第十四話 いもーと! リン! へーき!
新年初更新です。
今年もよろしくお願いします。
「それは……」
「さすがに……」
「さすがトールさん! その可能性は思いつかなかったです」
あり得ないだろうと言うウルヒアとアルフィエルに対し、リンは素直にトールを賞賛する。そこには、カヤノに妹か弟が増えるかもしれないという喜びがあった。
「だって、実は増やすための物だろう?」
「それは、そうだが……」
過去の伝承にも、実に種が含まれていたか記載はなかったのだろう。
思ってもみなかった。しかし、考えるべきだった可能性に、ウルヒアは黙り込んでしまう。
「ウルの《診断眼》だっけ? あれはどうなんだ?」
「《診断眼》は生物に対してだけだ。というか、さすがに不敬すぎる」
不敬という意味ではすでにエイルフィード神に対して使っているのだが、トールはなにも言わなかった。
メイドを自称するエイルフィード神が、内心でにまにましているだろうから。
まあ、メイドキャラだと物静かで楽なので、トールはこのままウルヒアに泥をかぶってもらうことにした。
「言われてみれば、ご主人の指摘ももっともだと思うが……。鳥の卵ではあるまいに、さすがにそれはないのではないか?」
「そうですか? ああ、でも、そうですよ。もしそんなことだったら、過去に口にした人たちはどうなってしまうんですか!? どうにかなってしまいますよ!?」
種ごと食べてしまったのか。それとも、知られていないだけで栽培されているのか。
もし前者だとしたら、不敬罪どころの話ではなくなる。
「普通の植物における果実じゃなくて、神秘的ななにかって考えるべきなんだろうか……」
テーブルの中心の小箱を眺めつつ、トールは言った。
「カヤノちゃんが、なにか知っているといいんですけど」
「ラー?」
「知らないようだな」
「ラー!」
そして、リンとアルフィエルの会話を聞きながら、肝心なことに気付く。
(エイルさんなら、真実を知っているんじゃ?)
トールはテレパシーなどできないので、向こうから読み取ってもらえることを期待した。
(実を割ってみれば分かるよ~)
しかし、期待通りの答えとは言えなかった。
「食べて……みる……か?」
「それが手っ取り早いのは事実だが……」
口では賛成しつつも、アルフィエルの表情は固い。
ダークエルフのアルフィエルすら、畏れ多いと感じてしまうらしい。
「まあ、冷静に考えると、苗木になるような実をまた渡すはずもないか。さすがに、もう一本世界樹を育てろなんて話はあり得ないしな」
「そーですよね。うん。安心して感謝して祈りを捧げて美味しく頂きましょう」
「世界樹? なんの話だ?」
「いもーと! リン! へーき!」
妹はリンがいるから、平気。
そう言って、カヤノが花が咲くような笑顔を浮かべ、リンが感極まって椅子の上で土下座する。
「カヤノちゃん! 私もカヤノちゃんがトールさんやアルフィエルさんと同じぐらい大好きですよ……あっ、今、ウルヒア兄さまの名前を出さなかったのは別に他意があったわけではありませんからっ。つい、なんとなくですから!」
「ラー! リン、しゅき」
なんとなくのほうがひどい気がするが、トールはなにも言わなかった。
武士の情けだ。
それに、アルフィエルのほうに気を取られたというのもある。
「そうか。そういうことだったのか」
「ん?」
「いや。カヤノがしっかりしているときと、そうでないタイミングがあるように感じていたのだがな」
「あー。言われてみると確かに」
アルフィエルの指摘に、トールは刺さっていた小骨が抜けるような思いだった。
「そんなことはありませんよ。カヤノちゃんは、もう、パッシブタイミングでしっかりしたお姉さんですよ」
「ラー! かーの、おねーたん!」
カヤノはお姉ちゃん。
妹はリンがいるから、平気。
このふたつのフレーズで、謎が解けた。
リンがいるから、妹がいなくても寂しくないという意味ではない。妹ならリンがいるから大丈夫という意味だったようだ。
「アルフィ……」
「ご主人……」
そして、その認識をダークエルフのメイドと共有する。
「《翻訳》のルーンが、その辺のニュアンスを取り違えるのは珍しい……」
「フフリ」
「……って、わざとかよ!?」
「なんだ、トール。その新しいメイドがなにかやったのか?」
「はい。新しいメイドのエールです」
「メイドは……ご主人のメイドは自分だけ……。いや、自分はメイド長だから大丈夫……」
「メイドじゃねえし、アルフィは唐突に闇墜ちしない!」
エイルフィード神がメイドキャラをやっていると物静かで楽だ。
そんな風に思っていた自分自身を殴りたい。
全部、エイルフィード神の掌の上だった。
「……さっさと帰りたいので、最後にひとつだけ確認だ」
「帰れなくしてやりたいのに、さっさと帰って欲しいこのジレンマ。ウルには、俺の気持ちなんか分かんねえよな」
「結局、この実をどうするつもりだ?」
完全にスルーして、ウルヒアが問う。
「どうするもこうするも、俺の物じゃないよな?」
「建前の話はしていない」
「えー?」
不満の声をあげつつトールが周囲を見回すが、誰一人として所有権を主張する者はいなかった。
エイルフィード神でさえも。
「俺は、回復アイテムは最後の最後まで使わない派だ」
「それは逆の意味で無駄にしていないか?」
分かっている。
そんなことは分かっている。
「それでも使わないから、使わない派なんだろうが」
同じアイテムがいくつも、99個……上限までカンストしている。そういう状態に喜びを感じるのだった。
「まあ、腐敗するような物ではないのだから、取っておく分には構わないが……」
「いつか必要になるかもしれないしな」
保留。
それは、妥当かもしれないが、すっきりしない結論。
(そもそも、俺がどうこうできるものじゃないんだよなぁ)
(まあ、神サマは気持ちだけもらっておくから、トールくんの自由にしていいよん。滞在費代わりってことで)
対価をもらうと、追い出しにくくなるので、そこは華麗にスルーする。
しかし、そんな曖昧な決着が後々役に立つことを、このときのトールは、まだ知らずにいた。




