第十一話 ……これ、変に熟成して媚薬の二の舞みたいなことになってないだろうな?
「いやー。今日は絶好のピクニック日和だね」
「ラー! ぴにっく!」
ユニコーンの背に横座りになりながら、エイルフィード神が上機嫌にぐっと背を反らす。
森の中を静かにゆっくりと、ユニコーンに運ばれていく乙女。
まるで、絵画から抜け出たような姿。
その横顔は、まさに女神の微笑み。
本性……ではなく、そのフリーダムな性格……でもなく、自由奔放な言動に接していなかったら、恋に落ちていたかもしれなかった。
危ない。
本当に、危ないところだ。
逆に言えば、それだけのマイナスがありながら魅了されかけるところこそ、女神の魅力なのかもしれなかった。
「ピクニックか……」
グリフォンは留守番だが、リンやアルフィエルも一緒に向かっているのは、グリーンスライムの沼。
新入居者が来たときの恒例行事というわけではないが、恐らく、グリーンスライムもエイルフィード神には気付いているはず。
なのに、顔を見せに行かなければ余計な疑心暗鬼を生じるかもしれない。
ちょっとした配慮だった。
「不要だと思っていたが、軽く作っておくべきだったか」
「でも、あの沼のほとりで、バスケットを広げてって気分にはならないよな……」
特に異臭がするというわけではないが、お世辞にも風光明媚とは言えない。
グリーンスライムに提供する生ゴミを手にするアルフィに、トールは首を横に振った。
「それは仕方ないねっ。でも、貴重なグリーンスライムに会えるの。神サマ、かなり楽しみだよ?」
「高価なアイテムで、俺たちが困るのが楽しみなのではなく?」
「それもあるね」
「あるのかよ」
まあ、ないと臆面もなく言われるよりはましかもしれない。
「とりあえず、神様を連れて行ったときのグリーンスライムのリアクションを楽しみにするか」
「どうだろうか? あのグリーンスライムが、驚く様は想像できないのだが」
「なにを言うんですか、アルフィエルさん。エイルフィード様ですよ? 恐れおののいて当然ですよ」
「えー? 神サマ親しみやすい神様を目指してるんだけど?」
「ふわわわわっっ。申し訳ありませんっっっ。死っ。トールさんに聞いた切腹をする場面ですか? お腹を切るので、どうかお家は存続をっっ」
「侍的に正しい切腹来ちゃったなぁ」
これも収斂進化と言えるのだろうか。
ふとカヤノを見ると、意味が分かっているのかいないのか。会話には参加せず、手を叩いて笑っていた。
「機嫌がいいのは嬉しいけど、教育的に良くない気がするな……」
そのカヤノは、グリーンスライムガチャで出てきたマグビーの衣装鞄により、セーラーワンピースに着替えている。
お気に入りなのはいいのだが、他の服を着たがらなくてトールとしては少し。いや、かなり残念だった。
不満と言ってもいい。
「今度、神サマに似合う服も描いてもらおうかな? かな?」
「先に、リンの着せ替えをする約束なんで」
「おっけーおっけー。神サマは三号さんで構わないからね」
「えええ……。トールさん、なぜ私をっ!? ここでっっ!?」
「それはもちろん、リンちゃん。愛だよ、愛」
トールは、否定しなかった。友愛も親愛も愛には違いない。
そして、エイルフィード神の三号発言は完全に黙殺した。
「ところで、神サマがユニコーンに乗っている件について、トールくんはツッコミ的なサムシングはないの?」
「あえてスルーしようとしていたのに、本神が蒸し返してきやがったぞう」
「ふふり」
エイルフィード神が笑う。
後ろから歩いて追っているユニコーンの表情は、トールからは見えなかった。
実際のところは不明だが、そもそもあの年齢で乙女を主張できるのか。ユニコーンはそれを認めるのか。
あるいは、本能を捩じ曲げて乗せているのか。
どちらかは分からないが……。
「そんな話、カヤノの前でできるはずないだろ」
「らー?」
「えー? カヤノっちの前でできない話なの? 神サマ、ぜっんぜんわかんないよ」
「……このやりとり、いつか実録漫画にしてやるからな」
「え? 神サマ主役の漫画を描いてくれるの?」
「なぜそこで喜ぶのか。もしかして、恥の概念がなかったりするの?」
「だって、神話だからってあることないこと描かれるより、本当にあったことを書かれたほうが良いよね」
