第十六話 トールくんのどの辺を好きになったの?
「それにしても、《強火》とか《弱火》のルーンとか、普通考えないよねぇ」
フライパンで肉が焼ける音を聞きながら、エイルフィード神が心底感心したとうなずく。
その気配を背後に感じつつ、アルフィエルは意識をハンバーグのパティへと集中する。あえて。
「火力調整が難しいなら、最初から三種類用意しようとか発想が贅沢というか、ブッ飛んでるって思わなかった?」
「便利なのは間違いないです……間違いない」
さすがに、大枠でほぼ同じ感想を抱いたとは言えなかった。
だが、エイルフィード神がそんな微妙な感情を斟酌するはずもなく、今度は水道の水を出したり止めたりし始める。
水道と言っても、実際に水を引いているわけではない。これも、トールのルーンの力だ。
「この《創水》のルーンの使い方も、なんというか、才能の無駄遣いみたいな?」
「なにしろ、ご主人だからな」
トールを褒められているうちに緊張がどこかへ行ってしまったのか。パティの焼き加減を見つつ、アルフィエルは大きな胸を張って答えた。
「神サマ的にはね、こういうのどんどんやって欲しいんだよね」
「……そうなのか?」
「うんうん。ルーンは自由だからね」
残りは、余熱で火が入る。
そのギリギリのタイミングで、アルフィエルはパティをフライパンから引き上げた。
そうしながら、フライドポテトの様子も確認する。
忙しいが、エイルフィード神の話もおろそかにはできなかった。
「それなのに、神サマが最初にお手本で示したルーンからあんまり逸脱してくれないし」
「お手本」
特に強い力を持つとされる原初のルーン。
その存在は、アルフィエルも知っている。
まさか、エイルフィード神がそれをお手本だと認識しているとは思わなかった。
仮に、神託として伝えたとしても信じてもらえそうにない。
「なんというのかな。客人の周辺って、元々世界の揺らぎが存在するんだけど、トールくんの周囲はわりと極端でね。それで神サマが降臨する余地もあったんだけど、それもトールくんの自由なルーン使いにあると思うんだよね」
「ちょっと待って欲しい。今、自分はとんでもない事実を伝えられようとしているのではないか?」
今度は鉄のざるでフライドポテトを取り出しながら、猛烈に悪い予感に襲われる。
かといって、ポテトをおろそかにはできない。油を切りつつ、早く塩を振らねば。何度かの調理経験から、速度が勝負だとアルフィエルは知っていた。
そして、ここで素直に止まるエイルフィード神ではないことも。
「この世界の人間は保守的というか安定しているというか、まあ、それ自体は悪くないんだけど、多かれ少なかれ変化も必要なんだよね。だから、客人なんて形で、無理矢理強引に変化をもたらそうとする」
「ご主人は、それで……」
自ら望むことなく、しかし、世界に望まれこの世界へやってきたトール。
そのこと自体は、すでに消化しているようだが、アルフィエルとしてはそこまで割り切れていない。
だから、話の矛先を変えてしまった。
「つまり、エイル様がこうして降臨したのも、変化をもたらすため……?」
「そこはガチで休暇だけどね」
「そ、そうか」
冷蔵庫から出したレタスとスライスしたトマト。
さらに、ピザの時にも活躍したトマトソースをあわせてハンバーガーを完成させながら、どこまで本気にすべきか悩むアルフィエル。
悩みながらも料理の手は止まらず、試作品が完成した。
「何度も、付き合わせてしまい、申し訳ありま……申し訳ない」
「全然、気にしなくていいよ。役得役得」
居間へと移動し、アルフィエルはハンバーガーとポテトの皿を並べる。
言うまでもなく、エイルフィード神は食べる係りだった。
「それじゃ、早速いただきまーす」
ハンバーガーをむんずと手で掴み、大きく一口。半分以上を口の中に収め、豪快に咀嚼した。
バンズはトーストされ、かりっとした食感。
それと肉汁が絡み合い、えも言われぬハーモニーを奏でていた。さらに、トマトの酸味とレタスのフレッシュな食感が、しつこさを緩和している。
そのため、一個ぐらいぺろっと食べられてしまう。
