第十五話 メイドが、万能の免罪符になってるぞ
「僕は仕事に戻る」
「もう少しゆっくりされても、よろしいのでは?」
「エール、余計なことを」
「そういうことだ。聖樹の実を引き渡したことを、報告もしておきたいしな」
名残惜しさなど欠片も見せず、エルフの貴公子は席を立った。
ワイヴァーンは屋台で飲んだくれていたため、王都に戻れない……ということはなく、ウルヒアは鞍上の人となり空の向こうへ消えていった。
見送りだけして、トールたちは再び家に戻る。
「帰ったな」
居間に戻って、トールは言った。
「なんとか、バレずに済んだ……」
万感の想いを込めて言った。
「ふふんっ。神サマの機転に感謝してもいいんだよ?」
「確かに、エイルさんまんまのキャラだったら、絶対にぼろを出してたと言わざるを得ない」
それで聖樹の実の問題は解決したかもしれないが、別の大問題に発展するのは間違いなかった。
そもそも、エイルフィード神が降臨しなければ発生しなかった状況ではあるのだが。
「ほらほら。神サマ、これでも世界で一番感謝され慣れしてる自信はあるから遠慮なくどうぞうどうぞ」
「そりゃそうだよね!」
本当に、それはそうだ。他に言葉がない。
「というわけで、感謝の証として神サマにメイド服を奉納することを認めます」
「いや、そういうのいいんで」
「軽く拒否!?」
正直なところ、エイルフィード神のご機嫌よりもアルフィエルのアイデンティティをクライシスしないほうが重要だった。
「さて、それよりも」
「え? それよりも?」
「せっかくだからコーラを飲もうぜ」
「ラー!」
ウルヒアを仲間外れにしたような形になってしまったが、仕方がない。トールに、あえて温いコーラを飲む趣味はないのだから。
「それはいいが、さすがにあの量はまだ冷えていないのではないか?」
「ああ。普通に冷えるの待とうと思ったけど、ルーンでどうにかする」
「トールさんが、やけ酒を飲むパルヴォンおじいさまみたいにやさぐれて!?」
「え? 唐突に新キャラ出てきたんだけど?」
「そういえば、おじいさまたちには会ったことがありませんでしたね。面白い人ですよ!」
「リンが面白いという、おじいさんか……」
エルフの王家には、まだまだ隠しキャラがいそうだった。
「ご主人、お待たせした」
そこに、大きめのペットボトルと、人数分のグラスを用意してアルフィエルが戻ってきた。トールは、いつの間に取りに行っていたのか認識すらしていなかった。
「ああ、アルフィ。ありがとう」
「神サマが得られないトールくんからの感謝を、アルフィちゃんが!?」
「申し訳ないが、自分はご主人のメイドなのでな」
「なんて……こと……」
「メイドが、万能の免罪符になってるぞ」
軽いツッコミを入れてから、トールはGペンを握って《冷却》のルーンをペットボトルに描いた。
淡い魔力光が発生し、テーブルの中央から冷気が漂う。一瞬で冷え、ペットボトルの表面が結露している。
「あれ? 中身じゃなくてペットボトル自体に冷却効果が付与された? まあ、いいか」
「うんうん。今はそれよりも、コーラ飲も」
「こーらー!」
トールが自ら開栓し、とくとくとくと全員分のグラスへ注ぐ。しゅわっと炭酸が弾ける様が、実に涼しげ。
そして、毒味ではないが、まずトールが一口。
「ああ、これだこれだ」
喉を通り抜ける清涼感。
刺激的な炭酸。
顔をしかめそうになる甘み。
グリーンスライムに貯蔵されていたが、言った通り劣化はしていない。変な効能も発生していない。
ただのコーラだ。
普通のコーラだ。
それが、例えようもなく嬉しい。
「トールさん」
「パー!」
トールが無言でうなずくと、カヤノとリンもコーラを口にする。
「しゅわー」
「しゅわわーですね」
二人とも、むせたりせずコーラを楽しんでいる。
その一方。
「けほっ、うっ。やっぱり、一気に飲むと辛いね」
「知ってて、なぜ?」
「このほうが、醍醐味かなって」
気持ちは分からないでもないし、まあ、エイルフィード神のやることなので目くじらを立てるほどではないかと考え直す。