「え? そうだったんですか?」
「神話はあることないこと……なのか?」
リンとアルフィエルが流れ弾を喰らっていた。
トールには今ひとつ共感できないが、言われてみれば確かに信仰心がダメージを受けてもおかしくない。
そうこうしているうちに、グリーンスライムの沼へと到着する。いつものように訪問に気付いており、沼から会話用の端末が出現した。
「あー。分かっているかもしれないけど……」
一応紹介しようとしたトールは置き去りにされ、端末がユニコーンから降りたエイルフィード神へと肉薄した。
「いくらなんでも不躾ですよ」
トールの。延いては遠野家の護衛役を自認するリンが剣の柄に手を掛け前に出るが、それをそっとエイルフィード神が制す。
「お引っ越しの挨拶に来たよ」
「カンゲイハスル」
「どうも、どうも」
「ザンネンナガラ カミヲアガメルキノウハ モチアワセテイナイ ソレデヨケレバダガ」
真っ向からの否定。
しかし、それで激発するようなエイルフィード神ではない。
「そっか、そっか。じゃあ、お友達から始めようか」
端末の手を取り、上下にシェイクする。
あのグリーンスライムが固まった。
その状態で、首だけ伸ばしてトールに言う。
「クロウ スルナ……」
「しみじみ言うの止めろ」
泣いてしまいそうになる。
「ソレハソレトシテ コンカイノ ヘンレイヒンダ」
「返礼品だったっけ?」
自動でアメを配るおばちゃんのようになっているような気がしないでもないが、拒否もできないのでトールはただあるがままに受け入れるしかなかった。
「マロウドガ コキョウヲナツカシムココロヲ モッテイルトハシラナカッタノデ オソクナッテシマッタ」
「なんで俺さりげなくディスられてるの? というかもう、完全にガチャじゃなくなってるじゃねーか!」
グリーンスライムはそれに答えず、代わりに、大きめのペットボトルのような物体が弧を描いて沼から射出された。
「って、マジでペットボトルだこれ」
それは、両手でがっしりと受け取ったトールには、見憶えがありすぎた。
「というか、コーラに見えるんだが……?」
「コーラ……ですか?」
「セイカクニハ ナントヨバレテイタカ ワカラヌガ ソノムカシ マヨイコンデキタモノヲ スイコンダモノダト オモワレル」
「ご主人と同じ経緯で、こちらに来たということか」
「経緯というか、本当に突然ぽっと出てきた感じだからなぁ」
とりあえず、人が来ることがあるということは、物が来てもおかしくはない。
「……これ、変に熟成して媚薬の二の舞みたいなことになってないだろうな?」
「シンパイスルナ ヘンカモレッカモ シテイナイ」
「まあ、信じるけどさぁ」
正確には信じたいといったところかもしれない。
わずか1.5リットルの黒い飲み物。
なければないで我慢できたが、これ見よがしに出されたら食欲と記憶が刺激されて渇望に似た感情がわき上がってきてしまう。
「アンシンシロ イッポンダケデハ ナイ」
その言葉通り、1ダースほどのコーラのペットボトルが沼のほとりに並んだ。
「らー?」
「これが、ご主人の世界の飲み物か」
「酒じゃないけど、嗜好品に近いな。ハンバーガーとかフライドポテトみたいな、塩と油にまみれた味の濃いのと一緒に、食べたくなるときがある」
「なるほど」
アルフィエルは理解した。
「感謝する。この麻薬のような飲み物に合う料理を提供することで、ご主人の身も心も自分たちのものになるだろう」
「やだ。男らしすぎる……」
物騒すぎるのに前向きで、トールは思わず攻略されそうになってしまった。
エイルフィード神は、声を出さずに笑っている。背中を叩かれているユニコーンの表情は無だ。
「ところで、トールさん」
「ん?」
「カヤノちゃんが、コーラ? というのをしゃかしゃか振ってますが問題ないのでしょうか?」
「ありまくりだっ」
貴重なコーラを無駄にするわけにはいかない。
「カヤノ。そっとコーラを置け。そして、両手を挙げて後ろを向くんだ」
「ラー?」
思わずアメリカの警察のような対応をしてしまうトール。
冷静になると娘に対してどうなのかと思わないでもないが、カヤノが面食らって動きを止めたので、とりあえず、結果オーライだった。
コーラかコーヒーかで、ちょっと迷いましたが、こっちに。