だから、エイルフィード神が特別というわけではない。健啖家であるのも間違いない事実ではあるが。
「う~ん。ジャンクだけど贅沢。ギリギリのラインだね」
「ギリギリ、とは?」
「これ以上、普通の料理っぽくなるとトールくんは違和感を憶えるんじゃないかな」
「屋台料理のような、いい意味での雑さが必要ということだな」
「そうそう。でも、意外だね。アルフィちゃんは、そういう経験ないもんだと思い込んでたよ」
「もちろん。想像での話だが?」
「あ、なんかごめんね……。神サマ、ちょっと空気読めないところあるから」
トールがいたら自覚あったのか……。というか、ちょっと? と言うところだろうが、今はキッチンと居間への出入りを遠慮してもらっているので叶わなかった。
「とりあえず、ハンバーガーはこれで完成でいいと思うよ。だから、コーラ飲ませて?」
「冷やしたピルスナーなら、提供しよう」
要するに、きんきんに冷えたビールだ。
これが合わないはずがない。
バリエーションとして用意されたチーズバーガーと一緒に、グラスビールを呷るエイルフィード神。
「ぷふぁぁー! あー。口の中と同時に、心も洗われるようだよ!」
一息で黄金色の液体を飲み干すと、次にフライドポテトへと視線と意識を向けた。
揚げたてのポテトも、付け合わせとは思えない豪華さ。
塩を振っただけのもの。
塩に、粉末にしたハーブを混ぜて味付けしたもの。
溶かしたチーズを。とろりとかけたもの。
試食ゆえに許された贅沢と言えるだろう。
「うん。どれも美味しいけど、ハンバーガーと一緒に出すんなら、塩だけのシンプルなやつのほうがいいかなー。」
「ふむふむ。やはり、そうか。協力に感謝する」
と感謝をしつつも、アルフィエルの意識は次へ向いていた。
長めのフライドポテトを小動物のようにかりかりかりとかじってから、エイルフィード神が指摘する。
「でもさ。やっぱり、カレーは難しいんじゃない? カレーの話が先だったけどさ、これだけでトールくんも満足するんじゃない?」
「だからこそ、だ」
難しいことは、アルフィエルだけでなくトールも分かっている。できなかったとしても、怒りはしないだろう。
ゆえに、成し遂げたいのだ。
「自分の居場所は、ここにしかない……わけではないのは分かっている」
あの自称兄に襲われ、妖精の輪で逃げ込んだあのときとは違う。
アルフィエルが望めば、どこへでも行ける。
「だからこそ、自分はここにいるための努力を忘れてはならないのだと思う」
「うんうん。そういうことなら仕方ないね。カレーの試食も、このエールちゃんにお任せだよ」
ぽんっと軽く胸を叩く、エイルフィード神。
「ところで、アルフィちゃん」
「ん? なんだろうか」
「トールくんのどの辺を好きになったの?」
「…………」
がんっと、テーブルに額を打ち付けるアルフィエル。
不意打ち過ぎて、意識が一時的に飛んでしまったようだ。
「はう、あう……あうう……」
「お金? 地位?」
「いや、なんというか……」
ぱくぽくと口は動くが言葉は出てこず。
きょろきょろと周囲を見回すが、なにがいるわけでもなく。
ニヤニヤを通り越してニタニタとするエイルフィード神の前で、アルフィエルは完全に挙動不審な怪しいダークエルフになっていた。
「待つよ。神サマは、いつまでも待つよ?」
「待ち構えられるとあれだが……ご主人は、すごいだろう?」
「うんうん。今の、録音しておくべきだったかも……それで?」
「すごいのに、抜けているというか……。そう無防備で、離れられないというか、なにかしてあげたくなるというかだな……」
褐色の肌に赤みが差し、表情とも相まって、なんとも煽情的な雰囲気になってしまった。
「って、なんで自分は素直に答えているのだ」
「それはもちろん、神サマが相手だからね。素直に告白してしまうものなのさっ」
「あうう……。これは、ご主人には内密に」
「もちろん。賄賂は先払いでもらっているからねっ」
それは、あまりにもいつも通り過ぎて。
アルフィエルは、その笑顔に隠された意味に気づくことができなかった。
トールくんにヒモの素質はありません。
ありません。




