第5話 ショッピングモールにて。変態と。
五月四日は、みどりの日。
自然にしたしむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむのが目的らしい。
しかし、イケメンであるこの俺の心はどこまでもイケメンなのだ。
昨日、七瀬春夏とコスプレ喫茶で出会い、大変な一日となった。
今日は違うところに行き、休日の一時を過ごしたいと思う。
それにあたり、かっこいい服でも買いに行くか。
隣町にある大型ショッピングモール【SIRO☆BOSHI】。
先月オープンしたばかりで様々な店舗が入っている。一駅で行けるので利便性も高く、休日を過ごすにはもってこいだ。
三十分もしない内に【SIRO☆BOSHI】につくと、適当に歩いて回る。
どんなお店があるのか、気になる。
ふと、店内の端に見かけた顔を見つける。だが、会いたくない相手なので通り過ぎる。
「あ。キミはあの時、学食で一緒した男性ですね」
スルーしようとしたが、無理でした。
やはり、このイケメンオーラからは逃れられないのか。
「あー。どちら様でしたっけ?」
こうなったら知らないふり作戦だ。
「あたしは早乙女紗緒梨。十七歳。四月十日生まれ。童顔好き。攻める性癖を持っているわ」
「いや、自己紹介でそれはどうなの……」
少なくとも性癖はいらないです。
「あなたは?」
「俺は赤羽涼太。イケメンだな!」
しまった! なぜか、律儀に答えてしまった。
テキトーで良かったのに。
きっと美少女であるせいだな。
長い茶髪をツーサイドアップにしており、可愛らしい容姿をしている。
今は空色のワンピースが爽やかな印象を与えている。
どっかのコスプレ露出狂とは大違いだ。
だが、しかし。
この娘も童顔好きのSと名乗っている。油断はできない。
学食の件もある。
つまりは第一印象が……あれだったのだ。それで信頼とか生まれる訳がない。
「何をしに来たの?」
「え。いや、買い物に」
そうだ。ここで、クールに去れば、纏わり付かれることもない!
そうとなれば実行あるのみ。
「じゃあ、そういうことで!」
「待って」
足を動かすと同時に、早乙女は俺の目の目に一瞬で移動する。
「な、なんだ。今の動き……」
見えなかった。まるで手品にでもかかったかのように。
……いかんいかん。イケメンはこんなことで動揺しない。
頭を振ると、努めて冷静に問う。
「あー。まだ何か用?」
少し冷ために。
もうこちらには用がない。と言わんばかりに。
「あたしと一緒に買い物した方が楽しいわよ?」
「は? なんで?」
「いうことを聞いてくれたら、イイコトして あ げ る♡」
早乙女は妖艶な笑みを浮かべ、唇に指を当てる。
「いいこと……とは?」
ゴクリと唾を呑み込み、その視線をたわわな胸の膨らみに向ける。
「あら? こちらの方がいいのかしら?」
早乙女は俺の手を取ると、その膨らみに押しつける。
「おお。柔らかい……」
感動のあまり、つい本音が漏れる。
「ふふふ。遠慮することはないのよ。もっと弄んでいいんだから」
魅惑的な発言と声色に従いそうになる。
いや! イケメンはこんなことはしない!
一人の女の子を大切にし、命をかけて守る者だ!
俺は胸から手をどけると、
「全く。こんなおままごとに付き合っていられるか」
吐き捨てるように言うと、早乙女は頬を赤らめる。
……ん? なぜ、赤らめた?
「ふふふ。あなた、中々に面白いわね」
興味深そうに俺を観察し始める早乙女。
なにがどうなったのかは分からないが、早乙女の琴線に触れる何かがあったらしい。
なぜか、背筋がぞわりと逆立ったような感覚を味わう。
「あなたはもう、あたしからは逃れられないの。それにそんな服装で買い物をするつもり?」
「何を言っているんだ?」
早乙女が指さす俺のズボンを見る。
そこには大きな穴がぽっかりと空いている。
「えっ! 何これ!?」
先ほどまで、こんな穴は空いていなかったはずだ。
と、なれば犯人は目の前にいるのだろう。
じっと観察すると、左手を後ろに隠している。
「その手に持っているものはなんだ?」
「え。さ、さあ?」
「見せろ!」
半ば強引に、その左腕を掴む。
そして、
ぬちゃ。
ねっとりとした音とともに、手に粘度の高い液体が触れる。
「え……。何これ……」
困惑の色を隠せない。
半透明な緑色の液体が手についている。
手を広げたり閉じたりするが、その液体は離れない。
「あ~あ。バレちゃった」
悪戯っぽく笑う早乙女。
その左腕は手首から先がなく、そのつなぎ目から半透明な緑色の液体を垂らしている。
「……それ。何」
「これはスライムですわ」
「すらいむ……?」
早乙女は液体を人間の手に変化させると、握ったり開いたりする。
「よくファンタジーやゲームで登場するあれよ。あたし、スライムなの」
「こ、こいつ、人間じゃねーのか!?」
驚きのあまり声を上げる。
道行く人々が振り返るのを見て、俺は早乙女の手をひく。
「ちょっと、こっちこい!」
「あたしはこのまま、いやらしいことされるんだわ!」
「なんで歓喜の声を上げているンだよ! てかしねーよ! できねーよ! スライムなんだろ!」
「あら? スライムにも〇〇はあるわよ?」
「それ、女の子が言うセリフじゃねー! てか、スライムって何だよ!」
とりあえず、落ち着けるベンチまで辿り着くと、息を整える。
「きゃっ!」
ぐにゃり、と音を立てて早乙女は躓き、前のめりに倒れる。
「お、おい。大丈夫か?」
振り返ると、そこには顔面から倒れ込む早乙女。
突き上がったお尻が、スカートが、はらりとめくれ、本来隠されているはずの布をさらす。
「く、くまさんパンツ……」
その驚きの声を聞いた早乙女は慌てて、スカートで隠し、立ち上がる。
「べ、別にいいでしょう! あたしにだってパンツを選ぶ権利くらいあるわよ」
涙目でキッと睨んでくるが、それを見た後だと、全然怖くない。
「いや、別に否定はしてないが……」
だが、高校生にもなってくまさんパンツはどうなんだ?
最近の女子高生はそんなもんなのか? 知り合いがいないから分からん。
あ。一人知り合いがいたが、あいつは履いていなかったな。
参考にならんな。
「と、とりあえず。このズボンの穴はなんだ?」
しかも丁度、チャックの辺りだ。
「あ。あたしの液体は男性用衣服だけおを溶かす効果があるの」「使えねー」
どうせなら女性用衣服も溶かしてくれよ……。
今度は俺が涙目になるハメになった。