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刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ  作者: 藤崎
第二部 来訪編

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第十話 男の子って、こういうの好きなんでしょう?

 アルフィエルが前後の記憶を失うことなく夕食を終え。

 一悶着のあった入浴も、滞りなく……とは言えないが済まし。


 訪れた就寝時間。


 テーブル程度のサイズになったベッドを、リンとアルフィエルの二人がトールの部屋へと運び込んできた。まるで、有言実行ダブルエルフだと言わんばかりだ。


「ご主人のおかけで、ベッドを運ぶのも苦労がないな」

「納屋を運ぶときも、《縮小》してもらったら楽ちんだったのではないでしょうか?」


 元の物が小さければ容量拡張した鞄で運んだほうが効率的だが、家具レベルになるとそうはいかない。


 だが、ルーンは理論的には万能だ。


 今回、トールがベッドに刻んだのは《縮小》のルーン。一時的に物体のサイズを縮めるルーンは、当然のように重量をも軽減させる。実のところ、一人でも運べたぐらいだ。


「あそこまででかいと、馬車に詰め込めるサイズになるかちょっと微妙なんだよな。あとちゃんと戻せるかも不安があるといえばある」


 ウルヒアも、それが分かっていたのでルフで運ぶという荒技を選んだのだろう。


 トールが、そう説明した。


 布で遮られた、向こう側で。


「そんな布をどこから!?」

「地下にあったじゃん」


 先ほどまではなかった、藁のベッドとそれ以外を区切るかのような布の仕切り。木々の間にロープを渡して、カーテンのようにしていた。


 そんなことをするなど、聞いていない。


 ダークエルフのメイドが怒りにも似た驚愕をぶつけるが、トールは冷静だった。御簾の向こうにいるやんごとなき御方になったようで、余裕があったからかもしれない。


「同じ部屋で寝ることは押し切られたが、目隠しをしないとは言ってない」

「目隠しなら、自分がするぞ」

「それ、アイマスクなのか怪しいプレイなのか分かんねえな」


 どちらにしろ却下だ。


「むむむむむ……。ところで、どうしてトゥイリンドウェン姫はご主人に平伏を?」

「あ、雰囲気的に土下座したほうがいいかなぁと」

「雰囲気で判断していたのか……」

「嗅覚とか本能とか勘と言い換えても構いませんがっ」


 プロになると、思考より先に体が動くらしい。

 なんのプロなのかは分からない。


「ご主人。自分たちとご主人を遮る物などなにもないはずだ。そうだろう、トゥイリンドウェン姫?」

「え? わたわた、私ですかっ!?」


 いきなり振られ、リンが視線を左右に彷徨わす。

 トールからは見えないが、その光景は予想がついた。そして、寸分の違いもなく正解だった。


「そ、そうですよ! せっかく同じ部屋でお泊まりできるのに、もったいないですよ!」

「もったいないと来たか」


 それはやや変化球だったが、物理的に排除する方向には行かないようだ。布の奥で、トールは安堵する。


 だが、それは早すぎた。


「ラー!」


 間仕切りの向こうからカヤノの声がすると同時に、布へとダイブして、ぶらぶらとぶら下がる。それが面白いのか、前後に動かし勢いを増す。


「おおおいいいっっ。カヤノ、なにやってんの!?」

「ラー!」

「そんなぶらぶらして、ブランコじゃないんだから」


 と言いつつ、カヤノのためにハイジみたいなブランコを作ったら喜ばれそうだ。いや、グリフォンに乗れば事足りるのかと、トールの思考が飛ぶ。


 取るものも取りあえず、衝立の向こう側へと出てカヤノを回収。鼻をつまんで、良くないことをしたのだと分からせる。


「元気なのはいいけど、布が破れたり倒れたりしたら危ないだろ?」

「らー……」


 カヤノも、納得したようだ。

 しかし、トールはそのまま娘を抱き上げたままにする。子供は、本当になにをするか予想がつかない。


「しかし、実際問題、ベッドの数が足りないのではないか?」

「なに言ってるんだよ、アルフィ。ここには神様がいるんだぞ?」


 その神様のせいでこんな事態になっているのだが、とりあえず物理のテストにおける空気抵抗ぐらい考えないこととする。


