第十二話 私もメイドなりますか!?
「冷静になると、森にお出かけしてコーラを持って帰るって、なにかが間違っている気がする」
10本以上のペットボトルは容量拡張をした鞄に収まっているので、特に問題はない。それどころか、沼ガチャの結果としては過去最高と言えた。
にもかかわらず、トールにはちょっと釈然としないものがあった。
「そうか? 森に出かけて薬の原料を取ってくることなど珍しくはないだろう」
「そうですよ。森に分け入ってモンスターの素材を持って帰ってくるとか、エルフ的にも普通です」
「なんという狩猟採集生活……」
ある意味スローライフっぽいような気もするが、やはり、ちょっとずれている。
「これが文化の違いか」
「とりあえず、コーラを一本譲り受けたい」
「料理に合わせるのに味見が必要なのは分かるけど、一本?」
別に惜しんでいるわけではないが、そんなに必要なのかとトールは素朴な疑問をぶつけた。
「うむ。ちょっと解析して、自分でも作れるようにしたいと思ってな」
「さすが創薬師」
コーラのレシピは門外不出。貸金庫に厳重に保管されていると聞いたことがある。
それを白日の下にさらすことができたら……実に、ロマンのある話だ。
「そういうことなら、一本と言わず持って行って構わないぜ」
「噂のコーラね、神サマも楽しみだなー」
「ラー! たーしみ」
「うんうん。でも、カヤノっちにはちょっと早いかもね」
「ナー! ナー!」
「えー? でも、シュワシュワだよ? たぶん無理じゃないかなー」
「ナー! ナー!」
カヤノをからかうエイルフィード神。
背中の上で繰り広げられるじゃれ合い。ユニコーンの表情と心境はいかばかりか。
そのうち悟りを開いて、トールも乗せてくれるようになるかもしれない。
そんな未来を想像しながら隠れ家にたどり着くと。
そこには、困った表情のグリフォン。
大人しくうずくまるワイヴァーン。
そして、いつものようにしかめ面をしたエルフの貴公子がいた。
「トール」
「げ、ウル」
予想していなかったが、予想すべきだった来訪。
突然なのは、家を空けて通信の魔具で着信を受けられなかったからだと気付く。携帯電話は携帯しないと意味がないのに。
「なんのようだよ? 聖樹の実なら、取りに行くって言っただろ?」
「待つつもりだったのだが、急かされてな……」
微妙にぼかしているが、急かしたのは聖樹で間違いないだろう。
それはそうだ。神への献上品が途中でストップしたら、誰だって焦る。神託のバーゲンセールも止むを得ないところだ。
「それで、エルフの王子様が自ら聖樹の実を運んで来たと?」
ウルヒアが手にしている小箱に視線をやりながら、トールは確認した。
果物を入れる容器ではない。そこまで装飾は派手ではないが、宝石箱と表現してもいいだろう。
「他の誰に任せろというのだ」
「ああ……。まあ、そうなるよな……」
任せられる人材は当然いるのだろうが、重大性と緊急性と。なにより、トールたちとの関係を考えれば他に適任はいない。
そんなことだから、仕事が減らないのだろうが。
(トールくん、ここは神サマがどうにかしてあげるよ)
(直接、俺の心に?)
実際に声に出しているわけではない。
テレパシーの類だろう。
エイルフィード神は、そんなことができたのかと戸惑うトールに、可愛らしくウィンクする。
不安しかない。
「初めまして、ウルヒア様。アンドロイドのエールと申します」
「……どういうことだ、トール」
通信の魔具で話したときは「はーい! アンドロイドのエールちゃんだよ」などと軽い調子だったのに、この豹変っぷり。
もしかすると、それで煙に巻こうとする作戦なのかもしれないが……。
(おいこら神サマ、そのキャラ保てるんだろうな)
(ダメなら、その時はバグってことにするから大丈夫)
(保つ努力をしよう?)
(……フフリ)
駄目そうだった。
「頭痛が痛い……」
「トールさん? トールさん!? しっかりしてください!」
考える人のようなポーズで額を抑えるトールを顧みることなく、事態は進んでいく。
「そちらの箱は、わたくしがお預かりいたします。メイドとして」
「トール」
名前と、それを呼ぶ口調に様々な意味を込めてウルヒアは言った。
「大丈夫だよ。あー。役に立ちたいって思ってるだけだから」
嘘ではない。
かといって、ウルヒアが信用するかは別の話。
「本当に大丈夫なのか? 昨日から、いくらなんでも変わりすぎだろう?」
「勝手に進化したというか、もう、俺の手からは離れた……」
いや、最初から手の内にあったことなどない。一度も。
「問題ありません。ある意味これで聖樹の目的も、メイドとしての目的も達成されますので」
それはその通りだった。
エイルフィード神への献上品を本人が受け取る。なんの問題もないはず。
問題は、別の点にあった。
「……待とう。これもしかして自分の地位が脅かされていないか?」
「しかし、ご主人様は地球じゃアンドロイドならメイドだ。メイドしかないと仰っていましたし」
「真顔で嘘つくんじゃねえよ」
「うそ、めー」
「そう。嘘は駄目だからな」
「突然、子煩悩になるな。話が進まない」
トールはウルヒアの言葉に思わず鋭い視線を向けてしまったが、思いがけない方向からの抗議で、すぐに外れることになる。
「ご主人!」
背伸びをするかのように手を挙げて、存在をアピールするアルフィエル。
「ダークエルフだって、地球じゃダークエルフといったらメイドに違いないはずだぞ」
「じゃ、じゃあ私も!? 私もメイドなりますか!?」
「俺の故郷をメイドの惑星にするの、止めてもらっていいかな……」
若干、そこはかとなく、多少はそんな傾向が一部の地域であったことは否めないが、決してそんな文化はなかった……はずだ。
「あー。とりあえず、コーラを冷蔵庫に入れてきていい?」
逃げたいわけではないし、逃げられないのも分かっているが。
仕切り直しは、したかった。
次回、12/31も普通に同じ時間に更新します。




