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わたしは今日も絵を描く  作者: 白瀬 直
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第1話 夏目アリス

 マイクを通して体育館に朗々と響く教頭先生の声に、ほんの少し緊張する。何度やっても、大勢の視線が自分に集まる状況には慣れない。


 こうして壇上に上がるのが何度目か、もう数えていない。小学校最初の終業式から毎回上がっているものだから、多分みんな「またアイツか」くらいに思っているだろう。それこそわたしも自分以外で表彰されている人にそんなに興味などないし、多分小学生はみんな大体そんな感じだと思う。


 わたし自身、そろそろいいんじゃないかって気持ちも少しはある。はじめこそ、

「すごいな! 何度もできる経験じゃないぞ!」

 そう言っていた担任の直木先生も、一度と欠かさない頻度で表彰されるようになると、

「すごいな。次はどこの賞だ?」

 と、褒めた直後、原稿を作るのに必要な項目を聞いてくるようになった。まぁそれでもきちんと褒めてくれるので、悪い気はしないのだけど。


 体育館の檀上。わたしと入れ替わりで階段を降りていくサッカークラブの男子達を横目に、敷かれた緑のシートの上を上履きの底を鳴らさないように静かに歩く。

 わたしがここに上がるときはいつも一人だ。なので、受ける視線の数が相対的に多くなっている気がして、チームで表彰される人たちはわたしよりちょっと楽なのかもしれないとか、そんなことを考える。

 まぁ、わたしにそういう機会はないだろうけれど。


「夏目アリスさん。青少年国際絵画コンテスト、優秀賞。おめでとう」

「ありがとうございます」


 真面目な顔の校長先生から賞状を受け取った。今までと同じように背中越しに大勢のまばらな拍手を受ける。拍手と視線を集める背中はほんのり暖かくなって、むず痒さを覚えながら振り返る。

 そこそこ広い体育館に集められた児童たちの前で、軽く一礼。形だけでも褒めてくれるあまりよく知らない人たちに、形だけでも感謝を伝える。


「夏目さんは、このコンテストの日本代表に選ばれましたので、夏に行われる国際コンテストに参加します。頑張ってください」


 日本代表、という言葉にちょっとだけどよめきの声が上がる。頑張るも何も後は審査を待つだけなんだけど、一応「頑張ります」とだけマイクに乗らない声を投げてもう一度頭を下げる。

 嬉しいかと言われれば、ちゃんと嬉しい。でもそんなに大きくはない気もする。最初の頃こそ物珍しさとかで話しかけてくれる子はいたけど、今では当たり前になってしまった表彰に、特に仲良くならなかったクラスメイト達は余り興味を示さない。


「別に、いいけどね」


 壇上から降りる階段で呟いた言葉を、誰かに聞かせるつもりはなかった。




 通知表にハンコで押された自分の名前を眺める。

 夏目アリス。

 有名な童話の主人公と同じカタカナの名前。苗字も難しい漢字ではないので二年生の頃には自分でフルネームが書けていた。

 ありす、という言葉の響きが好きだ。可愛らしく、短く、歯切れがいい。


 さっきの校長先生みたいに、わたしの名前は色んな所で、色んな人に読んでもらえる。それはだいたい大人の人で、その名前に込められているのはほとんど音だけだ。相手のことを呼びかけるときに使うわけではなく、「わたし」を表す記号として、夏目さん家のアリスちゃんとして読まれるだけ。

 それはほんの少し寂しいなとは思う。せっかくいい名前なのだから、もうちょっと呼ばせてあげたい。


 そう思うけれど、今のところ、名前で呼び合うような友達は居ないのだった。


 渡された通知表には、たくさんの「よくできる」があった。「できる」は数えるほどしかないし「もう少し」は1つも無い。勉強も、運動も、クラスで一番になれるくらいにはできた。

 身体は思うように動いたし、頭もしっかり回る。知識を蓄えるのも苦にならず、色んなもので「よくできる」を貰う自分は「優秀」なのだと、わたしは割と早い段階で気付いていた。多分一年生の終わりくらいには。


 それから色々な一番を貰ってきたけれど、それでも、絵で一番になるのは他の一番とは違う嬉しさがあった。


 小さい頃から描いていた絵をコンクールに出すようになったのは小学校に上がってからの話だ。小学校に上がってすぐ、お父さんの勧めで出した水彩画コンクールで小学生部門の最優秀賞を取って以降、色々なコンクールに参加し、参加するたびに一番を取った。


 最優秀賞や大賞の数は、コンクールに応募した数と同じだった。時には特別賞という形で表彰されることもあったけど、それはそれで自分の描いた絵は特別なんだと聞かされているようで悪い気はしなかった。


 そうして、色んな人の絵と自分の絵を比べる機会を得るたびに、少なくとも同世代の中で自分の絵は優れてはいるのだと認識できて、それはまぁ、真っ直ぐに言って嬉しかった。


 自分が楽しみながらやってきた好きな事が周りに評価されるっていうのはやっぱり気持ちのいいことだった。それを優先するばっかりに学校の友達と遊ぶ機会が減っているんじゃないかってお父さんに指摘された頃には、もう誘ってくれる友達が居なくなっていたけれど、それに対する寂しさはあまり大きくなかった。


 友達と遊ぶことが楽しくないわけじゃない。好きな漫画の話をしたり、一緒にゲームをしたり、外に出かけたりすることに抵抗があるわけじゃない。

 ただ、わたしはそれらより絵を描くことが好きなだけなのだ。


 学校からの帰り道、一人で道路脇の歩道を歩いているときにも、頭の中は寂しさより楽しさでいっぱいだった。

 何しろ、今日は終業式。ということは明日からは夏休み。

 学校の宿題はたくさんあるけれど、それよりなにより一日中絵を描いて過ごすことができるのだ。

 描きたいものはどんどん浮かぶ。実際にある風景を、心の中にある抽象を、物もなんでも思うままに、時間のある限り描いていたい。今までやってなかったものにも挑戦したい。


 そわそわした心に押されるように、わたしは自然と駆け足になった。

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