すっかり毒されていた。
それに、和気藹々とした雰囲気とはほど遠いダークエルフのメイドのほうが問題だ。
「色は黒。色づけしているのだろうか? 匂いは……甘いな」
アルフィエルは、いきなり口にせずしげしげと観察していた。
やがて、味もみてみようと、一口含む。
「ふむ。炭酸はやや強め。バニラと……ああ、色はカラメルだな。それに柑橘類で匂い付け。……あとは砂糖か。むむむ。砂糖がやけに多くないか? どうなっているのだ?」
「料理マンガのキャラみたいなことを言い出したぞ」
「とにかく強烈だな。実に刺激的だ」
「子供は飲めなかったりするしな」
リンとカヤノは気に入ったようだが、どちらかというと例外だろう。
「だが、美味いな。これは確かに、濃い味付けに合いそうだ」
「一度くらいは、普通に味わってもいいんじゃないかな?」
「油断はできないからな」
「油断って、なんに対してだよ」
油断を戒めるということは、それなりに相手がいるわけで。
そんな敵を抱えた生活をしている憶えは、少なくともトールにはない。
「いくら自分がメイドを統べる者だとご主人に認定されたとしても、そこで満足してはならないのだ」
「そこまで言った記憶はないんだけど? というか、話がむっちゃ飛んでない?」
「言われずとも十を知るのが、いい使用人というものだ」
「……うん。それで?」
「つまり、倦怠期を乗り越えるには常に刺激が必要なのだ」
「言い方を考えよう?」
別に、飽きたからメイドを増やそうという話ではなかったはずだ。
「そういうことなら、このコーラに合う食べ物の情報を公開しよう」
自分で空になったグラスにコーラを注ぎながら、エイルフィード神が真面目な声音で言った。別に、炭酸で酔ったとかそういうわけではないはずだ。
「最もコーラに合う食べ物。同時に、トールくんの故郷で、最も美味しい料理。それが、ハンバーガーとポテトだよ」
「そういうわけじゃないんだけど」
最も売れている料理が即ち美味しいとは限らない。
「でも、マリアージュするのは本当だよね?」
「それはそうだけど。定番の組み合わせだし」
アルフィエルの瞳が、キラリと輝いた。
視線だけで、作り方を教えて欲しいと訴える。
トールは、苦笑しつつうなずく。
アルフィエルは、ぐっと拳を握った。
「エイル様のお陰で、ご主人の故郷の知識がまた増えた。感謝しなければならないな」
「ですよね。トールさんって、あんまり故郷の話をしてくれませんし」
「してくれても、ひとつの種族を食べ尽くして絶滅させかけたとか、そういう話だからな」
「好んでウナギの話をしたわけじゃないんだけど?」
流れでそういう話になっただけで。どちらかというと、恥に近い話だ。
「任せてよ。また、倦怠期になったら神サマが現れて適当に引っかき回してあげるからさ」
「おお、神よ! あなたが神なのですね」
「エイルフィード様!」
「いや、倦怠期じゃねえ……って」
少し遅れてから、気付いたようにトールがはっと顔を上げた。
「つまり、倦怠期を脱したら帰ってくれると?」
「神サマは、帰らないよ!」
そんな美味しい話があるはずなかった。知っていた。
「トールくんに、メイド服を描いてもらうまではね!」
「いや。今の流れでエイルさんにメイド服着せたら、台無しじゃねーか」
「もちろん。無理難題を吹っ掛けるのが神サマのアイデンティティみたいなところあるから」
「ラー! かみしゃま、わーまま」
神サマわがまま。
そう言われて、エイルフィード神はちょっと頬を膨らます。
「でも、ウルくんにメイドだって自己紹介したとき、否定されなかったしぃ」
「いろいろ考えたけど、俺のメイドはアルフィだけだから」
「ご主人……ご主人……ッッ」
感動するアルフィエル。ニヤニヤするエイルフィード神。歓声を上げるカヤノに、おろおろするリン。
リンはいつも通りで癒されるな。というか、収拾つかないな、これ。
などと思いながら、トールはもう一度故郷の味を口にする。
妙に甘く感じた。
コーラには、フライドチキンもいいと思います。




