬 直
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第6話 “夏目こころは天才である”

 しづかさんが帰ったあと、次の絵を塗るのではなく新しい下絵を描いてみて、なんとなく鉛筆の走りがよかったので描き上げてみる。格好いい大人のイメージが少しずつ膨らみ、煙草を咥えた女性が描けた。


 うーん、格好いいけど、やっぱしづかさんとはどこか違う。元々スーツということで男女判りにくい体つきにしたけど、何か足りないような気もする。

 それが何なのか、客観的に見ている今はもう、これがいいんだっていう熱を吐ききってしまっていてよく判らない。そういうときはいくら考えても判らないことが多いなのであまり気にしないことにしている。


 今日描いた分を乾燥室に運んでイーゼルを片付けると、いい感じに日が暮れていた。相変わらず気温は下がっていないけれど、太陽は山の向こうに沈んで蝉の声も少し小さくなっている。

 二階に上がってリビングへ行くと、お父さんが何やら本を開いていた。


「ただいま」

「おかえりー。お母さんまだかな」

「多分、そろそろ終わると思うけど」


 お母さんが終わる時間はいつもまちまちだ。昨日みたいに夕方に切り上げることもあれば、もっと遅い時間まで籠もっている時もある。今日は水彩だったから片付けも一人でできるはずで、お腹が空けば上がってくるだろう。


「それ何?」

「個展のパンフ。しづかさんが持ってきた」

「こんなのあるんだね」

「お母さんの個展では初めてだな。僕の知らないことまで色々まとめてあって、懐かしくなって読み込んでた」


 個展は、その画家が今まで描いた作品の一覧みたいなもので、まだ買い手のない作品とかはそこで買われたりもする。なので作家自身よりもそれを取り扱っている周りの人の方が気合を入れていることが多い。特にお母さんの場合はその傾向が強かった。


 パンフレットは、そんなお母さんの絵が解像度の高い写真でいくつも載っている。筆が速く作品数が多い上に種類も作風も様々なので、分類は大変なのだろう。パンフレットにはそこそこの厚みがあった。

 初めの方のページにはお母さんの来歴が、


「ってうわ。何これ」


 初めの数行こそ、何年にどこどこで生まれてって情報だけど小学校に入学して以降、一年がめちゃくちゃ長い。

 それはほとんど、夏目こころの歴代受賞コンクール一覧だった。 しかも、聞いたことのある有名コンクールはほとんどその名前が載っていた。


「改めてみるとこれほんとすごいよな。しづかさんも良く調べたよ」


 優秀賞、金賞、最優秀賞、大賞、審査員特別賞。名前はそれぞれで違ったりしているけど、ほとんど全部「一番」だ。

 小学校の間でも高学年になると「〜歳の部」って書いてあるものが少なくなっているので、多分大人向けのコンクールも混じってる。

 何年も連続で取ってる賞もあるし、一度だけのコンクールもある。何を基準に出すのを決めたのかは判らない、というかこの分だと多分「出さないコンクール」を選んだって方が正しいかもしれない。それくらい、出せるコンクールは全部出して片っ端から総なめにしている。


 そんな、才能の塊がその見開きに詰まっていた。

 高校生になってからは、ほとんどが海外の賞だ。


「この辺があれだね。しづかさんに会った頃。最初の個展もここか」


 そこから賞の数は増えていかない。ただ、減ってもいかない。

 挑戦の場が変わった、ということなんだろう。

 そんな風に眺めていて、目に止まる文字があった。


『日本絵画大賞 文部科学大臣賞』


 小学校の時の受賞記録で、これだけが太字になっている。


「この太字のってやっぱりすごいの?」

「そーだね。多分日本じゃ一番有名かも」

「そんなに?」

「毎年5000点くらい応募あるらしいからね。日本で一番大きい賞だよ。それに、お母さんこれ取った時9歳だったし」

 9歳。今のわたしと同じ歳だ。


「史上最年少で、未だに更新されてないと思う」


 その言葉を聞いて頭の奥で何かが光った。

 それは、わたしが何かを見つけた瞬間だった。

 静かに、だけど確かに何かが変わって、今の自分がどのくらいの位置にいるのかを確かめたくなった。


「僕も初めてあった時から名前だけは知ってたもんな。そのくらい、僕らの世代では有名……」

「お父さん」

 お父さんの言葉を遮る。


「わたし、これ出したい」


 わたしの発言に、お父さんは微妙な顔をした。無表情に近いけど、ほんのちょっと呆れてるようで、そして少し嬉しそうにも見える顔。

 そして少しだけ視線を逸らしてちょっと考えて、


「……難しいよ?」


 わたしの目を見ながらそれだけ言った。

 言葉足らずなわたしの意図をくみ取って、わたしが何をしたいのか判ってくれたその上で、それを止めたりはしなかった。そうしてくれるだろうって考えはわたしの中にあったけど、それでもやっぱり。


「ま、頑張りな」

 応援してくれた。


「うん」

 そうして一つ、明確な目標ができる。


「わたし、全部頑張るから」

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