第2話 コスプレ喫茶へようこそ!
五月の一週目。
その時期にあるイベントといえば、もちろんGWだ!
五月三日は憲法記念日。憲法の制定を記念する日とされているが、俺には関係のない話だ。そもそも俺が法律だ。
そして、学生なら五日間の休日を持て余す。
共働きしている俺の両親はGWでも関係なく働いている。いわゆる、社畜だ。
朝帰りや休日出勤、出張など日常茶飯事でもう慣れた。
昼までごろごろとすごしていると、腹の虫がお昼を告げる。
こんなにかっこいい俺でも腹は減るのだ。しかたない。
友だちのいな……孤高の俺は友情料など必要ないし、交際費や遊ぶ出費もかからない。
そのため、貯蓄はそれなりにある。
その金を握りしめ、外食をする決意をする。
もともと、外で食べるのは好きなのだ。
革ジャンを羽織り、意気揚々と玄関を飛び出す。
それにこうして外を出歩いていると、周囲から熱い視線を受ける。
きっと(あの人、かっこいい!)となっているのだろう。
駅前にはいくつもの外食店があり苛烈な価格競争を行っている激戦区。
どの店で食事を済まそうか? と考えているとメイド服を着た女性がチラシを配っている。
「よかったらどうぞー」
可憐な女性が働いているのだ。イケメンとしては当然、協力するだろ。
俺は微笑を浮かべ、チラシを受け取る。
「何々? コスプレ喫茶【セブン・リフル】。初めて聞く名前だ」
「昨日からオープンしたんですよ! お暇ならぜひいらしてくださいね!」
そんなに献身的な姿を見せられたら、イケメンとしては行かねばなるまい。
「分かりました。行ってみます」
チラシに載っている地図を頼りに路地裏に入り、角を曲がる。
「ここか」
外観は近代的なヨーロッパの喫茶店。そこにキャラクターのイラストが描かれた看板が目を惹く。看板にはコスプレ喫茶【セブン・リフル】と書かれている。間違いない。
こういった喫茶店に入るのは初めてだが、前々から興味はあった。
この地域はアニメのお陰で観光地として再建を果たした街でもある。そのため、アニメ系の文化は賑わっているのだが、俺はオタクではない。
アニメは人気になっているなら、見てみる程度には好きだが、積極的に見ている訳ではない。
コスプレ喫茶のドアを開けると、目に飛び込むのはメイドやアニメキャラの恰好をした店員たち。
中には男性もいて、黒い二刀流の剣士の恰好をしている。その姿をアニメで見たことがあるが名前が思い出せない。
他にも頭のおかしい爆裂娘や蒼い髪と背中に蝶のような羽を模した女性などが、接客業に勤しんでいる。
「お帰りなさい。ご主人様」
これは中々いい雰囲気だ。
店員たちが俺をご主人と呼んでくれるとは!
ふっ。俺にもついに従属を得たか。
そんな感慨深さを感じつつも、メイドの一人が駆け寄ってくる。
その店員のメイドに案内され、二人席の椅子に座る。
「メニューが決まりましたら、お申し付けくださいね」
席に着いてみると、普段の喫茶店と大差ないのな。
メニューを手にし眺めるが、どれもこれも華やかなメニューばかりで、若干の居心地の悪さを感じる。
オタクにとっては喜ばしいのかもしれないが、孤高の存在である俺には厳しいものがある。
このメニューを見ていると、本当においしい飯を提供してくれるのだろうか? と思えてしまう。
「ん?」
ふと、一つのメニューに目がとまる。
俺の大好きなチャーハンがあるではないか! コラボメニューと記載されているのが気になるが……。
「すいません」
近くにいるアニメキャラの店員を呼ぶと、そのダークブラウンの髪をなびかせて振り向く。
「は~い!」
元気よく振り返ったその店員は、よく見た顔であった。
「な、七瀬。なんでいるんだ?」
「あ。赤羽君だ。ここは私の家だよ? ママが喫茶店を経営しているの!」
知らなかった。
まあ、同じクラスになって一ヶ月。しかも初めて会話をしたのは昨日だ。
そりゃ、知る訳ないか。俺のような成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能な訳でもないし。
こんなにかっこいい奴は滅多にいないからな。
「お客様、どうなさいました?」
すっかり接客モードになった七瀬をよく見ると、
……うん。おかしい。
俺の目がおかしくなったのかな?
