第7話 デート……これはデートなのか!?
俺の買い物を終えると、カフェで一休憩する。
「はー。疲れた」
「あら。だらしないわね。男は体が資本でしょう?」
「……ん?」
体の一部。特に男性の象徴がもぞもぞするぞ。
視線を落としてみると、スライムが俺の股間の辺りを触っている。
「……あの、紗緒梨さん?」
「なにかしら?」
澄ました顔で応じる紗緒梨。明らかにその右手は机の下を通して、俺の股間を触っている。
正直、何をされているのか分からない。
「なぜ、触っているのかな?」
「あたしたち、スライムは男性のアレの液体が栄養になるの。だ か ら ちょーだい♡」
「やらねーよ!」
俺は懸命にスライムを引き剥がす。
ガタッ。
机に腕があたり、塩がこぼれ落ちる。
「ぎゃっ!」
紗緒梨は声を上げ、スライム手を引っ込める。
「……紗緒梨さん?」
「な、なんでしょう?」
「もしかして塩が苦手?」
「そ、そんなことないですよ! ええ」
ジト目を向け、近寄ってくるスライム手に塩をかける。
「うぎゃっ!」
スライムには塩が効くようだ。
浸透圧の問題だろうか?
紗緒梨は「うぅぅ」と泣きながら、カフェラテを飲む。
「カフェラテは大丈夫なんだな」
「ええ。普段は人間の下に合わせているの」
舌、の意味が違う気がするが、あえてスルー。
「でも栄養はとれないんじゃないか? その……あれじゃないと……」
「そんなことないわよ。ただ、あれだとお酒みたいに気持ちいいの♡」
うっとりと妖艶な笑みを浮かべる紗緒梨。
「って! お酒、飲んだことないだろ! 未成年!」
「ただの比喩表現よ。気にしないで」
なんとなく分かった気がする。
ネコに対するマタタビみたいなものなのだろう。
休憩を終えると、紗緒梨がアパレルショップに行きたいらしい。
女性用の洋服店は全然いたことがないが、仕方ない。
従わないと、何をされるか分かったもんじゃない。
彼女はスライムなのだ。
「どうかしら?」
紗緒梨は、自分にワンピースをあてて、見せつけてくれる。
紫色で、ひらひらのフリルがついている。けど……
「似合ってないな……」
大人っぽ過ぎる。
「うふふふ。これはデザイナーさんがあたしのために選んだものよ」
「な、なん……だと……」
驚いた。まさかデザイナーが直々に選んだものなのか。それなら……。
いや、だがしかし。俺が間違える訳がない!
「あなたの価値観は間違っているわね。その人の魅力を引き出すのが洋服の力よ!」
紗緒梨はビシッと指を指し、仁王立ちする。
「次はこれよ」
白の無地のシャツに黒い長めのタイトスカートを試着している。
「これも大人っぽくないか……?」
「うふふふ。あなたはファッションセンスが壊滅的なのね。大丈夫よ。これはあたしの魅力を存分に引き出しているわ」
「なっ! 俺のセンスが壊滅的だとっ! そんな訳あるか! 俺にできないことは――」
スライムが眼前に迫り来る。
「――なんでもないです」
この俺が暴力に屈するとは……。
イケメンとはなんだ? どんなものにも屈しないなのではないのか?
「くそっ」
小さく吐き捨てると、紗緒梨がにこりと邪悪な笑みを浮かべる。
「すいません」
その後も、ボーダーとマキシスカート。
白いブラウスにボーダー、ブループリーツスカート。
ネイビーシャツに黒いタックパンツ。
黒いジャケットにデニム。
などなど。
すでに、紗緒梨の一人ファッションショーが始まっていた。
しかし、どれも大人っぽく、年相応になっていないように思える。
「年相応の恰好をしてもいいんじゃないか?」
「うふふふ。分かっているくせに。あたしの容姿は大人っぽいので、それに合わせているのよ」
「確かに、容姿にはあっているかもしれないが。でもまだ若いんだから、遊び心があってもいいじゃないか」
紗緒梨は少し驚いたような顔をして、すっと目を細める。
「……何かおかしいこと言ったか?」
「いいえ。あたしにはない考えだったわ」
ん? 普通の意見を言ったつもりなのだが。
結局、紗緒梨は何も買わずに店を出た。
何をしに店に入ったんだよ……。
それにしては、スキップしていて嬉しそうだし。
「紗緒梨さん。次はどこに行くんだ?」
「うふふふ。どうする? あたしとのデートプラン」
「で、でででーと!?」
俺と紗緒梨はいつの間にか、デートしていたのか!?
デートって仲の良い男女が一緒に出かけるというもの。
――ってことは、これもデート!?
「うふふふ。嘘よ。これはただ出かけ先でたまたま出会っただけの話」
「そ、そうか……」
しかし、俺の中では解が出てしまった。
これはデートだ。しかも、脅されデートだ。
スライムは自在に体を変えられるし、なぜか男性の衣服を溶かすし。
今後もいいように使われると思うと、ため息が出る。
「あら? あたしと遊ぶのは楽しくないかしら?」
「そう思うなら、足を踏むのを止めてもらえませんかね?」
痛い。あと痛い。主に周囲からの視線が。
ぐぅぅ~と腹の虫がなる。
「うふふふ。そろそろお昼ね。どこにがいいかしら?」
「え、ええっと……」
確か、こういった時は大衆食堂やファミレスはダメなはず。
どこかいいところはないか? と探していると紗緒梨が指を指す。
「ここがいいわ! サイドリヤ!」
「ええ~」
何それ。ファミレスはダメなんじゃないの。
しかも、「どこがいい?」と聞いておいて、こっちが「この店はどう?」って提案すると、ダメだしされるパターンじゃないですか。
ネットではよく話題になるけど、実在するとは……。
どうせ、都市伝説だとばかり思っていたのに。
「ごめんなさいね。面倒くさい女で」
なぜだろう。女という言葉を強調されたような気がする。
しかし、
「自覚はあったんだな」
「ええ。あたしは自分を知っているもの。あなたと違って」
勘違いでなければ、俺のことをけなしていないですかね?
「だってあなたのセンス」
「語尾に笑いが含まれているのは気のせいじゃないよな! 完全に俺をバカにしているだろ! こんちきしょう!」
「うふふふ。面白い反応をするのね」
どうやら、俺は紗緒梨の手のひらで転がされていたらしい。
そう思うと今までのことが急に恥ずかしくなる。
「注文はどうするのかしら?」
「ん。俺は『オニオンソースのハンバーグ』を」
「あたしは、『ミートスパゲティ』でも頂こうかしら」
注文を終えると、訊ねる。
「スライムは普通に食事ができるのか?」
「人間の状態なら普通に食事できるわ。完全スライム状態だと、丸呑みだわ」
「想像しただけで身震いするな……」
苦笑しつつ、喉の渇きを潤す。
その間にハンバーグやスパゲティが届く。
「ハンバーグが好きなのかしら?」
「ん。ああ。好きだな」
ガツガツとハンバーグを食べ終えると、紗緒梨はスパゲティを丸呑みをしている。
「結局、丸呑みじゃねーか!」
スライムじゃなくてもそうなのかい!
「スパゲティは好きなのか?」
「いいえ」
「じゃあ、なんで頼んだし……」
俺にはよく分からん。