「ぬふふ。だけど、神サマが素直にベッドを作ると思うかな?」

「そういう期待には応えなくていいんだけど」

「ままま。結果をご覧じろだよ」


 エイルフィード神が、指先で中空に文字を描いた。トールですら息を飲むほど美しい《創造》のルーン。


「どう? うらやましいでしょ?」


 眩い光が消えると同時に、木と木を結んでハンモックが出現した。


「男の子って、こういうの好きなんでしょう?」

「お、男だけじゃねーし」

「ラー!」


 カヤノも気に入ったようだ。

 無理矢理トールの腕から抜け出し、ハンモックへとよじ登る。


「ラー! ぶらぶら! たーしー!」


 ぶらぶらして楽しい!


 珍しくうずうずしているトールへ、エイルフィード神が優しく微笑みかける。


「トールくんも遠慮せず使っていいんだよ」

「そ、それじゃ……」

「ただし、その余計な布を破り捨てたらね」

「エイルフィード様!」

「あなたが神か」

「もちろん。神サマは生まれながらの神様だからね」


 大きく胸を張る天空神が、新たな信者を獲得していた。


 しかし、帰依をしない者もまた存在する。


「別に、そこまでして乗りたいわけじゃないし?」

「そう。じゃあ、神サマはカヤノっちと一緒にハンモックで寝るから。代わって欲しかったらいつでもどうぞ」

「足下見やがって……」


 捨て台詞を残して、布の向こう側へと戻って行くトール。


 長くて三日。


 それが、神とその子供たちが弾き出した、トールが陥落までの時間だった。





 とはいえ、トールも大人だ。ある程度は。

 いつまでも、根に持ったりはしない。


「《ドゥアース》」


 それぞれが寝床に入ったタイミングで、ルーンの明かりを消し、森は闇に包まれた。

 完全に暗いと寝れないなどと文句を言われたらどうしてやろうかと思ったが、幸運なことにそんなことはなかった。


 そして、何事もなかったかのように口を開く。


「明日は、グリーンスライムのところへ行こうか」

「自分も賛成だ。早いうちに、一度、顔を出すべきだろう」

「じゃあ、クラテールにはお留守番をしてもらいましょう。仲間外れみたいで可哀想ですが、家を完全に空けるわけにはいきませんし」

「むしろ、留守番は喜びそうな気もするけどな……」

「ほうほう。グリーンスライム」


 ハンモックのエイルフィード神が、にんまりとした。


「例の財宝庫だね。これは休暇二日目も退屈しないで済みそうだよ」

「ちなみに、どんなことなら退屈するんだ?」

「神サマは、トールくんたちの寝顔を眺めているだけでも楽しめるタイプだけど?」

「娯楽の閾値が低すぎる……」


 なにをやっても喜んでくれそうだった。厄介だ。


「アメノウズメもやり甲斐がなくて文句言いそうなレベルじゃねーか」

「おっ。天岩戸のお話だね? 神サマなら、弟くんがやんちゃしたらむしろ喜ぶタイプなので、いまひとつ共感はできなかったかな。☆二つ半です」

「その割に評価高えじゃねーか」


 ツッコミつつも、本当に日本文化も勉強しているんだなと感心する。

 趣味と実益を兼ねているような気もするが、余計な仕事を増やしているのは確かだった。


 そう考えると休暇を取るのも当然なのかもしれないが……。


 ホームステイのホストファミリーとしては


「そういや、いつまでいるつもりなんで?」

「いつまでも?」

「そういうの、ほんといいんで」

「カヤノっち、カヤノっち。トールくんが冷たいの。どうすればいいかなぁ?」

「娘は関係ないだろ、娘はよっ」


 森の闇に、誰のものともしれないくすくす笑いが木霊する。


「まあ、あんまり長居すると関係各所に迷惑かかっちゃうだろうからねぇ」


 そうだろうそうだろう。

 トールは、ベッドの中でうなずいた。


「バカンスだっていうし、一週間――」

「一年ぐらいしたら考えようかな?」

「出やがったな、神時間……」


 しかも、考えるだ。


 どうしたものか……。


 けれど、考えはまとまらない。


 悩みや心配はあっても睡魔には勝てないようで。


 いつしか、トールの意識は闇へと落ちていった。

海洋冒険小説だと、ハンモックはあまりうらやましくないですね。

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