七瀬はフェイントの赤いセインバーのコスプレをしている。
赤を基調とし白色がいい色味を出しているドレス姿。
そこまではいい。
問題はスカートだ。透ける素材であるシースルで出来たスカート前面はパンツがくっきりと見えている。
「あの……七瀬さん?」
「はい? なんですか?」
「パンツ見えているけど恥ずかしくないの?」
「ああ。これ見せるパンツなので恥ずかしくないですよ!」
「そかそか。そりゃ、恥ずかしくないよな。パンツなんだもんな。……あれ?」
納得したように思えた俺の脳にストッパーがかかる。
「それって結局パンツじゃね?」
「あ! 申し訳ありません!」
俺が怪訝な顔で指摘したのが効いたのか、七瀬はペコリと頭を下げる。
「お水がまだでしたね!」
「いやいや、待て! その服装はどうなんだ!? お前、まだ高校生だろ!」
咎める声は届かず、七瀬は水を取りに行く。
「お待たせしました。お水です」
「あ、ああ。ありがとう」
困惑する。同級生がスケスケのスカートを履き、パンツを露出しているのだ。
しかし、この七瀬は学校にシスター服で来る変人だ。気にしないようにしよう。
「注文いいかな?」
「はい!」
「このチャーハンを一つお願いします」
「え? 赤羽君はそっちの趣味だったの?」
何を言っているんだ? ただのチャーハンだろ。
「問題ないだろ」
「わ、分かりました!」
七瀬は注文をとると、急いで店の奥に消えていく。
数分後。
「お待たせしました!」
七瀬が運んできたチャーハンは二人前くらいある。そしてその後ろには男性店員。
チャーハンを机に置くと、男性店員が向かいの席に座り、スプーンでチャーハンを掬う。
「お、おい! 俺のチャーハンだぞ!」
文句を言おうとする口にチャーハンが放り込まれる。
「うぐ! なにゅしゅんだの!」
「当店のサービスになります。こちらの【秋夜と冬夜特製チャーハン 食べさせ合いっこもあるよ!】の特別サービスになります!」
「いらねー! つか、なんで男同士で食べさせ合わせなきゃならんのだ!」
「えー。だって元々、女性向けのサービスだし。それを選んだのは赤羽君だよ?」
確かに選んだが、そんなこと記載されていたか?
「はい。虫メガネ」
「おう。サンキュー」
虫メガネでよくよくメニューに目を通すと、小さな文字で【食べさせ合いっこもあるよ!】と記載されている。
「マジか……。でもこの小ささは反則だろ……」
「じゃあ、お詫びに私が食べさせてあげよっか?」
七瀬は男性店員をどかし、向かいに座ると、スプーンを手にする。
なななんだと! 確かに食べさせ合う行為は全男子の憧れのシチュエーションだ。垂涎ものだろう。
「なら、お言葉に甘えて」
「はい。あ~ん!」
大きく口を開け、頂くチャーハンは格別な味がした。
うまい!
「ところで…………どう?」
「何が?」
チャーハンを頬張りつつ、訊ねる。
「私の恰好」
俺は吹き出しそうになるチャーハンを押しとどめ、水で押し込む。
相変わらずスケスケのスカートを履いているのだ。
「ムラムラする?」
「いやいや! そ、そんな訳ないだろ!」
そもそもパンツはチラリと見えるのに意味があるのだ! 見せるためのパンツなどパンツじゃない!
……あれ?
「なんだ。ムラムラしないのか……」
残念そうに呟く七瀬春夏。
なんで残念そうなんだ?